五話あるいはINVESTIGATOR
正午。
「ちょっとすみません」
「・・・なんですか」
喫茶店で昼食を終えた出雲雪風が歩いていると後ろからきれいな女性に声をかけられた。
雪風は食べ歩き、あるいは食事そのものが趣味というわけではないがそれでも外食チェーン店が立ち並ぶエリアにいたのは理由がある。
基本的に食堂に行けば食事にありつけるクルクス高校生であるが、料理を作ることもまた勉強の一つとして、土日は食堂塔は開放はされており、そこでの食事もできるが自販機しか動いていない。出雲雪風が通っていた中学校ではクルクス高校の風習や慣例に合わせて土日は自分たちで調理することが求められていた。そのため料理自体は苦ではないが、さすがに昨日はいろいろあって疲労した。そのため朝は軽く食パンを焼くだけで済ませ、昼は外食しようと決めて友人を誘ったが断わられてしまった。そのため一人寂しく歩いていたわけだ。
「私、連合警邏捜査局のピアーナと申します」
「ああ連局の」
連合警邏捜査局、それは世界中の警察とは全く別の組織。そしてそれらとは一線を画す。エリート集団。主に政治家の癒着、世界をまたにかける犯罪者やテロリスト、国と国との領土や歴史の論争などを解決するために存在する組織。またその組織が導いた答えの絶対性や捜査対象の利権のために連合警邏捜査局に所属していることを示す身分証明書などを持たず、チームもなく、情報も最小限しか共有しない。そのため一般人には協力の義務はない。すべてを自分たちでしてしまう。それでもなお結果を出す。学力だけではなく情熱だけではない。そんな連中。
「で、そんな連中が何の用ですか」
相手は罪のない人を殺しても、その必要性が証明できれば罪には問われない、そんな相手だが、少女は冷静だ。
無論、雪風には昨日のことだとはわかっている。だが逃げられたとはいえ、勝負は自分が勝利した。ならばわざわざ相手を探し出して戦うほど興味などない。自分と同じ『幻影』なら学べるところもあるが、『幻覚』なら答えはほとんど同じでも式がまるで違う。そんなことより雄我が断った後どこに向かったのかのほうが気になっている。
「昨日のことです。まあとりあえずここでは何ですので喫茶店にでも」
「食事は終えたばかりですので」
「昨日あなたが戦った幻覚が適正の人、まだ捕まっていないんですよね」
当然だがしつこく粘ってくる。幻影で振り切ろうと思ったがここで時間を食っても面倒だ。なら紅茶ぐらい飲もう。そう判断した。
「仕方ないわね」
さっき昼食をとった喫茶店とは別の店に入る。どうせなら高い店に入ろうかと思ったが面倒なのでやめておいた。この後特に予定があるわけではないが、それでもそこまで懇切丁寧に説明する義理もない。民度の低さと商品を出す速度が特徴の店の方が今は良い。
案の定、店内は大小さまざまな音が聞こえる。ろくでもない会話をするろくでもない声、音楽プレーヤーから流れる流行りものらしい耳障りな歌、ゲーム機から流れるでかい音、だが多少の声は遠くまで聞こえないと考えるとここでも構わない。
「話す前にまず聞いておきたいことが」
「何ですか」
「捕まってないというのはどういうことですか」
「そのうち発表されることだから言いますが、事件の首謀者はクルクス高校の専門医師のヘクター=ワンダー。ヘクターは精神操作魔法の教員をしていた時期があり、その時の知り合いを集めて事件を起こしたそうです。その中でも二人を洗脳。一人を学校の中に傭兵として紛れ込ませて、もう一人をブレインズメール。ああ学校を襲っていた魔法を発動する側において情報を収集していたそうよ。例え魔法制御装置の中にいても外でかけた魔法はなくならないから。そしてかかわっていた全員の名前を白状した。バスの中で魔法を発動する組、ホテルの中で一番大きなジャマ―を管理する組、医者を足止めする組、学校を襲う組、でもその中で一人知らない人がいた」
「なるほど・・・それが」
そこまで話して、男が数人近づいてくる。顔もスタイルもいい女性二人が喫茶店に入ってくる段階でじろじろと見てはいたが、興味を抱く価値がかけらもないので無視していたが、さすがに不快。
「おうおう、ねぇちゃんたち美人じゃ」
言い切る前だった。
店内が凍った。
「あなたみたいなのと話すほど暇じゃないの」
店員を含めた客全員が氷漬けにされる。
「怖いわね」
そういってピアーナが紅茶を一杯啜る。現行犯を逮捕する気は微塵もない。
「で、その一人というのが幻覚使いだったと」
雪風が言い始めた時点で二人とも氷像を見てすらいなかった。
「ええ、交戦したという出雲さんの証言、魔法は効かなかったとはいえ、もともと戦う能力がなくて、ただ眺めていたという生徒の証言。二つの証言には若干の食い違いがある」
「適性が幻影の魔法使いにとっては誉め言葉ね」
「ええ、それに一致していないといってもそれは一部、ほとんどが一致している。それに学校中を調べても緑の魔法を使用している跡があった」
