第8話
俺はギルドを出た。
既に決闘のことは周知されているのか、ギルド内で話を聞いていた冒険者達で囲まれた決戦場が出来ている。そこに歩を進めようとするが、肝心のギメルという男の姿が無い。探知を発動するのが遅かったため、ギメルの魔力反応を覚えていない。
この反応の中のどれかが奴のはずだ。
(くそっ!こんなことならスキルを早く発動しておけばよかった。)
どこまで俺は素人なんだと自分を責めていると、ふと探知に気になる反応があった。それはギルドの中から俺に向かって突っ込んでくるような反応だ。距離もかなり近い。
(まさか、外に出たと見せかけて中から奇襲攻撃か!?)
急いで振り向くと、そこには心配した顔のサーシャや、すまし顔のレントしかいない。
俺はどういうことだと直ぐに考える。
(そうだ。この探知は平面だけの反応だけではなく、立体的な反応も捉えるんだった。)
スキルを得た際の説明を思い出した俺は即座に脳内でスキルの具現化を行い、立体的な視点で周囲を確認する。
すると、俺に向かってくる反応は、ギルドからではなく、上空からのものだと分かった。
奴はギルドの上階から飛び降りていたのだ。
「上か!!くっ!!!」
キイイイン!!
俺は反応を捉えると、すぐさま回避行動を取った。ギルドの入口から正面の道まで飛び込んだのだ。
振り向くと俺のいた位置に大型の刃物が垂直に突き刺さっているのが見えた。ギルドにいた時は武装を隠していたようだが、どうやらギメルはその大柄な体格を活かした大剣使いのようだ。
ギメルは攻撃を回避されたと知ると、恥ずかしさで破顔する。
「お前、避けんじゃねえよ!楽に死なせてやろうとしてんだからさ!」
避けられた負け惜しみを言うギメルだったがその実、内心に疑問が生まれていた。
(奴は・・・なぜ俺の攻撃が読めた?こいつは駆け出し。俺の殺気に気付けるとは思えねえし、それに魔力がねえはず。魔力円は使えないはずだ。)
何かを考えているギメルを見て、クロノは一瞬焦る。よもやスキルを見破られたのかと冷や冷やしている自分がいたのだ。しかし、落ち着いて深呼吸をしたクロノは、探知を知っているはずが無いと思い直し、あくまで冷静に話を逸らそうとする。
「・・・決闘で奇襲攻撃するなんていいのかよ?」
「うるせえ、黙れ!現実の戦闘では奇襲なんて言葉はねえんだよ。」
俺はさっきの回避で正直既に息が上がっていたが、それと同時にスキルで相手の魔力を確認する。周辺の冒険者の人々と比較すると、かなり低い方の部類と分かった。恐らくギメルという男は、力任せに戦ってきたようなパワー系の戦士なのだろう。
(逆に、やりやすいな。)
俺は魔力が無い。魔力が無いと魔法攻撃に対しては物理的に避けることを前提に行動しなければならない。
ただ、魔法には単純な攻撃だけではなく、相手を弱体化するようなものもある。そういった魔法への対抗策が今の俺には無い。
力任せタイプならば、スキルで避け切って隙を突くことが出来る可能性が高いはずだ。
「ぼーっとしてんじゃねえぞ!死ねえ!!」
ギメルの攻撃が来る。肉体的な力を駆使した飛び込みからの連続した横なぎ攻撃だ。
この攻撃が一度でも当たったら俺みたいな身体では直ぐに終わってしまう。
俺は探知スキルで動きを読む。身体の魔力の流れから、相手のどこに力が入っているのかを確認する。俺はそれを確認し、攻撃の位置を予測することで、避けて避けて避け続ける。
しかし反撃することが出来ない。というより、俺が剣で攻撃する前に相手の攻撃が飛んでくるのだ。
俺は相手の実力が上手であることをこれでもかと思い知らされる。
「フン、回避については幾らかやるようだが、防戦一方じゃねえか。そんなんじゃ俺には勝てねえぞ。」
(くそっ!このままじゃやられる!一度でもモロに攻撃を受けたらやられるという状態で避け続けるのはキツい!!)
それから暫く俺の防戦が続く。周りの冒険者からの声援はギメルに対してのものが多くなっているように感じてきた。もしかしたら俺の気持ちが弱くなってそう感じているのかもしれない。
だが、俺は負けられない。絶対に諦めないという気持ちを胸に戦っていく。
そんな俺に業を煮やしたギメルは急に攻撃を止めて宣言する。
「お前、クロノと言ったか。・・・ある程度は実力を認めてやるが、もうあきらめろ。駆け出しのお前には次の攻撃は避けられねえ。」
ギメルは俺を真っ直ぐに見つめると、何かを口走ったのち、先ほどと同じように攻撃を仕掛けてくる。
俺はこれも同様に探知スキルで先を読む。
(これも回避しきって次こそ攻撃を食らわせるんだ!)
