ホテル
「どう思う?」
華金を迎えどこか浮ついた大人たちが多い中同じ歓楽街に向かって歩いているがシリアスな気配をまとった雄我が隣を歩くアンドリューに問う。
「・・・さすがに警備があるとは思う。学内と連絡を取られたら困るだろうし。これが最後だからな」
少し言いよどんでから答えた。アンドリュー自身も何度か考えてはいた。人を配置するということは手掛かりを残すことではある。相手の数も場所もこちらにはわかっていない。相手もそれは理解している。ジャマ―を破壊してもこちらができることは学内と連絡を取ることだけ。相手がどれほど傭兵を雇っているのかわからない。だが相手の目的は学校の制圧ではなく学校の制圧したうえで学校長とコンタクトを取り脅迫しその権限でもって脳髄経路を探させ見つけ出し入手すること。つまり必然的に脅迫を始めてから見つけ出すまで数日はかかる。探させるのにも傭兵を雇う、そしてなるべく早く制圧する必要がある、そして構内に最低限の人を残して人海戦術で見つけ出すことを考えると学内とあまり連絡は取ってほしくはない。ゆえに最後のジャマ―には監視あるいは守っている人がいる。そこに付け入る隙がある。
問題はその脳髄経路だ。先ほどMISIAで調べてみたが確実そうな情報はない。この手の裏話や噂が好きなアンドリュー自身がいままで聞いたことがないというのが証拠だ。膨大なネットの海から医者のコミュニティで見つけた《伝説とまで言われた医者が残した人体のすべてが分かる本》だとか陰謀論者のコミュニティで見つけた《人を意のままに操る本》だとかそんな得体のしれない情報ばかりだ。
「そもそもその本とやらが連中の目的なのか?」
そして今日何度目かの疑問。だが今回はその疑問を口に出した。ゆえに隣の少年が反応した。
「カインの言う闇医者があのケネスなら正解なんだろう」
「ああ、医療を極めるために医師免許を捨てた男。そして世界でもっとも有名な闇医者。確かにあれほどの人が断言したならまるっきり的外れってわけでもないんだろう・・・」
アンドリューの頭の中で思考を整理する。いったん相手の目的は置いておこう。その本の中身も気にはなるが今気にしても答えは出ない。
「そもそもこれほど早くジャマ―が見つかること自体が恐らく想定外だろうからな、焦ってこっちにも人を配置している可能性はある」
そこだ。相手にも事情がある。相手にも想定外がある。精神操作魔法が効かず傭兵が返り討ちにされることは想定内だ。その中で何人かが外に出てジャマ―あるいは直接自分たちを探すことは想定内だ。だが直接ジャマ―の場所が分かる人物がいることはさすがに想定外だろう。少なくとももっと時間がかかると考えてはいる。ならば
「結局その場所にたどり着けばわかるってことか」
「確証はないが、まあここで意見を交わすよりはまだ」
「ここだ」
歓楽街をすり抜けた三人の目の前にあったものそれは百三十二階建ての高級ホテルだった。
「ほんとにここ?」
その規格外の高さとあふれ出る高級オーラに圧倒されながらアンドリューは聞いた。
「ああこの建物だ。ただ・・・もっと近づいてみないとどこにあるかまではわからないかな」
アンドリューの驚きも無理はない。なにせこのホテルはイルミナル国の中でも一等地と呼べる場所にある。イルミナル国の王あるいは政府に会いに来たあるいは会議に出席する用はあるが王宮には招かれなかった。そんな連中が束の間止まる宿として選ぶ選択肢の一つなのだから。歴史も知名度も評価もある。実際に三か月前に行われた一度は止まりたいホテル百選に選ばれてもいる。ゆえに三百六十度どこからどうみても金がかかっているとしか思えない様相を呈している。
「別にそんなに怖気付くことはない。セレブ御用達といえその中ではランクは下の方だ」
「これで。これで下のほう。いやおかしいだろ一泊いくらぐらいするんだよ」
アンドリューが信じられないといった表情をしながら涼しい顔をしている雄我に聞く。
「値段は部屋やら時期やら料理やらあるだろうが、平均すれば二百万ルーガぐらいだろ。大したことはない、その証拠に今出てきたあの人」
雄我が目を配った先にはしきりに腕時計で時間を確認しながらホテルから出てきたこぎれいなスーツを着た一人の太った男性。いかにも大きな商談前といった面持ちだ。
