第6話
「ん・・・。」
クロノは目覚めると、目の前に知らない天井があった。
寝る時も起きる時にも雨漏りが心配になった、いつもの古びた天井では無い。そこには比較的綺麗な木板が並んでおり、その清潔感のある薄い色合いが、目覚めたばかりの俺の目を優しく包んでくれるようだった。
「あ、起きたんですね。もう1週間も眠ったままだから、逆にこのまま何日起きないか楽しみにしてたのに~。はい、お水。のど渇いてるでしょ?」
「ああ、ありがとう。」
俺は起きたら目の前に少女がいるこの状況に既視感を覚える。1週間も眠っていたというし、そんな夢でも見ていたのだろうか。
しかし、俺は渡された水に手を付け始めると、段々頭が冴えてくるのを感じた。そして徐々に記憶が蘇ってくる。
(そうだ、アルカは俺を助けにいったせいで・・・死んでしまった。俺はアルカを助けられなかったんだ。・・・すまないグラン。あんたの娘を救えなかった。俺にとっても大切な人だったのに。)
「ねえ、大丈夫?そんなに喉が渇いていたの?」
「え?あ、いや・・・なんでもない。気にしないでくれ。」
「ふ~ん。でも、いきなり涙を流すのは驚いちゃうよ?」
知らぬ間に涙を流していたようだ。俺はそれを直ぐに拭うと、気を取り直して現在の状況を把握する。
(俺はアルカを看取って、それから・・・。そうだ、あの全身甲冑の騎士がやってきて、話をして・・・。あの騎士が俺に変な光を当ててきた・・・と思ったら意識を失ったんだ。あれは、相手を眠らせる魔法だったのか。)
「そういえば、自己紹介がまだだったね。私、ミラン。この宿屋≪銀の輝き亭≫の看板娘です!」
目の前の少女は宿屋の娘だった。俺は宿屋に運ばれたのか。
ということは、恐らくここはアルカナ王国だろう。あの騎士はアルカナの騎士だったし。
(というか、自分で看板娘って言い切る精神がすごいな。)
「・・・何か言って下さいよ!言ってるこっちも恥ずかしいんだからね? お父さんが、言い続ければいずれ看板娘の名がアルカナ王国中に広まって、勝手に美人を妄想した客が増えるって言っててさ。・・・そんな訳ないのにね。」
「あー。とりあえず、ごめんなさい。」
「ま、もう慣れてますから大丈夫です。それよりも、お兄さんって何者なの?」
気を取り直してミランは続ける。
お兄さんという言葉の響きは素敵だが、何だかむず痒いので遠慮してもらおう。
「できればお兄さんはやめてくれ。俺のことはクロノと呼んでくれると助かる。それで、何者とは?」
「じゃあクロノさんで。だって私、今まで生きてきて宿代と食事代を全額前払いしていった人初めて見ました。3か月分を全額ですよ?すごくないですか?」
それはすごいことなのだろうか。この世界では現金を持ち歩かなければならないため、紛失や盗難に遭わないように、長期滞在するつもりなら先払いすることは珍しくないのではないか。
「えっと。それが俺とどんな関係が?」
「あ、私の言い方が悪かったかも。いいですか?クロノさんの代金を他の人が全額前払いで立て替えたんです。」
「え、俺の分!?・・・一体誰が?」
冷静に考えると、俺は無一文だ。村ではグランに雇ってもらったが給料は無く、代わりに住む場所と食事を提供してもらっていた。生活に必要なものはアルカがどこからか持ってきてくれたし、激務の毎日で嗜好品などを欲しいと思ったことが無かったため、特に困っていなかった。
その事を今の今まで失念していたため、宿代を払ってくれた誰かがいなければ、俺に金が無いと分かった途端、追い出されていたのかもしれない。
「知り合いの方じゃないんですか!? 甲冑を着てたから騎士さんだと思うけど、名乗ってくれなかったんだよね。とりあえずめっちゃイケメンだったのは覚えてる。でも、何かどこかで見た気がするんだけどね。」
(甲冑って、まさかあの騎士か。正直俺はあの騎士に八つ当たりしてしまったし、色々怒られてしまった。どちらかというと嫌われていると思ったんだが・・・。それにしてもイケメンか。もしかすると顔を隠していたのは、そのイケメンに傷がつかないようにしているのかもしれないな。まあそれはどうでもいいけど、金を払ってくれたことには感謝だな。)