数回の攻撃を防御し反撃の糸口を探る俺だったが、次の瞬間あり得ないことが起こる。
ギメルの大剣が横なぎに振られ、それを探知スキルで回避した後、急に目の前に縦切りをするギメルが現れたのだ。
俺からすれば、探知スキルで読んでいる魔力の動きとは異なる方向から攻撃が飛んできたと感じていた。
急いで回避行動を取ろうとするも間に合わない。
「ぐっ!!!」
俺は身体近くもある大きな大剣の攻撃をモロに受け、後方へと飛ばされる。
痛みが俺の全身を襲う。意識が混濁する中、俺は身体の傷を確認する。
どうやら剣でギリギリ防いでいたらしく、防具と相まって切られてはいないようだった。しかし、鈍痛がこれでもかというくらいに俺の身体に響いていた。
足はがくがくと震えている。立ち上がることすら出来ない。
「冒険者の中でも実力者しか持たないと言われるスキル≪加速≫だ。俺はこれを得意としていてな。スキルレベルはⅡだ。諦めな。」
歩きながら余裕の表情でギメルは近づいてくる。明らかに勝ちを確信しているようだ。
そして周りの冒険者からレベルについての話し声が聞こえてくる。どうやらレベルⅡというのは、ベテラン冒険者クラスでないと取得出来ない強さのようだ。
(ううっ。くそっ!)
俺は血を吐きながら考える。
(あれはスキルだったのか。恐らく自身の肉体を酷使するタイプのスキルだ。その証拠に、肉体の魔力移動が起きる前に強引に身体を動かしている。通常は力を込めると必ず魔力移動が起きるはずだが、それが無かった。)
ギメルの足音が段々大きくなる。ご自慢の大剣を引きずってる音が聞こえる。楽しんでいるのだろう。
(俺は、ここで終わりなのか・・・。いや、もう十分じゃないか。日本でも俺は何事にも諦めが早かった。ここまでこの世界で生きてきたことでも十分だろう。)
俺は思考を停止してしまいそうになる。もう痛みで剣が握れる自信が無い。
グランの形見は目の前で綺麗な銀色に輝いていた。まだまだ戦えると俺に伝えているように思えた。
(ただの漁民上がりが、いきなりベテランの冒険者に勝てるはずが無かったんだ。俺には、やっぱり無理だったんだ。)
もう身体に力を入れることすら止めようとしたその時だった。
「クロノ!!お前はもう諦めるのか!?お前には約束があるんだろう!?」
レントの声が聞こえる。
(約束・・・。そうだよ。俺は約束したじゃないか。彼女に。俺は・・・こんなところで死んでいる場合じゃない!!弱い者を蹴落とそうとするコイツような奴を倒すんだ!!!)
目を見開いた俺は、力の限り動こうと努力する。
だが、既にギメルは大剣を俺に振りかぶっていた。
「死ねえええ!雑魚が!!」
(俺は、死ねない!動け、頼む!!後の事は考えなくていい!!!今はコイツと戦える力が欲しい!!!!)
【スキル取得条件を達成しました。クロノはスキル≪不屈≫を取得しました。このスキルは・・・】
あの代理の声が頭に響く。
ズドオオオオン!!!
ギメルの振り下ろし攻撃が決まった。そこには砂埃が舞っており、周りの冒険者どころか、ギメル本人にもクロノがどうなったのか確認することが出来なかった。
「ちい!!」
ギメルは大剣を横なぎにする。すると瞬く間に砂埃が掻き消えていく。
しかし、目の前にクロノの姿が無い。
「!? どこに行きやがった!?」
ギメルは背後から強烈な殺気を感じる。
「後ろか!加速Ⅱ!」
ギイイイイインン!
