戦闘
三人がホテルを出てから二十分後、シーシャ滝駐車場
観光地にしては小さめの駐車場に見知った顔がいた。
「セシル」
「君たちか・・・」
同じクラスのセシル=ベルだった。
「なるほど探知魔法・・・土位立地か」
《土位立地》、土やコンクリートなど材質を問わず、一定の範囲内にいる床面に接している生命体を見分ける茶の魔法。
「悪いんだけどさっき戦ってもう魔力のこってないから荒事は任せたよ」
「それは構わないが・・・なるほど観光地の駐車場か考えたな」
雄我が見つめる先にあるのは一台の大型バス。
「あの中に十人ほどいる。魔法無効化装置で無効化されない範囲で探っているから正確ではないけど、カーテンを閉め切っているのにそれだけの人がいるんだ、怪しいことこの上ない。それに装置を切ってもらおうと学校長が連絡したけど誰も出なかったんだ。おそらく操られている」
「なら当たりかな」
「だがどうやって入るんだ?魔法は使えない」
「相手も使えないってことだろ。ならドアをブチ壊せばいい」
「そうだけど、ええと」
「アリシア=バーク。月曜日から通うはずだったんだけどいろいろあって遅くなってしまった」
「バーク・・・確かバーク先生が多分娘がジャマ―を壊して回っているかもとか言ってたな・・・まさか雄我とアンドリューと一緒にいるとは」
「学校の正門であってそこから。まあそれは今おいておこう。今出せる物理攻撃は・・・刀しかないか。青色薔薇」
雄我の右手に刀が握られる。
「二人はここにいて、俺とアリシアで敵を制圧する」
「構わない」
二人がバスに近づく。約二十メートルの地点でそれは起きた。
黒いエーテル自動車が宙を舞い歩いていた二人の方に突っ込んできた。
「何っ」
「え?」
二人とも魔法が今使えない。だが二人とももともと身体能力は高い方だ。雄我は上にアリシアは右にその車を避ける。突然のことで動けなくなるような二人ではない。
「何だ?車が勝手に」
近くにいた二人にも、少し離れた地点で視ていた二人にも何が起こったのかさっぱり理解できない。
「なんで・・・」
「どうなって、黒砲」
雄我が試しに魔法を放とうとするも体の中に魔力が巡り体外に放出されるがそれは色をなさず霧散する。
「属性はダメってことか、なら適正なら、アリシア」
「わかった電気猿の尻尾」
アリシアも魔法を放とうとするがやはり一瞬だけ電気で形成された尻尾が服の上から生えるも動かそうとしたときには消えていた。
「なんでこんな・・・」
「アリシア、右」
雄我がアリシアへ叫ぶ。アリシアの耳にその声が届いたときには一メートルほどの地点で先ほどとは別の銀色の車が空を舞い迫ってきた。
とっさに体を伏せる。車がアリシアの体の数センチ上を通過しアリシアが軽く息を吐いたときには今度は雄我に二台の車が迫っていた。
エーテル自動車にはタイヤがない。つまり普通のガソリン車や電気自動車と比べて同じ性能でも体積は少ない。つまり避けやすいがそれでも二台同時はまずい。
「できれば避けるだけが良かったが仕方がない」
雄我が刀《奇跡》を構える。そして一台を正面から斬る。
ガガガガガガガ。刀が金属を切る音がする。
エーテル自動車は決められた範囲を決められた速度でしか動けない。つまり普段から宙に浮いて走行しているとはいえこの動きは中に誰もおらず、サイコキネシスで動かしているのは誰にでもわかる。だからこそ単純な数を増やす攻撃はとりたくはなかった。
「これで避けにくくなった」
二つに割れてもなお襲ってくる車だったものを見つめながらつぶやいた。
「こっちだ」
アンドリューが走り出す。
「どこに行くんだよ」
つられてセシルもアンドリューが向かう方向へ走る。
「二人とも魔法を使おうとしても使えなかった。だがエーテル自動車はどうやってもあんな動き方はしない。可能性があるとすれば特定の魔法だけ使用可能な設定になっている場合だ」
「そんな設定できるのか?」