アンドリューは頭の中でどこかで見た顔だと思いながら数秒後思い当る
「確か・・・そうだネットで見たんだ。あの人タンデン社の幹部。半年前行われた女を囲ってそうなサラリーマンランキング七十三位の」
タンデン社とはエーテル自動車では世界で二番目のシェアを持つ自動車メーカー。資本主義の上位数パーセントに立つ普段は相手を待たせる側の企業。それも幹部という立場でありながらわざわざ交渉の最前線に来た。だがそれでも
「そうだ。つまり社長クラスではない。一般人が名前を聞いたことあるのか微妙なラインの連中ってことだ」
「いやそうだとしても。このでかい建物のどこにあるんだ」
「落ち着け、ビビリすぎて考えられなくなってる。学校からここまで約二十キロ。俺たちが電車に乗って一時間ほどかけたぐらい離れているんだ。ジャマ―は部屋の一室にあるだろうが、ホテルのスタッフが気にしない大きさかつ二十キロ離れた学校まで飛ばすためにはできる限り下の階に置く必要がある」
「そうかそれにホテルの一階がロビーで二階と三階が風呂やら食堂に充てられることを考えれば、客室としてみれば最下層を探せば・・・いやまてよ、そもそもどうやって中に入るんだ」
「そこなんだよな。予約してなければロビーから進めない。ジャマ―は破壊しても罪にはならないがホテルを強行突破はできない。学校長の権限があればいいが今連絡が取れない」
「二人ともそんなことで悩んでいるのか。あたしに考えがある」
「大丈夫なのかこれ」
建物の豪華な外装から内装もある程度は想像できたがそれでも金持ちの考える豪華と庶民の考える豪華とはやはり違いがあるようでよくわからない絵画によくわからない彫刻、見るからに柔らかそうなソファに電気屋でも見たことのない大きさのテレビ、何となくおしゃれそうな音楽そしてふかふかとしか表現できない金色の絨毯を歩きながらアンドリューは隣を歩いているはずの雄我に聞いた。
「あまり大きな声は出すなよ。姿は見えないとはいえ声は聞こえる、それに絨毯の沈みやら誰かにぶつかったりすればそれでばれるんだから」
アリシアの策。それは正面突破だった。とはいってもさすがに魔法は使用している。その魔法は白の魔法《透過光》。その名の通り光を屈折させ透過する。とはいってもアリシア本人は中学校の三年間は人間よりはるかに聴覚や嗅覚に敏感な動物や怪物がいた地域にいたため使おうとしたことがなく実践レベルには達していないが雄我なら使用できる。だが雄我もあまり実用はしていない。なにせこの魔法は相手から自分が見えない代わりに自分からも相手が見えない。優れた使い手ならそのあたりの調整もできるのだが雄我にはそこまでではない。今回の場合はアンドリューが千里眼を使用し周囲を見渡しながら障害物や移動してくる人の位置を小声で二人に教えている。なんとか人が行きかうロビーを通り抜け階段で三階まで上がり監視カメラも警備もない多目的トイレに身を隠す。
千里眼と透過光を解除してようやく三人とも気を緩める
「ふぅー・・・千里眼を使用しながら足音を消して歩かなければならないとは」
「しかしまあここが高級ホテルでよかったよ」
「なんで?」
「中途半端に高級なら警備を雇ったうえで魔法禁止装置を置いていた可能性がある。あれ見栄えが悪いからな」
魔法による犯罪を禁止するなら魔法禁止装置を置くのが手っ取り早く安価ではあるがその場合科学や技術による犯罪、すなわちハッキングやピッキングの対処にこちらも科学や技術を使用しなければならない。魔法にも制約があり科学技術も発展はしてきているが日常生活ならともかく防犯では魔法ほど便利ではない。つまり使用できるのならば魔法による防御が最も効果的。ゆえにこのホテルでは魔法禁止装置を置かず魔法使いで対処している。
「これは・・・」
「どうした?」
「一番奥の部屋かなり濃い。いままでより何倍も」
「なら当たりかもな」
ガチャ。多目的トイレのドアを少し開けアンドリューが千里眼を発動して三階全体を見渡す。
「・・・これが高級ホテルか広い・・・さすがに客室には警備員がいるな。一番奥の部屋・・・さすがにここからじゃ何もわからない」
「部屋の中に千里眼は飛ばせないのか?」
