二人
「今の音は」
「ああ近いな。それもこの音はサーキット二」
「急ぐぞ」
「ああ」
二人は音の方角に駆け出して行った。
走りながら二人は会話する。
「でなんなんだよ、気になることって」
「脱獄を手引きした理由」
雄我が続けて答える。
「ベイルが怯えていたの理由は分かった。仲間に襲われたからだろう。青の魔法は心臓の近くを貫いていたから捕獲を目的とする警備隊ではなく殺害を目的とした脱獄犯あるいは手引きした側。ふっ」
路地裏の障害物を器用に避けながら説明する。
「ただ何度考えてもなぜ脱獄を手引きしたのか、そしてせっかく脱獄させたのに殺し合いをしている理由がさっぱり見当つかない。脱獄した七人の中に大金を持っていそうなやつはいなかった」
「脱獄した中にどっかの暗証番号知っている奴がいるんじゃないか?よっと」
路地裏の障害物を大げさに避けながら問う。
「一人だけ銀行強盗をしてつかまっている奴がいるが、その時は何も取れずに逮捕されたはずだ。確か仲間は捕まっていなかったはずだが、自供の時もこれが初めての犯行って言っていたはずだし金は持ってないだろう。」
相談しているうちに二人は銃音の近くにたどり着く。
「たしかこの辺だったよな」
「おそらく」
先ほどの三番倉庫から1キロほど離れたエリア。複合型のスーパーの建物裏でその修羅場は起こっていた。
「動くなよ」
「卑怯な。君も男なら美学をもって正々堂々を行いたまえ。美しくない」
「あなたは犯罪者に何を期待してるの」
駐車場の車の陰から二人は様子をうかがう。
そこにいたのは四人。
雄我やカイルと同じ制服を着た男女が二人。
人質にされていると思われる女性が一人。
先ほどのピアスの男が一人
学生二人はこの状態でも時々鏡で身だしなみを確認しているいかにもナルシストな男とそれを興味がなさそうに見ている女。
「さっきのやつだ。学生二人。あっ」
「見覚えがあるのか」
「男のほうは確かオレの六つ隣の部屋の・・・確か名前はセシル=ベルとか言ってたっけ」
「チームを組んでるのは同じクラスのやつだからあの女も同じクラスか。39人の内4人が事件に出くわすとかどんな確立だよ。であの男の属性と適正魔法は?」
「属性は茶。適正は・・・なんだっけ?」
「おいおい」
「仕方ないだろあんまり記憶力よくねぇんだから。あっ」
「今度は何だ」
「そうだ黒の魔法のひとつに影と影を移動できるやつあっただろ。それなら距離を詰められるんじゃないか」
「それは無理だ。俺の影縫いは約二十mが限度だが、ここから二人の距離までは約三十m、人質の距離までは約四十mってところだ」
「じゃあどうすればいいんだよ」
カインの考えることとなど雄我はとっくに考えていた。
「とりあえず四人の会話を聞いておくから報告頼む」
「またオレかよ!」
「奴のセリフを聞き逃したり、一語一句覚えていなければ血が流れる可能性が跳ね上がるが覚悟はあるのか」
それを言われるとカインは弱い。前者はともかく後者である記憶は最も苦手ジャンルだ。熱血でも根性でもどうにもならない。中学校の三年間は学力は比較的普通の学校に通っていたが、そこでも赤点の常連だった。考えをまとめて報告するのも苦手な方だがそれでも記憶するよりましだった。
「わかったよ」
渋々答えた。
雄我は慎重に聞き耳を立てる。可能ならば狙撃班の到着する時間を稼ぐために。
人質となった女性は汗を流し震えていた。無理もない少なくとも先ほどの音から今まで奴の人質にされていたのだろう。そのうえ助けに来たのが警備隊でなく高校生だというのだから。その高校生もどうやら交渉に関してはあまりうまくなかった。二人とも見るからに役割としてここにいるだけで事件解決にあまり興味がなかった。
女性の震えがますます強くなる。ここにきて雄我は気づく。あまり時間がないことに。
「まて」
