廃墟にて
クラスメイトに連絡を終えた後。学校から学生全体に連絡がきた。
それはさらなる混乱を二人にもたらした。
「リーグ=べネステを移送していた車が一名に襲われた。襲ったのは脱獄犯の一人ウール=アンダーだと確認。より強い警戒を。」
「ウール=アンダーか大物が来たな・・・七人いた脱獄犯の中で唯一の死刑囚。つまり最も危険人物」
「ああさすがにその名前は聞いたことある。」
今回追っているのは全員が脱獄犯、すなわち犯罪歴がある。また手引きした側であるリーグもまた前科が発覚している。罪状はスリ、薬物、銃刀法違反、銀行強盗、障害、恐喝、殺人など様々だがその中で死刑囚は一人だけ。それがウール=アンダー。
ウールが銀行強盗を計画したのは金のためだが、その途中で人を殺す快感に目覚めたのか。従業員を二人、客を四人、警察を三人、仲間を二人殺した殺人鬼。
目的と手段が入れ替わった最悪の例
逮捕された後の事情聴取でも人を殺したときの快楽を語った変態。
「こいつはやばいな。」
いままでよりも低いトーンだった。
「わかっていたことだが人を殺すことそのものが目的であるこの男が野放しになっている。下手をすれば今も人を殺しているかもしれない。そして脱獄犯が狙われている理由が分からなくなったことだ」
「狙われている理由?」
「ああ・・・今まで脱獄犯が殺されているのは、アジトの場所をばらされそうになったとかで、脱獄犯側が攻撃するのは殺さないと殺されるからだと考えていたが、それだと連行されている奴まで殺す必要がない。」
「つまり殺しあっている理由が分からなくなった。」
「ウールだけが例外の可能性はあるが、とりあえず追いかけないと」
「だがさすがにもう現場はいないだろう。なんだったら今移動している可能性が高い。」
「脱獄犯。それも犯罪は一回だけの男だ。アジトはないだろうし、あったとしても十五年前に確保してあったアジトが今もあるとは思えない。手引きした側のアジトにいる可能性はあるが、それがどこなのかはわからん。だがさっきクラスメイト・・・アンドリューからの情報待ちだ」
「アジトの場所が分かるのか?」
「いや、そうじゃない。元から脱獄犯の中で一番の危険人物がウールであることはわかっていた。だから奴に関することで情報収集してもらっていたんだ」
「奴の情報?」
「さすがに十五年じゃ街も変わらない。ある程度土地勘のある家や職場の周辺にいる可能性が高い」
「なるほど、だから連絡を取るときにはそれなりに詳しい奴にすべきだったわけだな。」
「通常の業務の傍ら情報を調べるにはある程度慣れがいるしな」
ピロリン。明るめの電子音が雄我の左手首のMISIAから鳴った。
【こっちは問題ない】
「誰からだ?」
「雪風から。バーナードは今のところ何かに気づいた様子はないだとさ。どうやら学校長へは誰にも気づかれずに連絡できたようだな」
雄我の根回しの良さにカインが驚いていると、カインの左手首のMISIAからも電子音が鳴る。
【ウール=アンダー。四十三歳。性別は男。血液型はB型。独身。事件後に両親と弟はウールとの縁を切り別の国に渡航。一度も面会に来ていない。逮捕前の仕事はスーパーミッドナイトブライト三号店で店長。場所はブライトシティグラス地区三八七―四。現在は営業停止し、建物はそのまま残っているが廃墟。逮捕前の自宅は職場から東に四キロ離れたアパートグラスプランの二階の三。現在は空き地。小学校はブライト東小学校、中学校はブライト中学校、高校はブライト高校。高校二年のころ喧嘩をして中退。その後日雇いのアルバイトを転々として二十三でスーパーのアルバイト、その五年後店長に昇格。学業は下の上。】
「早い上に多いな」
「そういうの調べるの好きらしい」
「グラス地区と言えば、ぎりぎり四十キロ内か。そこに逃げる可能性は高いな」
「だが十五年間牢に入れられてたやつが四十キロ内をそんな簡単に移動できるのか?」
「車でも盗んだんだろう。それに収容所から四十キロ内であって。ここからなら十キロぐらいだ。それに連行されていたところからなら条件は変わる」
「リーグが殺された場所が分かるのか?確か別の収容所に向かうとか聞いていたが」
「グランとその相棒が付き添っていたはずだ。」
「なるほど、グランに連絡を取れば」
「場所がわかるってことだ」
「ああうん。ありがとう。」
カインが電話を切って答える。
「さっきの場所から五キロぐらい東らしい。」
「ならここよりも近いな」
「後は自宅か職場だが」
「空き地ではないだろう。廃墟で待ち伏せするぞ」
「おう」
事件解決の糸口を見つけた二人は元気よく走っていった。