クロノの渾身の一撃が防がれた。
ギメルは加速スキルで強引に大剣を後ろに回し、盾にしたのだ。
「・・・くそが!」
攻撃を受け止められたクロノはその場で力なく崩れ落ちる。
それを見たギメルは焦りを隠しきれないまま周りの冒険者に向かって勝利を宣言する。
「は、はは。勝ったぜ!俺の勝ちだ!!」
しかし、ギメルの勝鬨の声に対する周りの冒険者からの賞賛の声は無かった。
何故なら皆、気付いていたからだ。
まだ勝負が付いていないことを。
「まだだ・・・。まだ俺は負けていない!!」
「ウソだろ!?お前・・・あり得ねえ。お前如きの体力じゃ限界のはずだ!!」
クロノは血を吐き目を血走らせながら、ゆっくりと立ち上がる。
これは、スキル不屈の効果でもあった。このスキルは得た瞬間から適用される永続型のスキルで、能力はスキル保持者の精神が持つ限り何度でも立ち上がる力を得るというものだった。
但し、精神が崩れる可能性もあることや、目的が終了した後に酷使した身体がどうなるのか保証できないという諸刃のスキルでもある。
「うおおおおおあああ!!!」
クロノは目の前の大男に突撃する。もはや負けるなどということを考えていない特攻だった。
それに気圧されたギメルは攻撃できずに防戦一方になる。
ギイイイイン!
剣と剣がぶつかる音が鳴り響く。
それを見守る冒険者の中で、声を上げる者は誰もいない。
「なめるな!お前が幾ら立ち上がろうと、俺には勝てねえんだよ!加速Ⅱ!」
防戦一方だったギメルが反撃に出る。得意のスキルで再びクロノ目掛け大剣を振るう。
しかし身体に悲鳴が走る。ギメルと言えども、加速スキルの複数回使用は身体が持たなかったのだ。
身体の限界を感じながらもギメルは強引に大剣を振り切った。
満身創痍のクロノは避ける術もなく、何とか剣で防御するも吹き飛ばされる。
「はあ。はあ。今度こそ俺の勝ち・・・・おいおい。本気か。お前!」
クロノは再び立ち上がろうといていた。
その鬼気迫る表情を見た周りの冒険者達からは悲鳴が上がっている。
もう装備していた防具は見る影も無く砕け散っている。服の下からはドス黒い血が滲み出ていた。
「俺は・・・絶対に倒れない!!!」
「こ・・・の、死に損ないがあああああ!!!」
それを見て勝ちを急いだギメルは、クロノに飛び掛かって大剣を振り下ろす。
振り下ろされた大剣によって砂埃が再び発生する。
クロノは倒れ込むようにそれを回避する。
「フン!!」
先程と同様にギメルは大剣を横なぎにして砂埃を吹き飛ばす。
そして、ギメルは後ろから先ほど以上の殺気を感じる。
「何度やっても通じんぞ!!≪加速Ⅱ!!≫」
スキルによって大剣を再び強引に背後へ回し、盾とした。
もうギメルの身体は限界だった。スキルを使用することはもう出来ないと考えられる程に。
(だが、この攻撃を躱して奴に反撃すれば今度こそ俺の勝ちだ!)
「はああああああ!!!」
クロノは先程と同様に盾となった大剣目掛け剣を振り切ってきた。
それを見たギメルは勝利を確信するが、それも束の間。
クロノは大剣目掛け振り切るように見せるフェイントをし、その勢いのまま逆に切り込んできた。
(こ、このままだと俺の防御が間に合わない!!)
ギメルは再び加速を使用しようとするが、身体が全く動かない。
既に肉体の限界を超えていたのはクロノだけでは無かった。
「くそおおおおおお!!この餓鬼が!!!!」
「うおおおおお!!!!」
クロノは最後の力を振り絞り、剣を振るった。
そして、ギメルの右腕が中を舞い、悲痛の叫びが聞こえた。吹き出した血がクロノの顔に降りかかる。
クロノはそれを気にも留めず、倒れ込むギメルの下へと向かう。
ゆっくりと。歩きとは言えないボロボロの動きで向かう。
その手には血にまみれた剣を携えて。
それを見たギメルは、腕を失った痛みよりも恐怖が勝る。
「や、やめろおお!!く、来るな!死にたくない!!!」
自慢の大剣を片手で持ち防御しようとするも、明らかに防御できる力は無い。
「・・・俺は、絶対に・・・絶対に負けられないんだ。」
それを聞いたギメルは恐怖で気を失う。
その下半身には失禁した跡がくっきりと残っていた。しかしそれに構わずクロノは剣を振り下ろそうとする。
「クロノ!!!ここまでだ。・・・この決闘、お前の勝ちだ。」
「レント・・・俺は・・・勝ったのか?」
「ああ。みんながお前の決闘を見ていた。間違いない。そうだな、みんな!!!」
その瞬間、静まり返っていた冒険者や野次馬達から大歓声が巻き起こる。
興奮してその場で飛び跳ねる者や、俺の名を呼ぶ者。そして感動のあまり泣き出す人までいた。
「そうか・・・。よかっ・・・た。」
「おい!クロノ、しっかりしろ! サーシャ、治癒魔法を。他の者は彼を運ぶのを手伝ってくれ!急げ!!」
俺はその場で崩れ落ちたのだった。