張り詰めた空気の中雄我はエーテル自動車特有の背の低い影からゆっくりとピアスの男に向いた。
「お前はさっきの!動くな!動くとこいつ殺すぞ!」
女性の震えが先ほどよりも強くなる。
「おい雄我」
傍らでみていたカイルが叫ぶ。おそらくそんな言葉に構っていられるほど余裕がないことを知っているのは雄我と人質本人だけだった。
「要求は何だ」
マシンガンが自分に向けられていることを気にせず。高校一年生とは思えないほどの冷静さで雄我は問いかける。
「車を用意しろ」
「用意したとしてどうするつもりだ」
「むろん逃げるんだよ」
「なら余計にその要求はのめないな。そしてお前は撃たない・・・いや撃てない」
「何っ!ふざけてんのか!」
「もし今ここで人質に向けて発砲すれば、ここにいる4人がお前への攻撃を躊躇する理由はなくなる。四人からの魔法で一斉攻撃。その銃でどれほどさばききれるというんだ。さっきの目くらましが何度も聞くと思うなよ」
「武器を地面に置け」
「まだ強がるのか?それにお前はまだ気づいていないかもしれないが大切なことを教えてやる」
「何を言ってるんだ?」
ピアスの男が怪訝そうな顔をする。
「もしここで車を用意すればお前はこれからも犯罪を続けるだろう。そして続けるだけ被害者は比例して増えていく。しかしここで人質を犠牲にお前を倒せば、犠牲者は一人。多数と一人。二つを天秤に乗せればどっちが重いか言うまでもない」
「武器を置け」
「しつこいな。それに武器なんて持ってない。」
「しらばっくれるつもりか、そのネックレスがマジックアイテムだということは知っているんだ」
魔力性魔法魔道具。通称マジックアイテム、魔装具、魔導道具、などさまざまな名称で呼ばれる。その範囲は広くかつては魔力を流すことで食べ物を温めたり遠くの人と通話するなど様々な用途に使用されていたが、科学が発展してきたためそのほとんどは電化製品に変った。しかしその中でも例外的に武器は今なお発展を続け、魔力を流すことで望んだ形に変わったり透明になったり様々である。
「仕方ないな。」
雄我が首からネックレスを外し、地面に置く。そんな態度に雄我と人質を除いた全員驚く。それほどまでに少年の発するオーラは今にもピアスの男を人質ごと攻撃しようとしていたからだ。
「ふんっ。やけに物分かりがいいじゃねえか」
雄我が一歩ずつ後ろに下がる。ピアスの男は直感した。これは罠であると。
(おそらくネックレスに手を伸ばそうとした瞬間に魔法で攻撃する作戦だな。しかしバカなガキ。わざわざ手を伸ばさなくてもサイコキネシスがある。この魔法なら一歩も動かず遠くものを動かせる。クルクスの制服を着ているから学校の成績はいいんだろうがしょせんは子供)
頭の中でサイコキネシスの対象を設定する。先ほどは時間がなかったため、三つの箱を同時に動かそうとしたが結果的に一つしか動かなかった。今回はそんなミスをしないために時間をかけた。
その段階でピアスの男は気づくべきだった。サイコキネシスは先ほど倉庫の中でカイン相手に使用したことを。そして相手は自分より弱いと決めつけるその態度こそが何よりも子供だということを。
対象は青い薔薇のネックレス。
距離は五十メートル。
場所はコンクリートの上。
設定し終えて詠唱する。
「サイコキネシス」
ネックレスが移動する。後二秒で拳銃と人質で両腕がふさがっている自分の首にかかる。この段階までは警戒していた。
心の中で数えていたカウントがゼロになる瞬間。ピアスの男は吹き飛ばされた。
ピアスの男が異常を認識するまでの時間ですでに勝負はついていた。
「影縫い」
青い薔薇のネックレスは今雄我の手の中にある。そして光となって雄我の両手に集まる。
「はあっ」
日本刀がピアスの男を上から下に払った。
「まだ殺害許可は出てないし。みねうちにしておいてやるよ・・・いや聞いてないか」