「何だよ。これ・・・」
先ほどの元気は何処に行ったのか。カインは意気消沈し右手で口元を抑え目の前の惨状から目をそらす。
このときばかりは誰もカインを責められない。死体を見慣れている雄我もさすがに口を開かなかった。それほどまでに目の前の光景は地獄と表現すべきものだった。。
そこにあったのは血と肉。そして鼻が曲がるような不快なにおい。人の体。それでも希望を探るように顔をしかめながら雄我は確認する。
「全員死んでる」
「調べなくてもわかる。まともな人間ならこんなところにいられない。」
人間らしい反応を見せるカインに対し、雄我は静かに言った。
「おそらくここに死体を集めたのは肉体的には人間であるウールだろ」
「いやそうだろうけど。そうじゃなくて。うぐっ」
カインが雄我に反論しようとして声のするほうに顔を向けるとそこには死体の顔と持ち物を確認している姿があった。
「平気なのか?」
「お前よりはな」
先ほどから声が震えているカインを放置し、雄我は冷静だった。
「死体の数は八人。そのうちの五人は脱獄犯だな。ベイルとウールを除けばこれで脱獄犯は全員か」
「後三人はどこの誰なんだよ。」
できるだけ死体から目を背けながらカインは問う。
「さあな、おそらくリーグの仲間だろう。今持ち物を確認しているが、身元が分かりそうなものは何も・・・これは」
「え、何か見つかったのか」
カインが問う。その瞬間だった。
死体が動き出した。
「「・・・・・・え」」
性格の違う二人の声が狭い元従業員用休憩室に響いた。
「生きていたのか」
希望をにじませながらカインは言う。
「いや・・・さっき見た限りでは死んでいるはず。何より生きていたとしても、突然一斉に動き出すことはないはず・・・現にみんな目を閉じている」
「ゾ、ゾンビってことか?」
「死んだ生物が動き出すことをそう表現するのならそうだろうな」
「熱血ボン」
「待てカイン」
ゾンビの集団を焼く準備をしていたカインを雄我が止める。
「何だよ」
「こいつらを燃やせば黒幕にたどり着く証拠がなくなる」
「やったのはウールだろ」
「忘れたのか、あの収容所には魔法を使えるような奴はいない」
「魔法じゃなくて幽霊とかの可能性も・・・」
「だから落ち着け」
相談する二人にゾンビが声もなく襲ってくる。
「くそっ・・・やりづらい」
「だが今は逃げろ。別の誰かが襲ってくるかもしれないからそっちも注意しろよ。それにこの廃墟おそらく長く持たない。下手に魔法を使うと崩れる」
「ええいくそっ」
八体のゾンビが四体ずつ二人を追い詰める。
足も速くなく、武器も持っていない集団だったが、場所が狭いこと、反撃できないことが二人を確実に追い詰めていた。
(おそらく発動者はこの状況を観察する術がある。しかしどうやって・・・千里眼、いや魔眼持ちはたいてい使用する魔法は一種類のはず、死体を動かす魔法と千里眼持ちが二人いたとしても、このシンクロ具合は腑に落ちない。しかし監視カメラの類は見えない。となれば・・・)
「どうする雄我、外に逃げるか・・・」
「いやだめだ。これだけの数を動かしているんだ。ドアを開けるなんて高度なことはできないはず。外に放たれるほうがまずい。俺たちが逃げるなら売り場のほうだ。そこならまだ広い」
「くそっ」
どうにか二人は売り場に逃げる。売り場といっても商品の類は存在しない。棚と埃があるだけの広い部屋だ。子供が秘密基地にするには従業員用の控室で事足りる。。
乱雑に置かれた棚の中で、埃を吸い込まないようにしながら奥に逃げる。ゾンビたちも二人を追いかけた。だが確実に追い詰めていたことが、魔法の発動者にとって命とりだった。
「こいつは」
「え、なんかわかったのか」
「ようやくわかった。このゾンビがなぜ服にはダメージがないのかを。おそらく魔法の種類は人形制動」
「人形制動?」
「死んでいるとはいえ人間に使えるなんて聞いたことがない。しかし死体の服の下に見えた魔法陣まぎれもなく人形制動だ」
《人形制動》本来は人の形をしたぬいぐるみや藁人形の体幹に魔法陣を描くことで腕と足を動かす魔法。だが戦闘に使えるわけでも生活を便利にするわけでもないためあまり研究がされていない。
「結局どうすればいいんだよ?犯罪者もいるとはいえあまり死体に攻撃したくないぞ、オレ」
「燃やそうとした奴が言うことか?場所が変わっても構わず移動して追いかけてくることと、八人同時に動かしていることを考えると、おそらく発動者は近い、この廃墟の中だ。」
「探して攻撃すれば」
「ああ、そしてそれだけの魔法を使えるんだ。黒幕の可能性が高い。」
ドタタタタ。雄我がそう宣言した時天井裏から誰かが走る音がした。
