十話そして観念
十三時。二人の女性は車に乗っていた。
「紹介しとくね。運転手はヤナ=プーカ。まあ協力者といったところね」
「ヤナです。よろしく」
「どうも」
雪風は名前すら名乗らない。名前を憶えられてもメリットはないので当然だが。
喫茶店内での一時間の探り合いの末。雪風はピアーナの仕事に付き合わされることになり、その後支払いを終え車に乗せられてしまった。
「ああうん分かった。とりあえずそっちに向かうね」
ピアーナが通話を切る。それを合図に雪風が聞いた。
「で、これからどうするの?昨日戦った幻覚使い、名前はヴェイス=バイトと名乗ったけど、今日のことを考えると偽名でしょう。見失ったから逃げた方向すらわからないわよ。かなり押されているときにも顔に変化はなかったから、幻覚でいじっているってことはない。その情報アドはある。とはいっても特徴のある顔でも」
めんどくさいという感情を隠そうともしない雪風。
しかしピアーナはどこ吹く風といったところだ。おそらく何を抗議しても無駄なのだろう。
「十三時ちょうどに、ある美術館に予告状が届いて。その調査に」
「十三時ちょうどって三分前に過ぎているんだけど」
「誰かがさっさと首を縦に振ってくれたら間に合ったんだけどなぁ・・・」
「あなたがさっさと諦めて一人で向かえば間に合ったでしょ!」
「まあそれは冗談。もともとこれも陽動で本命は別にある。実際に似たような予告状は今日だけで六か所に届いてそのどれもが何も盗まれてはいない。今回向かうのも値段がつく中では一番高いから向かっているだけで恐らく何もないでしょう」
「陽動だとわかっているなら向かうだけ損でしょ。私ならこれを最も大きな陽動として、真逆の方向の本命を狙うけど」
「さすが優秀。私もそう思う。昨日の事件と関係があるとすればクルクス高校を中心としてアース美術館の反対。すなわち王宮の方が一番怪しいと思う。実際にそう思って王宮に張り込んでいる別の連局の捜査官たちがいるらしいし」
「なら余計になんで」
「それは狙った対象が刀鍛清廉だから。ただの陽動ならもっと値段が高いのはいろいろあったはず。いやマニアなら表に出ている値段よりもっと出すでしょうけど。予告状に書いた名前がよりによって特殊すぎる。美術館の中でも警備の厳重さはある程度差があるけど刀鍛清廉より厳重ではない」
「刀鍛清廉。なるほどそれは妙ね。私も何度か戦ったことあるけど。どれも強かったわ」
「そう剣術という一点において達人級でなければ持つことさえできない。思い立って盗めるようなものではない。それを相手は指定した。九十九%イタズラだと思われるそれを」
「・・・でもだからどうだっていうの。こうやって無駄ことを考えさせることが目的かもしれない」
「例えばこうは考えないかしら。剣の腕ではそれはそれは世界でも有数な使い手だけど、同時に性格に問題がある剣士が刀鍛清廉をどうしても欲しくてこの一連の事件を企画した。あるいは犯行グループがそこに目をつけてそそのかした。そんな人間が実物を手にしたら使ってみたくなるのは道理、その人物が刀鍛清廉を振るえるほどの使い手なら十分な戦力になる。その目的を果たしたからと裏切られたとしてもそこで刃傷沙汰にさえなってくれればいい。刀鍛清廉が盗まれた上にそれで事件が起こったとなれば。もしかしたらでほかの警護に当たっている人もそこに注目せざるを得なくなる」
「・・・まあ理解したわ」
車が止まる。浮いているエーテル車であるため音はない。アース美術館の駐車場の中で美術館の出入り口が見渡せるところに車を止める。とはいってもここで待機する気などないが。
運転手をしていたヤナがMiSIAからディスプレイを出し、検索している。どうやら剣の腕は立つが問題を起こした人物を調べているらしい。
