空
「重傷者を探すほうに人手を割きたいので、出雲さんも」
背中にかけられる声を無視しながら雪風は第二校舎に向かった。もともと人がいなくてもセキュリティが機能している寮内に傭兵がいる可能性はかなり低い。第一校舎を見回った後にたまたま正門を見に来て爆音を聞いて横やりを入れたに過ぎない。この一時間ほどで何度目かわからないが左手首のMISIAの電波を確認する。さっき一時的に使えるようになったが連絡を取ろうとした段階で使えなくなった。それでも雪風に不安はない。今まで何度も困難な目にあってきた。それに・・・
「さて一人でも多くを倒しますか」
その足取りは決して重いものではなかった。
十分後。正門から七百メートル離れた自然公園の駐車場で
「おそらくこの車。少し離れたところから探知したから確証はないけど」
「車の中ね。当然ながら鍵がかかっているがどうする?」
「こういうところでは魔法使えないからな・・・まあ技術でこじ開けるか物理的に破壊するか」
セキュリティが必要な場面では魔法が禁止されているうえに魔力無効装置が設置されている。ゆえに破壊も物理的でなければならないし、電気による探知も駐車場の外から行わなければならなかった。
「青色薔薇。はぁ」
雄我が刀でフロントを真っ二つに切り裂く。
「躊躇ないな。ジャマ―そのものの設置が犯罪だから問題ないけど、これで何もなかったら犯罪だぜ」
「そんなこといちいち気にしてられるか。どうせアンドリューだってこじ開ける気だったんだろ」
「まあな」
「こじ開けるなんてめんどうくさい。あたしなら車ごと破壊してた」
「やめておいた方がいい。二次被害になる。これだな」
雄我が車内から今までよりも大きなジャマ―を発見する。
「こいつはでかいな。今までよりも三倍ほど」
「当然だがでかければでかいほど範囲は広いからな。・・・このでかさなら一台で学校の敷地内全てをカバーできる」
「ならこれが本命か。・・・やっぱり見張りも護衛もないのが引っ掛かる」
「あーもう。そろそろ戦えるかと思ったのに」
「連絡は・・・ついた。もしもし」
二回のコールで相手は出た。電話の相手は
第四校舎二階。
クルクス高校は本館が職員室や保健室。第二校舎が一年生のクラス。第三校舎が二年生のクラス。第四校舎が三年生のクラスであるためよっぽどの事情があるか三年生に知り合いがいるか移動教室がこの校舎でない限り立ち寄ることはない。本来ならここは普段、普段といっても四日だが授業を受けている天音麗華が担当すべきだが別の場所に向かったため、基本的なつくりは一緒でほとんどの人は倒れているか生気を失って歩いているそんな状況だが、独特な気配と空気感に怖気付きながらカイン=ルーグは歩いていた。
そんなお化け屋敷を歩いているような中でその音は鳴り響いた。
ピリリリリ
「うわぁぁぁ。なんだ、電話か・・・」
そこで気付く。
「使えるようになったのか・・・だれが」
青白いディスプレイに映った名前を見て納得する。いやおそらくこの状況を打開するならこの男だろうとカインにもすでに確信があった。なにせこの学校で授業を受けるよりも長い。授業日数と比べても他のほとんどの生徒と比べても一日だけだがそれでもあの男は変人ぞろいのこの学校の連中と比べても決定的に違う。
「もしもし、雄我か」
二回のコールで出た。音に驚きはしたが伝えるべきことが多すぎて、あまり時間をかけるわけにはいかない。
「そっちはどうなっているんだ」
「そんな事今はどうでもいい。ジャマ―を破壊してはいるんだが、まだ一台確実に残っている。いつ使えなくなるかわからん。そっちで分かったことは?」
「闇医者が来て、その人が言うには精神操作系の魔法の多重掛け、基本的に命に別状はないらしいがあまり長引かせるべきではないらしい。そして相手の正体は精神操作系魔法の使い手の集まりで目的はおそらく脳髄経路」
「脳髄経路」
「教師と生徒を気絶させて、学校長を脅してその本を探させることが目的らしい」
「なるほど、で相手の居場所と人数は」
「それは、こっちにもわから」
「・・・カイン?もしもし・・・切れた。圏外か、そうか一つ残っているんだよな」