「雄我・・・今の音」
「ああおそらく天井裏の隙間から覗いていた。そして近いうちに気づかれると悟って急いで逃げだしたところだ」
雄我が推理した時には主を失った死体が今までの動きとは対照的に不規則に動き出した。
「おそらく術者がいなくなって制御を失ったんだろう。奴を追いかけてくれ」
「任せろ。で雄我は」
「俺は報告する」
「そっちは任せた」
「深入りはするなよ」
カインが逃げた相手を追いかける。だが相手はこの周辺の地理に詳しいのか、すでに気配はしない。あきらめるのは嫌いだが、深入りはしないと約束している。戻ろうとして気づいた。
「廃墟は何処だ・・・」
ガッシャ―ン。カインが逃亡者を追いかけた少し後。音とともに建物が崩れる。八体の死体と一人の少年がまだいる状態で。連絡する手を止めて、魔法を詠唱する。
「こいつは・・・重力制御」
建物全体の崩壊を魔法で制御し押しとどめる。
「ぐっ…こいつはまずいな。」
体全体を痛めながら、魔法を維持する。これだけ巨大な建物だ。ここで集中を切らすと、一人と八体、そして周辺に住む住人が危険にさらされる。
「早く帰ってきてくれ、カイン」
どれだけの時間がたっただろうか。体が悲鳴を上げながら、耐える。問題ない黒の魔力を今ここで使い果たしたとしても、白の魔力がある。まだ魔法で攻撃する手段はあるんだ。だが気合や根性でどうにかなる範囲をとうに超え、自らの信念で魔法を維持する。
その時だった。
「雄我!」
「遅いぞ、カイン」
「どうなってるんだよこれ・・・」
「説明は後だ」
「とりあえず、本部に連絡を」
「ああ早くしてくれ、あまり持ちそうにない」
口の右端から血を流しながら答える。
「今近くにいる二人が来てくれるらしい」
「そうか、なら周辺の家に危険だから離れてくれと伝えてくれ」
「それは僕に任せてくれ。」
答えたのはカインのMISIAの先のアンドリューだった。
「だが任せるってどうやって」
「こうするんだよ。」
その時町中から音が聞こえてきた。
「今現在、グラス地区は危険です。直ちに他の地区には慣れてください。繰り返します。・・・」
「なるほど・・・学校長の権限を使えばこれぐらいはわけないってことか」
「ここか連絡にあった場所は」
「のようね」
駆けつけた二人はリーグの護送をしていた二人だった。
「二人はさっきの・・・なんで」
「逃げたウールを追いかけてきたら自然にね」
「今そんなことどうでもいい。とりあえず死体をこの廃墟から出す。情報を失うわけにはいかない。ただまだ魔法陣はあるから動き出す可能性がある」
「ならボクの出番かな。美しいボクには不釣り合いだけど。色は茶だからね」
少年。セシル=ベルは詠唱する。
「大地に眠れグランドアンダー。そして土塊の手腕」
古びたコンクリートごと地面が割れセシルが生み出した土が腕の形をして死体を一体また一体と土の中に埋めていった。
「どうせこの廃墟の崩壊はさけられない。ならば死体は地面に埋まってもらおう。大丈夫僕が作る土は特殊でね、死体が汚れることはない。」
「ならオレたちも地面の中に入れば」
「無理。さすがに呼吸ができない。時間をかければ解決するけど、どうする?」
「一分持つかどうか・・・だな」
口の左端からも血を流しながら雄我は答える。
「ならボクたちもここから逃げよう。もっともそれが一番難解だけど」
「避難指示は出されたし逃げればいいだけだろう」
「そうじゃないわ」
今まで黙っていた少女。バンジー=シンケールスがけだるそうに口を開いた。
「一分というのはこの場所にとどまって魔法の使用に集中していた場合の時間。体を動かしたりこの場所から離れれば離れるほど時間は短くなる。つまり私たちが逃げ切る時間はないってことよ」
「じゃあどうするんだよ。オレの赤は戦闘以外ではあんまり役に立たねえぞ。」
「ここで話し合うだけ時間の無駄よ」
「とりあえずカインお前はドアの周辺を焼いといてくれ、四人が移動するには狭い」
「わかった。結局どうするんだ」
「走る。それしかない」
四人が出口に走る。
「炎の砲弾」
カインの体から出た炎がドアを焼き壊す。
四人が廃墟から出て十秒もしないうちに雄我は魔力切れを知覚する。
「これで限界だ!崩れる!」
「仕方ないわね・・・水のバリア」
面倒くさがりのバンジーらしい気の抜けた詠唱の魔法だった。しかしその魔法の威力は一級品
水が四人の体を包む。そしてその水は廃墟の鉄、コンクリート、木材諸々すべてを防ぎ切った。
「すげえ」
水が透明であるがゆえにその様を視認したカインが驚く。
雄我が維持した百分の一にも満たない時間で廃墟は崩れ去った。