「なるほど・・・ということはただの通りすがり。人の視界をだます幻覚を精神操作系に分類するかは専門家の間でも意見が分かれているわけだし、ヘクターが昔の教え子の知り合いをたどっても・・・」
「かばっている可能性を考慮しない場合はね」
「なぜ一人だけ・・・異性ならまあともかく、同性でしょ」
「そこは私も警察も疑問」
「あと残る可能性は一つ」
「さすがクルクス高校生。早いわね」
「別の組織の可能性」
そこまで話して沈黙が流れる。
二人とも頭の中で考えをまとめているというよりは、相手の考えを探っている状況だ。
雪風はすでに幻覚使いへの興味を失っている。魔力も体力も残ってはいるがメリットがないのだ。
一方でピアーナは興味がある。というか仕事だ。それにわざわざここまで来た目的も別にある。それも二つ。その両方において雪風の協力は重要。いやそれどころか必須だと確信している。
喫茶店の空調が店内の春とは思えない寒さを感知し、暖かい空気を送り込む。それに従って氷像も解けてきてはいるが、まだ誰一人として顔すら出ていない。
先に口を開いたのは時間の余裕があまりないピアーナだった。
「もう一つ聞いておきたいことがあるの」
「火曜日のことかしら」
言い当てる。相手が初めに職業を名乗った時点でこの展開は予想していた。
「私はほとんど知らないわよ。現場にはいなかったからね」
厳密にいえば本当でも嘘でもない。当時はクラスの人数が奇数であったために、教師とともにいた。事件の全容。特に首謀者が全世界で指名手配されているロベリアであることは聞いている。最終的に死んだことも知っている。誰かから聞いたわけではないが、だれが殺したのかも確信している。
「死体を調査したと」
「ええ本物だった。当時は誰もが信じようとはしなかったけど調査して三日でね」
「それがなんだというの。長年追っていた相手が学生ごときにあっさり殺害されたのが信じられない?それともまだ反省の余地が残っていたから人殺しはいけないとでもいうつもり」
「いいえ、学生が追い詰めて倒せたことも、容易く人を殺せたことも驚きはしている。でもそれは紛れもなく事実。現場を見て押収された証拠を確認して、生存者の証言を組み合わせた結果、どのように推理しても二人の学生がロベリアを追い詰め、そのうちのどちらかが刀で頭と体を切り離した。一切の戸惑いなく。一切の淀みなく。ただ冷静に、正義を気取ったわけではない、大切なだれかあるいは何かを傷つけられ怒り狂い衝動に身を任せたわけでもない。ただそうすべきだからそうした。」
「でもだからこそ。その最後のピースがかけているのが許せない。できるのなら百パーセントにしたい」
「つまり、殺した本人に直接会いたいと」
「できるのならね」
「・・・それは無理ね」
「どうして」
「そもそも学生の誰かが殺しただなんて初めて聞いたもの。私もその相手は知らないわ」
ロベリアが逮捕され死んだことまでは世界で発表された。信じられないといった声もあったが、連合警邏捜査局の中でも唯一顔も名前も出している局長が直接会見を行ったことで確証へと変わっていった。だが学生に殺されたことまで知っているのは、その場にいた本人とその相棒、その二人の担任と学校長。そして警察と連局の一部の人間の身。その中でも誰が殺したのかを知るのは四人だけだ。
まずいと心中で雪風は思う。学校長が話すことはないだろう。あの人は底が見えなさすぎる。担任ロレッタ=レイニーが話すこともないだろう。雑談内容と授業風景だけならただの酒乱に見えるがあの人も七色英雄の一人。張本人であろう天音雄我もないだろう。この手の輩は慣れている。だが最後の一人カイン=ルーグはわからない。代議士の息子らしいが相手は連局の人間。そんな肩書無意味だ。連局は何の権限も持たない。捜査にかかる費用はすべて自腹、だからこそどんな捜査も許されている。
「心配しなくても私はそもそもロベリアを追ってなんていないんだからその人に危害は加えないわよ」
「ならなぜ今その相手を探しているんですか?」
「もともとこっちに来る予定があってそのついでにね。それほどの人間なら昨日の事件にもかかわっている可能性も高い」
拍子抜けだ。長年国際的な指名手配犯であったロベリアがあっさり殺されたことで連局や警察は叩かれまくったというのに。いや担当ではないという理由でそこまで切り分けて考えられることですら連局らしさというべきか。
「とはいっても、昨日の事件についても私は学校から一歩も出なかったので、外の情報は何一つとして知りませんよ」