ピアスの男を切った後雄我は叫ぶ。
「カイン!頼んでいた救急車は?」
「後五分で着くらしい。」
MISIAから出たイヤホンを耳に当てながらカインは答えた。
「確かセシルとか言ってたっけ。急いで砂糖を買ってきてくれ」
「え、ああわかった」
よくわからずにセシルは動く
「何があったんだ」
「冷や汗、動悸、ふるえ。おそらく低血糖症状」
「後さっきあいつが吹き飛ばされたのは?」
「このネックレス。青色薔薇というんだが、俺以外が触ろうとすると触ろうとした奴が弾き飛ばされるんだ。武器になっている状態なら触れるんだが」
気絶した男を学生二人と警備隊一人に任せ少年二人は対峙していた。
「もしあいつがお前のネックレスを地面においておくだけで自分に引き寄せなかったらお前はどうしていたんだ?」
カインが雄我をにらみながら聞いた。その瞳は正義に濡れていた。
「もちろん躊躇なく攻撃していた。できる限り人質に当たらないようにするが。絶対の自信はない。」
「もし人質が健康体だったらどうした?」
それは質問というより懇願だった。
「その場合でも答えは変わらない。攻撃していた。奴に行った天秤の話は紛れもなく本心だ」
カインの眼差しに雄我はそらさずに答えた。
その強い意志にこたえるようにカインは雄我の制服の胸倉をつかむ。
「人質の命がどうなってもよかったのかよ!」
「よくはない。だが他の多くのためなら犠牲にするしかない。この世界には運が悪かったせいで死んでしまった生物がいくらでもいる。人間には限界がある。不可能がある。どうしようもないことがある。それでも答えを出さなければならないんだ」
この世界のすべての命を救えるわけではない。だからこそ救える命は救う。それが天音雄我の信念。
対して。
この世界のすべてを救いたいそれがカイン=ルーグの信念。
「それは・・・」
カインが口ごもる。当然だ。カイン=ルーグだって今まですべての命を救ってこれたわけではない。
生き物は食べなければ生きていけない。しかし食べられる側もまた生きているのだ。動物も植物も微生物も。
「世界のすべての人と分かり合えるはずもない、別に俺だって俺の信念が理解されるなんて思っていない」
世界のすべて人と分かり合えると信じるカインにとって耳に痛い忠告
「それでも俺は・・・・・」
だからそれ以上何も言えずにその場から逃げ出した。
その場から逃げ出したカインを雄我は追いかける。
三十分ほど続いた追いかけっこの後、雄我はカインを捕まえる。
「なんだよ。なんで追いかけてくるんだよ」
「仕方ない。今現在俺とお前はパートナーだからな。それと言い忘れていたことがあった」
「言い忘れていたこと?」
「第三倉庫でのピアスの男、リーグとか言ってたやつのことだ。あの時お前が攻撃しなかったら。もしかしたら俺は撃たれていたかもしれない。」
さすがにカインにもわかる。あの場で天音雄我が死んでいた可能性は低い。そもそも頭か心臓に当たらなければ大抵何の後遺症もなく戻ってこれる。医学はそこまで進歩した。むしろ謝るのは自分のほうだ。もし自分があいつをあの場所で逃がさず捕まえておけば、先ほどの人質が危険にさらされることはなかった。それでも雄我の心にカインは人を思う心が見えた。だからカインは自分からも白状する。
「むしろ助けられたのはオレのほうだ。助けられなければ死んでたかもしれないし」
「ならこの話はこれで終わりにしよう。捜査再開だ」
いつの間にか目的が警備から捜査に変わっていることを気付き二人は笑った。
二人は情報を整理する。
「カインは確か一週間ぐらい前から男子寮に住んでいるんだよな?」
「そういえば雄我は二日前に住んだんだよな。確かでかい事件に巻き込まれたとか」
「同じぐらいに寮には着いたんだが、そこからいろいろあってな。生徒にMISIAの操作に詳しい奴いたか?」