後部座席に座っていたピアーナが外へ出る。雪風もつられて外に出る。どうやら観念したらしい。
出てきた二人に学芸員と思われる人が話しかけてきた。
「申し訳ありません。今日は諸事情で閉館しておりまして」
「お気遣いなく」
一言答えると強い足取りで美術館の方に向かう。学芸員が慌てて止めるが気にしない。
見渡すと閉館の準備をしている人以外誰もいない。どうやら警察は帰ったらしい。
「でここからどうするの。無理やり入る?」
「学芸員には精神操作系の魔法を無効化する魔法をかける義務がある、警備は世界でもトップクラスに厳重。となれば正面突破でしょうね」
「・・・だからって出入り口で待つつもり?」
「その通りだけど」
「はぁ」
今日だけで何度ついたのかわからないがまたため息をついた。
そこから何十分経っただろうか。
「来ない。完全に鍵をかけられれば面倒だろうから予告状で指定した時間から三十分後までには来ると踏んでいたけど」
「もともと剣士の存在からもしかしたらそんな人物がいるかもの話だからじゃないかしら。あるいは美術館の前で警備していると思われる私たちを避けているか」
「それはない」
断言した。
「昨日の事件、そして今日の複数個所での昏睡事件。警察は混乱しているし今日を逃す手はない」
「実際に来ていないじゃない」
「まあそうね。やっぱり目の前に立つのがいけなかったのかしら」
「それはないわ。幻影で姿を見えなくさせておいたから」
「いつのまに?」
「ここに立って三十秒ほどかしら。相手が正面を見張っているのなら私たちは車の中で調べものしているように映るはずよ。というより気付いていたでしょう。さっきからこのあたりを通るスタッフが出入り口の前で立っている私たちに一切声をかけないのだもの。大方私が調査にどれほど協力的か調べるつもりだったんでしょうけど」
「ばれた。協力しようか利用しようか迷っていて。まあでも決めたわ。協力しましょう。まずはさっきから見ているあの二人から」
ピアーナは顔を動かさずに前方百メートルほどで立っている男二人を示す。大きな方はこちらをかなりの頻度で見てくる。あからさまに不自然だ。小さな方は一切こちらを見ない。それはそれで不自然だ。二人とも明らかにこの美術館に用がある。だが近づいては来ない。
「・・・相手は二人、こちらも二人。大男の方は任せたわ。おそらくあっちが剣豪の方でしょう。できれば幻影がかかっている状態でも相手がこっちを認識できている原因も探っておいて。まあそっちは何もないでしょうけど」
「協力しようって言っていたのは本心から出たのだけどまあ仕方ない。できれば口は効ける状態にしておいてよ」
男二人はさらに近づいてくる。明らかにこちらを警戒している。美術館前は幻影で満たされ誰もいない映像が張り付けられているのにもかかわらずだ。
男二人の立ち振る舞いを見ればある程度はわかる。
若い方が何かを大男に伝えている。つまり何か感知する方法がある。かけている眼鏡に熱を感知する機能でもあるのかそれとも探知の魔法か。どちらにせよ自分の魔法が見破られているとなれば幻影使いとしては黙ってはいられない。
「私一人のほうが強いから。氷壁分断」
雪風が自らの前方に氷を飛ばした。
キィーン
それは地面を凍らせながら相手二人に向かっていった。
相手も右と左にさける。そしてその間に氷でできた大きな壁が生まれる。これで分断された。
「くっ」
相手の表情が変わる。雪風にはわかる。戦闘は大男任せにするつもりだった。しかし望みは絶たれた。
「さてじっくり聞こうかしら、幻影をどうやって見破っているのか」
「緑色の魔法小銃」
小男が詠唱すると手に木製の魔法銃が握られる。どうやら一切戦えないというわけではないらしい。
(相手の属性は緑。なら風の流れを読んだ。いやそれにしても距離が離れている)
