十三話つまりは空間
午後三時。飲食店が昼の部を閉じ始めるころ。
休日にもかかわらずしっかりとした服を着ている少女とこの世の誰にも理解できない奇怪な服装をした男はウィート区で聞き込みをしていた。
そしてこの区の中心地と思われる区役所にたどり着き、そこからは分かれて聞き込みをして三十分後、待ち合わせ場所に集まった。
「どうだった」
男が少女に成果を聞く。とはいってもお互い顔色で察している。
「全然ね。名前も顔もわからなければ時間もないのだから当たり前だけど。・・・でもそろそろ」
「ああ、そろそろ警察もたどり着くころだと思う。今日街中で事件が起こっているから昨日の事件の残りにあまりリソースを割いてはないと思うけど。学生で黒の魔法を主に使用することが分かれば権力があればたどり着くのはすぐだ。やっぱり三十分じゃ無理だったか」
「あなたがここに来るまでに別の場所によらなければもうちょっと時間があったと思うけど」
「悪いな。こっちも事情があるんだ。それに時間のロスと引き換えに・・・」
二人に沈黙が続く。対処を二人とも考えているが良い案は出ない。
「・・・最悪俺たちがあいつを見つけ出せなくても、昨日捕まった奴の証言があれば逮捕はされないだろう」
「だめよ。この件で逮捕はされなくても、警察に不穏な動きがあるらしいし。私たちがアレであることがばれたら面倒なことに・・・政府が動いている国もあるらしいからね」
「コネか。まあ仕方ないか」
「これからどうする。もうちょっと時間をかけてみる?」
「いや二人だけで探してもらちが明かない。第一ロイドさんが言っていたのはこっち方面に逃げてきただけで、もっと先に逃げた可能性もあるからな・・・。でもまあそろそろ」
その時ウェスタ―のMISIAが鳴った。
ウェスタ―が軽く笑い電話を取った。
「さすがというべきか。昔からこういうタイミングのいいところでなるわね」
「まあ。親からの遺伝かな」
電話が聞こえやすいようにウェスタ―が人が少ない方向へ歩いたのを確認してパンジーは区役所の駐車場にあった池を眺める。人の営みなど気にせず自分本位に狭い池の中を泳ぐ金魚を眺めていると電話を終えたウェスタ―が戻ってきた。
「名前と学校が分かった」
「・・・どうやって」
「この辺の学校の掲示板ですぐに見つかったらしい。黒が属性の中で重力制御のみを使用する人はさすがに目立つ。この辺の住民も見知らぬ誰かに聞かれても答えないが、ネットでは好き勝手にかいているみたい。名前はルギツ=ビーカ。学校はここから比較的近い。たださすがに住所までは載っていなかったらしい。まあ家に帰っている可能性は低いと思うけど」
「なら学校に行ってみる?・・・いや自分で言ったけどそもそも今日は土曜日。部活以外はやってないか。さすがに学校に行ってもそれ以上の情報は教えてもらえないだろうし」
「そうだな。顔写真含めてもうちょっとネットを探ってみてくれるらしいからそっちは待ちだな。ただ向こうから学校の情報を調べておけって言ってたからそれを見てみるか」
「学校の情報が何か役に立つの?」
「よっぽどその学校が何かに秀でている特殊な学校ではない限りたいていの場合、学校から車で三十分までの距離に家があるから手掛かりがない場合とりあえず学校に向かってからこれからの行動を決めるのがいいらしい」
「なるほど。それと聞いていた件はどうだった?」
