三話あるいはADVENTURER
午前十時十分前、クルクス高校近くの喫茶店でバンジーは人を待っていた。
店内には落ち着いた音楽が流れる。どちらかというと大人向けのカフェ。だが少女は周囲の空気に一切浮いていない。周囲の人間もまるでその少女をこのような雰囲気になれている大人の女性のように見えていた。
待ち合わせは午前十時ちょうど。その目的は当然昨日のこと。
相手は忙しくて遅れるかもと言っていた。だが恐らくあいつが時間に遅れてくることなどないだろう。長い付き合いでそれは確信していた。
ガチャン。カランコロン。
ドアが開く音と、ドアが開いたことを知らせる音が鳴る。
その音につられて、軽くドアの方を見る。現れたのは五十代ぐらいの男性。
違う。
古くからの友人で、最近会っていなかったが、五十代ではない。
手元の小説に目を落とす。何度も見た推理小説だがこのサイズ感、少しの待ち時間にはぴったりだ。
MISIAの時計が十時を表示する数秒前、その男は息を切らせてやってきた。
ルイフ=トリウス。職業はフリーの冒険者。二千年前から狂暴化した野生動物や異形の怪物がはびこる場所に自ら乗り込み、調査する変人だ。
男は狭めの店内を見渡すと待ち合わせ相手を見つけてその向かいの席に座る。
「悪いな、待たせた」
「別に、急に呼び出したわけだし。そもそもよく予定が空いていてものだと思ったぐらい」
「もともとこの辺に来る予定があってね」
「冒険者関係の仕事がこの辺にあるの?」
「いやプライベート関係」
「あの女性、この辺に住んでいたの?」
「いやそっちじゃない。そもそもこの話はどうでもいい」
「そうだったわね。昨日学校に傭兵が何人か来たの。私は見てないんだけどその中にあいつがいたらしい。私たちの親友の一人。今はアザリアって名前らしいけど」
ルイフの中で何人かの親友を思う。一人はこの前会った。一人は目の前にいる。となれば
「まさか・・・そんな」
ルイフの顔色が一気に暗くなる。
「それで今は・・・」
「教師と生徒が一人ずつを相手にとって逃げたらしいわよ」
「変だな」
「ええ私も最初に聞いて驚いた。明らかな犯罪に手を貸しているのもそうだし、逃げるのはもっと考えられない。どう考えても私の記憶の中の彼とは合致しない」
「・・・操られている可能性は?」
「なくはない。相手はどうやら精神操作が適正の連中のようだし」
「なるほど、で警察と学校はなんて言っているんだ。警察は調査中、学校は・・・さあわからない」
「ならおれたちで無実を晴らしに行くか」
「そうね」
十代の女性と三十代の男性が歓楽街を歩く。見る人によってはそういう光景にしか見えないがあいにくこの二人はそういう関係ではない。
恋情ではなく友情。そして友のために二人とも行動している。
自信満々にどんどん進むバンジーに対し、何か考えがあるのだろうと思い黙ってついてきたルイフが問いかける。
「どこに行くんだ?」
「昨日学校で魔法の影響を診察した時に隣にいた同じクラスの子に聞いた話では、どうやら学校を襲った連中は魔法が聞かなかった教師と生徒を倒すために雇われていたらしいのよ」
「ということは傭兵ギルドか」
正式名称《傭兵管理斡旋派遣場》。通称《傭兵ギルド》。四十年ほど前から十年ほど前まで世界中で戦争が起きており、そのために多数の兵士や指揮官が様々な国で雇われていたが、当然戦争が終わればそんな職業は大幅に縮小される。だが戦争がある世界に生まれ、青春と働き盛りを人を殺すための魔法や魔法道具や兵器の中で過ごしてきた人がそんな容易く戦争がなかったころのようになれるはずもない。手に職が就いているわけでもなく戦争に必要のない知識を詰め込むことが許されなかった時代に生まれ生きた人たちが、戦争の必要のない世界で生きていくために国が生み出した失業対策。現在世界中に存在しその総本山はもちろんイルミナル国にある。