「バン」
つぶやくと魔法銃から見えない弾丸が放たれる。
「氷雪の壁」
周囲の雪が集まり薄い壁を作る。
カタン。
見えざる弾丸が壁に当たる音はした。だが音が小さい。すなわち弾丸の威力も小さい。一切戦えないというわけではないが戦力になるというわけでもないらしい。
「そんな」
「まさか」
小男と雪風が同時に驚く。
小男の方は自分の魔法が一切聞かなかったとだが雪風が驚いたのはその弱さ。
小物すぎてその驚きが演技なのか素なのかすら、よく分からない。普通この手の輩はわからないからと警戒するのが雪風の本能だがどうにもこいつに対してはそういうのが浮かんでは来ない。
おそらくさっきの見えない弾丸もただの風、当たっても致命傷になりえない。
つまり負けることはない。
そこからの二人を包んだのは少しの静寂。本来強キャラどうして起こるそれが圧倒的な力の差がある故に起こっている。
戦いの性質が変わった。探り合いでも倒しあいでもなく雪風がいかに追い詰め小男がいかに時間を稼ぐかといった戦いだ。
「張り合いがない」
一方、雪で分断された向こう側では。
「この俺相手に一対一とは。なめられたものだ」
そういって男は今まで手を突っ込んでいたポケットからナイフを取り出す。
そしてそのナイフを一振りすると刀身が伸びた。
ピアーナが軽く笑う。どうやら推論はほとんど当たっていたらしい。問題はこの大男の実力だ。
当然だがギミックが仕込まれている剣は通常の剣より強度の面で劣る。自在に長さを変えられる素人の目には便利そうな杖を実際には個人では持たないのと同じように。
つまり相手は本領ではない。ここまで来た以上達人級の剣の腕前なのは確定だ。そんな人間が本気で挑んできたらピアーナも切り札を切らなければならなくなる。
そして疑問は強くなる。大きな剣を持ち歩いていれば警戒されるのも当然だ。ゆえに通常の剣ではなく特殊な剣を使うのはまだ理解できるが、閉館していても美術館内に入るには機械を通らなければならない。結局のところ目的の刀鍛清廉の前にたどり着くためには人を振り切り機械を壊さなければならない。
なら矛盾している。
アクション映画好きが脳内で考えだし脳内で何度もシミュレーションして失敗を露程も想定していない強盗計画のようなものだ。都合よく相手にばかり不幸など降りかからないし、都合よく自分ばかり幸運など降りかからない。もっと複雑だ。
いろいろ考えてピアーナは結論付けた。
「馬鹿なの?」
「何!!貴様・・・・・・・」
ある程度離れていてもわかるぐらいに剣を持つ手に力がこめられる。これほど分かりやすいぐらい動揺があるだろうか。剣傷だらけの人生の中で何度も言われたセリフらしい。
交渉の余地はあるか。
話しかけようとしたところで剣を振るってきた。
ピアーナの口元が微かに動く。魔法を詠唱した。
当然大男も警戒する。赤か青か緑か銀か茶か黒か白か。あるいは適正か。
とはいえ大男は止まらない。相手がどれほど強力な魔法を使用できたとしてもとりあえず攻撃する。それが第一。それの対処で相手の得意な魔法を知る。
その巨体に反し大男は俊敏に動いてくる。伸縮性と剣のとしての切れ味の両立を目指した以上その剣にそれ以外の特殊な能力などない。ただの剣だ。
それは上から下に振り下ろされた。
当然躱す。大男の方もこんなシンプルな攻撃で倒せるとは思ってはいない。あくまで様子見実際に相手の反撃に備えるための足は残している。だがそれにしても変だ。
ピアーナはわざわざギリギリで躱したのだ。いかに躱す自信があっても剣が突然発火しないとも限らない。突然長さが変わるかもしれない。なら距離を取るか武器をぶつけるか攻撃してくる。だがわざわざギリギリで躱す。絶対に当たらない自信がなければできない。だが刀鍛清廉を本気で握ろうとする達人が殺すつもりで放った攻撃に絶対などあるのか。そこまでして挑発がしたいのか。
