執念
「・・・」
無言で眠りから覚める。声どころか身じろぎ一つしない。もはや魔法ではなく感覚で調整できる。赤の魔法使いが魔法抜きでも熱さになれるようなものだ。
どこでも眠りやすい体勢に入る。それは慣れによって培われている。
だから隣で座っているパンジーも右に座る雄我が目覚めたのかはわからなかった。
対して・・・
「ぅゎぁぁぁぁ・・・はぁ」
座席の反対側で座り寝をしていたカインも全く同じタイミングで目が覚める。
だが雄我とは違い寝起きそのもののような声を出す。
「おはようー」
呑気に朝の挨拶をするカインだが現実は昼を過ぎている。
そして目覚めたときの意識の覚醒の速さも慣れている雄我は早い。
「何もなかったか」
「ええ、誰も何も・・・ほかの車とすれ違う時はさすがに警戒したけど敵意は見つからなかった」
「送ったデータは。戦闘に入る前から後の」
「確認したけど特筆すべきものは何もない。乗っていた人たちもすぐにその場から逃げたみたいね」
「その人たちの顔も確認してみたけど見たことのない顔だった。有名な傭兵の顔と名前と能力は頭に入れてきたけど」
「なら今は・・・」
「ふわぁー。あれここどこ」
「・・・まだ寝ぼけてるのかお前」
「え・・・あ・・・そうか」
「回復できたか」
「ああ、完璧。体力魔力気力共に文句なく」
「ならよかったよ。これから忙しくなるからね」
運転席から声がする。
「順調にいけば後一時間で国境でしょうか」
「そうだね。一時間弱ほど。そこで・・・多分三十秒ぐらいあればテレポートできる。でも」
ガラスに映った表情が暗くなる。これからの不安を暗示するように。
「・・・バイルはともかくほかの何人かは依頼主に報告するでしょう。それでなくても別動隊がそろそろこの車を見つけるころ合い」
「・・・だな」
「いや何も来ないな」
それから二十分。本当に何もなかった。
パンジーの魔法の範囲を最大限に長くしてみたり、カインがしばらく空を飛んでみたりはしたが、誰も何も見えなかった。
「良いことだよ。やっぱり早く傭兵ギルドを出たのが良かったのかな」
「・・・だといいんですが」
「不服そうだね」
「・・・まあ」
「俺も同感だ。戦争の前の平和。何もない日常に慣れ、護衛が緩慢になったこの隙が最も敵が来る。何もないと安心したその時が」
「・・・来る」
静かな声だ。だからこそ状況を物語る。
リプタスの声を遮るようにパンジーの声が車内に響いた。
「これはかなり大きい。敵意?いや殺意」
「どこからだ」
「七か。たしかMISIAのレンズ機能の最大が。カイン空から探ってくれ、分析すれば何かわかるかもしれない」
「ああ分かった。後方だな。二翼一対」
ブオン。
カインが再び空へと飛ぶ。
「俺は少し速度を出す。どうやら気付かれているみたいだし。普通を装うことに意味はない」
「ぐ」
パンジーから声が出る。うめき声と呼べるほどの
「何だ。車酔いか。悪いが止まっていられるほどの・・・」
「いや違う。受信できる想いの重さの桁が違う。執念。あるいは妄念。命をそして今までの人生を無駄にしてもかまわないほどの強い感情。少なくともこれほどまでに強いのは感じたことがない。おそらく敵意・・・悪いけど切る」
「ああ、わかった。戦闘にも参加してもらわなきゃならないんだ。少し呼吸を整えといてくれ。後はカインが戻ってくればその解析を・・・ただ」
「強すぎる執着か」
「おそらく。気付かれてしまったようですね」
「そのようですね。できるのなら逃げ切りたいけど・・・難しいだろうね。相手があいつじゃあ」
「心当たりが・・・」
「剣殺し(ソードブレイカー)と呼ばれた剣士が一人」