香り
神王の子は父が死んだ後に神々の王となった。
四月の中ごろ。
春とはいえここまだ寒い。
あるいはめんどうだからか。皆集中を欠いている。
壇上の老人が説明している。
金曜日に起こった事件について。
そしてその事件の黒幕である養護教員に変わって新しい養護教員が来ること。
「ふわぁー」
緊急全校集会をおえ一年一組のクラスに戻る際中に雄我の左隣を歩くカインが大きなあくびをする。
雄我は隣を見もしない。
そしてもはやあきれを通り越した顔で
「体育館の中では我慢したというべきか」
「さすがにあの学校長に目を付けられるのはさすがに憚られた」
「まあ退屈になるよね」
カインの左隣を歩くアンドリューが得意科目が真逆のカインに珍しく賛同する。
「え、アンドリューはそういう事件の話好きだと思っていたけど」
意外だ。と雄我は思った。
何をどう考えてもアンドリューという人間は未解決事件なんかが好きだ。
「いやぁ。そうなんだけどさ。土曜日に起きた事件が大きすぎて金曜日に起きた事件がどうでもよく」
「ああわかる。オレも土曜日に戦闘に探索にいろいろあってね」
「土曜日。あー。二人とも拉致事件に関わっているのか」
「そう。そこですごい人にあってね。僕も最後の戦いに参加したかったんだけど止められちゃって」
「オレも公園で戦っているのは見えていたんだけど・・・」
「あれはそれが正解。風撫化をすべて潰すにはブラックホールが一番いい」
「そういえば最後の相手は誰だったんだ。教えてよ」
「あああの人は」
「そこの三人。一年一組はその後も話があるから早く戻るようにって言っていたでしょ」
担任に注意された。
三人とも軽く返事をして戻っていった。
「ええっと。アリシア=バークです。よろしくー」
予想はしていたが話は一週間遅れで授業に参加する女生徒の話だった。
「山での特訓がちょっと長くなってしまいましたー」
変人ぞろいのこのクラスの中であってそのセリフは意味不明だった。
この一週間でロイド=バークの変人さは知っている。
知っているがそれでも予想の外にいる。
さらにそこから続くセリフはもはや驚きという感情を通り越してきた。
「三年間山にいました」
訳が分からない。
電気もガスも水道もネットすらないところで三年間も暮らす。どこの修行僧かキャンプ狂いか世捨て人か。クラスの三分の一を占める運動と戦闘での入学者も年単位の合宿など知らない。当然聞いたことも、考えたこともない。
「じゃあ空いているあの席に」
「はーい」
その性格を表すように元気そうに椅子に座った。周囲からの奇異の視線など気にすることなく。
四時間目の授業が終わった。
カインが雄我を昼食に誘おうとしたときにすでに別の人が雄我の席にいた。
小休憩のたびに皆から質問攻めにあっていた少女。
「ねぇねぇ雄我」
「何?」
「一緒に昼ご飯食べない?」
「いいけど」
「じゃあ行こ」
「ちょっとまて、引っ張るな」
そういって二人は慌ただしく出ていった。
教室内に一つの噂と一人の雪女を残して。
「寒!」
教室内の温度が下がった。
幽霊でなくダジャレでなく単純な魔法で。あるいは詠唱すらしていないのに瘴気のような白い圧。
教室内にいたほとんどの人がそちらを見るとそこには怒り狂った妖怪。
少女がいた。
「出雲さん?」
たまたま近くにいた少女が話しかける。だがその声には答えず。歩いて行った。
教室内に一つの恐怖を残して。
「俗にいう修羅場というやつでは」
「これは面白いことになりそう。ちょっとスケッチ」
興奮するアンドリューとセシル。
二人の通っていた中学校にも色恋の噂はあったがそれでもここまでの事件はなかった。
「言っている場合が追いかけるぞ。アンドリュー」
「あなたたちが言ってもどうにもならないと思うわよ」
忠告したのはパンジー。どうやら慣れているらしい。少し年を重ねた大人の女性が夢に向かって邁進する若人を見るような目をしていた。
「それでも」
果たしてそれは興味か正義感か。
カイン本人にもわからないまま廊下を走る。そして食事寮についた二人が見たものは意外にもまだ平和ではあった。
とはいっても対象は七人で座る席に座っていたが誰も相席どころか近くによることさえしない。
「どうする近づくか?」