「あいつが今何をしているか。そして俺たちは何をすればいいのかって言ってたことだよな。別の知り合いに聞いた話では。この場合昨日の夜の時点で精神操作の魔法がとけている場合が多いらしい。かけた張本人である教師の誰かが逮捕されたならなおのことその可能性は高い。百パーセントといってもいいぐらいに。となれば今何をしているのかはその人の性格による。誰かに操られて起こした罪は無罪。刑罰も器物損害の賠償も操った側にいく。ただ周囲からの偏見は消えないという現実と確実に事情聴取はされる現実のすり合わせで答えがどこに向かうのか。自分から警察に行き事情聴取されている可能性もあれば家の中にこもって昨日何があったか思い出そうとしている可能性もある。俺たちの知るあいつならたぶん後者だろう。そして警察に私たちのことがばれると騒動が起こることを鑑みると一番いいのは《警察が見つける前に見つけ出して昨日の事件の被害者つまり学校の責任者に事情を話して学校側に納得してもらい警察に捜査はやめさせる》学校側も昨日の事件では被害を受けた側だとしても事件の黒幕の一人は学校関係者だから交渉の余地は確実にある。例え学校の人事はイルミナル国がかかわっていたとしても。だとさ」
「要約すると私たちが見つけ出して、学校に連れていき、学校長と話し合えば名前も顔も表には出ずに警察の捜査も表向きには打ち切れるというわけね」
「そういうことだ」
「どこに行きますか」
全身黄色の服に身を包んだ男性が目的地を聞いてくる。
「シャール高校までお願いします」
「へい」
動かなくても景色は動く。このあたりの地区は自然が多いことで有名だが二人にはそれほどの時間はない。せわしなく目の前に浮かぶディスプレイを動かしている。とはいっても学校のサイトを一目見れば特に特徴のない学校であることが分かる。
「普通だな」
ウェスタ―がタクシーの運転手には聞こえず、隣に座るパンジーにだけ聞こえるように小声で率直な感想を漏らす。
「ええ、そうね。とはいってもそこまで多くの学校のサイトを除いたことないけど」
「俺もだ。とはいってもクルクスの生徒よりは調べたからまだわかる。特徴はない」
この辺に家がある可能性が高いとわかり少し安堵する。
その時、ウェスタ―のMISIAが小気味いい電子音を鳴らす。この音は電話ではなくメールだ。
開いてみるとそこに乗っているのは写真と簡素な一文のみ。
この世界にあまり興味がなさそうな鬱屈そうな少年の顔写真と《顔写真が見つかった》という一文。
そのメールをそのままパンジーに転送し、二人は学校のサイトの学校行事のページを開く。ここなら写真が載っているかもしれない。自分たちの知る彼ならよっぽどのことがあっても写真の正面に映りたがる方ではないが、それでも微かな希望を頼りに探る。
入学式、体育祭、修学旅行、文化祭、合唱コンクール、卒業式。様々な行事が数枚と写真と数行の説明とともに見ていくが、どれほど目を凝らしてみてもその少年の顔は存在しない。
当然だ。二人は知らないことだが、この写真は三年前から変わっていない。
「やっぱりかー」
「まあもともと望み薄だったし、サイトを隅々まで見てみたけどありきたりなことしか書いていなかったから。普通の学校とだけわかっただけ収穫としましょう」
二人とも検索の手を止める。そこを見計らったのか運転手が話しかけてきた。
「シャール高校まで何をしに?」
それなりに恐れていた質問がきた。正直に話すわけにもいかない。だが客観的に見て十代の少女と三十ほどの男の組み合わせは普通ではない。そのうえ向かうところは休日の学校だ。
親子、兄妹、恋人。おそらくどの組み合わせにしても年齢の幅は中途半端。タクシーの運転手たるものそれなりに複雑なものを見てきたのだろう。ルームミラー越しに見えるその眼光は少々鋭い。ただの興味本位や暇つぶしではなく、本気で心配しているのだろう。
「兄の娘が来年入学するかもしれない学校を見て回っているんですよ。兄夫婦は休日が不規則なんでね」
ウェスタ―があらかじめ用意していた答えを述べる。その発言の意図をくんだのかパンジーは窓の外を気だるげに眺めた。
「へぇ。にしても早すぎないかい。まだ四月ですよ」
さらに深く突っ込んでくる運転手にウェスタ―が口元を近づけて横の女の子に聞こえないように続ける。
