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黒白の魔法剣士  作者: 傘羅栄華
ファイブアラウンド編
31/114

九話そして情景

十二時四十五分。アース美術館近くの公園。

 芸術に浸っていたセシルは二時間ほど前に美術館を追い出されてしまった。

 とはいっても別にセシルが奇行を起こしたわけでも奇声を発したわけでもない。実際に中にいた二十名ほどの客は同じように全員追い出されたしチケット代も全額返金された。

 憤るセシルに美術館側の説明は二つ。周囲で数十人が昏睡する事件があったこと。もう一つは先ほどこの美術館に予告状が届いたこと。

 その内容は

《今日。十三時ちょうど刀鍛清廉の二十四番烈火をいただく》

 わざわざ予告状を出すだけでも映画の見過ぎと受け取られないのに奪う対象も刀鍛清廉とは。

 価値はある。状態が良ければ八千万オードはする。数も少ない。美術館に飾られているのは世界中でも五振りぐらいだろう。

 だが刀鍛清廉と言えば、かつて日本に存在した伝説の刀鍛冶集団が生み出した百振りの日本刀。単純な日本刀としても切れ味やその美しさがずば抜けているがその特徴は刀が降る人を選ぶということだ。達人級の腕前がなければ持つことさえできない。

 つまりそこら辺の泥棒が盗めるものでもない。たとえそれが箱に包まれた状態でもだ。

 それが分かっているからこそ、予告のあった時間の十五分前だというのに警察は二人ほどが来ているだけだ。美術館も九十九%イタズラのためにここまでしなければならないのは不本意だろう。

 さてこれからどうしようか。セシルは思案する。

 さすがに事件が解決しても今日は美術館に入れることはないだろう。そして万が一盗みに来るような奴がいるとすればそれは剣術において達人級の腕前を持つことになる。危険だ。

 横目で隣にいる女性を見る。長い手足にセンスしか感じられない着こなし。サングラス越しでもなおわかる顔の良さ。およそ完璧といってもいい。

正直なところ横にこの人がいないならもうすでに昼ご飯を終えて寮に戻るか別の美術館にでも言っていただろう。

 その女性は真剣な顔で一時間ほど美術館を見つめている。話しかけることさえできない圧倒的なオーラ。スターとはこういうものかと怖気づいていると、ふいに話しかけてきた。

「どうかしたの?」

 よくとおる奇麗な声だ。

「いや・・・これからどうしようかと思いまして」

「万が一、本当にあの刀を盗みに来ることを考えるとここから離れた方がいいわよ」

「まあ、そうなんですが。イングリッドさんこそ」

「私は・・・ちょっと興味があってね」

「興味ですか」

「細かな場所は違ってるけど二日連続、同じような事件が起きている」

「ああ、昨日の学校の件ですか」

 そういって背筋が寒くなる。昨日は運悪く傭兵と鉢合わせしてしまい戦うことになったがその人の何らかのマジックカードを使用した顔がトラウマになってしまった。

「その顔はその場にいたパターンかしら」

「運よく、いや悪いのか魔法の影響は受けず。魔法が美しい僕に近寄れなかったってところでしょうか」


 警察があわただしくなる。どうやら予告時間一分前らしい。


 三分後。警察官が出てきた。少し離れているため正確な表情はわからないが雰囲気を察する限りやはりイタズラだったらしい。

「わかってはいたけどやはり来なかったか」

「みたいですね」

「さてつぎは何処へ・・・」

 答えるとイングリッドが歩きだした。セシルもあわてて追いかける。

「どこへ?まさか事件に介入を?」

「そのまさか。もともとこのあたりに来たのは別の予定があってね。その目的のためにもこの事件を追いかける方が早い。見たところ戦闘力がある方じゃないし帰った方がいいわよ。それともついてくる?」

