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黒白の魔法剣士  作者: 傘羅栄華
ボーイミーツガール編
55/114

貴族たち

「・・・嘘」

 クレアの声が震えている。それほどまでに恐ろしいものを見た。

 視線の先にある人は

 先ほどのスペンサーと同じ四十代ほどの男性。だがその姿はスペンサーとは真逆といってもいい。いかにも悪党。そう感じさせるほどの醜さ。

 顔ではない。在り方が

 服装は高級なスーツ。だが品がない。男子中学生のようなセンス。

 それでも強さを見たからかクレアは立ち直る。

「お父様」

「バーレッド=レッドアーチか」

 雄我も顔は知っている。あったことはないが。

 レッドアーチ家の当主その人。金でなくコネでなく歴史。この世界に居座る本物の貴族。

「口を慎め。我は高貴な血筋であるぞ」

 姿通り尊大なありかたをする。あるいはそれは貴族のたしなみか。

 見る目まで腐っているのか。

 あるいは他国の王族など

「ふん。神の血でもひいてるのかよ。もともとただの戦士だろ。粋がるなよ下種」

 挑発かあるいは本心か。

 そして当然この本物の貴族は朝あった二人よりさらに沸点が低い。

「天につばを吐く行為だな。そんなに死にたいならここで殺してやる。ファイア」

 指先で魔法陣が描かれその中心から爆炎が射出される。

 娘であるクレアも見たことのない速さ。見たことのない威力。

 あたり一帯を燃やし尽くすような

 だがそれは届かない。

 不届き者の心身とどく前に魔法剣が切り裂いた。

「なるほど・・・威力だけはそれなり。だが街中でいきなりとは常識のない。それも魔法陣に頼るとは。草葉の陰でファイア=レッドアーチが泣いているぞ」

 心底馬鹿にしたような忠告を聞くようなバーレットではない。

「我ら三貴族にそんなものは関係がない。そして平民ごときが我ら一族の父の名前をそうみだりに出すな。不敬であるぞ」

 貴族が怒り狂っているというのに雄我は落ち着いている。

 その冷静は嘲笑にまで届く。

「平民か。そうとしか見えないか。落ちたものだな、レッドアーチ家」

 もはや悲しそうな顔までする。

「それは二千年続くレッドアーチ家全体への侮辱だと受け取っても構わないな」

 周囲を取り巻く熱力が跳ね上がる。

「まさか。むしろ侮辱しているのはあんたの方だろう。平民。そして魔法陣。英雄とまで呼ばれた子孫のプライドはないのか」

「そこまで言うか。なら裁きだ」

「黒砲」

「ファイア」

 黒と赤の魔力の塊が衝突する。

ギギギギギャ。

 バーレットが雄我を見失う。探す前に腹に衝撃が走った。

「ぐほ」

 雄我の拳がバーレットの腹にめり込む。

 血のような水のような何かが口から漏れ出る。

「きたねぇな」

「全炎鎧」

 今度はバーレットの全身が炎に包まれる。

「うぉっと」

 雄我が距離を取る。だがバーレットはそのまま地面を焼きながら直進していく。

 だが当然そんな単調な攻撃に当たる雄我ではない。

 スペンサーほどの身体能力と刀鍛清廉ほどの剣の切れ味があり単純な攻撃は武器となりえる。だがそんな攻撃当たらなければ意味はない。

 格ゲーでいうところの遅いキャラクターは弱いと言われるのと同じ理屈だ。

 おそらく今まではそれで問題がなかったのだろう。相手が本気を出せない状態。金か権力を後ろにつけなければどうにもならない。

「魔力量はともかく。戦術は素人だな。スペンサーの十分の一以下だ」

「どこまで私たちを馬鹿にすれば」

「達じゃないてめぇだ。勝手に周囲の問題にするな。てめぇだけが悪いんだよ。だいたいどうして家出程度でそこまでできる。第三者を入れての話し合いとかないのか」

「うるさい。一人で生きていくなんてクレアには不可能だ。冷静に理知的に。父としてそれだけは断言できる」

 あるいはそれは親としての意見かそれともいいわけか

「あんたがしたいのは否定だろう。評価じゃない。自分を上に見せたい。相手を下にしたい。負けを認められないだけだ。そのくせ批評など笑わせる。お前は自分の非を誰かの前で心の底から認めたことがあるのか」

「黙れ。私は様々経験してきた。」

 一際大きな声だ。焦りを示すかのように叫んだ。

 雄我は鼻で笑った。スペンサーの前では決して見せなかった表情。

 心の底から甘く見ている。

「年の功か。一度ぐらい死んでから言え。実際に高校一年生程度に言い負かされているだろう」

 舌戦の間にもバーレットは魔法陣を描いている。

 赤の魔法の原点にして奥義。

 ただのパンチでもそれが人の頭蓋骨をヘルメットやバリアの上から破壊できるならそれは十分武器となりえる。

 それと同じことだ。

「覚悟がないんだろう」

 その口を止めるように。すべてを無にする最強の炎。

「炎終焉にかかる(ファイアレッドアーチ)

 ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 それは貴族の絶対性。あるいは誇りそのもの。

 世界すら焼きかねぬ。持つ者が振るう力。

 断じてそれは住宅街で放っていい威力ではない。

 周囲全てを薪としてその炎の橋は対象に向かっていく。

 いやもはや対象になどこだわらない。

 戦争あるいは核兵器が。人も人の営みも建築物も自然も後に生まれ出るすべてに影響するようにそれはすべてを燃やし尽くす。

 だがそれは

 極大の赤を目にしても雄我は動じない。

 何かを詠唱する。

バーレットと同じように。

バーレットとは決定的に違う何かでもって。

 だがそれは本人以外誰にも聞こえない。だが事実としてそれは確実に存在する。

 刀(奇跡)でなく魔法剣(不可能)でなく杖(夢)でなく。

 鐘が鳴った

そして

 赤は黒に破られた。


 その声が聞こえたのは赤が消えてからどれほど時間がたっただろう。

「な」

 誇りが奪われたとき人はそういう顔をするのだろう。

 赤き誇りは消えた。黒き誇りのもとで。

「・・・そんな馬鹿な」

 どれほどたっても信じられないらしい。

 だが事実は

「赤の誇りとやらもずいぶん埃をかぶったな」

 紛れもなく全力。ゆえにそれ以上は言葉もなかった。


 はずだった。

「ぐほ」

 果たして戦場から離れてどれほどたっただろう。

 十五年。百年。いやおそらくもっと。

 知らないはずの痛みが走る。それは後に続くものに。

 赤い魔力を纏った先端に青い薔薇がついた杖が鈍器としてバーレットの頭を殴りつけたのだ。

 性格には杖を握りしめる少女の意志で。

「はぁはぁ」

 聞きなれた声色の聞きなれない声。

 倒れる体を元に戻す胆力など男にはない。

 薄れゆく意識の中で聞こえてくる少年と少女の声。

「父親だろ別れの言葉ぐらい聞いていけよ」

「ごめんなさい。お父さん」






 どれほど時間がたっただろうか。

「旦那様。旦那様」

 蟻のように地面に倒れる男を起こす二人の男。

「ううう」

 ズキンズキン。と頭が痛い。

 白状にも誰も助けてはくれなかったらしい。場所も血も痛みも心もそのままだ。

 果たして男はどれほど倒れている人を助けただろう。

 どれほど他人の血と痛みと心に無頓着だっただろう。

 どれほど踏みにじっただろう。

 おそらくそれを知るのは今ラインネイト宅の前でのやり取りを眺めているスペンサー=バーナビーだけだろう。

「何があったんですか」

 太っていて部下には傲慢な男が表面上は気遣っているような顔をして、問うて来るが問われてもわからない。正確に言えば現実感がない。夢にさえ見たことのなかった。

 悪夢。

 吐き気がする。それはどれにか。

「帰る。家に医者を呼んでおけ。世界一のやつを」

「はい」

「ああそれと・・・」

 そこまで出て声が続かない。

 普段なら絶対に出ていただろう罵詈雑言。

 部下の失敗を責め、その人間性をなじる。

「娘の家出に関してお前たちの減給を」

「え」

 男二人はもっとひどい何かを想定していた。だがそれは幸か不幸か外れた。

「なんだ」

「いえなんでも」

 男の気が変わらないうちに粛々と済ませる。

 もっともその約束が破られない保証などないが。



「じゃあな」

「ああまって」

 王族にも名前を憶えているだけありその家は広い。

 そんな家の前で

「なんだ」

 背中を見せようとした雄我が立ち止まる。約束はすんだ。物陰から見ているあの剣士は見守るだけだろう。

 なら問題はない。これでミッションコンプリート。約束は守った。

 二人の距離が近くなる。

 だがそれだけだ。

「ありがとう」

「気にするな。レッドアーチ家の内情が知れただけでも収穫はあった」

 とはいえ少年は名前も名乗らぬうちから助けてくれた。

 今日あったばかりの少女を。みすぼらしいごみ被りの少女を。

「また会いましょう。その時は一人前の女性として」

 その言葉に隠れた感情を雄我はもちろんクレアは知らない。

 知っているのは玄関で待っている女性と物陰から見ている男性だけだ。

「ああ。またな」

 

二人はまたいずれ再会することになる。

 それはまたどこかの鐘が鳴る場所で。


 こうして少年と少女は分かれた。


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