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黒白の魔法剣士  作者: 傘羅栄華
ファイブアラウンド編
39/114

幕間三つまりは幸運

 人には生まれ持ってどうしようもないものがある。

 容姿。いかに整形なんてものがあったとしても生まれ持った顔は変わらない。偽装を見抜く魔法はある。

 勉学。生まれ持った頭の良さ。記憶力、回転の速さ、ひらめき。どれも努力では手に入らない。

 運動。歩き走り跳ぶ。そして各種スポーツの才。

 とはいえそれらはそれ以外を犠牲にすれば手に入る。だが努力ではどうしようもないものもある。

  血統。高貴なるものそうでないもの。神の血を引くものそうでないもの。

そして何よりも幸運。女神と愛し合わない限りは努力ではどうにもならない。

そしてそんな神が二物も三物も与えた人も存在する。

「いつもながらこの素質は素晴らしい。まさに王になるために生まれてきた俺にふさわしい」

 イルミナル国の王子。ノア=フェン=イルミナルはクルクス高校から十キロ離れた路地裏にいた。服装は先ほどまで生徒会室で来ていた制服から流行の服に変わっている。春に合わせたファッションを流麗に着こなし自分に酔う。

 王子ともあれば学校の外に出る際に護衛がいる。実際に普段なら隣に二人後方から四人の六人体制で守っている。だが今日は治安の悪いこの国でも危うそうな路地裏に来ているというのに誰もそばにはいない。理由は単純で十分ほど前まではいたのだが、振り切ってきたからだ。

 もちろん護衛も馬鹿ではない。それどころか世界中から高い能力と揺らぐことのない国と王への忠誠心を持った人たちが集められている、ノアがそんな人物たちから逃げられるのは生まれ持っての常識外れの幸運ゆえだ。

 そしてわざわざ護衛を振り切った理由は。

「まったく。かわいい女の子を見にいくのに物々しいおっさんたちを連れていけば台無しじゃないか。まったくそれが分かっていない。男には一人になりたい時があるというのに」

 単純明快。最近できたカフェ。正確にはかわいいと噂の看板娘を見にいくためだ。そのためにわざわざ護衛から離れて裏路地を通っている。

「めちゃくちゃかわいいらしいし、タチの悪い連中に絡まれていないかな。もしそこで助けに入って発展したり・・・」

 皮算用をしていると後ろから人が歩いてきた。

「これは」

 足音を聞けばわかる。これは男性それもそれなりに年を取っている。

 なら興味はない。足早に去ろうとするが相手も急いできた。

 拉致か誘拐か。少年の幸運がそう告げた。

 自信はある。いやそうでなければこんな危険な場所には来ない。そもそも護衛から離れることもしなかった。

 好機をまつ。さすがにもう少し有利な場所で戦いたい。

 拉致する側か狙われていることに気づいた獲物か奴地価が先に動くのか。

 ノアは頭の中で整理する。内容は当然この辺の地理だ。生まれた時からこの国に住み将来この国を治めることが確定しているからと言って地理をすべて知り尽くしているわけではない。護衛がいるからといってもあまり危険なところへは行かせてもらえない。メインストリートと呼ばれる場所なら詳しいが路地裏ともなると興味すらない。

 この国の事件の多さを知っていてもまだ知らない人がいる。最善の護身術とは相手の手首をつかむことではなく相手がこちらを狙っていると素早く認識することではなく危なそうな場所には近づかないということだ。

 ノア=フェン=イルミナルという人間にはその意識が欠けていた。所詮彼が潜ってきた修羅場など大したものではないのだから。

 たとえどれほど幸運であろうともマグマの中に飛び込んでは人は助かりはしない。

 幸運ではカバーしきれない状況があるのだ。

 そんなことも知らずノアは笑っていた。


 あの角を右に曲がり、その次の角をまた右に曲がれば人通りの多いエリアにつく。例え戦いに負けたとしても人目がある場所まで逃げれば戦ってはこない。例え向かってきても少し音を鳴らせば護衛が見つけるだろう。

 本気でそんな甘い考えをしていた。

 そろそろ人通りの多いエリアに近づくことを見越したのか敵が走ってきた。とはいってもその足音はかなり小さい。

 それで消したつもりかとほくそ笑む。

 そんな事決してないというのに。

 誰も見ていないがどうせならかっこよく決めてやろう。

 ノアの掌に魔力が集まる。まずは様子見。

 小さな足音だがそれでも確実に近づいてくる。

 ノアは振り向いて一撃。

「王は清濁さえも無き(ジョングルール)」

 手のひらから出現した五つの黒の魔力の塊が秩序を持たず敵に襲い掛かった。

 完全なる奇襲。詠唱以外無音で生み出されたそれは躱せない。

 無論そう思っているのはノアだけだ。

 男は予想していたとばかりに一発目は横に動くことで避け、二発目を風で上にそらし三発目は当たることはないと動きもせず、四発目は風を纏った拳でノアの方にはじき返し五発目はまるで見当違いの方向に飛んで行った。

