怪物にして英雄
「神になる気はないか?」
それが英雄と呼ばれた男への問いかけだった。
対して男は答えた。
「興味がない」
その答えを予測していたように目の前の神は薄く笑った。
怪物の心臓部を聖剣が貫く。赤黒い血を流して怪物は絶命する。
それでも怪物は長年の願いが叶ったような顔をしていた。
イリミナル国
人々が魔法を認識し始めたころより地球の盟主となった国。
その一等地で一人の少年の裁判が行われていた。
二本の刀と槍が激突する。
ここには弁護士も検事もいない。ただ裁判長と傍聴人がいるだ。
なにせ少年の体がイリミナル国二千年の歴史の中でも例がない。
「まずいな、これは」
少年は笑いながらつぶやく。
もとより簡単に勝てるとは思っていない。なにせ相手は世界最強の男。全力で来てはいないだろうがその異名が偽りではないことは、いままでの戦い、そして服の下に見える筋肉が示していた。
男は相棒である槍をもって少年と相対していた。
「いや、十五の子供にしてはよくやってるよ」
少年は心の中で汗ひとつかいていない男を睨みつけながらその弱点を探る。
魔法で攻撃するか?しかし女神の加護がある。たしかあの人の加護は遠距離攻撃無効だったはずだ。
武器を用いた近距離戦では話にならない。だが魔法による遠距離攻撃は効果がない。しかし
「そらっ」
男は槍を持って突っ込んでくる。ただそれだけのことだが2mを超えた長身が行うとその迫力も他社の比較にならない。
少年はすんでのところでかわしながら思考する。
どうする身体能力に差があるうえに相性まで悪い。なかなかに高難易度だ。力はある。今は出せないが。
しかしあきらめるわけにもいかない。ここで一矢報いなければ、今後地下の牢屋で監禁と実験の日々になる可能性がある。何よりも自らの信念とプライドをルールとする少年としては、その末路だけはご遠慮したい。
魔法で牽制しながら剣で攻める。結局そんなシンプルな答えにたどりつく。決戦前に考えていたことより差はない。戦っていくうちに弱点の一つや二つ見つかるかと思っていたが。そんなものが簡単に存在するのならば、《七色の英雄》《鋼の男》《英雄者》と並び世界最強とまでは呼ばれないということを少年は左腕の痛みとともに知覚した。
少年は右手に持った刀を投げる。そして詠唱する。
「黒影よりいたれ、影縫い」
魔法。
その中でも闇や影、重力を生みだし操作する。黒の魔法。
男の影が動く
「なるほど」
十二年前までの大戦で前線にいた男にとってその魔法は数えきれないほど見た魔法だ。
一定の範囲にある影と影を移動する。黒の魔法の中でも初歩的な魔法
「そんな手が効くと思っているのか?」
背後の影から出てきた少年の左手に持った魔法剣を素手でつかみながら答える。そして右手に持った槍で少年の右腕を貫く。
その答えは予想していた。
二人とも。
闘技場の周辺には様々な人がいる。しかし中には戦っている二人のみ。黒の魔法《影縫い》は影がなければ発動できない。つまり少年の影と男と影しか存在しておらずその魔法では真正面から突っ込むよりかはいくらか安全に距離を詰めることしかできない。そんなことは術者である少年にとっては百も承知
槍で貫いたはずの人体が色を失い霧散する。
黒の魔法のひとつ《陰影》
「しまったこれは」
今日初めての男の驚き、少年が投げた刀をみる。
刀の影から人が現れた。
少年にとって今日一番のチャンス。
零距離から魔法を放つ。詠唱のほとんどを影の中で行っていた。
「白竜総劇」
魔力の塊が白い竜の姿を取り男を襲う。
光を生み出し操作する。白の魔法
一人、一属性。
有史以来の人間の当たり前。例外は一人として存在しなかった。伝説の魔法使い【銀の魔女】であっても生涯で一つの属性。しかし目の前の少年は確かに二属性使用した。それこそがこの少年がここで魔女裁判じみた戦いを繰り広げている理由。そしてどれほどの猛者であろうとも一人で二つ使用する人間を相手取ったことなどない。
しかし男もまた歴戦の猛者である。影が霧散した時点で意識は闘技場内の影に目を向けていた。
そして気づく、少年が魔法を使う前に刀を投げていたことに。
白の魔法の中でも最強クラスの魔法の零距離での直撃。最強と呼ばれた男であっても少し後ずさる。その隙に少年は投げた刀を両手にもち、全力で振る。
何度目かの刀と槍のぶつかり合い。今日に限っては十回ほど起こった現象だが、その中で唯一少年が押していた。
しかしもともと成長期の十五歳の少年と成熟した四十二歳の男では、体格に差があった。
そして少年の右腕を怪物殺しの槍が貫く。しかしそこで気づく。決戦前少年は右手に刀を左手に魔法剣を持っていた、しかし今は両手に刀を持っている。ならば魔法剣は何処へ?
魔法剣はその名の通り、通常の武器や道具よりも魔力を通しやすり性質がある。すなわち少ない魔力で動かすことができる。たとえそれが大技を放った直後で、疲労が見えていたとしても。
魔法剣は男の右腕を貫いた。
引き分け
ほかの人が見ればそう判断する光景だったが、そもそもこれ単純な殺し合いではない。
一つの体に二つの魔法属性を持つ少年を人間かそれとも人の姿をして人の言葉を話す怪物なのかを見極めるため、怪物であれば立っていられないほどの激痛を与える能力を持つ【怪物越えの槍】を持つ自分が呼ばれただけのこと。そしてそれは先ほど右腕を貫いていても、激痛に顔をしかめていない少年を見れば、槍が怪物でないと判断したことは明白であった。
男は槍を抜き言った。
「やはり君は怪物ではなかった。すまない、若い体と新しめの服に傷をつけてしまった。」
「別に、私は自分が人間であると判断されるのならば、この程度どうってことはありません」
少年は礼儀正しくそう言った。
「それより、自分は自由であると判断してもよろしいですね。」
「ああ、構わない。君の未来に栄光があらんことを」
「ありがとうございます。」
すべてが終わった闘技場で男は魔法剣で貫かれた右腕を抑えながら少し疑問を持った。
本来自分の女神の加護の効果である遠距離攻撃無効の遠距離攻撃の判定は相手の体から離れたとき、すなわち零距離で発動した【白竜総劇】はともかく、最後の魔法剣はきかないはず。しかじ実際左腕の痛みは本物。
男の疑問は闇に溶けていった。