第9話
目覚めると、見たことのある優しい色合いの木の板で出来た天井が見えた。
ただ、今回はゆっくり俺の目を覚まさせてくれる。などと言うことは全く無い。
(痛え・・・。身体中がマジで痛い。これじゃ起き上がるのも・・・あ、起き上がるのは出来るんだ。)
アーラム村で初めて仕事をした次の日の筋肉痛よりも更に体中が痛かった。
もちろん理由は分かっている。あの不屈スキルだ。一言で言えば人を無意識の内に立ち上がらせ続ける鬼畜スキルだったのだ。今やろうと思えば起き上がれそうなのも、このスキルの能力が働いているからだろう。
そうこうしている内に部屋の扉が開く。ノックもせずに入ってきたのはミランだった。
「お、今回は早かったね~。おはようございます。クロノさん。3日だけ寝てましたよ。」
「おはよう、ミラン。それでも大分寝てるでしょ・・・。また聞くようだけど、俺はどうなったか分かる?」
今回は大したことないですねと言わんばかりであった彼女だったが、その手には水の入った桶とタオルがあった。
また看病してくれていたのだろう。本当、申し訳ないな。
「クロノさん、ギルド前で大乱闘を起こしたんでしょ?で、傷ついたクロノさんをギルドのレントさんという方達とサーシャさんが連れてきて、それからサーシャさんは1人残ってずっと治癒魔法を掛けてたみたい。私、サーシャさんにはたまたま会ったの。会ったら直ぐに彼女が『もう治療は必要ありません』とかなんとか言って出て行って、私はそこからクロノさんを看てた感じかな。」
ギルド前で戦闘があったことは広まっているようだ。大乱闘と聞いて、何だか顔を隠したい気分だった。
しかし、サーシャさん・・・看病してくれるなんてマジ天使だ。後で登録の件を話す時に御礼をしないと。
うん、ミランもだけど今回はサーシャさんへの感謝に重きを置こう。
「色々ありがとう。ミラン。」
「いえいえ。私は対して役に立ってませんよ。御礼を言うならサーシャさんって方にお願いします。」
「ああ。分かってるよ。」
俺はミランに普通くらいの大きさの感謝を告げる。
すると突然、俺の腹からとんでもなくデカい音が聞こえた。どうやらお腹が空いているらしい。
正直、このタイミングで鳴るのはとても恥ずかしかった。
「あはは。クロノさん、ずっと何も食べていなかったしね。ボロボロの身体はきっと栄養を欲してるんだよ。待ってて。お母さんに言って何か作ってもらうから。」
「・・・ごめん。ありがとう。助かるよ。」
ミランは部屋を出ていく。俺のお腹の音が彼女のツボにはまったのか、その様子はとてもご機嫌だった。
年下にからかわれる事態になるのは避けたいが、ミランならまあ悪くないかもしれないな。
部屋に一人になったところで、早速状況確認だ。
まず装備物だが、武器は修理が必要だった。刃こぼれ等が一部あり、このまま使うと壊れてしまいそうだ。
防具に関しては言うまでもなくボロボロだ。もう使うことは出来ないだろう。一度修理した上であの大剣の攻撃を二度も受けたのだ。もう一度しっかりと直したとしても耐久性が下がるような気がするので、これはお墓に置いてくるとしよう。まあでも返すなら綺麗に直してから返すのが誠実と思うし、こっちも剣と一緒に修理してもらおう。
服に関しては、今は別の服を着させられているようだ。戦闘で血まみれになったし、もう着れないだろう。というか、着ろと言われても着たくない。
それから、あの戦闘で勝つことが出来た。レントとの約束を果たしたし、これでやっと登録ができるはずだ。
俺は今回いきなり対人戦闘を経験してしまったが、これからはクエストを受注して色々経験値を溜めておきたい。
ギメルが使っていたスキル加速もどうにかして取得したいものだ。魔力が無い俺には物理的な攻撃力を高めることが重要だし、何より他の冒険者も持つ基本スキルであるらしい。持っていないだけで不利になるのは間違いない。探知は魔力等の動きから事前に攻撃を予測・察知できる有能なスキルだが、そもそも俺自身の動きが遅いと意味がないのだ。『分かっていても避けられない』という残念な結果になってしまう。