「カインは何だって」
「敷地内の異常の原因は精神操作魔法の多重掛け、できる限り事件は早く解決したほうがいい、相手は精神操作系魔法の集まり、目的は脳髄経路、人数や居場所はあっちにもわからないらしい」
「ケレブレムアニマ?」
「あれが連中にわたると大変だな」
「なら最後の一つを破壊しに行くか」
「最後の一つには誰かいるだろうしな」
三人は別の場所に歩いて行った。
「切れた。・・・ああそうか一台ジャマ―が残っているって言ってたな」
MISIAから飛び出したイヤホンを戻しながらディスプレイを眺める。その画面の左上には通信不可を示す圏外と表示されていた。
「まあ、いうべきことは言ったし、解決に向かっている。あそうだ報告。いや学校長寮の方に向かったんだよな」
その時だった。
おそらく学校長から傭兵が敷地内に入り込んでいるから気を付けるようにと言われていなければ、あるいは遠くで誰かと誰かが戦っている音を遠くに聞かなければ、恐らく気付かなかったであろう微かな違和感。
「体が重い・・・」
普段ならたまたま体調が悪いで流していたが今日ばかりは違った。
「誰だ。そこにいるのは」
ほとんど直感で男子トイレの中に向かって叫ぶ、そこには口では説明できない、何とも言えない奇妙な気配。カイン=ルーグの十五年の人生では感じたことなどない、それはゆっくりと動き出した。
「・・・僕を察知するとはやるね。それがキミの陽の力かい」
出てきたのは黒い髪に黒い瞳に黒い服そしてその周辺まで黒い男性だった。
男性といってもおそらく年はカインと同じほど。それでもそのオーラはただものではない。
その独特の気配に恐怖しカインはゆっくりと後ずさる。
「そんなに怖がらなくてもいいじゃないか。年は同じぐらいだろう」
「・・・同じぐらいの前に敵だろう」
カインには雄我と違い敵とはいえ人を気遣う心がある。だからか、同年代に対してその気配が怖いとは言えなかった。だがカインには雄我と違いその気遣いが人を傷つけることもあるのだと理解していなかった。
「酷いなぁ」
「酷い?」
「言えばいいじゃないか、この気配が怖いって、敵だからではなくこの気配が何より怖いって」
「それは・・・」
カインが言いよどむ。こういう時うまい返しが家族にも友人にも金銭にも恵まれてきたカインにはできなかった。だからそれこそが本題だと言わんばかりに強引に話題を変える。
「それはもうどうでもいい。とりあえずお前は敵だ。そうだろう」
「ああそうだ。僕はアザレア。キミは?」
「名乗るわけがないだろう。メリットがない」
「まあそうなんだけどさ、重力制御」
アザレアは右手を上げ詠唱する。
「熱・・・早い、」
カインの体が吹き飛ばされる。
このまま壁に激突すればただでは済まない。
対策はある。だができる限りは使いたくはない、なにせ苦手だから。そのうえ場所が不向きだから。それでも詠唱する。
「二翼一対」
前向上を言っている時間はない、なにせすべてを省いてぎりぎり壁に衝突はしなかったぐらいだ。
「ぐぁぁぁぁ」
単純にのどから出しているとは思えない声を出してどうにか姿勢を安定させようとする。
だがそもそも出現する翼を自由に縮小させられるほどカインは使いこなせない。つまり翼を広げた際に翼の端が壁にぶつかる。
ガガガガガ
翼が壁に床に天井にぶつかり続ける。こうなれば安定させる方法は二つ。とはいってもそのうちの一つ、翼を戻しても、姿勢を戻せないまま体をどこかにたたきつけ無防備をさらすだけだ。さすがにそれはカインにもわかる。というか経験済みだ。あの痛みはこれから戦闘を行う上で致命的となる。だから不安定は飛行と揺れる視界の中でどうにか目的のものを見つける。そして壁を蹴り目的のもの窓ガラスをぶち破る。
「ぐへぇ・・・はぁはぁ」
どうにか中庭に不時着する。
致命的ではないが、それでも痛みが全身に走る。
「へーえ。まだ動けるみたいだね。気絶か眠らせるかが条件だし。重力制御」
アザリアの体が浮きカインとは対照的に鍵を開け窓を開いて静かに中庭に着地する。
「くっ」
