アジト
先ほどの地点から五百メートル離れた地点で立ち止まる。
「無能だな」
「いや、それはわかってるよ。だってそもそも脱獄させたのあいつのミスだろうに。あそこまで威張れるわけが分からない。」
「ああそれももちろんあるが、少しおだてただけで調子に乗る。カードキーにマンション名が書かれてあるんだから気づくのは当然。それにわざわざ二人と声に出してやったというのに違和感に気づいてない。まあこれで奴の主目的からいったん意識をそらせたのだから良しとするか」
「二人?そういえば出雲さんは?」
「ちょっと調べてもらっている。あいつなら信頼できるからな」
「調べてもらってる内容って?」
「奴の記憶を見たときウールと男が洞窟の中で話してたんだ。その洞窟を調べれば何かわかるかもしれない。学校からならともかく、ここからはさすがに遠いしな、ロレッタ先生とバーナードはテレポートを使ったんだろうが俺たちは使えない」
「なるほど、でもその口ぶりだとどの洞窟かわからないんじゃ?」
「もともと収容所から洞窟につながる方法が何かあるんだろう。収容所内に入れるならすぐにわかるが、それは無理。俺の見た記憶では約十時間前の記憶。今の時刻が午後四時だからだいたい午前六時だ。最終点呼が何時かわからないが脱獄したのは深夜だろう。複数人で移動したとすれば、もっと時間がかかる。怪物が比較的でない。人目につかない。収容所から離れていない。今現在も捜査している人がいる。四つの条件をすべて満たすとなれば、かなり絞りこめるはずだ」
「なるほど」
本日何度目かのカインのなるほど
思考が苦手のカインには雄我の考えは理解できなかったがとりあえず相槌をうった。
「アンドリューに頼んでいたあれ、どうなってる?」
「そっちは大丈夫だと思う。(魔眼を使えば楽勝)って言ってたし」
「なら今は待つことしかできないな」
「なら昼飯食いに行こうぜ、さっきバーナードに昼飯食ってくるって言ってから腹が鳴ってるんだ」
ピロリン。カインの体から音が鳴る。その音を聞いてカインは冷や汗が出る。なにせ腹の音にしては妙だ。腹の音を聞かれた羞恥ではない、もっと別の感情
「MISIA?誰からだ?」
「アンドリューから」
「なら昼飯はまだ先だな」
「えーーーー」
「仕方ないだろ。おそらく残っているのは一人」
バーナードが爆弾を回収し、雄我が目的地に向かっているころ出雲雪風は五人の警備隊が捜査している洞窟についた。
「雄我が言ってた洞窟はあれね。連中にはどいてもらいましょう」
職務を放棄させるというのに罪悪感などなく詠唱した。
雪風が詠唱後、洞窟の周囲にバーナードが現れる。警備隊の連中にとって見慣れた相手
この事件の解決後どう取り繕ってもこの男が自分たちの上司として居座ることはない。それでも今この男の相手をするのは面倒。
「これは看守長様。こんなところでどうして」
「ここで新たな情報が見つかる可能性が出てきた。何か見つかったか?」
「今のところ十人ほどの足跡が見つかったばかりで」
「馬鹿者!」
バーナードがいきなり怒鳴りだした。
「ひぃ」
「これだからお前たちは無能だと言っているのだ。この洞窟に何もないのならば他を探せ」
間髪入れずにまくしたてる。
かつてバーナードという男は収容所内で事件が起きたときに、怪しいと思ったから持ち場を離れた職員を怒鳴りつけたことがある。そのことを考えればこの発言は矛盾。
「申し訳ございません」
看守の一人がこれが最後と自分に言い聞かせて洞窟を出ていった。元から指示した内容が矛盾していることなど何度もあったのだから。
「ほらお前たちも」
「はいっ」
看守と警備隊が一人残らず洞窟から出ていく。この洞窟はこの脱獄事件の中でも最も捜査すべき場所のひとつ。そんな場所から一人残らず出ていくのは明らかに不合理。もともと部下であった看守はともかく警備員までいるのだ。それでも今現在中にいるのは、女生徒が一人。五人全員が化かされた。
看守と警備員が出ていきバーナードは塵となってその場から消滅する。
《幻影》人に幻を見せる魔法。周囲に魔力でできた偽りの景色を張り付け相手をだます。
誰もいなくなった洞窟で少女は一人手掛かりを探す。
洞窟は縦三メートル横四メートル奥行きが十メートル。自然が生み出したとすればきれいすぎ、人が生み出したとすれば汚すぎる場所。いくらこの国がこの星の中心地だとしてもその森の洞窟まで足を運ぶ人は少ない。整備されたハイキングコースもあるがそこからは少し離れている。深夜ともなれば夜行性の生き物しかないだろう。そんな洞窟の奥でそれは見つかった。