「無理だ。最低でも眼球の大きさぐらい空いてなければ侵入できない。そんな便利じゃない」
「そうか・・・中に誰かいたとしてもドアが開くことはないだろうし、あの警備はどうするか」
「こうなりゃ一発殴って」
血の気の多いアリシアに対し雄我が止める。
「やめとけ」
「なんで?結局中で戦闘するんだから一緒でしょう」
「いまここで騒ぎを起こせば察知されて逃げられる可能性もある」
「ぐぬぬ」
「眠らせるのはどうだ・・・いや無理か」
「警備はさすがに防御魔法使っているだろう」
「じゃあどうすりゃいいんだよ」
あと少しといったところで三人の動きが止まる。
五ほどたった後このままではらちが明かないと感じた雄我がアンドリューに問う。
「鍵はどんなだ?」
「鍵?かなり強固。カードキーを指すどこにでもある普通のタイプだけどあれは通常の数十倍の値段がする。さすが高級ホテルなだけある」
「監視カメラはどんなだ?」
「カメラは普通だね。ただ客室の出入り口全てを収めている。それなりに頑丈だけど、まあ鍵と違って金をかけても防犯につながるわけじゃないしね。最近のは攻撃性能備えているのも出てきたけどここのはそうじゃない・・・まさか」
「・・・さすがに時間をかけすぎるわけにはいかない。透過光と千里眼を使ってもマスターキーをスルことはできそうにないからな」
「つまりどういうこと」
「俺が警備員の口をふさぐその間に二人で鍵かドアを壊して中に入る」
「結局それか、大丈夫なのか?」
「申請なしでの電波のジャマ―は犯罪だ。自分たちの場所に影響はないとはいえそんなものを持ち込ませたと知られたら困るのはホテル側も同じだ」
「ならなんで持ち込まれたんだ?」
「おそらく業務外の警備員を操ったんだろう」
「ホテル側にジャマ―のことを報告すれば」
「今すぐには動かないだろう」
「なら仕方がない」
戦闘する大気名分を得たアリシアが足に力を込める。
「ぎりぎりまで透過光で接近する」
「「了解」」
ガチャ。できる限り少ない音でトイレのドアを閉める。ここで気付かれるわけにはいかない。なにせ透過光では監視カメラをすり抜けることはできない。さすがに監視カメラに張り付いているわけではなだろうし、学生服だったとしても王族や貴族が多く在籍するクルクス高校の制服なら高級ホテルでもそこまで不審がられることはないだろうか目立つことには変わりない。
この手の裕福な雰囲気やそれとは正反対の荒事。その両方に慣れている雄我とアリシアと違いアンドリュー=リンクという生徒は学力以外は普通といってもよい。貧乏というわけではなかったが決して金持ちというわけでもない。喧嘩などしたことはない、ましてや命がけの戦いなど。ただ未解決事件や凶悪犯罪者や電子機器なんかに興味があるだけの一般人だ。
だからこの嵐の中の静けさに心臓が跳ねる。
ガチャ。三人の後方で音がする。どうやらどこかの部屋から誰かが出てきたらしい。
事前の打ち合わせ通り三人とも足を止める。ここは廊下、人がそれなりにいるロビーとは違い小声で話すこともできそうにない。
ピンポーン。エレベーターの音がする。そのあとすぐ足音とエレベーターが下に降りる音がした。
少し心臓が落ち着くのを待ってからアンドリューが魔法を使用して合図を送る。このままでは心臓の音でばれかねない。
廊下に軽い風が吹く。締め切っている廊下だがそこまで不審に思われることはない。実際に千里眼で見た限りでは警備員は不審がってはいない。相変わらず暇そうだがそれでも前を見据えている。
一歩、また一歩と警備員との距離が縮まる。そして後一歩のところで雄我が動いた。
拳を握り音も声もなく相手の鳩尾に一発。
「・・・・」
完全に不意を突かれた警備員は音もなく座り込む。だが監視カメラはとらえている。誰かが気付くその前にジャマ―を見つけ出す。
魔法の詠唱とは声に出すものだ。頭の中で唱えても唱えないよりましとはいえ威力は数段劣る。非効率。
だがアリシアという人間はそうしなければならない状況があることを知っていた。
アリシアの右足に電気が集まる
どうせドアを破るのに音がする。ならここから先は声を出しても構わない。
「電気兎の脚」
バキバキバキ。
