十六話ゆえに
午後五時。クルクス高校付近。交番前。
一人の少年と一人の女性が交番から出てきて体を伸ばした。
二人ともその顔に少々疲労が見える。なにせ二時間ほど交番の中で色々聞かれていたから。
主犯の家族と捕まえたのだから当然と言えば当然だが。
「いやぁ。事情聴取速く終わってよかったですね」
「私の中ではかなり時間がかかったほう。まったくまだ昏睡者が元に戻ったわけではないのだから後にするか手短にと言ったのに・・・」
「ある程度は仕方がないですよ。向こうからすれば手柄を取られたようなものですから」
「まったく警察も医者も責任やら出世ばかり気にするのだから・・・まあ今愚痴を言っても仕方ないわね」
「そうですね。とりあえずニュースの確認でもしますか。ちょうど五時ですからそろそろ始まるのでは。・・・いやそもそも今日は一日中やってますか」
情報が錯綜している今ある程度正確な情報を入手するにはテレビのニュースを見たい。そのため周囲に目をやったその時だった。
バチンバチンと大きな音がした。
「今のは・・・」
カインが音の方を向いても何も見えない。ただビルがあるだけだ。
「どこだ今の音・・・」
「・・・おそらく路地裏のほう」
「・・・耳がいいですね」
「医者だからね。でも今の音は何の?」
二人が音に方向に走り出した。
路地裏に到着するまで十分。それから五分ほど入り組んだ都会の暗い迷路をさまよっているが何も見つからない。
「どこだ・・・何がどこにある?」
あらかじめあたりをつけていた建物の近くに来たところでカインは路地裏に入るところで二手に別れたフューネと再会した。
「そっちは?」
「誰とも会いませんでした。変なものも何も・・・」
「こっちも同じ・・・偶然起きた音じゃない。おそらく何か魔法で戦闘が起きてどこかが破壊された音。そしてあれだけの大きい音はおそらく決着がつく・・・できれば音のもとにもっと近づきたいけど・・・」
「さすがにこれ以上は手掛かりが」
「聞きなれない音だったらもっとわかるのに・・・」
バタバタバタ。
「今の音は」
「複数人!とりあえず隠れましょう」
二人が隠れたのとほぼ同じタイミングで三人の男性が青い顔をして走り去っていった。
おそらく何かを探しているらしい。見えなくなったタイミングでフューネはカインに聞いてみた。
「今のは?表情を見る限り被害者よりだとは思うけど」
「・・・今の人たちどっかで見た記憶が」
「それは?」
カインは覚えることも思い出すことも苦手だ。だがそれでもどうにか絞り出す。
「・・・・・・・・・・・・・・そうだ護衛だ。あの人たち生徒会長の護衛の人!」
「生徒会長ってどんな人?あの学校の会長ならそれなりに強い・・・」
「ノア=フェン=イルミナル。この国の王子」
「そんな人の護衛が慌てているということは戦っていたのは王子ということに・・・その人の強さは?」
「・・・そういえば戦っているところは見たことないですね。総合科らしいですから強いとは思いますが・・・」
「とりあえず追ってみましょう。無関係ではないでしょうから」
「どういうことだ。あの人は何処へ」
「わからない。まさかさっきの音」
「どうするんだこのままでは」
「大事になる前に見つけ出すか助け出すかしないと・・・」
「だがここに来るまでに誰にも会わなかったぞ。飛行班からも何も連絡が入っていないということはこの路地裏を通ったとしか」
「まさか。この視界の聞かない場所で人ひとりを連れて我々から逃げ切るなど不可能だ」
「なら地下は」
「今探っている。・・・だが何もない・・・いや北東四十メートルに何か穴が」
「そこか。私たちは右からお前たちは左から頼む」
「了解」
「自分たちに気づいてないということはかなり焦っているみたいですね」
「でも今あそこに五人いるということは手分けして探していたことになる。それでも見つからないということは地下に・・・北東四十メートル。それだけなら・・・ちょっと待ってて」
「どうするんですか」
「ちょっと見てくる。ああ大丈夫魔法を使うから」
フューネの口元が微かに動く。