「ぬいぐるみ?確かこれは・・・」
雪風は記憶からこの気味の悪いぬいぐるみの知識を引っ張り出す。
彼女の優秀な脳は三十秒もかからずに答えをだした。
雑誌の片隅で紹介されていた五年ぐらい前に顔の気持ち悪さをウリにして販売したがその顔の気持ち悪さで売れなかった商品。確か名前はパース人形
「確か体の部分にいろいろ物が入るとか宣伝していた気がする。中に何か隠して・・・」
探ろうとして気づく。ぬいぐるみの体に魔法陣があることに。
二人の少年が目的地にたどり着くころ今度は雄我のMISIAに連絡があった。
「雪風が洞窟内で魔法陣付きのぬいぐるみを発見したらしい」
「魔法陣付きのぬいぐるみ・・・それって」
「ああ人形制動のものだろうな。それに朗報だ。そのぬいぐるみあんまり売れなかったらしい。アンドリューに調べてもらってくれ、相手が人形制動が得意魔法なら同じ人形を大量に持ってるかもしれない」
「了解。で聞きそびれたんだけどオレ達今どこに向かってるんだ?」
「ほかのアジトだ。おそらくさっきのマンション内を探せばカギの一つぐらい見つかるだろうが時間がない。アンドリューが千里眼でよかったよ。あいつが発見して部下に調べさせるより早く俺たちが調べられそうだ。」
《魔眼》体のどこかに魔法が宿る《魔導生体》の一種でその中では最も多い瞳で視ることで発動する魔法。基本的に努力すればある程度使えるようになる魔法の中で生まれつき決まっており、詠唱の必要がある魔法の中で詠唱が必要ない。魔法の中でも特殊な魔法。
《千里眼・現在》自分の視界の一部を任意の場所に飛ばす魔眼。この魔法の説明にはしばしば監視カメラを自分の意志で動かすと表現される。アンドリューの場合は両眼を見開いた後閉じることで発動し、六つまで自分の目を増やし動かすことができる。
この場合は魔眼のひとつでバーナードを監視。発見した証拠品の情報をカインに教えた。
バーナードが部下に場所を教えたタイミングで二人は先ほどのマンションから三キロ離れた別の系列のマンションの前にたどり着いた。
「これからどうするんだ?鍵は?よじ登れそうなところはないぞ」
「方法はある」
雄我の笑顔にカインは嫌な予感がした。
「アジトは三階。お前が翼対で俺を引っ張り上げて、俺が窓の外から家具の影を移動する。それぐらいの魔力は残っている」
予感は当たった。
「カーテンがあるだろ。それに制御が聞かない」
「カーテンの陰からでも入れる。制御はまあ熱血で頑張れ」
「無理だって」
「時間がないんだ。あいつが部下に報告してここに向かうまでの時間しかない。さすがにテレポートは使わないだろうが俺たちがここにくるまで少し時間がかかったことを考えれば十分もない」
「ああもうわかったよ」
「早くしろよ。裏路地にあって人に見られづらいといっても人がいないわけではないからな」
部屋の中に入った時いやな気配がした。いやその気配の主たちはすでに
「こいつは・・・」
いってしまえば先ほども似たような景色を見た。少年自身も何度も見た光景。なんだったらこれよりひどい状況を自身の手で作り出したこともある。少年は戦闘が好きではあったが死体が好きなわけではない。命を懸けた殺し合いは好きであったがそれでもこの光景は度し難かった。
床、壁、天井、テレビ、ソファ、テーブル締め切った部屋の中ですべてが朱色に染まっていた。
そこにいたのは人。いや人であったもの。廃墟での屍とはまた違う。贓物をそこかしこにぶちまけたような光景。
「誰一人として顔が残っていない」
少年の第一声はそれだった。光景を見ればだれ一人として生き残っていないのはわかる。それでも少年は冷静だった。そしてその冷静さのおかげで見つけ出したものがある。テーブルの下に置いてあった箱。その中に入っていたのはおびただしい数の銃と銃弾
「ショットガンにマシンガンにライフル。これは大型ナイフか。なんでこんな大量に・・・」
窓の外のカインから連絡がきた。
「どうした?」
「どうした?じゃねぇよ。入ったら連絡するって言ったのはどうしたんだよ」
「悪いがそれどころじゃ無くてな」
「何だ?襲われたりしたのか」
「いやそうじゃない。そっちのほうがマシだったかもな」