「それを聞いてどうするんだ?たしかクラスに製作者の次に詳しいとか自分で言ってたやつがいた。それに確か情報を整理する係として学校に配置していたはずだ。」
「そいつと連絡取れるか?」
「取れるがどうするんだ」
「この事件にはいまだ解決されていない問題がまだいくつかあるが今一番気になるのは市民に避難指示が出されていないことだ」
「避難指示?」
「避難指示が出されていても外出したがる奴はいる。しかし避難指示が出されていたとすれば警戒心がなさすぎる。いかに自分だけは大丈夫だと思っていても誰一人警戒していないのはさすがに変だ。」
「つまり出されていない」
「その可能性が高い。がしかし何のためなんだ・・・出さなければ被害が増えるだけだし出さなかったことが後々絶対に問題になる。自分たちだけで事件の処理ができるのならまだ理解できるが、学生が警備にあたっている。生徒に緘口令が敷かれているわけでもないし。なにより人の口に戸が建てられるはずはない」
「何にせよ、何も知らない一般人が巻き込まれているのなら我慢ならない!」
「珍しく意見が一致したな。野次馬や報道屋が巻き込まれるのは自業自得だがな。日常を生きるだけの人が事件に巻き込まれるなんてあってはならない。何のための税金なのやら」
「それで詳しい奴に連絡してどうするんだ?」
「避難指示が出されていない理由がミスでなくあのバーナードとかいうおっさんの計画だとすれば、できるだけ捜査本部での問題提起はさけるべき。一人にだけ伝えて、それを学校長につないでもらう」
「なんで学校長に?」
「この学校には王子や王女が通っているからな。学校長には学生がかかわることには国王よりも強い権限がある。その権限を使えば看守長や警備隊に悟られずにその腹を探れる。」
「なるほど」
「多分、学校長は避難指示が出されていない理由の捜査を始めているとは思うが。念のためだ」
「だが大丈夫なのか・・・」
カインにしては珍しく歯切れが悪かった。
「何がだ?看守長の息のかかった奴が捜査本部には入るだろうが個人のMISIAは抑えられていないだろ」
「そうじゃなくて・・・学校長の素性」
クルクス高校。それは世界で最も優秀な学生たちが集う学び舎。
生徒の中には王侯貴族がいる。すなわちそれは生徒同士の些細な喧嘩が国際問題に発展することがある。
学校という場が学びと人格成長の場であることを維持するためにクルクス高校の学校長は学生がかかわった事件または学校内で起きた事件に関しては二千年前から地球という星の盟主となったイルミナル国の王よりの強い権限を持つ。問題があれば王子であろうが王女であろうが王であろうが公平な裁判を行い、国際的な会議に顔を出し意見を通すこともある。
ゆえにその人事も単純ではない。強大すぎる権力に振り回される人格であってはならない。学校内の問題に適切に対処する能力がなければならない。
勉学、身体能力、一国の王を前にしても平然と信念と意見を貫く精神面での強さ、生徒たちの模範になるべき誠実さなど総合的な能力が求められる。
五年に一度、テストが行われる。勉学のテスト内容は様々な分野や各国の法律の知識、戦闘のテスト内容は世界中から集められた様々な候補者との戦闘。
世界で最も競争率が高く、世界で最も高収入で、世界で最も完璧と呼ばれる人物が就任する仕事。十一年前その試験会場に突如その老人は現れた。当時次期学校長は《英雄者》が歴代最年少で就任するという万人の予想を裏切り、勉学と戦闘能力で一位を取り、誰も正確なパーソナリティを知らぬまま、今日まで君臨している。そして今は名前も年齢も国籍も経歴も知らないことを除けば歴代最高の学校長。通称《完璧人間》と呼ばれていた。
カインの当然の問いに雄我は間髪入れずに答えた。
「大丈夫」
断言した。その時カインは目の前の少年は何か根拠があるのだろうと認識した。