という訳で、飯を食べたら武器屋と防具屋を巡って、防具が直ればお墓に行って、そしてギルドに向かうことにしよう。
自分の状況を整理していると、探知に反応があった。誰かがこの部屋に来るようだ。
前回の反省を活かし、スキルは常時発動するようにしている。今後は周囲の動きを確認することにも慣れておかないとな。
まあ、今回は魔力を見て誰が来るのか確認する必要は無い。きっとミランだろう。
今度は扉をノックする音が聞こえる。
「お待たせ!クロノさん。ご飯の用意が出来たから1階に下りてきてくれる?それとも部屋まで持って行こうか?」
「大丈夫! 直ぐに行くよ。」
本当は身体中痛くて堪らないが、どちらにしろ外出するつもりだ。
ここで腹ごしらえをしてしまったら動きたくなくなるだろうし、これはリハビリと思った俺はベッドから起きることにした。
金を確認し、剣と防具を持って部屋の外に出る。
外に出て共用の洗面台に行き、顔を洗う。
寝ている間も顔を拭いてくれていたようだったが、やはり自分で洗うと気分が良い。とてもサッパリした気がする。
それから1階へと向かうと、宿泊客と思われる人々が既に何人も飯を食べていた。
よく見ると、新たに入店する者も見受けられる。宿泊客でなくとも飯だけ食べにくることも可能らしい。
俺はミランに案内された席に座る。4人掛けの大きな席だった。そこには既に料理が運ばれている。
俺の顔ぐらいはあるんじゃないかというとんでもなく大きな肉に、見るからに瑞々しい野菜のサラダ。それから見た目はコンソメ味に見える温かそうなスープに、ゆで卵と思われる卵が3つ。そしてデザートに果物までもあった。主食はもちろんパンだった。
アーラム村でも思っていたが、やはり白米が食べたいと考えてしまうのは、ホームシックなのか。
4人掛けの席に案内されたのも、これだけの量を置くためだったのだろう。
正直、ありがたい。ケガをしているから気を使って少なめに出てくるかと思っていたが、これは予想外だった。
この料理を目にした俺の身体からは痛みが減り、空腹の気持ちが満たされる。痛みを癒すにはまず栄養を補給する必要があるのだろう。ゴクッと喉が鳴るのを感じた。
「どうぞ。ごゆっくり召し上がってくださいね♬」
「いただきます!!!」
ミランに促された俺は食い気味に料理に手を付け始める。
ひたすら一心不乱に料理を口に運ぶ俺を見て、彼女は顔を微笑ませると、自分の仕事に戻っていった。
(う、美味い。美味すぎる。)
これはミランのお母さんが作ったのか。それとも親父の方なのか。
まあどちらにしろ料理の腕は素晴らしいと思った。さっきから食事のみで来店する客が押し寄せてきているのにも納得だ。
俺は料理を一気に半分程食べたところで、ふと周りを見ると席が満席になっているのに気が付いた。
(あ、これ俺が1人で席を独占してしまっているパターンだな。出来るだけ早食いしよう。)
実は、段々肉が冷たくなってきていて噛み千切るのに時間が掛かっている。
急ぐのは普通に無理だった。
とりあえず急いで食べてそうな雰囲気だけ出しておけばいいかと思った俺に声が掛かる。
「兄ちゃん、席一緒でもいいか?」
「え?あ、はい。すいません。1人で独占してしまって。」
俺は急な声に驚いてよく噛んでいない肉を飲み込んでしまった。一気に水を流し込み、承諾の意を告げる。
それを聞くと声を掛けてきた男は俺の目の前に座った。
見た目は筋骨隆々で肌はかなり黒い。一見するとベテラン冒険者風の男だが、武器は所持していないようだった。冒険者は何があってもいいように自分の武器を肌身離さず持つらしいし、恐らく建設作業員とか、冒険者ではない別の力仕事をしているのだろう。探知で確認した魔力量がそこまで多くないのがその証拠だ。
