第7話
クロノは墓地を後にすると、その足でギルドへと向かった。
ギルドへの道程は花屋の店主に聞いていたので分かっている。
元来た道を戻り、その途中で道を数回曲がっていく。
目印として、ギルドの名前が記された大きな旗があるらしい。
(ああ、あれか。)
歩いていくとその先に大きな旗が見えた。
大きな文字で≪ギルド組合アルカナ支部≫と書かれている。支部ということは、他国のギルドも同じ運営者であるということなのだろう。同じでないと、結局は国の手先になってしまうだろうし、軍と何も変わらない組織になってしまう。
国とは独立した組織であるということはグランから聞いていたが、間違いなさそうだ。
(初めての会社に飛び込み営業する時の気持ちだな。この感覚は。)
ギルドを前にした俺は、意を決して中に入った。
ギルドの中に入ると、既に冒険者と思われる人々で混雑しており、彼らの熱気に満ちた世界が広がっていた。混雑の先にはどうやらギルドの受付があるようだ。受付に立っている職員の数を確認すると、同時に3組まで応対できるようだが、それでもこの状況だ。
時折、不満の声も聞こえてくる。
受付から向かって右手には椅子やテーブルが準備されており、そこでも冒険者と思われる者達が戦いの話に花を咲かせているようだ。
よく見ると、酒を飲んでいる者もいる。ここは酒場も兼ねているのだろう。
反対に、受付から向かって左手にも離れた場所に受付があるようだ。受付するものが理路整然と応対しており、大きな荷物を抱えた人々がこれまた列をなしている。身の丈もあるような大きな荷物を抱えた者が散見されることからも、恐らくだが宿泊所なのだろう。
俺は混雑の中心であるギルドの受付の列に並んだ。
(これでは、順番が来るのを待つだけで疲れてしまう気がするな・・・。)
不満を言った声にも同感だった。
「次の方、どうぞー!」
やっと順番が回ってきたようだ。さっき後ろを見た時は、既に俺が来た時と同じくらい列が出来ているのを確認していたので、後ろの人に急かされないようにスピーディな感じを出して行かないと。
「ギルドに登録をしたいのですが。」
「あ、初めての方ですね?それでは準備しますので、先にこれを読んでいてください。」
ギルドの受付は女性の方だった。眼鏡を掛けており、見た目だけで言えば真面目な感じの印象だ。更に帽子を深く被っていたため年齢が分かりにくいが、雰囲気は若い方である気がする。テキパキとした動きをしていることから考えると、新人ということは無いだろう。
とりあえず手渡されたマニュアルを読んでいく。
・ギルドは全国に支部があり、ギルド登録した場所以外でもギルドカードは使用できる。
・ギルドカードは身分を証明することが出来る公の証明書になるため、紛失に注意すること。
・ギルドカードは持ち主の年齢などの個人情報や、魔力、ランクなどが記載される。但し、スキルは記載されない。
・ギルドカードは特殊な魔法で出来ており、ランク以外の内容は自動的に更新される。
・クエストには採取、護衛、討伐、特殊の4つが主なもので、特殊は依頼主が個人の冒険者を指定して行われるクエストであるため自分から受けることは出来ず、ギルドより内密に依頼されることになる。
・報酬は、クエスト内容を完全に達成しないと支払われない。例えば採取クエストで薬草が3つ必要なのに2つ持ってきたからと言って、3分の2の報酬がもらえるという訳ではない。
・ギルドが斡旋したクエストについて、依頼主に直接話を持ち掛けるのはご法度。
・ギルドからの呼出には出来るだけ速やかに応じること。
・ギルド内での決闘はご法度。ギルド外での決闘は個人の責任で可。
とりあえずこの辺りが重要と思われたので理解しておく。
その他はまた後で読んでおくことにする。
「登録の準備が出来ましたので、こちらに必要事項をご記入下さい。申し遅れましたが、私はサーシャと言います。よろしくお願いします。」
「私はクロノと言います。こちらこそよろしくお願いします。」
(ええと、名前は・・・クロノ・ユウイチと。)
必要事項をすべて記入し、受付のサーシャへと渡す。
特に指摘事項は無かったため安心していた俺に突然、試練が訪れる。
「それでは、最後に魔力を量りますね。魔力が少なすぎると冒険者としての資質無しと見做されて登録できない場合があります。ただ、今までそれで登録出来なかった方はほとんどいないのご安心下さい。」
(や、やばい!!俺、魔力無いじゃん!!)
安心しきっていたからか、急に焦ったせいで胸の高鳴りが収まらない。
魔力が少ないどころか、全く無い時はどうなるんだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。だ、大丈夫です。」
焦りが見抜かれているような気がする。サーシャは俺のぎこちない返事に疑問を覚えながらも、手元に準備していた水晶玉を取り出す。どうやらこれに手をかざすと魔力量が分かるらしい。
今の俺にはとんでもない罰ゲームだった。
「それでは手をかざしてください。」
(と、とりあえずやるしかない。)
俺は手をかざした。すると、水晶の反応は特に起きない。
それを見たサーシャは驚いた表情をしている。察するに水晶玉は魔力に応じて何らかの反応を示すのだろう。それが無いという事実が信じられないようだ。
「え・・・?クロノさん、魔力が全く無いようですが、それって・・・
「そ、そうなんです。でもどうしても登録したくて・・・。」
「魔力が無いというのは初めてのケースですが、結局は魔力が少ないということになるので、ギルドの規則ではダメなんです。残念ですが・・・」
「そこを何とか頼むよ!」
焦った俺は大声を出してしまった。当然だ、ギルドカードが無いと身分が証明できなくなる。
それに、ギルドでクエストを受注出来ないとなると、自力で経験値を積む場所を探さなければならなくなり、強くなるには遠回りになることは確実だ。もっと言えば、生活のお金を得る方法を探さなければならない。
俺には魔力が無いので単純な肉体労働しか出来ない。そんな人間に魔力のある世界で別の仕事が見つかるかも怪しいし、その仕事をしていたら時間がいくらあっても足りないだろう。
(おいおい。イケメン騎士さん、根回しはどうしたんだよ。あ、もしかして魔力無いこと知らないのか?)
