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黒白の魔法剣士  作者: 傘羅栄華
ファイブアラウンド編
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四話あるいはARTIST

 午前十一時過ぎ、セシル=ベルは一枚の絵画に心を奪われていた。政治、経済、宗教、利権、現世のあらゆる邪念から離れただただ美のみを追求した魂の輝きを。

 イルミナル国とはこの星の中心地。それは政治だけではない。経済やスポーツ、ファッション、芸術など様々な分野で最先端を行っている。ゆえに画家を目指す少年にとって芸術家の中でも認められた人間だけが絵画や彫刻を飾ることを許されるアース美術館はあこがれの場だった。

 「美しい」

 周囲の人間が聞き取れるかどうかぎりぎりの声量で思わずつぶやいた。

 当然ここにはすばらしい名画の類などいくらでもある、パンフレットに乗っており、この美術館の顔ともいえる『神に捧ぐ』、焼け跡から発掘された二千年前の傑作『バラ園にて』、知る人ぞ知るカルト画家、その中でも最も賛否両論ある『二人』、百年に一人と言われた天才画家の『金欲と愛』。イルミナル国の王族が所有していた『ウェディング』いずれも人の人生観を変えかねないすばらしい名作たちだ。テレビで紹介されていた、名だたる評論家たちの意見は聞いてきた、それでも実物のすばらしさには到底かなわない。値段など批評など所詮は前振りでしかなかった。そう自分の中で判断して最も素晴らしいのはどれかと逡巡していたが、そんな時見えたのがこの絵だった。

『あの世の世界』

ほとんどを赤と黒で表現されたこの絵画はそういう名前らしい。解説には『ファーラー神話において死者が送られる場所を描いた。』と書いてあるがおそらくもっと複雑だろう。裁かれるべき罪人か救われるべき善人か。死という概念の美術化、いや今の自分には思いもよらない意味が隠れている。

 語りたい。できるのならば志を同じくする人物と語ってみたかったが、今日は一人。それもかなわない。

 寮に移ってから一週間ほどしかたっていないのもあるが、運悪く一年一組には芸術による入学が自分を含めて二人しかいない。それももう一人は歌。作詞、作曲、歌唱力、どれを評価されたのかを少年は知らない。あのクラスで絵について語れるとすれば美術の授業で自分に次ぐ評価を受けていた雄我ぐらいだが、探そうとしたときには見つからなかった。

 だいたい、歌唱など芸術ではないではないか、あんなのは運、あるいは顔だ。芸術そのものは完全な娯楽、なくても生きてはいける。ゆえに好き嫌いは誰にでもあるにせよだ。歴史に名を残すのならばともかく、庶民向けにカスタムされた歌に興味などない。歌がうまいと思った歌手はいる。ダンスがうまいと思ったアイドルもいる。だがそれは芸術ではなく娯楽だ。

 そこまで思って視界の端に女性が移った。


 片方の瞳にその女性が映った時間は二秒にも満たなかったと思う。そのうえ顔を隠していた。だが美しいもの、芸術的なものを愛する少年にはそれで十分だった。

 セシル=ベルは現代の歌手は嫌いだ。そのほとんどが芸術性ではなく娯楽性を追及している。どこかで聞いたような歌詞をいかにも自分が考えたかのように小綺麗な顔で歌う。なにせそれが一番儲かるからだ。だがそうじゃないだろう。歴史に名を遺す画家はそのほとんどが極貧だ。芸術とは金銭から離れたところにこそあるのだ。実に薄っぺらい。

とはいえ全員が全員、唾棄すべき薄っぺらい連中ではない。無論探せばいる。比喩と風刺を使いこなす芸術家たちが。動画投稿サイトの片隅か、あるいは歌手のオーディションの落選者。そんな芸術家たちはそのほとんどが誰にも評価などされずその道をあきらめてきた。後世にいくら評価されても現実の問題として金がなければ生きていけない。だがそんな中にあっても世界的に認められる娯楽の提供者でありながら、芸術を追求している探究者。ただちょっと歌と顔がうまいだけで歌姫を気取り、わがままを芸術家としてのこだわりだと言い出す低俗な連中とは一線を画す本物。