「なるほどね」
ピアーナの口が動いたのを確認し大男が距離を取る。大男は遠距離の攻撃手段を持たないがそれでも距離を取る。相手の魔法を警戒している。遠距離となれば当然剣より魔法のほうが有利だがそれでも単純に離れれば魔法も当てづらくはなる。だが耳に聞こえてきた女性の声は詠唱ではなく言語だった。
「予想はしていたけど、さすがに伸縮性以外特徴はない」
「今の一撃で・・・」
大男も女が超至近距離ギリギリで躱した時点でこの剣の特性を知ることが一番の目的だと判断したがそれでも早すぎる。
「魔法か」
それしかない。魔力が感じられるか否かでも単純な両刃剣か魔法剣かの区別は行えるがここまで速いとなると魔法だ。鑑定か識別そのあたり。
お互いいまだに様子見。ピアーナは距離を取り、逆に大男は近づこうとする。
大男に遠距離攻撃の方法がない以上距離を取り続けている限りピアーナに負けはない。一方向のみ銀色の壁があるがそれ以外は何もない。逃げようと思えばいくらでも、というよりこの美術館から離れた時点で大男は目的を達成できずに敗北したと言える。
空間の勝負はピアーナが有利。
なら時間ならどうか。
もともと路上での許可のない戦闘の時点でイルミナル国の法律では違反だ。そうなれば捜査をしているピアーナとその協力者である雪風は問題ないが、大男と小男は現行犯逮捕となる。
その上だ。
これはただの一対一ではなく二対二が一対一と一対一に分かれた勝負。そもそもこの一方向の壁を張ったのは雪風だ。ピアーナと大男がこの壁を破るには相手のことを無視してそれなりの火力をぶつけなければならない。必然的にこの壁が破られるときは雪風がピアーナに助けを求めるか戦いが終わりこちらの戦いに加勢するの二つになる。この壁を発動あるいは維持している分だけ向こうの戦いでは雪風が弱体化されるが、問題は雪風と小男にある戦闘力の差。
雪風の戦闘力はピアーナと大男、両方とも察しはついている。これだけの壁を瞬時に生み出し、今もなお維持している。強さだけでも一般人とはかけ離れているが、それより躊躇なく魔法を放った点。そこに関しては悪人や罪人を数多見てきたピアーナも真剣勝負かつ合意の上で数多の剣豪を殺してきた大男も恐怖さえしている。魔法を使い他者を傷つけ誰かの大切な人を殺す。そのことに対して罪の意識や葛藤を微塵も見せない。ただの高校生がどれほどの修羅場をくぐればここまで割り切れるというのか。
対して小男の方はどうか。大男の方は知っている。相手を倒すということに致命的に向いていない。身体能力も適性も性格すらも。特に性格の方は平和ボケとさえいえる。軍隊や兵器を自分には関係のない異世界の話でもあるかのような性格。ピアーナも小男の立ち方や歩き方で戦闘慣れしていないのはわかる。
やる気のある虎と追い詰められても戦えない鼠。鼠側に勝ち目などない。
それは二人ともよくわかっている。こちらの戦いはどう転ぶかわからないがあちらの戦いは雪風が勝つ。だからピアーナは交渉することにした。
「諦めれば」
「簡単に言うね。こっちが昨日からどれほどの準備をしたと」
「こっちの勝負はまあわからないけど、あっちは勝ち目がない。それにいくら何でも二対一は勝負にならない。そっちの情報を吐いたら今日ここでの罪は見逃す。昨日の事件では前線には立っていないみたいだし悪くはないでしょ。どっちみち時間の問題」
「大丈夫。ここであんたを倒しもう一人の方も俺が倒せばいい」
「こっちの決着がつくよりあっちの決着がつく方が早い。なんだったらすでに決着がついていてもおかしくはない」
「どうかな。格付けはついていても決着はついていない。それだけは自信がある」