「オレたちなら大丈夫だろう・・・多分」
「多分か。まあいいか。僕も美少女転校生には興味がある」
適当に昼ご飯を取り三人と相席する二人。
その時階段から聞こえてくる大勢の声。
しめたとカインは思った。三人がどういう話をしているのかは知らないが強引に話題を二日前の事件に変えられる。
しめたとアンドリューは思った。二日前の事件についてまだ詳しく聞けていない。
興味はある。強烈に。
「まあ俺の高貴なる血筋ゆえかな」
「すごーい」
ノア=フェン=イルミナル。だが先週までと違うことはそこに少女たちの中に男子が一人混じっていた。
「今日はもう一人の王子も一緒か」
「二日前のこともあるんだろう」
「何あれ?」
アリシアが雄我に聞く。人から離れてきたためか知らないらしい。
とはいえ雄我もあまり詳しいことは知らない。同じ王子でも自分とはまるで違う感性。価値観。
「さあな。俺も知らない」
きっぱりと言い切った。
「ふーん」
あまり興味もないらしい。だが他の二人にとってはそうでもない。
「土曜日あれからどうなったんだよ」
「戦いが終わった後帰っちゃったからな」
「別に普通だ。あの後病院を探し回って眠らされているアレを見つけて騎士団に報告した」
「アレって。その割には元気そうだな」
「まあ本人は寝ていただけだからな。それにしても元気すぎるが。馬鹿か大物かというやつ」
「なるほど」
「最後戦ったの誰だったんだ。僕たちもそれなりに真相に近づいたと思っていたけど結局正体と居場所まではたどり着けなかった」
「大戦のときに将であり軍医だった人だ。名前はポトス=ニューロ。カインから戦術理論の単語を聞いたときに思いだしたんだ。医者の知り合いから戦術理論を研究している人がいることをな」
「そこから調べたわけか」
「どれほど調べても適正が分からなかったがまあ戦ってみることにしたよ」
「結局何だったんだ」
「六感深化。五感鋭化とは似ているが少し違う。情報が頭ではなく脊髄で折り返す。その分速度はかなりのものだ」
「なるほど・・・だから最後はブラックホールですべてを壊しに行ったわけか。小技でいけば時間がどれほどかかるか」
「そういうことだ」
「大戦か。確か十年ほど前の」
その時大柄の男が話しかけてきた。
「あれもうすでにほかの人と一緒にいるのか」
気配で分かるその強さ。
口元にパンのカスをつけながらアリシアが返事をする。
「あ。パパ」
「ロイド先生」
話しかけてきたのは地理学の教師であり一年一組の副担任のロイド=バークだ。
教師は五階で食事することになっている。当然目立つが特に気にしていないらしい。
この親にしてこの子あり。血か教育か。
「人とのコミュニケーションについて心配したけど大丈夫そうだな」
「うん」
そういってアリシアは隣に座っていた雄我と腕を組む。その光景を見て少年二人は先ほどから一言もしゃべっていない少女の方に目線を向けた。
「・・・どうだ」
「・・・わからん」
カインとアンドリューには少女の心の機微に鋭くはない。だからその感情の動きはわからない。だが雪風は動かない。
とりあえず大丈夫と判断して話を進める。
「ロイド先生は娘に会いに来たんですか。原則他の階には立ち入り禁止ですよ」
雪風が非難する。
言われたロイドもばつの悪そうな顔をしながら
「・・・まあそうだね。もともと自分の子供がいるクラスの副担任になった時にそれなりに反発があったからね。そのうえ今ここで話しているとさすがにまずいね」
「戻った方が・・・」
カインも続ける。心情として教師のいる前では食べづらい。
「ははは。ああそうだ君たち周囲で何か変なこと起こっていない」
五人をぐるりと見渡す。
見られた五人もその意図がよくわからない。
この学校において変なことなど日常茶飯事だ。昨日特に何もなかったことが奇跡的なぐらいに。
「うーん。まあとくには」
「同じく」
「あたしはきたばっかりだし」
「私も」
「・・・・・・」
「・・・天音くんは」
「・・・別に何も」
「そうかそれなら何より」
そういってロイドは周囲を見渡して階段の方に向かっていった。
「何だったんだ」
「娘に会いに来たんじゃないの。一週間遅れたわけだし」
「それにしても・・・」
皆何か事件の香りを嗅いだ気がした。