「家から近けりゃ何でもいいなんて言うから、部活で汗流して頑張っている同年代の子を見せてちょっとはやる気を出させてほしいって頼まれてね」
それから十分ほど揺られただろうか、住宅街を通り、公園前を通り、通学路を通り、目当ての学校についた。
「着きましたよ」
「はい」
ウェスタ―が財布からカードをとり出し、専用の端末に差し込む。
一秒も立たずに端末から音が出た。支払い終了の合図だ。
「ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
社交辞令を済ませ二人ともタクシーから出る。
「着いたー。とはいっても大変なのはここからだけど」
「そうね。これ以上の情報はネットのどこにも載っていないでしょう。それ校庭を見てもそれらしい顔は見えないし」
パンジーがもう一度転送された写真を見てから校庭で汗水をたらしている高校生たちの顔を確認する。写真は正面からとったものではなく、集合写真の切り抜きであるため、画質は粗い。それでも人相が確認できるレベルではある。
三回確認してみるがどこにもおらずため息をつく。
「いないわね。まあ運動部に自分から入りたがるような奴じゃなかったけど。・・・これからの行動はやっぱり?」
「人に聞くしかないだろうな。ただ俺たちのことが警察に知られるのもまずい。だが警察手帳もなしに聞き込みしたら不審がられる。うーん。街を歩いていたら出会わないかなー」
「それはないでしょ。あなたの父親じゃあるまいし」
「そうだよな。父さんなら調査をすればどこからか情報が降ってくるけど一般人にはそれがね」
「手分けしましょうか」
「そうだな。顔と名前はわかったんだ。時間さえあればそのうち見つかるだろうできる限り怪しまれないように調査、一時間後ここに集合でいい?」
「わかったそれでいきましょう」
聞き込みを始めてから二十分ほどたったころ。
「申し訳ないです。役に立てなくて。それより・・・」
「そうですか。ありがとうございます」
ウェスタ―がコンビニ前にいた三人組の女子高生と別れる。あまり顔を覚えられたくない都合上相手が情報を持っていないとわかった以上さっさと離れている。
「これで十人目。誰も住所は知らないか。あいつの性格上女子の友人はいないか」
捜査は一向に進まない。今のところ聞き込みをした十人すべてが住んでいる大まかな地域どころか。名前や顔すら知らないらしい。名前を聞いても写真を見せてもリアクションが鈍い。
「ここら辺の表札全部調べる方に切り替えた方がいいかな。いやでもこの辺はマンションも多いからなー。うーん」
警察に知られるわけにはいかない関係上同じ学校だと思われる高校生にばかり声をかけているが一向に進まない。
そんな時電話が鳴った。
映っていた番号は二十分前まで一緒にいた人と交換した番号だ。時間がないためまだ名前の登録はしていない。
だからか、恐る恐る電話を取る。
「えっと・・・パンジーか?」
『それであってる。先ほど警察手帳を見せられてルギツ=ビーカっていう名前の人知らないかって聞かれた。さすがに昨日の今日だし合法的に住所を知るには時間が足りてないのでしょう。でもまずいわね。どうやってもあっちの方が早いわよ』
「単純に昨日の事件の説明をしたいだけじゃないのか?」
『用件を聞いたら口ごもってね。そしてあの顔は私たちの嫌いな何か裏で動いている顔』
「・・・断言できるのか」
不安がるウェスタ―に対しパンジーは自信満々に続ける
『魔法を使ったから。ああ、いってなかったけど今の私の適正は感性予知。相手の考えていることがある程度わかる。そんな魔法』
「なら間違いないか。だがどうする。高校生に手あたり次第声をかけているけど誰も名前すらしらないみたい。まあ積極的に多数と交流を取るような奴じゃなかったけどさ」
『やっぱり手当たり次第の対象を人から表札に変えるしか・・・』