「はぁ氷塊四角幻影」
「うおっ」
地面から小男を囲むように四方向に氷塊が出現する。とはいってもその四つの中で質量があるものは三つ。やろうと思えば四方八方すべて氷塊で囲むこともできるが魔力の消費がけた外れに多い。そのうえ相手の適正の詳細がまだわかっていないため倒す気こそあるが本気はないまだ様子見の段階だ。
対して小男は四つの氷塊の中でぶつかっても問題はない幻影の方に移動する。当然幻影は体をすり抜けダメージは与えられない。
これで三度目かと雪風は軽く息を吐く。
あの状況、攻撃を避けるだけなら最も簡単なのは上方向に逃げるだ。属性が緑なら風で軽く空を飛べばいい。寒さで動きが鈍くなっているのならなおのこと。それを見越して本命を上に備えている可能性もあるがどうにもそこまで頭が回るとも思えない。
だが相手は迷いなく質量なき幻影に突っ込んだ。複数回も。わかっていたが幻影を破る手段がある。鑑定か識別かまるで分らないがどうあれ相手はその手段に絶対の信頼を置いている。
ここで全力を出し続ければ容易く勝てる。それなりの魔力を一度にそそぐことにはなり今のところ大したダメージは与えられてはいないがそれでも相手がしてくるのは躱しと簡単な魔法で銀の魔法をそらすことのみ。何度が隙を見せてみたが攻撃してくる様子はない。それがわざとであると見破れる手練れもいるだろうが少なくとも目の前で冷や汗を流している小男には不可能だ。完全なる逃げ。警察を呼ばれては困るのは自分たちだというのに時間稼ぎに終始している。
本来ならここで相手をさっさと倒すことが最善。小男はともかく大男は達人。分断している氷の壁を解いたときピアーナが八つ裂きにされている可能性もある。
だが雪風が選んだのは相手の適正を探ることだった。正確には自分の魔法が見破られている原因を探ることと魔力の温存とピアーナがどれほど戦えるのかを確認すること。
「イミテーション二」
小声で詠唱する。一定の声量までなら基本的に声が大きい方が高い効果を発揮する。だが相手を探るならこれぐらいがちょうどいい。
またしても小男を囲むように魔法が出現する。とはいっても出現場所も形も数も違う。先ほどが《地面から立方体で三つが氷で一つだけが幻影》なら今度は《空中から円柱で二十ほどの大量の幻影の中で一つだけが氷》だ。そのうえ今度は幻影ではなく幻影二。ただ空間に魔力で景色を貼り付けただけではなくそこには音や香りが存在する。常人に判断など不可能。やろうと思えば実際の氷でも同じ現象を起こせる。そのことが恐怖を生む。
だが小男は見ることさえなく。
雪風が軽く腕を動かす。それを合図に本物交じりの偽物が一斉に攻撃する。一つ二つ三つと幻影が小男の体を通り過ぎる。だが十六ほど過ぎたときに小男が体を動かす。
小男が元居た場所には幻影ではない本物の氷が突き刺さっていた。
「危ない。キミ絶対性格悪いでしょ」
息を切らせながらだが挑発してくる。ここで挑発する意味はほとんどない、自分は死ぬかわりにここで相手を消耗させる。その可能性もなくはないがそんな人間には見えない。単純に感想を言っただけか。
正直なところ雪風にも予想外だ。今回は先ほどとは魔力の込めた量の桁が違う。質量以外のすべてが先ほどの幻影にはある。少なくとも人の目と耳と鼻と皮膚では違いを判別などできない。
考えてみるがまだわからない。このまま続ければいつかは相手のスタミナ切れがあるだろうが時間も魔力もかかる。この後予定があるわけでもないがそれでもここで時間を取られたくはない。
面倒だ。全方位攻撃してしまうか。そんな考えをひとまず置いておく。これからこいつと同じ適性の敵が現れるかもしれない。ならここで相手の情報を引き出しておく。幸い相手は攻撃してこない。こちらが負けることはない。