バンジーはもちろんルイフもぎりぎり戦争に駆り出されてはいない。だが存在は知っている。特にルイフは冒険家という仕事柄一時的に傭兵を雇うこともあるし、兵士から傭兵となり、冒険家に転職した人もいるし、その縁で何度が傭兵稼業をしたこともある。
「でもアザリアは十代だろう」
設立された経緯の関係上、十年ほど前にはすでに兵士であった人が圧倒的に多い、一応新規ではいることもできるが、紹介料をギルドに収める関係上、アルバイトなら自分で探した方が効率的だ。そのうえトップが国であるため、あからさまに違法で高額な仕事は紹介されない。
「だからこそ目立つ。事件が解決してから今日の朝にかけて、従業員の診察も終わっているはずだしね」
「でも、守秘義務があるから直接名前を出しても教えてはもらえないぞ」
「えっ」
バンジーが固まる。
「・・・なんだ、知らなかったのか。そういうちょっと抜けてるところは変わらない」
茶化されたバンジーは顔を少し赤らめるが、古くからの友人といってもそういうのは見られたくはない。強引に話を逸らす。
「てことは傭兵ギルドに向かっても情報は手に入らないの?」
「いや方法はある。どんなシステムを生み出そうが、結局それも悪用され、抜け穴が生み出される運命にある。父親の言葉だけど」
「また出た」
傭兵管理斡旋派遣場 イルミナル本部。
公務員であるため休日は従業員の数が少ない。だが正午から一時間半ほど前ということで午後からの仕事を探そうとする人でごった返している。雇おうとするもの、雇われようとするもの。相手をいかに安く雇おうか考えているもの、自分をいかに高く売ろうか考えているもの、夜通しの仕事が終わって騒いでいるもの。休日ゆえの短期バイトを探す学生。人種も年齢も性別も関係などない。皆今日を生きている。
整理券を取ってから十分ほど待つと二人が呼び出された。人は多いがほとんどは雇われる側、ゆえに依頼する側はあまり待たされることはない。
依頼する側の担当者の方に向かったのを見て周囲がその動きを目で追う。
その周囲をルイフが一瞥。その中に見知った顔がいないことを確認する。冒険家と知られても面倒だ。
「どういったご依頼でしょうか?」
受付の女性が笑顔で聞いてくる。見事な営業スマイルだがその下にある疲労を二人は見逃さなかった。
こういう時、人の思考は雑になる。二人はそう理解していた。
「すいません。人を雇いたいんですけど」
「仕事内容と採用する人の条件をお願いします」
「仕事内容は簡単な事務です。ちょっと力仕事もあるので若い人。できれば十代の方でお願いします。あと住所はシーディリングの近くに住んでいる人がいいですね。公共交通機関で一時間ぐらい」
「少々お待ちください」
笑顔のままパソコンに向かい操作する。おそらく表情を変化させる気力さえ惜しいのだろう。
結果はすぐに出た。
「申し訳ありません。条件に合致される方はいません。もう少し範囲を広げますか?」
「いえ、別の場所で探します。では」
そういって従業員に背を向けドアの方に向かう二人。見た目の年齢から学生だとあたりをつけているだろうから。警察が探している以上、時間の問題だ。
「傭兵として登録はしていなかったか。傭兵ギルドに入ろうとしていた時に誘われた可能性はあるけど」
「その可能性は低いと思う。学校の中にいた傭兵はそう多くはなかったようだし戦力になるかどうかわからない状態で雇うのは・・・」
「となると、操った人を探して白状させるか」
「昨日のうちに警察に引き渡されたわ。今から会うのは至難の業でしょうね」
「手掛かりはなしか」
「いや、昨日アザリアにと戦った二人に話を聞けば進展はあるかもしれない。ただ」
「それが誰なのかは知らない」
「そういうこと。教師と生徒一人ずつとしか私も知らない」
「だが学校に行ってみるしかない・・・か」