「わからない。いかに管理人を操っているとはいえそんな簡単にはできないはずだ。だが何もしないよりはいいだろうさ」
二人が管理人用の小さな木製の小屋の前に来る。
「装置があるとすればここだが・・・やっぱり鍵がかかってる。魔法は使用できないしこうなったら・・・せーの」
バリン。近くにあった石で窓ガラスを割り、鍵を開け窓から侵入する。
「勉学で入った割には野蛮じゃないか?美しくない」
「今言うのは不謹慎かもしれないが、率直に言ってワクワクしてこない?」
「わかる。僕もかつて死刑囚の血で書いた聖女の絵を始めてみたときの気分だよ」
セシルも笑顔でアンドリューに続いた。異常事態だからと言い訳するわけではなく楽しめるあたりどうにも二人ともクルクス高校生らしい性格だ。
「やっぱり昏睡させられている・・・」
不法侵入をかました二人の目に飛び込んだのは動かない管理人らしき老人と大型の魔法無効化装置。ここはただ装置を管理するだけの部屋であるためか老人の私物と思われる小物と置き電話以外には何も置いていない。
ゆすってもピクリともしないがどうやら呼吸はしている。おそらくホテルの時と同じく業務時間外に魔法をかけられて遅効性の睡眠薬でも飲まされてこの狭い小屋の中に閉じ込められたのだろう。
「こいつだな」
アンドリューが円柱の魔法制御装置の周辺を見渡す。
「わかるのか」
「いやハッキングできるほど詳しいわけじゃない。だがそもそもこの手の魔法制御装置のハッキングは簡単じゃない。いかに連中が相手の精神や行動を自由自在に操れたとしても、この装置はほとんどがブラックボックス。できる人自体が限られている。つまり外付けで何か装置をつけるか、開いたところにでかでかと貼り付けてるか・・・・・・・・あれ」
装置をいじっていたアンドリューの手が止まり、その表情から余裕が消える。
「ど、どうした?」
アンドリューの態度にさすがのセシルも背筋が冷たくなるのを感じる。聞きたいような聞きたくないようなそんな感情だがそれでも問いかけた。
「見当たらない」
セシルもその回答は予想していたが、それでも外れていてほしかった。
「じゃあなんでエーテル車があんな動きしているんだ」
「・・・わからない・・・もしかしたら・・・・・・女神の加護・・・かも」
《女神の加護》。それは極一部の人物がその名の通り女神と呼ばれる超常的な存在から能力をもらうことまたはその能力そのものを指す魔法とは別の法則で成り立つ不可思議な力。
「まさかそんなわけない。女神とは出会うことさえ簡単じゃない。そもそも今までの例から考えても《手を触れずに物を動かす》なんてシンプルさじゃないはず」
《女神の加護》は女神からの愛。《女神》という普通ではない存在からの《愛》とかいう複雑すぎる感情の果て。実在する女神の加護の所有者とその効果を上げてもその複雑さが分かる。《怪物殺し》の《遠距離攻撃無効》。《傭兵ランク八位》の《絶対に勝利する槍》。ほかにもいろいろとあるが《女神》という凡人には感知できない存在にそれでも自分たちとは違うという証明するにふさわしい能力を持つ。つまりサイコキネシスで単純に再現できるようなものでは決してない。
それがこんなシンプルな効果だとは芸術家として認めることはできない。
「・・・まあさすがに女神の加護はないか。もうちょっと探ってみる。とりあえず二人に伝えておいて」
「ああ」
小屋から百メートルほど走り二人に声が届くところまで来る。学校長から敵は複数に固まっているという話を聞いて、学校の周辺から索敵の魔法を使用してきたため、戦うほどの魔力は残っていない、エーテル車はバスにある程度近づいてから動き出した。つまりサイコキネシスだとすれば操れる範囲はそこまで広くはない。ならばバスから六十メートルほどのこの地点では攻撃は食らわない。
「雄我!アリシア!」
「セシル!どうだった?」
「それが・・・魔力制御装置には細工が見当たらなかった」
「何だって・・・」