目の前に降り立ったアザリアをにらめつけながら立ち上がる。
「やめておけばいいのに、もうまともに戦えないだろう。殺す気はないんだ、眠ってさえいてくれれば」
「先手を取られただけだ」
「卑怯な手を使われなければ勝てた。そう言いたげだね。・・・戦術だよ」
カインにもわかっている、奴が使用したのは黒の魔法の中でも初期魔法の『重力制御』、長い詠唱も広い魔法陣も大きな魔力も必要ない。発動時間が速く威力が低い。だがそれにしても発動時間が速すぎる。威力が高すぎる。
考えられるのは二つ。相手が強すぎる。あるいは黒の魔法の中でも重力を操る。その一点に集中しているのか。
恐らく、いやできれば後者。そうあってくれなければ勝機はない。
「重力の制御。その一点に特化しているのか」
揺さぶりをかけてみる。時間稼ぎの意味もある。
だがいかに年齢が近くても相手はプロ。右手を上げ詠唱する。
「さぁね。それと時間稼ぎには応じないよ。重力制御」
カインもありったけの魔力を引き出し前方に発射する。
「暴熱昇火」
「これは・・・重力制御」
アザリアが空へと逃げる。
「ぐっ・・・二翼一対」
カインも追いかける。
だが練度の差か追いつくことはできない。
それどころかこちらからは攻撃する暇もなく、相手だけが攻撃する。
「重力制御」
重力波がカインを狙って放たれる。だが
「当てづらい」
今まで不規則に動き回る相手はいた。それでも狙って不規則に動いていた連中と不規則に動きたくはないが動いてしまうカインとでは違う。
それでもアザリアが有利であることに違いはない。
「くそっ」
カインが急降下する。もともと得意ではないうえにかなり魔力を消費した。これ以上飛ぼうとすると着地ができなくなる。そう判断しての行動。
「炎の弾」
地上に降りたカインの右手の人差し指から細い炎が発射される。
「やめておけば、もう勝負はついただろう」
カインにとって遠距離攻撃魔法は翼対と同じように苦手であり、自由に浮かび動いているアザリアには掠りすらしない。
「重力制御」
何度目かもわからない。空中からの重力波。
黒を何とか避ける。だがそれは第一波にすぎない。
「重力制御」
別の角度から第二波が放たれる。
「そんな早く・・・くそっ」
第二波も何とか避ける。それでも体勢は崩れた。
「重力制御」
第三波が放たれる。第一波と第二波とは全く違う角度から放たれた重力波はカインの体に当たる寸前で
「熱血ボンバー」
無理な体勢だが何とか第三波を魔力でもって打ち消す。だがそれも限界。
あと一回打てば倒せる。だがそれはやってきた。
直感。それは長年の感と呼べるものか、そんなものがアザリアの体を突き抜けた。あと少しというところでそれはやってきた。
「間に合わなかったか」
アザリアがそうつぶやくと、中庭中に少年二人とは別の大きな声が響き渡った。
「電気監獄の鳥」
直後、中庭中に電気でできた檻が出現した。
「これは・・・」
「まずいかなこれは」
少年二人が同じような驚きをしていると別の声は続ける。
「空いく鳥は大地へと(オーバーダウン)」
監獄の天井が下がる。
「ちぃ、重力制御」
アザリアが急降下する。だが間に合わない。
「ぐぁ」
背中に檻がぶつかり体に電気が走る。そしてそれはアザリアの体勢を崩すことになる。
そんな状況を見逃すほど歴戦の兵士は甘くはない。
「電気の槍」
本館から走ってきたその人影は魔力でできた槍をアザリアに突き刺した。
「重力制御」
突き刺される寸前でいままでとは違い今度は本来存在する重力を攻撃される方向だけ増やす。これなら槍は地面に刺さる。その期待は
「ぐっ」
槍は増えているはずの重力に負けずアザリアの体に命中する。
「これでも黒の魔法を使ってくる相手とは戦いなれているからね。それでもあの一瞬でこれだけの重力を増やすとは、今までも年と実力が一致しない連中はいたけどキミもそうなのかい?」
ロイドの疑問の最もだ。本来なら体の中心にあたるはずだった。だが想定していたよりも重力が強く体幹ではなく足に当たった。本来なら足を潰すのは有効だが相手はほとんど自由に飛べるのだからあまり意味はない。
