破壊
「ヒヴィぃィぃィぃ」
緑あふれる世界に音が響く。心の底に恐怖を与えるような心地の悪い音。
いやそれは音ではない。れっきとした人の生体から発せられた声だ。
その生命体は飛びながら奇声を発していた。
真昼に出る幽霊のように
まともな感性なら関わりたくない類の何か。だがそうも言えない人もいる。
山の中に熊がいる。普通の人間なら逃げるべきだ。そんな山に入るべきではない。だが猟師ならそういう場所にも入らなければならない。必要とあれば雨の中夜にでもだ。なにせそういう仕事なのだから。
雪山をきちんと滑ることができるのか確かめるために滑る人もいる。失敗すれば命はない。だがしかしそれでなければそもそもそういう仕事はない。
あるいはこの場合もそういうことなのだろう。ナイフと銃を振り回す狂人を相手にしても戦わなければならない者もいる。それと同じように今少年たちと少女はその狂人と相まみえる。
かつて美しすぎると呼ばれたその剣士と。
「あんたと追いかけっこをして十分。これなら景欄を狙っている人たちにも存在は知られただろう・・・だが・・・ここから先にはいかせない」
女はとらえた。少年の手に握られた剣を。
「きヒぃ」
そう。見てしまったのならばそこに引き寄せられる。その刹那。
「いくぞ・・・宿命落下」
本来重力とは誰にでもかかるものだ。陸を歩く人はもちろん。海を泳ぐ魚。海の底を生きる深海魚。水の上を歩くアメンボ。空を飛ぶ鳥。飛べない鳥。木々に鉄。赤ん坊、老人。王、ですら平等に
この魔法はそんな宿命を逃れるものへの痛み。
相手の重力操作の無効化。通常通りの重力へと戻す。
「グべ」
堕ちた。そして当然痛みが走る。
聞いたことのないような声を出して女は地面にたたきつけられた。
「・・・・・・」
「・・・どうなっている。まさか・・・死んだのか?」
「さぁね。それこそ黒の魔法や翼対の適正を持つあなたたちの方が詳しいでしょ。どうなの」
話しながらその顔はそらさない。女としていやそれ以上に人として哀れとしか言いようのないアイリーンだが何か不思議な何かを感じる。
ゆえに恐怖もあったが目をそらせない。
「ああ、そうだな。オレの感覚では受け身を一切取らずにあの高さは死にはしないが痛みでまともに動けない。かな」
「普通ならばな」
雄我が言ったその直後。
むくりとエイリーンが体を起こした。
そしてその瞳はただ一つ。雄我の持つ両手の剣を見つめている。
ぞくりとした寒気が雄我を襲う。
だがやがてその不安は的中した。
「ヴヴヴヴヴヴヴ」
「ヒィ」
エイリーンが剣を向けてきた。刀身の揺らめきが炎に見えるためにその名をつけられた剣。
フランベルジュ
「っ・・・」
間一髪。その剣の一撃をかわした。そこにすかさず距離を取りながらパンジーが魔法を放つ。
「水読・水塊」
水の塊がエイーリンを襲う。
「キ゚」
エイーリンは水を見もしない。ただ一度剣を振るいそれでも消しきれないない水の塊をさけようともしなかった。
バチン。当然体を濡らす。だが動じない。
「・・・なるほど確かにこれは怖い。剣士ならば逃げるはずだ」
「忘れるなよ二人ともあの剣は触れてはならない。能力もさすがに人体には効かないだろうがもともとフランベルジュは死よりも痛みを与える剣。傷は治せるが痛みは想像をはるかに上。そのぶん耐久性は低いがそれを能力によってカバーしている。剣の腕前も一級品だ」
「それほどにか・・・」
「まあそれでも相手が狙うのは主に・・・」
「俺だろうな。いやまあそうでないと困る。時間は」
「・・・今さっき連絡が入った。テレポートのマジックカードを使用した。あと三十秒」
「三十秒か。それだけ稼いで逃げれば・・・」
「ああ。それでミッションコンプリートだ。捕まえようだなんて考えるな。かつて七色英雄が二人がかりでも逃げおおせた。それほどの戦士」