これも本当のことだ。正確には昨日、月曜に臨時集会を行い、そこで今回の事件について発表を行う。と聞かされている。一応、学校中を探し終えて見つからず敷地の外に逃げたと考えて、学校長室に行ったときに、そこにいた闇医者とか言う胡散臭い男とクラスメイトと教師に、精神操作の魔法を適正とする連中が学校の敷地に魔法をかけたことと外にいた数人が事件解決に動いているだろうということだけだ。そこにいた教師の娘が学校に来るはずだった時間にまだ来ていないから何か異常を察知してジャマ―の破壊に動いたかも。ということだ。とはいえどのみちその話も月曜日だ。連局には守秘義務や個人情報保護法を合法的に突破する権利はないが警察にはあるのだ。なら今頃学校で聞いているだろう。連局はあらゆる違法が認められてはいるが、同時にあらゆる合法が認められてはいない。だからこそ学生の一人なんかを揺さぶっているのだろう。
「それでも何か知りませんか」
「たまたま外にいた何人かがジャマ―を破壊しながら敵が潜んでいた場所を襲ったとは聞きましたけど。いやそもそもこの事件、連局が出るような仕事じゃないでしょう」
連局の仕事は幅が広いが、それでも複数の国や多くの地方をまたぐ広域捜査か、迷宮入りしかけた難事件か、通常の警察では捜査しにくい議員や大企業の不正や癒着、国益にかかわる精査などがほとんどだ。学校が襲われたごときでは出張っては来ない。
「連中の目的は精神操作魔法のさらなる進化。目的を達成したなら全世界の脅威ではある。ただ学校を制圧して、学校長を脅迫して、存在自体が不確かで目的通りのことが書いてあるかどうかもわからない本を探して、研究してやっと目的が果たされる。そこにたどり着くまでに失敗していたというのが連局と警察の見解。そもそも私自身もともと無理な計画だと思うわ。でもさっきも言った通り別の目的でこのあたりに来る予定があって、そのついでに昨日の事件を調べようと資料を見ていたら、矛盾が見つかってね」
「それが幻覚使いはまだ見つかっていない」
雪風から見ても一度勝利したからと粘着されても面倒だ。ここで逮捕でも何でもしてくれるなら情報を渡してもいい。
ここで話させることで心理的なハードルを下げここからさらに別の情報の入手につなげることが相手の目的だろうが、それはまあどうでもいい。
「昨日、戦った傭兵の中に妙なマジックカードを使うやつがいたそうよ」
「妙なとは」
ピアーナの目の色が変わる。妙、謎、不思議どれも好きな単語だ。
「使った相手の名前はわからないけど確か属性は白だと思うわ」
「多分それはルシンダね。元軍人で現傭兵。まあよくあるパターン。確か適性は操従」
「問題はそいつが使ったカード。二枚もあったそうよ」
「二枚。それはまたおかしいわね」
本来傭兵が自分の適正とは全く違うカードを忍ばせておくことはそうおかしいことではない。ごく一部だがそういう傭兵もいる。だが二枚、それも両方とも攻撃のために使用したというのは珍しい。死と隣り合わせの職業、基本的には逃走用だ。昨日もそれが分かっているからこそロイドは体の動きを封じ雪風は勝敗がぎりぎりまでわからないような戦法を取る。確実に倒すために。
「問題はそのカードの中身、見る限りでは片方は今回の黒幕が渡したであろう精神高揚、ただもう一つ」
「それは・・・」
「さあね」
「さあねって」
「私が見たときにはすでにちょうど使用するタイミングだったからカードの柄とか見えなかったから。顔を見れば正気ではなかったというのはわかったけど」
「そのもう一つのカードが」
「ええ別の組織の人間から渡された。その可能性はある」
「なるほどね」
「役に立てたかしら」
「ええとっても、できればその時正面で戦った人と連絡は取れるかしら」
「二人いたわ、女と男、名前は知っている。ただ今日の予定と連絡先は知らないわね」
「私も警察で視た資料では名前は載っていたけどさすがに連絡先までは載ってなかったのよね、ということは打つ手がない。とりあえず学校に・・・と行きたいけどさすがにいないわよね」
「寮内はかなり静かだったから、多分外に出ているわ、授業が始まって初めての休日、観光名所でも回っているんじゃない」
「打つ手はないと、やっぱり月曜日の公式発表を待つしかないのかしら、でも明後日は予定があるし、いやもともとの予定を果たすためにも一応は学校に、いや」
自分の世界に入ってしまった。雪風はカップに口をつける。どうやら最後まで飲み干してしまったらしい、店員はまた凍ったままだ。そろそろお開き。そういうところでピアーナが提案をしてきた。
「このまま今日は私と一緒に調査に同行してくれないかしら」
「論外ね」
「そんなこと言わずに金なら出すわよ」
「苦労してないわ」
頷いてくれる気配すらない。だが事件解決のためにも、このあたりに来た本来の目的のためにも、クルクス高校の生徒とここで別れるわけにはいかない。
「なら仕方ないわね。昨日の騒ぎの際に傭兵と二回も戦闘経験のあるあなたに付きまとえば相手も釣れるかしら」
断るなら休日に張り付いてやる。そういっている。
「大人が学生を脅迫する気?」
「連局とはそういう集団。常識は期待するだけ無駄よ」
「はぁ」
これ見よがしに大きなため息を吐き。仕方なしに頷いた。