相手の適正魔法の推理とは条件の確認から始まる。
聞いて見る限り相手は、大きな声で詠唱などしてない、魔法道具を使っていない、共通あるいは大きな身振り手振りを行っていない。
次の推理は相手の魔法で起こった結果の確認だ。
こちらの攻撃のほとんどをかわしている。当たったといってもそれはほとんどが避けようがない攻撃だ。それも最小限でダメージを済ませている。
総合して、そこまで魔力消費が多くないがゆえに常時発動できる低消費タイプか、あるいは魔法が肉体の一部に宿るタイプ。その中で最も多いのは見ることで効果を発揮できる魔眼だがどうにも相手は魔法の方向を見ていない。
推理の結果、最も可能性が高いのは識別だが。
雪風が動かない間、小男は息を整えるだけだ。戦闘は百パーセント相方任せ。自分は時間稼ぎに終始する。
闇雲に攻めても時間がかかる。戦いが始まってそろそろ三十分ほど向こうも決着がついているのかもしれない。ピアーナの戦闘力が分からない。連局に所属している以上弱くわないだろうがそれでも。
「・・・」
二人を静寂が包む。正確には氷の風が軽くふいている。
小男の背後から氷の槍が音もたてずに迫ってくる。
小男は避けようとしない。当然それは小男の肉体を貫くもダメージはない。ただの映像だ。テレビに映る景色などディスプレイが映し出しているに過ぎない。だがそれでも人は反応する。
「うわっ何だ」
小男が声を上げる。そこで雪風は確信した。
「つらら天井」
「ふん。懲りないね、君。いやといっても・・・」
雪風はこの戦闘で氷と幻影で小男を追い詰めていたが今度は違う。全体攻撃。物陰に隠れていれば寒さをしのげるか、室内にいれば熱中症を防げるか、答えは否。守ることはできても避けることはできない。それがこの魔法。小男が避けられる範囲の上空を無数のつららが出現する。雪風がいる場所を含めてだ。とはいえ本人の上空には何かバリアのようなものが存在するが。
果たしてこれらすべてが銀の魔法で出現させたならどれほどの魔法を食うのか、そして 問題はこれが幻影かそれとも質量を伴った実物なのだろうか。
小男は考えるがわからない。前提としてあの形はまずい。先端がとがりすぎている。生身で受ければただでは済まない。重力に従った自由落下したあれが体に当たることを想像するだけで恐怖で体が動かなくなりそうだ。大男とほぼ必ず戦わなければならないことを考えるとここで全力は出してこない。信じたいがそれでもあれは。
小男は考えた末今出せる全力で応戦することにした。おそらく本物だ。
「風の衣を身にまとい(グリーンベール)」
風のカーテンが小男を纏う。これならたとえすべての氷が本物だとして、地面に落ちたとき飛んでくるであろう氷の破片からも守ることができる。問題は上から降ってくる方だ。これだけ広範囲で行えば一つ一つは弱くなるものだがそのことは安心を与えない。
雪風が腕を上から下に振るう。それを合図につららが落ちてきた。
刹那を永遠に感じる。一秒を何十秒であるかのように錯覚する。つららが落ちてきている。それが風のカーテンの上空に当たるであろう一秒前に雪風は動いた。
「なっ」
「やっぱりね」
完全に虚を衝かれた。どちらにせよ風のカーテンは突破されないだろうから相手は何もしてくることはないと、たかをくくっていた。
「極地寒冷」
風のカーテンは攻撃から身を守るためのものだ。自然現象などどうにもならない。
「うっ」
カーテンの中の気温が大幅に下がる。ここまで下がると口すら動かない。つまり魔法は詠唱できない。だが今発動している魔法の向きをある程度変えることはできる。だがどれほど寒さを追い出そうとしてもまた新たに入ってくるだけだ。
魔法が切れた。口を含めた体は動かない。ここからではどうしようもない。