アリシアの足の裏と接触した高級ホテル特有の分厚いドアが轟音を立て二つに割れる。
ここからは時間との勝負。
雄我とアンドリューが部屋の中に突入する。雄我が相手を制圧しアンドリューがジャマ―を探す。
楽な任務のはずだった。広い部屋、ふかふかのベッド、奇麗に整頓された棚、充実しているアメニティ。そんな楽園でただ時間が過ぎるの待っているだけ。それだけで悲願が達成される。それも自分たちでは絶対に勝てないクルクス高校の生徒たちを踏み台にしてだ。
クルクス高校学校長の権限でもない限りイルミナル国王の権限でもない限り、このホテルに予約なしではいることなど不可能。たとえ情弱をさらしてでも誰かに助けを求めようとしても無駄だ。警察も警備も四日前に起こった脱獄事件でいまだに麻痺している。この国に税金を納めている立場としては文句の一つでも言いたくなるが今日ばかりはそれも許そう。そもそもこの場所にジャマ―があることさえ連中はしらないだろう。電気を操作することが適正魔法であるならこの場所を割り出すこともできるだろうがそれができるのはクルクス高校の中で一人だけ、その一人ロイド=バークには専用の対策班が雇われている。回線網を辿られる可能性があるため今まで何の連絡も受けていない。だが予定ではそろそろ学校の制圧が完了しているはずだ。
素人にはわからない。計画が狂うことなどいくらでもありえるのだと。
轟音の後、乗り込んだ雄我が部屋をぐるりと見渡して一瞬のうちに状況を把握する。ベッドに膨らみはない。トイレからもシャワー室からも隣の部屋からも電気は漏れていない。おそらく見えている範囲で全員。中にいたのは二人の男性。一人は非常事態だというのにベッドに寝転がり、一人は非常事態だというのに呑気に腰かけてワインを飲んでいる。二人とも何が起きたのかを認識していない。おそらく荒事に慣れている傭兵ではなく黒幕に賛同した精神操作魔法を適正とする連中。つまり素人。そうでなければ気を抜いてなどいない。アリシアは今すぐには動けずアンドリューは荒事に慣れていない。だが素人であれば難易度は格段に下がる。
「重力制御」
二人の周囲の重力を増やす。
これだけの詠唱では二倍ほどが限度だがそれでも不意を突かれた素人には十分。
「ぐっ」
「がっ」
一人は床に一人はベッドに体全体を引っ付ける。
「ジャマ―は?」
「もう見つけてる・・・このタイプはと」
ジャマ―の電源を切る。
アリシアがトイレを開き中を確認する。
「シャワー室にもトイレにも誰もいない」
「なら二人だけが」
「くそっ」
「さてと、色々はいてもらおうか」
好戦的な笑みを浮かべながらアリシアが問いただす。その佇まいに恐怖を感じ思わず白状しそうになったがどうにかこらえる。ここで話せば台無し、もうすぐ自分たちの天下が来るのだから。
「話すと思うか?」
声は震えていた。しかしそれでも意志を感じる。おそらく殴る蹴るでは答えない。それに
「だろうな。それに防御魔法ぐらいはしているだろうから魔法でも探れないだろうし。だがまあ事件は確実に次の段階に進んだ。こんな風に」
雄我は当てが一つ外れたというのに落ち着いている上に笑みまで浮かべていた。
バタバタバタ
二つに割れたドアの外から何人かが走ってくる音が聞こえる。爆音を聞いて監視カメラを見て倒れている警備員と破られているドアを見て異常を認識してきたホテル側の人間だ。
「俺は説明してくる。アンドリューは学校に電話。アリシアは二人見張っといて」
「わかった」
「ああ今やってる」
学生服を軽く直し応対する。
「・・・これは何の騒ぎですか?」
責任者らしき初老の男性がほんの一瞬クルクス高校の制服を見て学校長からの要請があったかを思考し、何もなかったと結論づけてから雄我に詰め寄る。もしクルクス高校の生徒が一方的に問題を起こしたのなら学校長の弱みを握るチャンスだ。それにここまで侵入されたことは自分の責任になる、それを打ち消すためにもここで叩いておかなければならない。おそらくその思考が問題だった。
「・・・まあこれを見てください」
雄我が二人を奥の部屋に案内する。そこで従業員二人が見たのは黒い塊。さすがにそれを見てすべてを察する。
「電波を阻害するジャマ―ですよ。こいつをここに配置する要請を国に行ったのかと思いまして」