「いいんですか」

「昨日の事件と関係があるとすれば当事者が一緒にいてくれた方がいいから」


 イングリッドが歩きそれにセシルがついていく。情報交換をしながら向かった先は──

「病院・・・ですか」

 着いたのは大きな病院だ、事件の影響かあわただしい。

「ええ、原因不明の昏睡っていうのが気になってね。魔法である程度隠されているとはいえまだ発覚していないのは・・・」

 適当な病室に入る。そこには六台のベッドに六人患者がいた。皆ピクリとも動かない。

 病院独特の消毒液のにおいの中でイングリッドが患者に取り付けられていた機器に表示されたデータを見ながらつぶやいた。

「データに異常はない。あるのは表情の苦悶と覚醒状態でないということだけ。後は偽装の魔法もかかっているとなれば」

 一人の患者の耳の中をのぞいた。

「何してるんですか?」

「やっぱりね」

「わかったんですか?」

「ええ、さっき言ってた昨日の事件が精神操作系の集団だったことと昨日戦った傭兵が使用したマジックカードで読めるはずのない後方からの一撃が防がれたこと。その二つを考えると昏睡の原因は聴覚過敏」

「聴覚過敏?」

「おそらく実行犯は聴覚を強化あるいは操作することが適正。正確には他人の聴覚を強化しめまいを起こしたさいに軽度の昏睡状態を引き起こす魔法をかけているといったところかしら。これぐらいなら適正じゃなくても使用できる。昏睡した後で聴覚を戻して鼓膜や聴神経を修復しておけば原因不明の昏睡に見える。ただ回復させているといっても軽微な傷は残っている。私もライブ中に同じような症状になる人を何人か診てきたからわかっただけでそうでなければ」

「とりあえず報告すれば」

「それが問題。この病院の医者が素人の意見に耳を貸すかしら。いや聞く人もいるでしょうけど」

 そういってイングリッドはMISIAで誰かに連絡を取るが。

「でない。まあ忙しいか」

「そういえば病院の中で電子機器を使っても大丈夫なんですか」

「よっぽど旧式じゃない限り大丈夫。それより医者に知り合いとかいない?」

「知り合い・・・」

 考えてみるがいない。家族はみな芸術家。セシルもまた教科書やノートの前よりキャンパスやスケッチブックの前にいた時間のほうが長い。赤点すれすれの点数を取っても注意されたことはない。筆記試験でいい点数を取るより絵で何かの賞を取る方がよっぽどほめてくれた。おそらく父も母もそして祖父、祖母もそうなのだろう。テレビのクイズ番組ではだれも何も答えようとはしない。そんな人だらけだ。そんな家系に筆記テストの申し子たる医者が生まれてくるはずもない。もちろん知り合いにもいない。ならば考えを変えてみる。

「そうだ。クラスに王族や貴族や政治家の息子とかいますから。そこからなら」

 そういってMISIAの電話帳の中で目当ての名前を探す。王族や貴族がいるといっても番号は知らない。美術で自分の次に高評価をもらっていた王族とは語り合いたいが今週は一度しか会話したことがない。知っているのは政治家の息子だけだ。

 カイン=ルーグ。

 その名前を押した。

プルルルル。プルルルル。

 二回のコールで相手は出た。

『もしもし』

「カインか、昏睡事件の原因が分かった」

『なんだって』

『これは』

 電話の向こうで聞きなれない女性の声が聞こえる。

「昏睡の事件は聴覚過敏が原因だ」

『どこ情報だよそれ』

「ああそれは」

 チラリとイングリッドの方を見るが人差し指を唇に垂直に当てていた。相手の声は聞こえていないはずだが雰囲気でなんとなくわかったのだろう。

「気にするな。医者の知り合いか父親にでも連絡を取ってくれ。頼んだ。それじゃ」

 通話を切る。

「これで事件は次のステージに進んだ。おそらく直接的な戦闘がある。一応聞いておくけどついてくる?」

「もちろん」

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