今度はすぐ隣にいたカインにも聞こえた。
「二針動かぬ其の間」
カインがその詠唱を認識した時。隣に立つフューネが目を閉じた。
「・・・・・・・・・」
「・・・行かないんですか」
「もう見てきた」
「え?」
「地面に穴はあった。あのコンクリートの破られ方からしてかなりの魔法。でもあまり人が入れるような大きさじゃなかった。おそらく茶というより緑」
「緑。ってことはまさかさっき戦ったゲートの・・・」
「家族でしょうね。親か兄弟か。そしてゲートは視覚に関する魔法を適正としていた。となればその家族は聴覚に関する魔法が適正であってもおかしくはない」
「そうかそれなら自分たちやあの人たち相手でもこの場所で逃げられる」
「とりあえずこの場所から離れましょうか。護衛の人たちに見つかっても面倒」
「ですね」
「問題はさっき言っていた飛行班だけど」
「ああそれなら大丈夫ですよ。空から人の顔なんてろくに見えませんから。人ひとり入るような荷物を持っていたとしても慌てて逃げなければわかりません。まあそれを逃亡者が知っているのかは知りませんが・・・」
翼をもつ者にはよくわかる。そこまで便利な魔法でもない。
「眩し・・・くもないですね。まあ五時過ぎてますから」
太陽の光がロクに当たらない路地裏を抜けた二人を待っていたのは夕日だ。とはいえ土曜日そして四月であるため町はまだ活気にあふれている。
国中で事件が起きているというのにほとんどの人があまり気にしていない。
二人して茜色の街を見渡すがそこには怪しい人はいなかった。
「人が入れそうな鞄・・・やっぱりいませんか」
「さすがに車ぐらい用意しているといって所でしょう」
「それなら追いかけようが・・・」
「目的地・・・王子が誘拐されたとなれば狙いは王あるいは学校でしょうか。金・・・いやさすがにそのためだけに王子を狙うのはやりすぎかしらね」
「まあそうですね。クルクス高校には金持ちはそれなりに数がいますからね。その中でも最も金を持っているのはノア王子でしょうけど最も警備が強いのもノア王子でしょうし。入学するのは完全に実力ですけど実力をつけるためにある程度金が必要だって雄我が」
「雄我?」
「ああオレの親友なんですよ。実は昨日の事件を解決したのもそいつで・・・」
「……へぇー」
「・・・そういえばそいつも王子ですけど護衛なんてついていなかったような」
「どんな人なのその雄我って」
「うーん。なんというか・・・一週間ほど一緒にいて思ったのは神に嫌われたといった感じですかね。黙っているだけで事件の方からやってくる」
その時二人の耳にニュースが飛び込んできた。
「今日国中で事件を起こしていた犯人は昨日のクルクス高校襲撃事件の関係者であることが発覚。目的も昨日の事件と関係があるものとして警察は捜査しているとのことです」
「昨日の学校・・・確か三時間ほどで解決したからあまり情報が広まってない」
「昨日の事件との関係がある。ってことは相手の目的は」
「ケレブレムアニマ。なるほど視覚や聴覚を操作する適正なら脳のすべてが分かるというあのノートを探してもおかしくはない」
「ということは、昨日学校長を狙ってそれができなければ今日国王を狙うつもりで」
「そうなるとまずい。学校の制圧はできなかったようだけど王子の拉致は成功している」
「とりあえずこのことを警察に・・・」
「それはやめてもらえないかね」
男性の声だ。とはいってもカインの声ではない。もっと年を重ねている。
二人が声のほうに向いた。そこにいたのは先ほど見た護衛と同じ服を着た男性。
「その服装・・・護衛の人かしら」
「ええノア王子の騎士をしていますレイフと申します」
「フューネです。王の命令で昏睡の原因の捜査を」
「カインです」
「ええ存じております。ブロッサム病院所属の医師であるフューネ様とルーグ先生のご子息のカイン様」
カインが少し驚いた顔を見せる。だが考えてみれば父親は議員だ。王子の騎士なら顔ぐらい知っているのだろう。
「ところで『警察に言うのはやめてほしい』というと、何か理由があるんですよね。まさか自分たちの失態が表に出てほしくないからなんて言いませんよね」