目の前の少年は明らかに二十歳は超えていない。それでも手加減している余裕はない。そう歴戦の兵士に思わせるだけの雰囲気がある。
「今更だが大丈夫かい?ルーグ君」
「バーク先生」
「戦えるかい?あまり余裕はなさそうだ」
「まぁ何とかといったところですね。」
「そうそう絶対に檻には触れないでね、当たった生命体に攻撃するようにできているから」
「翼はもう生やせませんし相手が浮かぶのを阻止できるのですから問題ないです。遠距離攻撃は苦手ですしね」
「なるほどそれはいいことを聞いた」
うなずいたアザリアに反応したのはロイドだった。
「下手な芝居だ、一撃もらった段階で魔法の特性は理解していただろう。そうやって牽制することで相談をさせにくくする。そういう魂胆だろう」
「へぇ。さすがにばれるか」
「嘘が下手だね。それじゃ恋愛なんてできやしない」
「あまり異性には相手にされなくてね。しまいには興味もなくしたよ」
「俺も異性には興味はない」
「「え」」
少年二人の声が重なる。
「初めて見たときも思ったが今少し落ち着いてみてみれば、ふむ・・・俺好みの体形だ」
じりじりと怪しい顔をしながら近づいてくる男。ロイド=バーク
戦っている最中に変なことを言いだした大人にカインは引いていたがアザリアは冷静だった。
動揺を誘う演技なのか、それとも素なのか。
長い髪の毛の隙間からどれほど相手を観察してもわからない。だから戦闘をすることにした。
「超重力制御」
「ぐぅ」
「がっ」
電気監獄の中に通常の数十倍の重力が発生する。二人の体が地面につく。とても立ってはいられない。だが
「帯電装甲」
ロイドの体を電気が包む。
「はぁ」
高重力の中で立ち上がり走る。当然通常の動きと比べると何倍も遅い。それでも少年二人を驚かせるには十分。
そして肉弾戦の射程距離まで到達した。
電気をまとった四肢で殴り蹴る。
まずは右でパンチ、難なく躱したロイドに左でキック。だがそれも容易く避けられる。
「サンダー」
ロイドの体から電気が発射される。
だがそれも重力に負けて地面につく。だがそれでも一部はアザリアまで到達する。
「ふんっ」
怪我をしていないほうの足でジャンプして軽々とさける。動きが制限されているロイドとは違いアザリアは高重力の影響を受けていない。つまり近づかれる前に距離を取ることができた。だがそれでも動きを間近でみた。
「重力を操作してくる相手と戦いなれているか」
「さすがにばれるか。まああいつはお互いに高重力をかけていたけど」
「自分は影響下にない僕が卑怯。とでも言いたいのかい?」
「そうは思っていないが。君自身がそう思うってことは自分でも卑怯だと思っているってことだろう」
「これは戦いだ。卑怯も非道も大いに結構。戦場にいたあなたならわかっているでしょうに」
「ああ、同感だよ」
その言葉を受けて気付く。カインが倒れていないことに。
どこだ。どこにいる。重力にあらがう翼はもう出せないはずだ。だが赤の魔法で何とかしようにも必然的に熱や音が発生する。まさか二つ適正があるのか?それなら《翼対》の扱いがあれほど下手であることにもうなずける。高重力の影響を受けない魔法。考えられえるのは時間停止、空間移動。魔法による自身の影響の無力化。だがどれも高難易度として有名だ。片手間で使用できるようなものでは決してない。となれば一番考えられるのは。対策として最も簡単あるいは強力なのは。
「重力制御」
今日何度目か本人にもわからないが重力を制御する。電気の檻の高さは約三メートル。空には浮けない。だが横になら動ける。
アザリアの体が数センチ浮いてから右へと移動する。
そうやすやすと動けないはず。そう思っての判断。だが当然ロイドにも企みはある。
「雷の弓」
電気が弓の形を成す。
「武器を使った?」
アザリアの驚きも無理はない。己の肉体にかけられる重力なら《帯電装甲》がある程度は打ち消してくれる。だが武器を持てばその武器にも高重力がかかる。ゆえに相手は先ほど殴り蹴ってきた。何を考えている。肉体だけでなく武器にも電気をまとわせて
「肉体?」