「それをするにしてももうちょっと家の範囲を狭めて」
そこでウェスタ―の声が途切れる。
『ウェスタ―?ちょっとどうしたの?』
「ちょっと静かに。さっきの話の中の刑事って二人とも白いスーツ来てる?」
『ええ、私服警官にしても服装が独特すぎて間違えようが・・・まさかそっちに』
「ああ。それにあの歩き方と目線。人を探しているというより目的地に向かって真っすぐって感じだ」
『まさか』
「やっぱり俺たちも持っている方らしい。このタイミングとは。じゃあ俺は後を追う。今ルーンケートのウィート区第十七号店の東に三百メートルの地点。二人はさらに東の方向に向かって歩いている。それじゃ」
電話を切り、物陰に隠れ後ろをつける。
幸い相手は自分たちが尾行されているなど夢にも思わない。警戒すらしていない。
着かず離れずの距離を維持しながらウェスタ―はタイミングをうかがう。
前提としてウェスタ―にはまじめに職務を全うしている警察を襲うことに躊躇はない。問題はそれ以外、ウェスタ―の適正魔法は相手の記憶に対して効力を及ぼさない。つまり刑事二人が目的の家の前についたタイミングで襲っても時間を稼げるだけで捜査はまだ続く。知り合いの中には記憶を操作できる人もいるが、今この場で呼んでも間に合わないだろう。
最善手は二人が家の前についたタイミングで強襲して、気絶させ、ルギツと会い連れていきクルクス高校に戻る。
そのために今は刑事二人を泳がせておく。ルギツの住所を記したメモが紙とボールペンならこの場でも奪い取れるが、相手が手に持っているのは当然ながら電子式。指紋がなければ開くことさえできない。
たとえ警察を攻撃することに戸惑いがなかったとしても、顔が見られなかったとしても警察の仕事を邪魔しては公務執行妨害となる。
つまり家の前について不意を衝いて攻撃し、気絶させたところで相手の記憶を操作できなければ相手に何かあったと思わせられた時点で負けだ。捜査はより苛烈となる。できるのならば警察二人が家についた段階ですでにルギツを家から連れ出しておきたい。そうすれば自分たちが学校に連れて行っている間にまだこの区にいると警察に思わせられる。
二人はまだ歩いている。どうやらまだつかないらしい。
ウェスタ―もまた気配を殺してついていく。
そうして三分ほど歩いた時、二人は立ち止まる。そして何か話している。
(聞こえない・・・)
二人がどんな魔法を使用できるかわからない以上あまり近づくのはまずい。だが話を聞けないのはもっとまずい。こういう時はこちらも魔法を使う。
「空間縛間」
ウェスタ―の頭の中で景色の色が変わる。ウェスタ―の立っている場所から刑事二人がいる周囲の景色がコンクリートの鼠色と家のベージュたちの上に薄い水色が重なる。
魔法を詠唱する声を聞かれる可能性もあったが、あまり時間もない。聞かれていないと信じることにした。
魔法が発動したのを確認した後、素知らぬ顔で二人の近くを歩き、通り過ぎた段階で立ち止まる。そうして聞こえてきた会話は。
「こっちじゃないみたいっすね」
「何やってんだよ」
「仕方がないじゃないっすか。この辺の地方には来たことないんですから。やっぱりマークさんたちに頼めばよかったんじゃないっすか。この辺の土地勘はあの二人のほうがあるんすよね」
「言うな。上からの命令だ。あの件は俺たちだけの秘密。お前もそれに納得しただろう」
「そうっすけど」
強気な上司と弱気な部下。コントやドラマでよく見るような組み合わせだが、どうやら密命を帯びているらしい。近くで聞いている人がいるなど夢にも思っていないような顔で暴露は続く。
「本当なんですかね。このルギツっていうのが、俺たちと同じだっていうのは」
「学校で戦ったっていう教師に事情聴取した話によれば学生とは思えないほど強く肝が据わっていたらしい。単純な戦闘力だけじゃなく引き際を見極める能力もな。それをただの教師じゃなく。あのロイド=バークが断言したんだ。七色英雄には数えられていないが、そいつらに匹敵する大戦の英雄だ」
