王子の定義
「というわけだ」
その日の夜、寮内の雄我の部屋では
この事件について興味を持つ三人の男が集まっていた。
雄我のMISIAにはテレビ通話状態で雪風とアリシアもいる。男子寮には女生徒は入れないゆえの措置だ。
雄我たちが滝に言っている間、昼間に担任が去った後に雄我が話した仮説の証明
つまり別の王族についての調査結果をアンドリューが語る。
「まずは俺からか、雄我の言っていた通りだったよ、シャール共産国の王子リーリス=シャールを物陰から見ている教師がいた。あの人は確かいくつかの王族や貴族で家庭教師をやっていた人だ。昔よくテレビに取り上げられていたから知っている」
『それに加えて雄我の父とロイド教諭は確か友人。なるほど言い訳ができるような人選というわけね』
「なら確定だな。誰かがこの学校で学ぶ王子を狙って学校のネットワークに侵入した。そしてそこには詳しくはわからないが王子たちの性格や趣味趣向そして今週末までの予定が書かれていた。それを知った学校側は警戒しているわけか」
「目的の方はまあいくらでも考えられるんだよね、金、敵意、外交、愛国。考えるだけ無駄だ。どこでどう恨みを買うかわからない。雄我の前でいうのもなんだけどこの学校にいる五人の王子には悪いが仕方ないことではあるんじゃないか」
アンドリューの断言に雄我が待ったをかける。
とはいえ内容は恨みの方ではなく
「どこでだれに狙われるかわからないというのはまあ同感だ。ただ数の方だ、五人だけかな」
「え、まだいるのか」
ノア=フェン=イルミナル
天音雄我
ヴァージル=フレルメル。
リーリス=シャール
ファイス=リューズ
カインが指折り名前を一人ずつ並べていく。
みんな現在の国王の息子あるいは孫だ。授業が始まって一週間と少し。だというのに皆取り巻きがいる。望む望まないに限らずその血がそうさせる。
たとえどれほど学校側が公平を目指しても、どれほど王子たちが一般生徒のように扱われることを望んでも、庶民の意識は変わらない。
フィクションのようにはならないのだ。たとえ現実にどれほどの金持ちであっても人の命を容易く扱えなかったとしても。
娯楽あるいは芸術の発露として事実との乖離は行われている。
そしてその差は決して埋まらないことを王子たちは知っている。知ったうえで諦めている。
雄我に至っては興味すらない。
ただ問題はそう簡単ではない。
「そもそも王子の定義からしてそう単純じゃないだろう。例えば昨日の朝にノアの周囲にいた三年とかな」
「・・・そうかそういう可能性もあるのか。それは盲点だった」
「どういうこと?」
それだけで思いついたアンドリューに対し、何もわからなかったカインが聞いてくる。もはやアリシアは会話についていけていない。
『国王には象徴としての王と行政の長としての王の二種類がある』
雪風が呆れたように言う。
現在のイルミナル国では表向きの国王としてノア=フェン=イルミナルの父であるイルミナル国王がいるが実務の頂点として宰相がいる。国王も政治に口を出す権利を持ち会議にも出席する。そしてそこではだれよりも強い発言権を持つ。権利だけでなくそこに出席するすべての人がその王の一言を注意深く聞いている。だがその会議を取りまとめるのはほかでもない宰相だ。
王が知っていることで宰相が知らないこと。
宰相が知っていることで王が知らないこと。
そのどちらが多いかと言えば量、質ともに前者は後者に遠く及ばない。
「リーグ=サインか。確かに王と言えば王と呼べなくもない。そして選挙による民間からの出身だから貴族でもなんでもなく、単純に裕福なだけだがその息子。ライド=サインは王子と言える。教員が共有するそのサイトに書かれていてもおかしくはない。実際に恨みを買っている奴はそれなりにいる、そして外交の影響も・・・」
「何だったら貴族の子息をまとめて王子と呼ぶこともある。王族としては分けているが一般庶民からするとそこまで区別ないだろう。下手をすれば議員高官の息子まで広がる可能性まである。カイン=ルーグとかな」
突然名前を呼ばれたカインが反応する。
「え、オレも」
「人によってはその可能性も」
「いやオレの親父はただの政治家で卿でも貴族出身でも役職についているわけでも・・・」
「いやそれでもほかの議員とは影響力が違う。ファーラー教との影響もある」
政治と宗教。それは古くから伝わるもの。
効率を求められた組織と非効率を求められた組織。
人が愚かであれば愚かであるほど人が弱ければ弱いほど強さを持つ。
「司教の息子まで可能性が出てくる。まあさすがにそこまではないとは思う」
「・・・だがきりがないぞ。それとも目的を絞るか?」
「いや最初にアンドリューの言った通りどこでも恨みを買うものだ。火も非もないところに煙をたたせるような連中だからな。味方も敵も。目的から絞るのは不可能」
「そのサイトが見れればいいんだがなぁ」
「それはもう消されているらしい。それに作った教師も名乗り出ないだろう。復元できればいいが・・・」
「学校長の権限があればできるとは思う。ただ複数人の教師がやったとなれば時間がかかる。いやそもそも生徒のことについて教員で共有するのは別に禁止されているわけでもないから意図的に漏らしたとかならともかく、学校内のネットワークにあるうちは別に罪でも失敗でもない」
「それだ」
「どうした」
「最初から疑問だったんだ。どうやってこの学校のネットワークに侵入したんだ」
「・・・それもそうか・・・やったことはないができたということは内部犯」
『でも教師なら特に問題なく見れる・・・犯人は生徒』
「だが学校側はそれをよく知っているはずだ。だがそこにどこかの誰かはバーリガンを雇った」
「見えてきたな」
「ならその七色英雄を見張れば」
「・・・それが難しい。長年傭兵稼業をやってきたプロだ。そうたやすくボロは出さない」
「依頼者か。学校側は書かれてある可能性がある家に連絡した。だがそこにわざわざ傭兵を雇って派手なことをしたとなると六人目の王子かな」
「六人目?」
「別に王族であることを隠すのはそこまでおかしいことじゃない。天音家でも小学校卒業までは名前どころか存在すら隠す。使用人の中でも知っているのはごく少数だ。防犯と教育を考えて」
「つまり狭義の意味での王子に絞られる。ならその六人目を調べるしかないな。でもどうやって調べるんだ・・・そういやアンドリューは雄我のことを王族だとわかってたよな。ってことは」
「悪いけどどこを調べても乗ってないと思う。雄我の時はオーラやら雰囲気やらが明らかに王族の天音麗華先輩と一緒にいるところを入学前に視たからというのが大きい。だから本気で隠されると・・・」
「ただの生徒が少し調べたところで分かるようなものでは決してない。天音家は高校生の場合隠すというより断言しないことの方が多い。だからわざとらしい護衛がついていない場合教師も知らないだろうから」
「じゃあどうするんだ」
「敵が動くのを待つしかないな。そもそもバーリガンがいるんだ。俺たちの出番がないまま事件が解決することもある。そもそもただのいたずらで事件が起こらない可能性も・・・」
「まあでもそれはないだろう。あのバーリガンが雇われているんだ。おそらく何か狙われる理由に察しがついているからこそ雇ったんだろう」