十九話ゆえに
午後六時。それは突然訪れた。
一人の女性と一人の少年が大地の上に寝転がっている。はたから見るとふてくされている格好だがそうではない。
「さて、休んだし倒しに行く」
「どこに?もう先ほどの場所にはいないと思いますよ」
「これでも耳は良くてね。遠くで音がした」
イングリッドが立ち上がったのを見てセシルも立ち上がった。
「大地の音」
イングリッドが地面に魔法をかける。地面にどれほどの衝撃がかかったのかを調べる魔法だ。
同じ茶の属性を持つセシルはその意図を察する。
「衝撃は何処で?」
「ここから南に十キロ。この位置は倉庫街かな。クルクス高校をはさんで逆方向。方向からしてこっちに飛ばしたのも計算ずく」
「じゃあやっぱりさっき戦ったのは・・・」
「少なくとも関係者」
「ふぅー。二回目ですけどなれませんね」
空間の渦を通ってクルクス高校まで戻る。
あと五キロ。
「あれは・・・」
「またかなり・・・ここで私たち以外の人が風と戦って?」
自分たちが戦った場所に戻ってきた二人の目に飛び込んできたのは
ボロボロになった学校の壁、砕け散ったコンクリート。そして
「あー。僕の芸術がー!」
『自色のペン』で生み出された絵とサイン入りの壁も砕かれている。それも芸術のかけらもない砕かれ方だ。
「明らかに誰かが戦った跡。いったい誰が?騎士団?それとも警察?それにしては・・・」
「かなり荒っぽい。学校関係者?となればあいつか?」
「・・・あいつ?」
「良く事件に巻き込まれる奴がいるんですよ」
「…へぇー」
「いやでもこれは剣と魔法ではないような・・・いやそれより敵は」
「ああそれなら大丈夫補足している」
「そろそろ行くわよ」
「はぁはぁ」
一人の男が息を切らせながら走っている。年齢のせいか、それとも先ほどの戦闘のせいか、その表情は歪んでいる。
正確には単に体力の問題ではない。もうこれ以上どうしようもないのだ。後は家族そろって逮捕されるのみ今は時間稼ぎにしかならない。
計画失敗。そのことは容赦なく精神力を削っていく。
そこに容赦なく斧が振り下ろされた。
「何だ・・・」
「あら、残念。これでも不意を突いたつもりだったけどやっぱり聴覚の強化ぐらいはできると」
走っていた男性。リーレ=ニューロにせまるもう一つの影。
声もない。音もない。常人には認識できない。だがそれでも・・・
「っ」
自分の体のことは本人が一番よく知っている。うまい回避などできない。横に吹き飛ぶほどの体力ですら残っていない。
それでも攻撃を防がなければならない。勝ち目がないにせよ。
「く」
できるだけ相手を驚かせられるように勢いよく振り返り右腕で相手がナイフを振りかぶる左腕にあてる。土のナイフはギリギリリーレの顔の前で止まった。
だがその衝撃で体勢が崩れ、地面に座り込む。
「今の動きは昨日の女傭兵と同じ。やっぱりあんたが関係していたのか」
(女傭兵・・・あいつか・・・)
リーレの頭の中に一人の女性が思い浮かぶ。ヘクターが雇った人たちの中で最も激情に身を任せそうだったため任務を忘れて暴れられた場合、そんな時でも目的を達成できるようにヘクターが精神高揚と思考誘導の魔法をリーレが五感の鋭化をカードに込めて渡したことを思い出す。
ということは
「クルクス高校の生徒か。今回の事件には関係なかったと思うが・・・それにあなたは?警察じゃないな。連局?」
「あなたたちが送った予告状のせいで芸術を邪魔されてね」
「私も同じ。まあ別の目的もあるけど」
リーレの頭の中に一人の男性が思い浮かぶ。体中に無数の刀傷を負った世捨て人のような男を。
(戦闘には自信があるといっていたのに・・・)
「まあ逮捕された二人のことは後からニュースで知ったけど」
リーレにとってそれは勝機を失う一言だ。相手は消耗すらしてない。
「それに単純にさっき吹っ飛ばされたっていう尤もな動機があるけどね」
「え?」
セシルの発言にリーレの頭の中に疑問符が浮かぶ。それは記憶にない。
「まさか・・・」
「おしゃべりはここまでだ」
セシルがナイフを振り下ろす。
(どうする?)