「でも七色英雄に数えられていないでしょう。なら・・・」
「白は別格の強さだったからな。あれに勝てるのは黒だけだ。そしてその黒の親友にして好敵手があのロイドだ。実際七色英雄の白の候補にあの人を押す声はあった」
「へぇーすごい人なんすね。・・・あれ?何の話でしたっけ?」
「ええっ、・・・ああルギツ=ピーカは間違いなく同類って話だ」
「同類ならおれたちが出るしかないっすよねー」
「そういうことだ。今のあいつの交友関係の中にさらに同類がいるかもしれないからな。誰の手も借りることはできない。だからもう一度調べなおせ」
「へいへい。えーっと確か対象の家はウィート区の三千七百二番地の・・・」
言った。不用意にも住所を口にした。
ウェスタ―はそのまま通り過ぎ、彼史上最速の速さでパンジーに連絡を送った。
(これで良し)
さてこれからどうするか。いや考えるまでもない。決まり切っている。
彼ら同様、ウェスタ―もこの辺の土地勘があるわけではない。そしてそれはパンジーも同じ。つまりパンジーがどれほど急いでもルギツに話を通すことを考えるとこの二人が家に着くまで時間がない。つまり今ウェスタ―が行う最適解はこの二人の足止め。それもたどり着けない理由が誰かからの妨害ではなく、本人たちがただ迷っている。と思い込んでいてほしい。
ならば、先ほどより距離を話して詠唱。
「─────」
ウェスタ―の頭の中で景色が先ほどとは違う色で塗られた。
「ピーカ、ピーカ・・・いやこっちじゃない?」
パンジーが住宅街を走る。どう考えても時間はあまりない。
だがこの辺の地理は複雑怪奇、素人のパンジーにはどれもこれも同じような家ばかり並ぶ。そのうえ脇道も多い。普段なら防犯のためかなと納得していただろうが今は違う。焦りが募るだけだ。
MISIAの地図機能にはあらかじめ登録されてある店舗や建物以外は住所で検索しても直接は出てこない。個人宅を直接検索するためには、あらかじめ申請しておく必要がある。
そのうえこの辺には誰が見てもわかる特徴的な建物はない。あらかじめ登録されているのは小さな公園だけだ。その公園も地図上では一応名前がついているが、実際にその公園の前につくと名前が書いてある立札のようなものはない。どうにか目的の家が区内第四公園の近くにあることは突き止めたが、どれがどれなのか判別がつかない。
「こんなことならGPS付きのやつ買っておけばよかったな。本を買うために散在しなければよかった」
今頃になって後悔する。かつて絶対に後悔しないと誓った選択さえも。
「あった。後はこれの名前だけど」
たどり着いたのはこの地区について三度目となる公園。そして相変わらず公園の名前は何処にも書いていない。
「やっぱりない。まあいいか、それは今までも同じ。それより計算が正しければここから・・・」
家の表札を見ていく。
そしてついに目的地に到達した。
「見つかった」
パンジーの視線の先にあるのは表札。
そこに書かれてあるのはピーカと書かれたルナル文字。
だが問題なのはここから。警察が探している以上自首している可能性はないのだろう。だがだからと言って家の中にいる保証もない。
今日は土曜日だ。実際にここに来るまで青春を謳歌している同年代を多くみてきた。だが知っている限り相手は休日といっても外に出るような性格ではない。
たどり着いたのがウェスタ―でなく自分でないのは幸運だとパンジーは思った。自分なら学校の知り合いだと親に話を通すことができる。まずは会って話すそれが重要。
周囲の写真を数枚とり、ウェスタ―に送る。そして軽く息を吐き意を決して呼び鈴を鳴らした。
ピンポーン。
反応がない。