そこまで思考を巡らせて気付く。
一つの可能性。そんなことができるのか。他人の肉体に電気をまとわせることなど。
通常はできるはずがない。できたとしても自身の肉体にかけるより何倍も効果が薄い。通常の何十倍もの重力がかかっているこの状況だ、難易度だって跳ね上がる。
傭兵の世界には時に常識や理よりも直感で動かなければならない時がある。そして生物が魔法なんて使用できるようになってから今までのように戦力とは武器や肉体や数ではなくなった。見た目と戦力の不一致。そんな状況何度も見てきた。
だからか反応はほかの一般人よりはるかに早かった。だがそれでも遅い方だった。
「熱血ボンバー」
ブォォォォ
木の影から炎を右の拳に纏わせたカインが現れる。その肉体には電気がほとばしっていた。
「くそっ」
さけようとするが
「逃がさない。五射之矢」
電気でできた矢が電気でできた弓にセットされると周囲に四つの矢が出現する。そして大量の魔力を矢に込めて放つ。かろうじて重力に負けずアゼリアの場所まで届く、だがそのすべてが命中はしない。なにせ初めから命中が目的じゃない。
「逃げ場を防ぐ気」
電気の矢は当たらない。だが炎の拳はさけられない。ならば迎え撃つ
「黒波」
肉体に残る黒の魔力をカインのいる方向に吐き出す。もはや重力に関係ない。ただの魔力放出。
音を立てて赤と黒が激突する。
定期テストで例えるのならば三十点の生徒が六十点取るより六十点の生徒が九十点取る方がはるかに難しい。百メートル走で例えるならば二十秒台の生徒が十五秒台を取るより十五秒台の生徒が十秒台を取る方がはるかに難しい。すなわちいかに重力を制御することに特化しているアザリアであってもこれ以上重力を増やすことはそれなりに詠唱を増やす必要がある。ゆえに魔力をそのまま放出することになった。片や自身の得意とする魔法。片や自身の得意でない魔法。だがそれでも普段通りに動けないカインの拳と互角。
二十秒ほどたっただろうか。カインの右拳の炎が切れた。倒しきれなかった。絶望しかけるカインだったが歴戦の兵士はそこまで考慮していた。
「降雷せよ。空の雷」
地上から三メートルの地点。すなわち檻の天井付近から雷がアゼリアに降ってくる。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ」
油断していたわけではない。ただただ避けられなかった。
命を奪う意思こそなかったもののそれでも直撃だ。本来ならそれで終わるはずだ。だがそれでも少年は諦めが悪かった。
「光すら飲み込む重さの黒」
なおも何かの魔法の詠唱をする。それも戦闘中と考えれば比較的長い方。
「まだ何かあるっているのか」
さすがのロイドも驚きを隠せない。
「重力波」
魔力の塊が天井へと向かう。
「さすがにもう逃げるだけしか魔力は残っていない。重力制御」
アザリアの体が浮き上がり先ほどの攻撃で開いた場所から逃げ出していく。
「じゃあね。また会うと思うよ。もう会いたくないけど」
「待て」
カインが叫ぶ。だが体力も魔力も残ってなどいない。
三十秒ほどたって電気の檻と高重力空間が同時に消える。それはアザリアが離れてロイドの魔力か切れたことを知らせていた。
「さすがに無理か・・・」
ロイドは大きく息を吐きその場に座り込む。
敵を取り逃がした後悔か無事に終わった安堵かカインには判断がつかなかった。
「あんまりすぐに動かないほうがいい。体がある程度高重力に慣れてしまったから今動こうとすると余計な怪我が増える」
「そうなんですか?ていうかずいぶん慣れてますね」
「死神と言われた男を知っているかい」
《死神》あらゆる神話に登場する存在。その中でもカインにとって最もなじみ深いのはファーラー神話に登場する。二種類の死神。怪物たちの王が生み出した神すら殺す怪物と神々の王が生み出した死をつかさどる神。
ロイドが語るのはそのどちらでもない。もちろん別の神話でも。
十一年前の戦争で最も多くの敵兵を殺し最も多くの戦術を破壊し(殺)最も多くの兵器を壊し(殺)た宇宙最強の生命体。
その在り方から《死神》と呼ばれた男




