王
臓腑の奥まで震えるほどの何かが六人に襲い掛かる。
相手は何もしていないというのに。
黒く大きい翼、太く長い尻尾、鋭い爪と牙と角、そして何かを見据える黒くて力強い瞳。
神々しいがゆえに禍々しい。
畏怖するがゆえに崇拝する。
「広大型か大きさは四十メートルぐらいかな。少しかがめばこの辺の木と同じぐらいの」
怪物に関してならばこの中でだれよりも詳しいハリルドが誰に聞かせるでもなく説明する。
その声は震えていた。それが恐怖なのか興奮なのかもはやだれにもわからない。
ただ言えるのはドラゴンにあったなどだれにも信じてもらえないということだけだ。
怪物ドラゴンは動かない。だがやがて何も動きがないことに飽きたのか。
どこからか小さな電子機器を投げてきた。
がちゃん。人間たちのもとに転がる。
それは
「カメラか。なるほどこいつか。でも何のつもりだ」
ドラゴンは何も答えない。ただ鎮座する。用がないのではなくそちらから切り出せと言わんばかりに
「・・・ドラゴンか。ここは賢者にまかせてくれたまえ。神を信じる者ドラゴンを信じる。それがファーラー教」
モーリスが一歩前に出る。
みんな驚いていたがただ一人ハリルドだけはその意図を察する。
怪物と生物。伝説や伝承に出てくるのを除けばその歴史の長さは明らかに生物の方が長い。
戦争で活躍した馬、人におもねることでその加護を受けてきた犬。
植物を食べる害虫。それらを駆除する益虫。
人。その先祖。
それに比べて己の肉体に魔力を宿した生命体。怪物が人の社会に出てきたのは今から約二千年前、人が魔法を使いだした少し後。
動物や昆虫と同じように時には人の害となり時には人の益となり、時には食料を奪われ時には食料となり自然界で生きてきた。今ではペットとして飼われることもある。
だがそれを認めないものもいる。
それがファーラー教。
表向きはその強さだが、それはあくまで表向き。
嫌う理由は別にある。
それが教義。
ファーラー教では創造神はまず初めに自分の補佐となる女神を作り出した。その後にこの世に直接生きる生命を作り出すためにそれらにとっての神であり王であり親にして先祖七種類を作り出した。
彼らの信じる神とは創造神と女神、そして七種類生まれた中で全能神と精霊そしてその系譜に連なるものを信仰とする。
だがそれにはもちろん例外が存在する。
ドラゴンは作られた七種類の中では怪物の系譜に入る。
神座を神々しいと褒めるのならば怪物は禍々しいと褒める。
決して交わらぬ二つの種族だがドラゴンのみ怪物でありながらその本質は神に近い。
ゆえにドラゴンもまた信仰の対象となる。
怪物学者と神学科、真逆ながらそのどちらにも重要な位置にいる生命体。
それがドラゴン。
「我、賢者モーリス。今宵その加護を受けに・・・」
その時だった。
「賢者・・・賢者か。一つ覚えておけ走狗。賢者の第一条件とは自分を賢いと思わぬこと愚者の悪癖とは自分を賢いと思うことだ」
六人すべてに驚きが走る。そしてお互いの顔を見渡すがやがて一つの答えにたどり着く。
「しゃ、しゃべった」
「話せるのか」
しゃべるために必要な能力とは何か。それは単純に言葉を話す知能と言葉を学ぶ場と体の機能だ。
当然体が小さければ脳は小さい。そもそも脳がない生き物もいる。だが目の前の怪物は違う。ゆうに人の数倍はある。
ならば話せることもおかしくはない。例え今までどの文献に書かれていなくても。
「・・・」
モーリスが言葉を失った。
それも当然、自分が信じてきたものが自分の信じてきた生き物に否定された。
「ふむ、どうやらこの場での決定権を持つのはお前だな」
ドラゴンの顔が動くその瞳はダムスを貫いていた。
百戦錬磨のダムスでもさすがにドラゴンの相手などしたことがない。
「・・・ああそうだが」
「言いたいことはただ一つ。ここで戦え。でなければ死ぞ」
「あのカメラはそのために」
「カメラ?あの映像をうつす。あのぶんではどこかに飛ばす機能もある」
「わかるのか。ドラゴンの社会にはないだろうに」
「ああない。離れた場所を見る能力など我々にはもともと備わっているのでな」
「な」
「何だ知らないのか、わが祖先は原初龍。だが原初龍を生み出したのは怪物王。竜を生み出す際に神に寄せて作ったのでな。大抵のことはできる。最も好き嫌いはあるがな」
「それで戦いたいか」
「少し退屈なんだ。だれもが我のところにはこない。悠久の時を生きるものにはそれが一番」
「だから誘い込まれたってことか」
ダムスが他の五人を見る。
「あの二人は・・・戦うつもりみたい」
二人。すなわちサイラスとカイン。
二人とも混乱からは立ち直った。むしろ絶対の強者に挑むように。
「結構、結構。やはり人はこうでないとな。生きるためでなく楽しむために戦う。明日の餉に苦労しない生き物の生き方よ」
ドラゴンが羽を広げる。それを決戦開始の合図とするように。
直後六人に爆炎が降り注ぐ。