フューネが少し疑うようなしぐさを見せる。
「ええ無論。このタイミングで公表すると小さくない混乱が起こりますから。昨日のクルクス高校の事件でも情報はあまり表に出なかった。それと同じですよ」
高校名を出したときチラリとカインの方を見る。
騎士ともなると昨日の事件の詳細をある程度詳しい。学校長が情報統制を決めたときその場にカインがいたことも昨日の夜の時点で知っている。
フューネもまたその視線を認識した。そしてその意志までも読み取った。
「・・・なら一つ教えてもらえませんか」
「・・・」
沈黙を肯定と取った。
「王子の護衛なら今この国で起こっている事件の概要も知っているでしょう。それを包み隠さず教えてもらえませんか」
「・・・まあいいでしょう」
レイフとしても医療に関してはこの世界でもトップクラスの腕前を持つフューネの影響力を知っている。そのうえ何の因果か隣にいるのはどちらかと言えば権威を持っている議員の一人息子だ。
ゆえにここで嘘をつくあるいはごまかすことはレイフ自身の首を絞める。たとえそれがどれほど語りたくない自分の失態であろうとも。相手は人を救うという目的のために手加減はしない。
そしてその現実をフューネも知っている。
レイフが少しフューネをにらんだ理由をカインは推察できなかった。
(自分の失態を知られることには変わりないからなー)
あるいは少年の父は息子がこういう世界に入ることを嫌っているのか。
「騎士団と警察そして連局は共にこの事件の黒幕を先ほどお二人が捕らえたゲート=ニューロとその少し前にアース美術館前で捕らえられたポール=ニューロの父親リーレ=ニューロであると断定しました」
「リーレ=ニューロの目的は昨日クルクス高校を襲った連中と同じケレブレムアニマ。ただ昨日とは違い狙いは学校長ではなく現国王ノルム=ファン=イルミナル様。そしてそのために殿下の拉致が目的であると、ある人物からの報告で分かりました。そしてリーレ=ニューロですが年齢は五十四歳。属性は緑、適正は不明。ですが息子二人が五感を操作する適性からリーレもまたその方面だとみています。ケレブレムアニマを狙う理由にも説明がつきますから。十三年前に妻と別れ半年ほど前に会社を辞めている。警察がその情報を入手してから、その別れた妻を探しているが今現在見つかっていない。ただリーレが都市伝説でしかないケレブレムアニマを求めるきっかけになった人ではあっても事件に直接かかわっていないという意見が多い。以上だ。何か質問があるか」
「残っている傭兵は?」
「リーレ、というよりニューロ家の生活レベルでは実家の前にいた一人が限度であると結論付けている。もう一人アース美術館前で逮捕された協力者がいたが無給だったと証言している」
「今現在リーレがいる場所に目安は?」
「手掛かりは見つかっていない。先ほどの大きな音で戦闘が終わりそのまま拉致されたとみている。車の場合は検問。徒歩の場合はこの周辺で人が隠れられる鞄を持つものを探している。戦闘の後からして逃亡に魔力は使用できない。時間の問題」
「・・・やっぱり騎士団もそう見ているわけね。わかった。でも捜査はこのままさせてもらうわよ」
「それは構わない。国として命じたことでもあるし。ただ一つだけ聞いておきたい」
「何?」
「ケレブレムアニマのことだ。リーレの目的がそれであると公表してもよいか?」
「・・・難しい問題ね」
フューネは今日一番難しい顔をした。
「だがこの問題に答えを出せるのもあなたぐらいでしょう」
「人の脳のすべてが分かる。さすがにそれはないと思うけど、今のままでも探している人がいるというのにニュースでそれを出すのは危険すぎる・・・第一中身どころか今現在この世に実在するかどうかも怪しい」
「・・・」
「申し訳ないけど『昨日の事件と同じ』とだけ公表してもらえませんか。それで分かる人にはわかるうえに下手に私の名前が出るとさらに伝説に尾ひれがつく可能性が高い。今のままでも手遅れかもしれないけど」
「それではそのように。それでは私はこれで」