今度は本物の氷が小男の服と地面を縫い付けた。
パチン
雪風が指を鳴らすとこちらと向こうを分断していた氷の壁がどろりと溶けていく。
「えっ」
そしてそこにあった光景はさすがの雪風も驚きの声を出した。
「ああ思ったより早かったね」
無傷のピアーナと氷漬けの大男がいた。すでに決着がついていた。誰にでもわかる形で。雪風は大男が戦っているところを見たことはない、だがそれでも強いことはわかる。
雪風ですら信じられないといった表情だがピアーナは変わらず続ける。
「まあとは言っても、あなたの属性が銀じゃなければもっと時間かかったかもね。おかげで魔法隠しやすかったし」
「・・・」
どうやらピアーナの属性も銀らしい。それでもこの速さは異様。
「まあそのことはどうでもいいわ。そっちの使用魔法は?」
「魔法は一切使用していない。剣にも特に能力はなし。単純な剣術のみ。そっちは」
「属性は緑、適正はおそらく聴覚の強化」
雪風とピアーナが横目に小男の表情を見る。雪風が適正を話したときその表情が動いたのを二人とも見逃さなかった。
「なるほど。それなら幻影が見破られていたのも納得。でも一応聞いておくけど根拠は」
「幻影と実物の区別はついていたけどすべてが幻影の場合それが幻影だと見破れなかったから、その場で二つの違いを聞き分けることはできても、すべてから聞こえた音が同一の場合、実際の氷の音かそうでないかは聞き分けられなかった」
「なるほどね」
「ところでこれからどうするつもり」
「とりあえずMISIAの解析からかしら、車の中の機械でできるから」
「変ですね」
当然だがMISIAの中には個人情報が大量に残っている。とはいってもほとんどはセキュリティバリアにより守られている。MISIAの制作者が生み出し、この世の誰もが解析できていない。もちろん研究はされている。複数の国の諜報機関や電気製品メーカー、警察組織、果てはマフィアまで膨大な金銭と人員を使用している。だがいまだに誰も完全には解析できていない。とはいってもそれは奥深くの場合。製作者が意図したのかあるいは人々の努力の末か個人の名前や番号、着信履歴ぐらいなら専用の機械を使えば見えるようにはなっている。
「変とは」
「名前はポール=ニューロ。無職。ほとんどのデータは消されています。写真から音楽、手あたり次第全て。ここまではわかるんですが、問題は番号と着信履歴」
「見つからなかった?時間をかければこの程度の機械では見つからない程度には削除できるけど、街中で起きている昏睡事件に関係しているなら通信機器は必須だと思うけど、テレパシーでも使っているとか?」
「いえ、家族の番号と履歴しかないんですよ」
「えっ」
「剣士の番号ですら」
「そういやつけてなかった。ポケットに入っている可能性もなくはないけど動きを見るとそもそも持ってない可能性も」
「戦闘の時は外す人はざらにいるけど普段から持ってないのは文明に取り残されすぎでしょ。まあ証拠が残らないように常に二人同時に動いていたとみるべきか」
「剣士の番号がないのはわかりましたけど問題は家族の番号しかないことですよ。テレパシーなんですかね」
「テレパシーの可能性も無くはないけどおそらくこの事件を起こしているのは家族。そう考えた方がいい気がする」
「そういえば、多少は化粧でごまかしているけど、何となく昨日戦った相手に似ている気がする。視覚のジャックと聴力の変化。どちらも人の感覚を操作する適性。二人に血のつながりがあってもおかしくはない」
「で、これからどうします」
「ポールを人質にとれば出てくるんじゃない家族なら」
「さすがにそれはちょっと。とりあえず警察にポールと大男の情報を流しておきましょう。家族の情報はそのうち集まってくるでしょう」
「ならそれまで二人を尋問でもする?」