「マシってどういうことだ?とりあえずその中の状況、写真に撮って送ってくれ、アンドリューならなんかわかるかもしれないし」
「いやこれはインターネットの海をどう泳いだとしてもわからん。とりあえず大量の重火器を見つけた。その写真は送る」
カインとの連絡を切った後。雄我は部屋の中と箱の中を写真に収め、別の番号に送信する。
「仕方ないか。脱獄犯はすべて見つかっている。つまりここの人は全員脱獄させた側か無関係の・・・」
コンコン。窓の外、いや窓そのものをたたく音がする。事前に二人が決めたサイン。看守あるいは警備隊が近づいてくる。
自分が入った痕跡を消して脱出した。
「すごいことが分かったぞ!!」
マンションから離れてからカインはやけにテンションが高かった。
「何が?」
「アンドリューから、あのぬいぐるみを大量に買ったやつが見つかった!!!」
「名前は?」
「ロベリア=アーク。昔から聖都の事件の陰に暗躍してきたと言われる男だ」
ロベリア=アーク。始まりは三十四年前、ある議員の暗殺が阻止されたとき、暗殺者が首謀者として白状した名前。同時期にそこから遠い異国の地で予告殺人が行われた。その際に予告状に書かれた名前がロベリア=アーク。同じ人物の偽名として長年捜査され、それらしい人は何人が逮捕されているが、容疑者とみられる人物が牢屋の中にいたときでもその男の犯罪は止まらなかった。爆破、薬物、放火、強盗、殺人。ありとあらゆる犯罪にかかわっているとされ、その有名さからそのうちの半数ほどが模倣犯ではないかと言わた。実際に模倣した人物がいたが、模倣犯が警察に捕まる前に予告状が届けられ、模倣犯は予告状が届いたとされる次の日に遺体で発見された。今まで彼がかかわってきた事件は千にも及ぶと言われた。国際指名手配犯。
「それはそれは、ウールをも上回る知名度だな。でもネームバリューにあやかった他人かも・・・。いや購入するのに偽名を使って警備やら警察に報告されるのはさけるか。いやだとしても本人が購入したとしても別の名前を使うはず・・・学校には?」
「伝えてあるらしい」
「看守と警備には?」
「伝えてないらしい」
「それはそれは、結構な悪党ぶりで、でも賢明な判断だよ」
雄我が感心した時その連絡はあった。
ピンポンパンポーン。街中に音が響く。
「現在街中では凶悪犯罪者がいる可能性があります。市民の皆さんは直ちに避難してください」
避難命令。本来ならば脱獄が確認できた段階ですべきこと。
街中に響き渡り、市民の非難し始めたころ高校の一室では太った男が老人に詰め寄っていた。
「なんてことをしてくれたんだ!!!」
「何が?」
恫喝のような声色に老人は臆せず答えた。
「避難指示を出したことだ。私には何の説明もなかったぞ」
「それは失礼。あなた方が出し忘れたことをやっただけですよ」
老人にはわかっている。バーナード看守長が狙って出してないことを。
「市民の混乱を防ぐためには伏せておくべきだった」
「ええそうかもしれません。しかし捜査は次の場面に移った」
「それはどういう」
バーナードは知らない。この老人が世界中の魑魅魍魎(権力者)と呼ばれる人種から恐れられていることを
「現段階でこの事件に深く関係している人物は一人を除いてすべて逮捕または死亡が確認されています」
「それがなんだというのだ。それも避難指示を出さなかったがゆえの成果だ。」
「いいえ違います」
「違う?」
「事件に関わればいやがおうにも現状を大きく動かしてしまう。そんな人物がかかわっているからですよ」
「何を馬鹿な。捜査とは優秀な指揮官と優秀な兵士で成り立つものです。」
「たいていの事件はそうです。ですが事件にも大小がある。人には運命がある。道に迷った女性を助ければその女性が家出した貴族だったりする。老人がたまたま落とした宝石を拾って持ち主に届けようとすればその宝石が呪物だったりする。どんな時代に生まれても神や王に嫌われていても、それでも人々の記憶、そして歴史に名を残す。そんな数奇な運命を持って生まれた本物と呼ぶべき人物がこの世にはいるんですよ」
バーナードには目の前の男が言っている意味が分からなかった。それでも自分がけなされているような気がした。だから言った。
「この一連の事件で今までしっぽすらつかめなかった国際指名手配犯が逮捕されるようなことがあるとでも」
「半分は正解でしょうが、半分は大間違いですよ。むしろ逮捕はされない・・・」