「あれ?」

 その隙に距離を詰める。

 (なんてね)

 ノアは心の中でそうほくそ笑む。

「む?」

 敵が違和感に気づく。

 なにせこの魔法は発動者本人にすら軌道が読めない。

 黒き魔法の塊がさらなる秩序を持たずノアのそして敵の方に向かってくる。

 とはいえすべてではない。敵にとって見える範囲では二つ。

 とはいえ前方にはノアがいる。あまり後方にばかり意識を向けてはいられない。

「緑の風の守り(グリーンバリア)

 敵の周囲に地面から風でできた壁が出現する。その風によって近づいた二つの塊ははるか上空に打ち上げられる。

 緑か。とノアは数多の中で情報を確認し次の手を考える。

 対する敵も残りの三つの塊を探る。とはいえあからさまに頭を動かすわけではない。

 そろそろ切れてくるころか。と敵も再び魔法をかけなおす。あまり手の内を見せたくはないが探るためにも仕方がない。

五感鋭化(ファイブセンス)

 大きな声が路地裏に響きわたり、その詠唱後、魔力が敵の体を包む。

 当然その詠唱はノアの耳にも届きその光景は目に入る。

「自己強化系か」

「そういう君は・・・黒の属性に何か適性を混ぜている。そんなところか」

「ご明察。もっともそれが何かは見つけてないみたいだけどね!」

 ただただ正面を見据えていたノアが突っ込んできた。

 敵もまた強化された五感でその状況を認識する。

 ノアは自分以外意識をやっていない。つまり先ほどの黒の魔力の塊はもう何の結果も及ぼさない。

 古来より神の武器とは槍だ。ゆえにノアもまた槍を得意とする。

「王は神の血をひきて(ブラッドオブオンリー)」

 装飾過多な黒い槍がノアの手元に形成される。そしてその槍をただ敵にまっすぐ突き立てる。

 単純な動きだ。後ろにさえよければそれでいい。

 だが強化された五感が告げる。

 視覚。ノアはまっすぐ向かってくる。その足運びに何かのタイミングを合わせようとする狙いはない。

 聴覚。ノアの足音。遠くで人と人の会話の音。風が建物と建物の間をすり抜ける音。特に後方からの風の音は強い。

 触覚。自然の風。聴覚で感じた通り、今は後方から強い風が吹いている。

 味覚。そして嗅覚。二つには特に感じるものはない。

「風?」

 少なくとも緑が適正の人間の感覚として少し強いだけの普通の風だ。ノアが走り出してから吹いた。この風を戦術に組み込むことはできない。

 それでも何か変だ。

 先ほどの黒の塊は無秩序に飛んだ。最初に前方に飛ばしたのが唯一の指向性。其れすら上に飛んで行ったものさえある。

 だが最初の攻撃は敵を攻撃する意思がなかった。だが二撃目は攻撃する意思があった。

 性格には明確な意思ではない。だがそれでも誰かが選んだかのように一人にだけ黒の魔力の塊たちは向かっていった。

「こいつは・・・」

 避けたのは後ろではなく横だった。

 だがそれすら戦術あるいは神の意志だった。

「ぐほ」

 視認できなくなっていた三つの魔力の塊たちがノアから見て右にさけた敵にすべて衝突した。

 そしてノアが手に持った槍も横に払われる。当然それは体勢を崩した敵に衝突する。

「殺す気はないよ。キミもどうやらこの国の民みたいだし。王たるもの寛容であれ。イルミナル家の家訓。いや教訓かな」

 ノアは余裕だ。格付けはすんだ。

 敵は適性を使用した。つまり手の内をさらしたのだ。そしてそのうえで自分が勝利した。

 古来より戦争の終結とは敵兵を残らず殺すことではない。ある程度勝敗が決したらお互い武器を治め交渉に入る。

 石を武器にしていた時代から槍と馬、そして戦車から魔法の時代まで変わらない。

 ノアにとっては戦いもそうだ。殺しつくす一歩手前で止めておく。

 だがノアの予想に反し敵はまだ余裕そうだ。

「ふっふっふ」

「何だ・・・まだ何かあるのか。だが残念。そろそろオレの護衛たちがここを見つけるころだろうそうなれば勝ち目はない。万に一つもね」

「リーレ=ニューロ。それが私の名前です。護衛を振り切ってこんな路地裏に逃げるなどとんだ馬鹿かと思いましたがある程度自信に裏打ちされていたということですか。まあクルクス高校の総合科ならそんなもんですかね」

