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魔法のキスで花咲く恋を  作者: おきょう


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8/11

8


 その出会いは、突然だった。


「きゃっ」

「っ」


 学園での休み時間。

 ひと目の少ない旧校舎裏の庭園へ行こうと急いでいたネモフィラは、曲がり角の向こう側から突然でてきた人とぶつかりそうになった。

 あわてて足を止めたけれどやはりぶつかってしまって、お互いによろけてしまう。

 結局は転んでしまうことなく踏ん張って持ち直し、ほっと息を吐いてから相手を見て――ネモフィラは息を飲んだ。



「貴方は……」


 なんて最悪な偶然だろう。

 相手はニコラウスと近ごろ怪しい中になっているのではという噂の令嬢だった。

 一瞬だけ固まってから、しかしはっと我に返って頭を下げる。


「申し訳ありません。お怪我はありませんでしたか?」

「いいえ、こちらが歩きながら本を読んでいたので前方不注意でした。申し訳ありません」


 彼女は細い銀縁メガネをくいっと直し、本にしおりを挟んで閉じながら顔を上げた。 

 とても小柄で、年上なのにネモフィラの鎖骨あたりに頭のてっぺんがある。

 たれ目がちな顔立ちが可愛らしく特徴的な燃えるような赤い髪は大きなお団子型になって頭にのっていた。

 

「……エリーゼ・カーパード様」

「あら? わたしの名をご存じなのですね。ネモフィラ・リモージュ様」

「えぇ、優秀な方だと伺っておりますわ」


 本当はメリットに教えてもらうまで知らなかった。

 しかしニコラウスと噂になっている令嬢として知ったとは言いにくく、曖昧ににごすことにする。


 ネモフィラに関しては、次期王妃とされているので貴族で知らない人はあまりいない。

 だからこうして初対面あっても、基本的に知られているものだった。


 ネモフィラが誉めたことが嬉しかったのだろうか、エリーゼはおっとりと目元を細めた。


「それはそれは光栄です。わたし、ぜひともネモフィラ様とお話してみたかったのですよ。こうしてぶつかってしまったことで機会を得られるなんて幸運でした。とっても嬉しいです」

「わたくしと話したかったとは、どうしてですか?」


(……もしかしてニコラウス様を巡っての宣戦布告をしたかったとか?)


 そんなことを一瞬だけ考えてしまった。


 しかしエリーゼの赤い瞳は、まったく敵意あるものではない。

 むしろネモフィラへの好奇心でキラキラと輝いたものだった。


「それはもちろん、ネモフィラ様は、ネモフィラ様は……」

「エリーゼ様?」


 その赤いキラキラの瞳は更に輝き、まるで恋する乙女のようにじわじわと頬が色づいていく。

 そんな夢見がちな表情で、エリーゼは本を胸元で抱き締めながら、とっても幸せそうに語り始めた。


「ネモフィラ様は、なんていったって、二属性魔力をもつお方ですもの! 興味を持つなと言う方がおかしいですわ!」

「た、確かに二属性は珍しくはありますが、そこまでのことでしょうか」

「そこまでのことですよ! だってこの国で唯一ですよ!? 世界で五人もいないと思われる貴重性。はあぁぁぁ、羨ましすぎる!」

「ええっと……」

 

 確かにネモフィラのような二属性魔力は、実は国内では一人だけだ。


 本来、魔力は一人に付き一種類のみ。

 そんな常識から外れてしまった自分だからこそ、ニコラウスの魔力と合わさってあの花咲きの魔体質が顕現したのだろうと言われている。


 しかし『珍しい』だけであって、特に大きく変わった魔法が使えるわけではない。

 生み出す水が植物の成長促進に優れているとか。

 魔力をこめた果物が瑞々しく甘くなったりだとか。

 今のところそんな程度であり、ここまで食いつかれるものでもないと思う。

 首を傾げるネモフィラに対して、エリーゼはさらにキラキラ興味に満ちた顔をする。


 目が、態度が、たいへん熱い。


 

「わたし、以前からずーっと! たいへん興味深く思っておりました!」

「そうでしたか」

「ぜひとも研究させていただきたいのです!!」


 激しい。そしてちょっと怖い。

 実験台はごめんこうむりたい。

 爛々と輝く瞳の力強さにたじろいだネモフィラは、こっそり三歩後ずさる。

 しかしエリーゼは、構わず四歩分ずずいと距離を縮めてきた。

 

「くんくん。えぇえぇ、確かに素敵な魔力を感じます。覚えましたよぉ!」

「ま、魔力で人を見分けてらっしゃるのですね」

「人の顔はどれも同じに見えますもの。よくわかりませんわ。あぁ、それにしても良い魔力ですわ。くんくん、くんくん」



 まるで匂いをかぐみたいに鼻をひくひくと動かしてネモフィラに顔を寄せて来る。

 

(魔力に匂いがあるなんて聞いたことないけれど)