「そんな」
右から左から上から前から後ろから五方から二人にさらなる質量が襲う。
(どうなってる・・・ラジコン?・・・いやこれだけの大きさはさすがに・・・属性も適性も発動はできるが霧散する。まだ情報が足りない。だが粘ろうにも・・・こうなったら)
刀が薔薇のネックレスに戻る。
そして正面から先ほど切った車の右側を受け止める。
「ぐぅ」
好機とばかりに車の勢いが増す。間違いない、誰かがバスのカーテンの隙間から操っている。
「雄我」
車の影をすり抜けながらアリシアが雄我を襲う車を蹴り飛ばす。
「何をやって」
「なるほどね」
雄我は軽く口元を歪めた。
「わかったのか」
「ああ、魔法が使用できないこの空間でも魔法を発動できているそのわけが」
雄我が大きな声で宣言した瞬間、車の動きが少し止まる。
だがそれも数秒の間。一層数を増やし襲ってくる。
「そんなことできるのかと思ったが、考えられる限りではこれしかない、聞いたことはないが適正魔法は《エーテル操作》」
雄我が先ほどよりも大きな声で宣言する。その瞬間、今度こそ発動者の動揺を表すように車たちの動きが完全に止まる。
「ほとんど素人だな」
当然こんな好機を見逃す二人ではない。
雄我とアリシアはほとんど同時にバスのドアに襲い掛かる。
雄我の言葉通り相手はほとんど素人。無理矢理に車を操り、バスに近づく二人を潰そうとして勢いよく数台の車がバスの前方に衝突した。
ドゴン。
倒れこそしなかったが、それでもバスは大げさに揺れる。近くにいた二人にも明確にバスの中の悲鳴が聞こえた。
ぷつり。という軽い音がセシルの後方で聞こえる。振り返っても目に見える範囲では何もない。それは相手が使用してきた《人払い》の魔法が切れた音だ。ただ街を歩いている人はここに来ることはない。計画が事故で発覚することがないように複数人で何重にも重ね掛けしてきたがそれが破れたということはほとんど計画の失敗を意味していた。
もうほとんどバスの中では身動きが取れない。それでも人は執念で動く。
突入しようとした二人をまたしてもエーテル自動車が襲う。自爆同然、だがそれでも中から人が一人出てくるまでの時間は稼がれた。
中から現れたのは一人の男性。先ほどの車とバスの衝突で頭を打ったのか、右のこめかみから軽く血を流している。あまり戦闘に慣れているようには見えなかったが、それでもその気迫は二人にただものではないという気配を与えていた。
「あんたが最後の砦か?」
挑発目的かそれとも素の表情なのか今にも飛び掛かってきそうな獣のような雰囲気をまとう相手とは対照的に雄我は冷静だった。
それでも相手は何も答えない。
(時間稼ぎか?いやもうこれで最後のはず。とりあえず)
「もうやめておけば、タネが割れた以上勝ち目はほぼない。それに時間を稼いでも誰も学校長まで向かってないんだ」
「うるさい!」
大きな声だ。先ほどの雄我の声よりもさらに大きい。
それは不安をかき消すための遠吠えだったのか、それともただ単に雄我の態度や言葉が不快だったのかそれはわからない。だが確実に戦うにせよ、逃げるにせよ、降参するにせよ、とりあえず外に出てきてみたがその選択肢の中で《戦う》を選択したのは間違いない。
考えてみればこれは男にとって大チャンスだ。相手は魔法を使えない。二人の戦法がどれほど魔法に依存しているのかはわからないが、それでも一切使わないなんてことはそうそうない。今回雇った傭兵は、その戦法のほとんどを魔法ありきで自身を運用している。それほど魔法とは強力なのだ。カーテンの隙間から様子をうかがってみても百パーセント魔法依存ではなくある程度は身体能力も高いことは承知している。それでも初めにエーテル車が動いたとき魔法で対処しようとしていた。
男。クリフ=ビハデットは詠唱する。長年魔法は簡単なテレパシーぐらいしか使えなかった。テレパシーなど小学生でも使用できる。それでも男にはそれが限界だった。
「空気物質」