性格の悪さという意味ではおそらく天音雄我は相当なものだ。
「・・・いや・・・それは」
途端に責任者らしき男性が口ごもる。客商売である以上今までもクレーマーのような客は当然いた。大金持ちあるいはちょっと背伸びをした一般家庭そんな条件は問わず理解不明なクレームをつけてくる輩は少なくはない。だが九十パーセント以上ホテル側が悪いことなんてそうそうありはしない。それも残りの十パーセント弱は《ホテル側に連絡しても今すぐには対応されずそれでは無辜の命が失われるかもしれないから強行突破した》そういわれてしまえば返す言葉などない。《自分たちは連絡を受けた段階ですぐ事件解決に動いた》などと言い訳しても別の日に《特定の部屋にジャマ―がある可能性があるから調べてくれ》という連絡があれば一応部屋に連絡するだろうが、そこで拒否されたら調査は終わる。
結局ジャマ―を持ち込まれたのはホテル側の責任だ。業務時間外に操られる。その可能性を考慮しなかった油断に他ならない。
こうなれば雄我の独壇場だ。従業員たちは意見などできない。とはいってもここで責任の追及に時間をかける場合ではない。
警察や警備がこのジャマ―を調べて購入した人を割り出そうにもいまだに脱獄事件の後処理や配置換えに手間取っている組織に期待などできない。夢を媒介にして相手の記憶を覗き見ようにも相手は精神操作魔法を得意とする連中、脳に鍵をかける魔法も熟知しているだろう。だからと言って計画が完了すれば自分たちの魔法が飛躍すると思い込んでいるのに脅迫や取引で話すもない。それでも従業員と話すよりは有意義と判断して雄我は電気の網で縛られている二人に近づいた。
「・・・何か用か」
縛られている二人の内、長身のほうが話しかけてきた。
「話す気はないか」
雄我の口調はあくまで冷静でにらみつけているアリシアを制していた。
「あるわけないだろ!あれさえあれば俺たちはすべてを手にする!ぐぁ」
自分よりもはるかに年下である雄我の侮辱するような冷静さに怒りを覚え怒鳴る。だが怒鳴った勢いで電気の網に縛られている自分の体に力が加わり《網を破ろうとした》と判断した魔法が電気を長身の男に走らせた。
「話さないなら話すというまで殴るだけだ」
アリシアの体に電気が走る。それに二人から見える表情は今にも殴り掛かりそうだ。
精神操作を得意とする二人に殴る蹴るの経験などない。先ほどの電気の痛みがまだ体に残る長身の男は震えながら答える。
「い、いいのかここには第三者である従業員が、い、いるんだぞ」
「いえ、私どもは何も見てません」
あっさりと客を見捨てる。クルクス高校の生徒が制服で乗り込んできたということは学校に何かがあったということだろう。クルクス高校にはイルミナル国王族が確実にいる。ほかの国の王族だって数人はほぼ確実にいるだろう。そんな犯罪に自分たちの責任があるとなればこのホテルの格が落ちる。どうにか乗り込んできた三人を懐柔しなければならない。
「だってさ。じゃあ思いっきり」
「まあまて」
「何だよ」
「そもそも無理があると思わないか」
「何だと」
「もうジャマ―がすべて無効化されたんだ。後は人海戦術で人が集まるところを探して倒すだけで事件は解決する。だがあんたらが目的を達成するためには傭兵が学校を制圧して、学校長にあって、交渉して、その権限でどこにあるのかもそもそも実在するのかもわからないノートを探して、それを読まなければならない。今日中に最後まで行くはずもない。あらかじめ言っておくけど学内で一番強いの学校長だぜ」
「う、うるさい。俺たちが苦汁をなめさせられた時間に比べれば」
「連絡終わった」
MISIAから伸びたイヤホンを戻して報告を終えたアンドリューが雄我に話しかける。
「どうだって?」
「残っている人の中に探知魔法ができる人がいて、その人によると傭兵らしき連中は一人もいないらしい」
「何っ!そんな馬鹿な・・・」
反応したのは長身の男だった。
無視して続ける。
「一応増援の可能性が残っているから最低限は人員を残すそうだけど、もうすでに何人かは外に探りに行っているらしい。その中で怪しい場所があるから向かってほしいだってさ」
「なら行くか」
「ようやく暴れられる」