入山
「いつからだろうね。純粋に娯楽を楽しむそういう人が減ったのは」
「最初からではない。と思う。さすがにこれほどまでに腐ってはいないと信じたいよ」
「一般人がレビューを書くようになってからかな。深みがどうかとか具体的に説明できない言葉を使いたがる人が増えた」
「人の名前だけを見て、他人の評価だけを見て、自分の評価をつける。下手をすれば見もしない」
「ところでなんで来たんだ」
「・・・安心しろ。深い意味はない。被害者も加害者もいやしないんだ。その少女も奴もな」
「だといいがな。まあ君の子供への愛は・・・まあ本物だろうさ。子の親として通った道だ。だからこそ余計にわからない」
ハラルドとアラン。二人の大人が話している。今この場には他に誰もいない。
山への突入は十五分後。それまでは自由時間。
ここからは戦闘になる。休憩も満足に取れないかもしれない。だからこそみんな入念に準備をしている。
そしてそんなときに誰がどこにいるのか誰も把握していない。そんな余裕もない。
実際に一人を除いてその二人が会話していることに気付いている人はいなかった。
「・・・」
少女の黒い瞳がその光景を映し出す。気配を出さない。
「だからこそ余計にわからない。まさか生徒会にでも会いに来たのか」
「理由、理由か。確かにそれがあれば納得するのか」
「当たり前だろう。慈善で動く政治家がいるとでも」
「不死。いや厳密にいえば不死ではないがそれが誰の手によってもなされたものではない。その可能性を聞いた」
「・・・まさか。眠り姫はあいつの能力で生み出た怪物。それ以外の可能性が?」
「ないさ。俺もお前もそう思っている。だが出てきたんだ。それ以外の可能性が」
「それはなんだ。まさか」
「そのまさかだ。あの医者だ」
「それか・・・いやあまり親しくはなかったが。それにしてもあり得ないだろう。眠り姫の噂そのものは千年前からある。それはどうするんだ」
「だからあり得ない。これは陽動だ。そんなことより学校長だ」
「ああ、あの人かそれがどうしたのか」
「最近周囲が何かおかしい。政治家たちに不穏が見える」
「不穏ねぇ。あの学校長のことも詳しくは知らない。政治家連中がそれを嫌がっているのはわかるが。調べてわかるならとっくにやっているだろう。十年以上だ」
「まあな。そして分かった。誰がどう動こうがどうにもならないとね。俺やお前とは明らかに違う。だというのに今まで感じたことのない何か。悪寒あるいは恐怖いや」
「確かにな。ただものではない。だが断言しておこう。人だ」
「・・・まあお前がそういうのなら」
「さてじゃあ行こうか」
「隊列はどうしますか」
「当然私は一番前。この山に一番詳しいですから。それに目的の場所も。それ以外は任せますよ。ただその前にアラン。あなたはどうです」
「・・・前に立つ。気を使われるのは問題がある」
「賢明で何より」
「?」
ダムスにはわからない。
「じゃあいつも通りでいいですかダムス教諭」
「ああそうだね」
「ここはシャラトハ山。どちらかというと登山を職業より趣味としてとらえている人に人気のあるところ。そして人の建物があるところには動物も怪物も小型にしか寄り付かない。道も整備されていて車も走る。それも電気ではなくエーテルのが。それだけでどれほど初心者向けかはよくわかる」
「しかし今は・・・」
「金曜日から避難命令が出ている。さすがに住んでいる人はいないからね。スムーズだったらしい」
「なら人は見つけ次第倒しても」
「そうだね。囮になってもらっているから目的地付近にはいない」
「止まってください」
ダムスの声が響いた。
「・・・敵ですか」
「ええ、狙われています」
「そうですか。戦えますが」
「いえ、今は下がっていてください。後に必ず戦いがある。その時のために」
「なら今はこの八人ですか先生?」
「いや、ここは私たちも温存。ですよね」
「ああ、麗華の言う通りさ。ここは龍堂とマリーで」
「なるほど戦いたい私の気持ちを察して」
「ふぇ、私も」
「敵の戦力的には適任だ」
「ふふふ。いくよマリー」
「うぅ。仕方ないね」