まさかの事態に立ち往生していると、俺の後ろで並んでいた冒険者から挑発する言葉が聞こえる。
「おいお前!魔力が無いのに冒険者とは見苦しいぞ!弱虫は帰ってママのおっぱいでもしゃぶってるのがお似合いだぜ。」
ありきたりな挑発の言葉だった。
俺はそれを無視してサーシャへ懇願する。
「魔力は無いが、俺は冒険者にどうしてもなりたいんだ。頼むよ。本当に。」
「規則である以上は・・・」
そんなやりとりをしていると、また挑発の声が聞こえてきた。
「おい!いいかげんしろよお前。帰れって言ってんだろ?ぶっ殺すぞ!」
今度は本気の声が聞こえた。いつの間にか周りが静かになっている。
ギルドにいた人全員の視線が俺とサーシャ、それから挑発する男に向いていると思われた。
「なんだ、この騒ぎは。」
「あ、レントさん」
皆の視線が集まった最高潮のタイミングで、サーシャの上司と思われる人間が出てきた。
その人物は俺の顔と水晶を見た後、サーシャの手元にある資料を見た。そして挑発した男の方を見ると、何か思いついたような顔をして発言する。
「クロノ・・・さんだったね?規則では確かに魔力が無い者はギルドに登録ができない事になっている。しかし、その規則があるのは依頼者を守るためにある。弱い冒険者に頼んだばかりに依頼が失敗したということがあってはならないからだ。」
そして、レントというギルド職員は続ける。
「逆に言えば、魔力が無くとも強ければ問題無いということさ。つまり、クロノさんどうだろう?あの男と決闘して、勝つことができたらギルドに登録させてあげようじゃないか。」
「え、いいんですか!?」
「ああ。二言は無い。」
天からの声が聞こえた気がした。いや、天というとあの神の代理を思い出すから止めておこう。
「おいおい、勝手なことを言わないで下さいよ、レントの旦那。俺はやるなんて一言も言ってませんぜ。」
「フン。勝手なことをしているのはどちらかな。ギメルさん。あんたは力に物を言わせて他の冒険者に色々と強請っているようじゃないか?」
「は、はは。ご冗談を。何の事だか分かりませんね。」
このギメルと言う男は嘘が下手だった。周りの冒険者からひそひそと声が聞こえる。観念したのか、やれやれと言う顔をしている。
「旦那。言いたいことはこれか?そこのひよっこの魔力無し野郎を倒せば、水に流すと。そういうことかい?」
「ああ。そういうことだ。理解が早くて助かるよ。」
「はっ!そんなことでいいならもう俺の無罪は決まったな。おい、お前早く表に出ろ!」
「あ、ああ。の、望むところだ!」
俺は途中から足の震えが止まらなかったが、何とか戦う意思をギメルという男へぶつけた。この餓鬼、ぶっ殺してやるという声が返ってきたが、何とかビビッているのを悟られないようにやり過ごす。
サーシャは俺を見て心配そうな表情をしている。いい人だな。この人は。
レントはというと、何故か嬉しそうな表情をしており、サービスとばかりに声を掛けてくる。
「あークロノさん、ちなみに相手はDランク冒険者だ。頑張ってくれたまえ!」
(俺を駆け出しのFとすると、2個もランクが上か・・・。だが、最強になるにはギルド登録は絶対に外せないんだ!)
「レントさん。約束だぞ。勝ったら登録してくれるって。」
「ああ。もちろん。ついでに、このサーシャとのデートもプレゼントしよう。」
それを聞いたサーシャが焦って抗議する。
「は??勝手に何を言ってるんですか!?」
「いいじゃないか。君はクロノさんが勝てると思ってないんだろう?」
「それは・・・。そうですが。」
震えが止まらない俺を見て、サーシャは俺の負けを確信していた。
悔しいがそれは間違ってないと思う。俺は、こんなにも弱い。
「じゃあ、そういうことで。クロノさん、デートも合わせて約束だ。」
(デートはともかく、俺は負けたくない。ここは負けられないんだ。)
「よろしく頼む。」
俺は震える足を必死に動かして受付を後にする。
後ろから小さい声で『そ、そんなに私とデートしたいのかな?』という声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。
(それにしてもレントとかいう職員のあの嬉しそうな表情。ギルド職員としてどうなんだあいつは。まあ、助けてもらったのは事実だが・・・ええい、今考えるのは勝つこと。それだけだ。)
俺は腰にある剣を見た。実は、剣を使うことは自体は初めてではない。
アーラム村では仕事で主に槍を使用していたため、槍になじみがある。しかし、グランが『今後剣を使うかもしれねえから教えておく』と言ってくれたため、剣の練習に付き合ってもらっていたこともあった。つまり、そこで教えてもらって使っていたこともあったので、初めてではない。
「くっそー。グランの形見に恥をかかせる訳にはいかねえな。」
剣を見てそう思った俺は、心なしか気持ちが軽くなった様な気がする。
ギルド内にいる冒険者からの安い声援を浴びつつ、外への扉へと向かう。
そして、ギルドを出るのだった。