「いやあ、いいさ。その食いっぷりはよっぽど腹が減ってたんだろう?食いてえ奴を邪魔するようなもんは大概クソ野郎だ。気にするな。」
「は、はあ。ありがとうございます。」
俺の食いっぷりってそんなに目立っていたのか。
なんだか恥ずかしいが、4人席を独占しているし何も言えないか。
そうこうしているうちに目の前の男の料理が運ばれてきた。俺に比べると大分量が少ない。
そもそも大人1人分も無い気がする。何だか目の前の男には似合わない感じだった。
「あの、失礼ですけどそれで足りるんですか?」
「ん?ああ。俺な、こう見えて小食でよ。あんまり食べると仕事に集中出来ないんだ。」
小食と言われた俺はそれでどうやってその筋肉を維持しているのかという疑問が湧いたが、それを聞くのは野暮だろう。
「そ、そうですか。建設工事関係のお仕事とか?」
「まあそんなところだ。・・・それよりも兄ちゃん。お前さん、クロノだろ?」
「そうですが・・・。何故私の名前を?」
俺は突然名前を言い当てられ、目の前の男を警戒するとともに、探知に不審な動きをしている反応が無いか確認していく。もしかするとこの男はただの目暗ましで、本命は別にいるのかもしれないということも考えられるからだ。しかし、俺を狙うとなるとギメルくらいしか思いつかないが、あいつにこんな仲間はいるのだろうか。
そんなことを考えていると、目の前の男は笑って答える。
「ははは!そう警戒するなよ。クロノ。俺はこの間の戦いを見ていたんだ。」
そうか。あの戦いを見ていたのか。たしかレントが俺の名前を大声で発表していたし、知っていてもおかしくはないか。
俺が納得したような表情を見せると、男は続ける。
「あの戦いは正直興奮したぜ。あの暴れん坊のギメルを倒しちまったんだからな。しかも、まだ駆け出しの冒険者がよ。聞いたぜ、クロノ。あいつに勝つことがギルドに登録する条件だったんだろ?それを聞いて俺はずっと気になってたんだ。何であそこまでしてギルドに入りたかったんだろうってな。・・・ここだけの話教えてくれないか?」
男は俺を真っ直ぐに見ている。それは俺を騙す人間の類では無い感じだ。
だが、アーラム村の事や俺のスキルについて話す訳にはいかない。
「どうもこうもないさ。ただ、ギルドに入ってクエストを受けたいんだよ。もちろん、生活する金も欲しかったし。」
別に嘘は言っていない。
男はそれを、俺を観察しながら聞いていた。
「・・・ふーん。そうか。まあ、そういうことしておくさ。ところで、その荷物はなんだ?」
「ああ、これはあの時にボロボロになった防具だよ。修理してもらおうと思ってさ。」
俺は袋から、壊れて破片と化した防具を取り出す。
男はそれをまじまじと見つめて何かを考えているようだ。
「あれだけの衝撃で壊れたんだろう?もう耐久値が低すぎて使いもんにならないと思うが。」
「いや、もう使わないつもりなんだ。直したらこの防具を貸してくれた人に返そうと思っている。」
男は俺の言葉に引っかかっているようだった。
当然だろう。もう使えない防具を返すなんて普通は失礼に当たるのだから。
男はひとしきり何かを考えていたようだが、考えるのを止めたのか、何も言わずに目の前の料理を食べ始める。
俺もそれを見て食べるのに集中するのだった。
「じゃあな。クロノ。まあとにかく俺はお前のファンだと思ってくれ。」
「え、名前も名乗らないファンがいるのか?」
「そういえばそうだったな。俺はマチルダだ。また会ったら宜しくな。」
「ああ。こちらこそ。宜しく。」
男のファンというのは黒野悠一的には別に嬉しくないのだが、クロノ・ユウイチとしてはこの世界に知り合いが出来たということで嬉しく思っていた。
それからまだ残っていた料理を食べ切った俺は、痛む身体に鞭を打って宿屋を出る。
「ごちそうさまでした!!」
そう言った俺の後ろからミランの『いってらっしゃい』という声が聞こえた。
やはり、誰かに見送られるのは嬉しいものだ。
俺はさっそく武器屋と防具屋を探しに出掛けたのだった。