 小柄な女性だからこそまだ受け入れられる仕草だ。

 これが大柄な男性だったら悲鳴をあげていた。

 見た目でひとを判断するべきではないが、この点では彼女は得をしているだろう。


「以前から研究用に魔力を少しだけ魔術具に分けて欲しいと頼んで欲しいと、繋ぎをとれそうなニコラウス殿下にお願いしていたのですが、なぜだかネモフィラ様に近付くことさえ禁止されてしまって。しかし今回は不可抗力での交流ですもの。仕方ありませんね。ぜひお友達になって研究へのご協力を! ぜひ! ぜひぜひぃ!」

「えぇぇと、か、考えておきます……」

「はっきりしない返事ですね! くんくん」

「す、すみません。あの、嗅ぐのやめてください」


 つい頭をぐいっと押してしまう。

 ネモフィラは怯えてちょっと涙目だ。

 

「あうっ」

「あ、あの、その!」


 どうにか話題を替えて意識を逸らしたいと思ったネモフィラは、ぱっと思い付いたことを口走った。


「ニッ、ニコラウス様とエリーゼ様は、仲がよいのでしょうか!?」

「はぁ? いいえ? まったく」

「まったく?」

「えぇ、まったく。ニコラウス殿下との会話は、ネモフィラ様の魔力が欲しいあげないという感じの攻防がほとんどですし」

「でも最近、噂が……」

「あぁ、面倒なものがたっていますね。どうやらニコラウス殿下は今、新薬を作ろうとされているようでして。鉱石や薬草について詳しい私の知識をほっしてらっしゃるとのことで、細かな効能や副作用、組み合わせについてなどをしつこく聞かれました」

「薬ですか……」

「はい。あとは研究資金の提供と引き換えに、コレクションの鉱石を幾つか渡すことになってしまいました。商品として出まわっていない、海外のとーっても貴重なものでしたのに」

「……とても気があうのですね」

「どこがですか」


 薬学の研究についてはネモフィラより彼女と話した方がよほど楽しいだろう。

 ニコラウスと接するうちに知識はそれなりにもつようにはなったけれど、意見交換をし合う程に精通している訳ではない。


「私はそういうお話のとき、聞き役にしかなれませんから。きっとエリーゼ様との掛け合いを楽しんでらっしゃるのだとおもいます」

「まぁ、そうですね。他の流行りのドレスがどうやらお菓子がどうやら言っている方々に比べれば、薬学の会話が出来る殿下との会話はまだ有益ですが」


 研究以外に他の何にも興味が無いと言っておきながら、ニコラウスとの会話は面白いとも言う。

 そして王子だとかの立場なんて一切気にしないで、憮然とした態度で我を貫く彼女。

 ネモフィラはどうにももやもやとした気分になってしまう。

 

(変わった人だとは思うけれど、自分自身をしっかり持っていて格好良くもあるわ)

 

 ただ周りに認められるため、淑女として教科書通りの型を完璧に身に着けようとしていただけのネモフィラにはない、好きなことを貫き続ける自由な思考の彼女だけにある独特な魅力が確かにある。

 まさに代わりのいない人だろう。


(ニコラウス様は、こういうしっかりと自分を持っているところに惹かれていらっしゃるのかしら)


 これではネモフィラには勝負しようがない。


 ネモフィラは本当にただ勉強の成績が優秀なだけ。

 社交術も数をこなし立ち回りを覚えただけ。

 王妃になるのに必要だから学んで、練習して、出来るようになっただけ。

 憧れると言われる容姿も、ドレスのセンスも、優秀なお針子と侍女に作って貰っているだけ。


 ただ必要だから頑張った。


 自分の興味のままに『好き』を貫き輝いているのような、強さと格好良さは自分にはない。



(……勝てないわ)


 それに、本当にニコラウスと彼女の間に何もなくったって。

 彼にふさわしい相手は絶対必要なのだ。

 それはネモフィラ以外の令嬢である。



 ちかごろ、どんどん自信がなくなっていっている。

 少し前までは自分に誇りをもてていたはずなのに。


 ニコラウスの傍にいない自分は、なんてダメダメな人間なのだろう。




* * * *




 ポトン。


 ポトン。


「これも、もう駄目ね」


 ポトン。


 花瓶から抜いた花を、ネモフィラはゴミ袋へ落とす。 

 ネモフィラの足にくっついている弟のディーノが、こてんと首を傾げた。


「ねぇしゃま、ぽいするの?」

「えぇそうよ、ディーノ」


 傍にいる侍女のナタリーは眉を下げてため息を吐く。


「ネモフィラ様、それはまだ大丈夫では」

「いいえ。もう終わりだわ」


 本来、侯爵家で飾られるべき花は一番美しい時期を過ぎれば捨てられるものだ。

 花びらの端が褪せただけで捨てるのなんて忍びないと、完全に枯れるまで置いていたのは、ネモフィラの意向あってのことだった。

 でももう、本来あるべき形に調えなくては。







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