放課後
さてどうしようか
雄我が思案しようとするとまたしても後ろから声をかけられた
「雄我遊びに行かねえか」
「遊びに行くも何も俺たちは呼ばれているぞ」
「え、なんで」
「昨日の事件のことで」
「めんどくさ」
「同感だがこれで最後らしい」
「ぐぐぐ、仕方ねえか」
心底いやそうな顔で答える。
「ここで戦闘になりました」
「なるほど、この部屋にたどり着けたわけは?」
「人の気配がするところを片っ端から」
「なるほど」
驚くほど平坦な会話。トップが変わってまだ忙しいのだろう。新人と思われる女性が形式をなぞる。
問題は
「なんでお前がついてきているんだよ」
「決まっているじゃないか興味本位だよ」
「興味本位で現場に来るなよ」
当事者の雄我とカイン。そしてもう一人。
一応功労者であるアンドリューだ。
我が物顔で居座る少年に対し、新人が何か言えるわけもなく。困った顔をしながら二人に質問を続ける。
「殺害の件ですが」
まずい。
カインは心の中でそう思った。
殺害許可は出ている。つまり法的には問題はない。だがだからと言ってやるべきであったかは疑問が残る。
「殺害許可は出ていました。学校長に確認してもらっても構いません」
何でもないことのように答える雄我
「それと、昨日聞きそびれていたんですが、脱獄された要因は何だったんですか?避難命令が出されていない理由は何だったんですか?昨日は看守長が出てきたと思うんですが今どこへ?見るからに新人ですよね、上司はついてきてないんですか?看守と警備の両方から人が来るべきでは?」
天音雄我の性格の悪さが出た。
どれか一つでもまともに答えられるはずもない。すべての原因は看守と警備にある。
だから笑ってごまかした。
「ははは。」
「なんで笑っているんですか?」
「いやそれは」
ごまかそうとした。なんでこたえられるはずもない。
涙目になりながら新人は震えた声で答える。
「にこやかに進めたいなと思って」
苦しい言い訳だった。当然効果があるわけがない。
「人の生死について語ろうというときににこやかですか?昨日は仲間もなくなっていますよね?」
「いやそれは」
「それは。なんです?」
沈黙。故に雄我はせかす。
「あと昨日連中を捕まえたのは全員生徒ですよね。看守と警備は何やってたんですか?連行中に殺された人もいましたよね。そいつから話を聞ければもっと早く解決したんじゃないですか?」
言外に速く答えないともっと問題点を論ってやると脅す。
その意図まで読めたのかは、顔面蒼白の若い女性には伝わったかは不明だが。
さすがにカインは止める。
「まあいいじゃないか」
「そうだな。俺達には明日の授業の準備もあるしな。いやぁ昨日は一日授業がつぶれたから大変だよ」
カインは引き。アンドリューは感心した。
ここにきて新人は泣き出した。
単純な確認だったが予想外に時間を食ったのか建物を出たときには空は赤く染まっていた。
「もうこんな時間か、単純な報告の割には時間を食ったな」
「七割ぐらいお前の責任だと思うんだけど」
「事件が起こったのは看守たちのせいだろう。昨日の看守長からして自分たちに責任があるとは考えてなかったからな」
「まあそうなんだが、だからって新人に当たらなくても」
「新人でも社会人であり大人だ」
「それに君も見ただろう。さっきの新人の表情を。おそらくそこをつついて、手柄を横取りする気だったよ彼女」
「手柄を横取り?」
「今回の事件で看守たちはめちゃくちゃにたたかれていたからね。魔法もろくに使えない連中に脱獄された上に結局事件を解決したのは学生だったからね、昨日のネットは数年に一度ほど見る祭り状態だったよ」
「祭り?」
「看守と警備を非難して事件解決をした学生を褒めていたよ。なにせ主犯のロベリアは国際的な指名手配犯だしね。あそこで君たちが名乗り出ればもう看守たちは街を歩けなくなりそうなぐらい」
「そこまで」
「昨日の夜、ロレッタ先生からも言われていただろう。新聞屋がくるかもしれないがあまり変なことをこたえるなと。特にロベリアの最後は俺とお前とロレッタ先生と学校長しか知らないからな」
「噂をすればいるね。まあ予想はしていたけど」
千里眼を使用していたアンドリューが二人に伝える。
「さすがに立ち入り禁止の中には入ってきていないが、世界中からテレビで生中継までいる」
「生中継?」
「事件解決したのが学生だっていうのは市民ですら知っている。となれば立ち入り禁止の中から出てきた学生がこの事件の重要事件ということだ」
「なるほどオレたちの顔を映したくてたまらないってことか」
「さてヒーロー二人はどうする?右にも左にも人が大量だ。ここに来るのはテレポートで送ってもらったけど、帰るときには断ったんだよね」
「さっさと終わらせて遊びに行きたかったからな」
「まあこれぐらいなら影を伝って移動すればいいか」