本来無害とされてきた。人間には使用できないとされてきた。エーテルという新時代の物質。人間の体では生み出せず、一部の電気機器あるいは精密機器の燃料として使用されてきた物質を操作する。それこそが教師も親も見抜けなかったクリフ=ビハデットの適正魔法。
魔法制御装置はすべての魔法を霧散させる。しかしそれでは生命維持のために生み出された魔力製の機器が機能しなくなる。そのためエーテルは例外に設定されている。
《空気物質》はそんな例外のエーテルを操作する。つまりエーテル自動車を操るのではなく。その車に張り巡らされているエーテルを操作して自動車を動かしている。
黒と白と緑の三台のエーテル車がクリフの周りの宙に浮く。
そのうち黒い車が雄我を白い車がアリシアを襲う。
「くぅ」
「ふっ」
二人とも放課後からかなり動いているがそれでも軽くかわす。
視界が良好になったためか、それとも魔力を温存する気がなくなったためか、先ほどよりも素早く車が動く。魔法が使えないため遠距離手段に乏しい二人はなかなかクリフに近づけない。
「ぐぅ、このままじゃ」
「いやそうでもない」
「というと」
「ここで相手が手加減する理由はない。だが動かしているのは三台。つまり魔力量から考えてそれが限界ということだ。車を直接動かすより魔力必要だろうしな。やっぱり素人」
黒の車が自身から少し離れたのを確認してから雄我が少々強引に距離を詰める。
その動きに惑わされたのかクリフが慌てて緑を雄我にぶつける。
「いまだ」
雄我が声を出す少し前にアリシアは動いていた。
こぶしを握りクリフに近づくが、その二人の間を別のグレーの車が割って入る。
「さすがにそれぐらいの企みはあるか」
さすがに魔力も込めずに車を殴り壊すのは不可能と判断してアリシアが距離を取る。
白とグレーの車がアリシアを襲う。
それでもその隙間を縫うように避ける。大自然の中では大量の怪物や動物に囲まれることもあった。それも命を奪うことに容赦はない。魔力も体力も限界が来ていてもだ。
だからこれぐらいのことなんてことない。こうなれば相手の魔力が尽きるまで逃げて見せようかと思っていたがそんなアリシアの耳に大きな音が聞こえてきた。
ガタン。
アリシアとクリフが音の方を見る。そこには地に落ちた二台の車とその車の中心で刀を持った雄我がいた。
「な、なんで」
クリフの顔が絶望に染まる。
無色の魔法は様々だ。《サイコキネシス》や《テレポート》のように比較的数の多い魔法、《千里眼》のように詠唱しなくても発動する魔法、相手の特定の行動を縛る《多動自縛》のように対象が狭すぎる魔法など、星の数ほどあると言われている。だが今まで発見され研究され使用されてきたこれまでの魔法のどれと比べても異質。
少なくともどの文献にもどの都市伝説にも載っていなかった。おそらく自分だけの魔法。だれにも頼らず見つけ出し、だれにも頼らず調べつくし、だれにも頼らず行使する。
天音雄我が黒と白を一人の肉体で使いこなす属性の初
クリフ=ビハデットが誰も見つけられなかった適性の初
それでもその二人には戦闘経験の差があった。
「なんで・・・・・・・・・・」
どうにか声を絞り出す。
そして知覚する。近くにいたアリシアは理解できない。当然だ、なにせ
「エーテルタンクを・・・」
「ああ、あんたが動かしているのは車ではなく車に積まれているエーテル。つまりそのタンクに穴をあければこの車は制御を離れる」
「ぐぅぅぅぅ!空気物質!!」
正真正銘最後のあがきだ。タンクから垂れたエーテルをかき集め雄我に飛ばす。
だが当然、そんなことで気を緩める雄我ではない。エーテルに色はなく見えはしないが、それでも相手の行動を予測し、躱す。一部は服に当たる感覚もあったが、そもそもエーテルが少量当たったところでダメージなど存在しない。水しぶきが跳ねるというよりは風を感じるといったほうが近い。
あがきにすらならない抵抗の後、クリフはうなだれだ。