魔力も体力もほとんど底をついている。絶対に倒せるほどの戦闘力は残っていない。だが逃げることさえ。
「さっきの続きだ。自色のペン」
セシルの左手に本人にしか見えない筆が握られる。学校の横で二人が風と戦った時とは違い、この道は狭い。もともとあった壁と生み出された壁で四方と上空を囲まれた。そのうえ壁には皮肉なのかそれとも連想したのか。野原と緑をなでながら自由に吹く風が書かれていた。
「これなら逃げられない」
退路は断たれた。風は壁をすり抜けられない。
残る方法は一つ。倒す。だがそれは不可能。
できるのなら最小限の犠牲で。
乳酸のたまった足に鞭を撃ちセシルの方に向かう。
「甘い」
言葉を発したのはイングリッドだった。コンクリートを突き破り土壁がリーレの前に立ちふさがった。
「ぐほっ」
体が衝撃に耐えられず今度こそ地に伏せた。
「戦闘に関してはかなり特訓したようだけど戦術に関しては素人。壁を形成しているセシル君だけを相手にして逃げようだなんて誰にでもわかる」
「これなら逃げられないかな」
セシルがペンで縄を生み出しリーレを縛る。こういう状況で生み出す場合でも芸術性を忘れない。わざわざ縄に蛇を描いている。
「くそっ」
「・・・変ね」
敵を捕らえたというのに浮かない顔をしているイングリッド。
「何がですか?」
「弱すぎる・・・消耗しているといっても私たちと戦った時とあまりにも・・・それに時間がない。私たちと戦った場所と先ほど音がした場所。そして拉致現場。拉致した場所が学校のすぐ横でもないと時間的にかなりきつい・・・」
「・・・そういえば。どうなんだ?」
セシルが縄を少し強くしてリーレに問いただす。
ギリギリ。体が悲鳴を上げる音と痛みそのものを鋭くなった感覚で認識しながらリーレは答えた。魔法を切るのにも少し時間がかかるらしい。
「さあな」
「さあなって。てめぇ」
その時だった。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴン。
どこか遠くで恐るべき爆風が吹き荒れた。
(勝ったな)
リーレが顔には出さないように笑った。
「な、なんだ」
「大地の音」
イングリッドが地面を伝って情報を収集する魔法をかける。
だが・・・
「なにもない・・・いや『地衝探知』をかわすように魔法を使用している。こうなったら感覚で・・・あの場所は・・・セシルMISIAのマップ機能を・・・」
「は、はい」
縛ったリーレを横目で見ながらセシルはマップ画面を開く。
「ここから北東十キロの地点。目印になるものは・・・言語塔とホテル。その間にあるもの・・・」
「えっと・・・道路?」
「その道の続く先はおそらく王宮?」
「そのまま行くと確かに・・・てことは狙いは殿下?」
「まだ残党がいたということ・・・でもいったい誰が・・・」
「おい。いったい誰なんだよ」
セシルがリーレに問いただす。
「さあ、私にも何がなんだか」
「まさか、こいつも操られていたということか」
「いやそれはない。知っているわね」
「何がだ」
「演技が下手。とはいってもどれほど痛めつけたところで言わないでしょう。人質がある。だからこそ息子二人がつかまっても計画を続行した。その場で殺されるわけでもないなら後でどうとでもなる」
「初めから息子を生贄に時間稼ぎを・・・」
「それだけ本気だったということよ」
「一体どうすれば・・・」
「その場所に向かいたいけどリーレを放置ってわけにもいかないと。まあとるべき行動は一つ」