「なら右だな。どうしても見ていきたいところがあるし」
「ああ、あそこだね。たしかにまだこの国にきて一度も来ていなかったよ。隠れたスポットとして有名なのに」
《影縫い》でテレビ局と新聞社の包囲網を抜け出して、十分ほど歩いた後に着いたのは協会のような建物。庭には巨大な像が四体。そしてその奥にはそれより大きな一体の醜悪にして異形である怪物の像。
正確には自分たちの信じる神を邪魔する存在として、怪物たちの支配者を貶めるために建てられた場所。怪物たちを貶めるためにその王と幹部をできる限り醜悪に彫った。
そんな人類種の悪意。
「これはたしかにすごいな」
さすがに雄我も感嘆をもらす。
「ファーラー神話においてもっとも有名な怪物五体。創造神が生み出した怪物たちの王にして破壊の王、そしてその王に従う四体の怪物たち。いずれも伝説や二つ名には事欠かない大物たちだ」
「・・・なるほどたしかにすごいな。でも確かに立派な像だが神話に語り継がれるサイズと見た目じゃないんだが」
「まあ仕方ないさ。誰も見たことがない」
「そうなんだが、でもあまり大切にはされてないな」
「ファーラー神話の中では悪役だしね。イルミナル国王にとって怪物王は先祖である全能神を殺した仇だ、もともとこの建物を建てた連中は表向きは怪物王の信者ということになってはいるが実際には全能神の信者でわざと汚くしているなんて噂もある。そしてその噂は公然の秘密なっている」
「だからこそ人を引き付ける物語性がある」
カインが力強く答える。カイン=ルーグの両親は共に全能神の信者だが、少年個人としては異形に魅せられてもいる。
その時建物の中から人が歩いてくる音がする。
「誰か来る。隠れるぞ」
「え、なんで?」
「全能神を信仰している連中からするとこの像をすばらしいものなんて評価する連中は存在してはならないからね。そこそこ有名なスポットだが人がいない原因でもある。でもそれが芸術家やら作家たちを引き付けるようでフィクションの題材として一つのジャンルとして人気があるんだ。全能神の信者としては絶対に認めようともしないけどね。怪物王を主役として書いた演劇に苦情が入って取りやめになったなんて話もあるぐらいだ。たかだか中学の文化祭の出し物にだ」
「神やら怪物やらの話の中に人の意思が入ってくるのが実にそれらしい」
建物の中から出てきたのは全身に白い服をした初老の男性。
「あれほど言ったのにまだ来る輩がおるとは、やれやれ」
男性は一瞥して建物中に引っ込む。見るからに怪物王より全能神を崇拝しているそんな服装と言動。
「さてそろそろ帰るか」
「そうだな」
夕食後、大浴場で三人湯船につかる。
昨日は事件の後の疲労でそのまま睡眠をとり、朝軽くシャワーを浴びた二人にとっては二日ぶりの風呂。
「なんだそれ」
「ああこれか」
カインが指をさしたのは雄我の左胸のあたり。正確にはそこにある心臓部をえぐるように付いた傷。
「生まれた時からあるんだよ、これ」
「大丈夫なのか」
「命に別状はないから」
「だれから?」
「有名な医者」
「女か」
「まあそうだけど家族だよ。ていうか性別関係あるのか」
「当然じゃないか、女医。それは女教師と並ぶ魅惑の職業。古来より男をひきつけてやまないのさ」
またしても気持ち悪いことを言ったアンドリューにカインは同意し雄我は引いた。
「わかる。一回露出のほうに行くんだけど結局きっちりしたほうがいいことに気づくんだよ。雄我は」
「興味ない」
冷静な雄我に対しあくまで男子高校生の二人は続ける。
「ロレッタ先生が後二十年若ければな」
「いや十年だろ」
騒ぐ二人に対し雄我は距離を取る。
「なあなあ雄我は生徒会の五人の中でだれが好みなんだ」
「なんで五人限定なんだよ」
「知らないのかい。五人とも見た目も性格もばらばらだからよく比較の対象になるんだよ。最もマリー先輩好きは犯罪者扱いされるけど」
「そうはいっても見た目で選ぶと大変なことになるぞ。知り合いに大変なことになった奴がいるし。第一俺の場合三択になる」
「たしかに麗華様もまずいよな。雄我の場合」
「あと龍堂先輩は俺が中一のころ同じ学校の中三だったから知ってるけど、恋愛への興味ないぞ、あの人」
「そうなの?おかしいな。五人の中で恋人がいそうランキングでトップだったのに」
「なんじゃそりゃ」
「去年の終わりぐらいに男子連中の間で行われたランキングらしい。男にも女にも友達が多いマリス先輩。恋愛対象とは見られないマリー先輩。何を考えているかわからないルシア先輩。高嶺の花すぎる上にルシア先輩ほどじゃないにせよ何を考えているかわかりづらい天音先輩。ほかの四人に比べれば親しみがほどほどにある。まあ特定の異性と仲良くしている話を聞いたことはなかったからいないとは思っていたが」
「なんでそんなランキングを知っているんだ」
「情報網なら自信がある」