いや、普通なのだろう。玄関に人がいる可能性などない。居間から玄関まで歩いて来る。それが普通。インターホンものぞいてみるが反応はない。
三秒か五秒かあるいはそれ以上か。不安が心の半分を覆う頃、家のドアが開いた。
「はーい」
出てきたのは自分の母親と同じぐらいの年齢の女性。
「えーっと」
「ああ、えっと。ルギツ君いますか?学校の知り合いなんですが」
「ああ。ちょっと待ってくださいね」
そういって女性は家の中に引っ込んだ。
パンジーは改めてあたりを見渡す。そこには散歩中と思われる老人が一人だけ、先ほど見た警察二人もウェスタ―も見えない。ウェスタ―の妨害工作が成功しているのだろう。こういう性格の悪いことは強い。
「ルギツ。お客さん。女の子だけど。何々あんたそういうの興味ないとか言っておいて」
「はぁ」
椅子に座った少年はテンション高めの反応をする母親を冷静な瞳で見つめていた。ただでさえ昨日の夜から頭が痛いの言うのに。いつも元気な母親だが今日ばかりは勘弁してほしい。
「・・・名前は何だって?」
「あーそういえば聞いてない」
母はあっけからんとしていた。インターホンで確認してからドアを開けないことといい、ノックもせずに子どもの部屋を開けることといいどうにも・・・
「はぁー、まあいいよ。今行く」
階段を下りながら記憶をたどる。しかし十七年間の自分の記憶の中をどれほど探しても思い当らない。
・・・いや・・・まさか
ガチャリ。ドアを開く。そこにいたのは一人の少女。
当然ルギツには思いあたりがない。
いや、・・・ちょっと待てよ。まさか・・・
喉までは出かかっている。だが遠い記憶がうまくよみがえってはくれない。
目の前の女性も動かない。だがそれにはかすかに面影が・・・
その時遠くから人が走ってくる音がした。
「はぁはぁ。冒険家をやっていてよかったよ。森の中はもっと複雑だからな」
新顔だ。もちろんこっちにもその顔に見覚えはない。
だがその前衛的という言葉すら生ぬるいファッションセンスそれは。
「まさか」
「ああ。そのまさかだ。親友」
目の前の三十過ぎの男がにやりと笑う。
「寄りにもよってファッションで思い出すとは。あなたのその独特すぎるセンスが役に立つ時が来るなんてね」
少女も笑う。何かを取り戻すように。
「ルギツー」
その時、後ろから声がした。十七年間聞き続けた。母親の声そのもの。だが今はそれが遠い。
「私出ていった方がいい?」
いらない気をまわしてくる。だが今はそれどころではない。
「悪いけどちょっと外に出てくる」
「あ、ちょっと」
バタリ。
言葉が出ない。正確には何を言えばいいのか。
だが二人の行動は早かった。
「説明は後!とりあえずこっち」
パンジーがルギツの手を引き公園のトイレの陰に隠れる。
「ちょっとレンタカーかりてくる」
ウェスタ―が走ってレンタカー屋に向かっていった。始めてきた土地だが冒険家にとって頭の中でマッピングすることは必須の能力だ。
「とりあえず母親に連絡して友人と遊びに行ったことにしといて」
「ああ・・・わかった」
ルギツが母に電話をかける。また変な勘違いをされそうだが、この少女がこれほど焦るのだからそれぐらい異常事態なのだろう。経験がそう告げた。
「・・・それじゃあ」
『晩御飯はいる?』
「わからん。それじゃ」
手短に用件を伝え、変に詮索される前に急いで電話を切った。MISIAから伸びたイヤホンを戻したあたりでパンジーが話しかけた。
「今は私の名前はパンジー。あいつはウェスター。あなたはルギツ。お互いそう呼びましょう」
「ああ。わかった。・・・いやその前に説明してくれ。何があったんだ」
「昨日の放課後のこと覚えてる?」
「それが覚えていないんだ。六時間目が終わったチャイムが鳴ったと思ったら次の瞬間自室のベッドに寝ていたんだ。四時間ほど記憶が無い」
「その間、あなたはクルクス高校にいたの」
「は?何で」