顔をほとんど隠していたが、隠そうとしても漏れ出るオーラと長い手足は間違いなく世界一の歌姫、イングリッド=クワトル。

なぜ、とは思う。

ここは世界トップの絵画や彫刻の芸術家たちの頂点が集まる。ゆえに歌の芸術家の頂点である彼女が刺激を欲してここにいるのは理解できる。

今日は休日、ゆえに平時より人が多い。とはいえ仕事を絞っているといわれる彼女ではあるが多忙ではあるだろうから自分の休日が世間の祝日とかぶってしまうがどうしてもここに来たかった気持ちは理解できる。

イングリッド=クワトル。彼女は世界一の歌手。恵まれすぎた歌唱力、恵まれすぎた容姿、恵まれすぎたスタイル、そして何よりもその芸術性。ある時、急に喝采を浴びた。それまで一切表に出てこなかったのだ。どれほど探しても下積み時代など見当たらない。だが明らかにその美は熟練されている。そのうえどこの事務所にも所属していない。無論たった一人で活動しているわけではないがごく少数。ゆえにどんな既存の利権に関与しない。多くの王侯貴族たちが金を積んでもライブを開くかは彼女の意思一つ。多くの大手事務所が彼女一人を潰す、あるいは抱き込もうとしてもできなかった究極の一。あるテロリストが彼女のライブを母国で開くために無関係な国王と王族を人質に取ったこともあった。世界中の大きな機関から彼女に連絡が入り交渉が行われたが、彼女は『興味がない』と言い切った。そのうえ『テロリスト対策はあなた方の仕事』とまで言い放った。その後宣言通り王族が皆殺しにされ一つの国がほろびかけた。その際に同業者を含めた世界中から非難があったが、その少し後に流れた『非難した国では二度とライブを開かないのではないか』という噂でほとんどの国や機関が沈黙した。


声をかけてみようか。そんな考えがよぎる。

 だが相手はオフ。わかっている。わかってはいるつもりだ。芸術家にとって自分だけの美に浸る時間がどれほど大切で次の芸術に与える影響がどれほどのものなのか端くれの自分にもわかっている。

芸術を美を愛しているだからこそ声をかけられない。尊いものだから、自分がこの世界で信じられる三人の芸術家の一人なのだから。

 挙動が若干不審になる中その事件は起きた。

「何か?」

「えっ」

 話しかけられた。横目でチラチラとみていたからなのか、それとも挙動に体調不良を見つけ出して、心配であったのか。なんであれ、あこがれの芸術家(仮)に声をかけられた。

「ええっと」

 過去に何度が芸術に熱中しすぎて、周囲の人に声をかけられたこともある、今までとほとんど同じ状況だが相手が違った。

「い、いや。この絵。美しすぎると思いまして」

 できる限り小声で答え、指で絵画『あの世の世界』を指す。相手が本物であった場合、できる限りここで騒ぎを起こすべきではない。

「ああ、この絵ですか」

 イングリッド(仮)はセシルの指さした絵画を五秒ほど見つめた。

「あの世の世界、ふむ」

「どう思いますか」

「一度死んだ身からすれば、死後は無。なにもありはしない。でもこの画家は・・・」

 自分の世界に入りだした。セシルにはわかる。こうなってしまえば長い、そして他人に興味を抱かなくなる。失礼だと思いつつもできる限り観察する。

 わからない。化粧もあるだろう、衣装もあるだろう。だがかなり近い。

「なるほどね」

「どう思いますか」

「すばらしい絵であることに疑いようはないわね。そしてこの絵に関してはこれ以上控えることにするわ。おそらく幾人もの人間がそれぞれ違う感想を持つ。それがこの画家の意図したところでしょう。この絵の解釈に別の誰かの考え方に影響を与えるのは侮辱ね」

「そうなんですか。ところでなぜ僕に声を」

「ばれていると思ったからかしら」

「まさか」

 そこまで言って、言葉を止める。それは目の前の女性が人差し指を立てて唇の前にあてていたからだ。

「ここに来たのは、あることを確かめようと人に会いに来たんだけどどうやって会おうか考えようとたまたま目に入ったこの美術館に」

「そうなんですか」

 その時館内に大きな音が鳴った。

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