 名前を出して揺さぶりをかけてみる。リーレとしても二時間前のニュースで自分の顔と名前は出ていた。そもそも三時間前のニュースで出てきたポールの顔を見れば親族であることは誰にでもわかる。

「リーレ?どこかで聞いた名前・・・うーん。悪いけど思い出せない。俺の頭は美人以外認識しにくいようになっててね」

「挑発かあるいは本気なのか、非常に判断しづらい。これでも営業職をそれなりにやってましたから人を見る目には自信があるつもりなんですが。・・・いやただの帝王学か」

「さあどうだろうね」

 果たしてそれは護衛が来るまでの時間稼ぎかただの余裕か。

 リーレにはわからない。

 それも当然。ノアも大した修羅場を潜っていないようにリーレも半年前まではただのサラリーマンだ。

 とはいえ素人のリーレにもさすがにわかる。あまり時間はかけていられない。

 だが同時に営業をしていたリーレにはそれを相手に悟られてもいけないということを知っている。

 リーレはノアの適正にあたりをつけている。それを口にすれば相手は多少動揺するだろう。例えその推察が間違っていたとしてもその反応で分かる。

 だがだからこそ黙っておくべきか。

 強化された聴覚ではいまだに護衛と思われる人の足音は聞こえない。

(仕方がない・・・か)

 リーレは足に力を籠める。年齢的な意味でも純粋な身体能力という意味でもノアとリーレでは大きな差がある。そしてその差を埋められるようなもの。例えば身体能力強化の魔法や戦闘に関する経験や直感など持ちえない。

(ここから彼を連れて逃げる体力を残しておくことを考えると全力で迎えるのは二回が限度。だが相手の適正が読み通りだとすれば数が必要・・・)

「はぁ」

 今度はリーレがノアの方に向かってくる。それを確認してノアも槍を構えなおす。

 対するリーレも素手ではない。すでに植物の蔦でできた鞭が握られていた。

 緑色の鞭と黒色の槍がぶつかる。その寸前。

「え?」

 緑色の鞭が長さと挙動を変えてきた。

「く。王たる我に跪け(ビフォアザキング)」

 慌てて別の魔法を発動する。その魔法の効果は・・・

バチンと大きな音が路地裏に響く。鞭の先端が地面に激突し、めり込んだ音だ。

「黒お得意の重力増加か」

「ふん。王たる我に跪け(ビフォアザキング)をそこら辺の重力制御と一緒にしてほしくはないんだけど・・・それより降参したら。息が上がっているよ」

「あいにく引けない理由があってね。それと私がキミに勝っているのは重ねた年輪ぐらいだけど一つだけ言っておく。あまり民草の執念をなめないほうがいい」

「何?」

「植物っていうのは地面から生えてくるものだ。何度でもどれほど硬い地面であろうとも時間をかけてね。それは幸運なんかじゃない執念だ」

「まさか」

運気才啓(グッドラック)。それがキミの適正。だがいかに幸運であろうとも逃げられないものがある重力とかね」

 その時王子(ノア)の表情が強張った。そしてそれを見逃す市民(リーレ)ではない。

 それはノアの失態。王たるものどんな事態でも心を揺さぶられてはならない。例えどれほどのことがあろうとも脳は冷静でなければならない。顔に出すなどもってのほかだ。

 そう教わってきたノアの失態。

 リーレの耳には聞こえている。地面を掘り進み今にもコンクリートを貫通しようとしている植物の産声と先ほどよりもはやい速度で動くノアの心臓を。

 ノアは失態を犯した。そしてその動揺が次の失態を生んだ。

 そこで敵から距離を取っていればあるいは大声で助けを呼べば最悪の事態はさけられていただろう。

 植物たちがノアの足元のコンクリートを突き破りそのまま少年の周囲に展開した。

「王は王であるがゆえに王である(キングレックス)」

 遅い。言い始めるころにはノアの体にまとわりつき言い終わるころには植物たちがその口をふさいだ。


約十分後、護衛たちが大きな音がすると通報を受け、戦いのあった場所にたどり着いたときにはコンクリートが破られていただけだった。

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