「そのイケメン騎士さんは何か言っていなかったか?」
「あ、そうだった!手紙を預かってたんだった。はいこれ。」
ミランは自分の懐から手紙を取り出すと、俺に渡す。見た目は普通の便箋だが、アルカナ王国の紋章で封緘されている。騎士からの手紙で間違いないようだ。
≪アーラム村の生き残り様 まずは許可も無く眠らせてしまったことをお詫びする。あのまま危険な場所で話し続ける訳にはいかなかったのでな。あの後、アーラム村の最終的な被害状況を確認したが、残念ながら生き残りはあなただけだった。色々聞きたいこともあると思うが、まずは傷ついた身体を癒すことに専念し、暫くの間はこの宿に滞在してくれ。その他に少しだが見舞金と村の遺留品を渡すので、確認して欲しい。それからあなたの身分だが、ひとまずはギルドに登録してギルドカードを身分証代わりにするといいだろう。そのための根回しをしておく。そして最後に、彼女の遺体はアルカナの共同墓地に埋葬している。落ち着いたら訪れるといいだろう。 アルカナの甲冑騎士より≫
(宿代から見舞金、遺留品に加えて俺の身分の事、そして・・・埋葬の情報まで。イケメン騎士には本当に感謝だな。ただ、甲冑騎士とは何だ?わざわざ甲冑と書く理由が分からない。それよりも出来れば名前を知りたかったのだが。)
「あ、あと手紙と一緒にこれも渡すように言われてたんだった。」
ミランはそう言うと、見舞金が入っているであろう袋と、見た覚えのある剣と防具を出してきた。
袋を確認すると中には金貨が10枚入っていた。この世界では価値の高い順に白金貨・金貨・銀貨・銅貨があり、銅貨100枚で銀貨1枚。銀貨100枚で金貨1枚となり、金貨100枚で白金貨1枚だ。銅貨10枚もあればその辺の宿に泊まれるくらいの価値がある。金貨10枚というのは相当な大金だった。これを少しと言う騎士は相当な稼ぎの職業なのか・・・。
剣と防具は、偶然なのかグランが使っていたものだ。既に修理されており最後に見た時とは見違えるように綺麗に磨かれている。
「そうか・・・。ありがとう、助かったよ」
「いやいや、御礼なんて。アルカナ王国の印入りの封書を渡されるような人に嘘なんかつけないって。で、結局あなたは何者なの?」
ミランは謙遜した後、興奮しながら問いただした。
「いや・・・本当にただの一般人です。運が良かっただけの。」
「またまたあ!」
この会話を何回か繰り返し、渋々納得したミランからやっと解放してもらう。
部屋でやっと一人きりになった俺は、直ぐに剣と防具を装備し、金貨を数枚所持する。
(アルカ。今、会いに行くぞ)
俺はアルカの眠る共同墓地に向かう。
宿屋の受付、恐らくミランの母と思われる婦人から共同墓地の場所を聞いた俺は、墓地へと向かった。
その途中で花屋に寄り、献花用の花を購入する。その際に花屋の店主にアルカナ王国について聞いてみた。
アルカナ王国は人口数百万人の都市で、国の周囲は魔物の住む魔の森に囲まれている。その国の周囲にある城壁は飛行能力の無い魔物には到達することの出来ない高さに設定されており、飛行能力に対しては魔法で張られた結界が張られているため実際には上空から侵入するのは難しい。国への出入り口は検問所が設けられており、身分証の無い者は保証人が居なければ入ることも出ることもできない。出る際も必要なのは、国からの脱走犯や誘拐などを防ぐためだ。
国の内部は一般の住民のいる住民街や、商業街、工業街などがあり、貴族の住む貴族街や王族の住む王族街に分かれている。ちなみに、ギルドは住民街にあるらしく、後のため正確な場所を教えてもらった。
(王族街か・・・。そこにあの騎士はいるのか・・・?)
まだ見ぬイケメンの騎士を思い浮かべつつ、街を歩き続ける。
宿屋の婦人に聞いた話だと共同墓地は住民街の端にあるらしく、墓地に近付くにつれて次第に街の活気が無くなり、更に進むと人気も無くなっていった。そんな寂しくなった街並みの中、同じ方向に歩いている人々を見かけると手に花を持つ人もいれば、時折涙をぬぐっているのかハンカチを持ったまま歩いている人の姿も見える。皆の悲しみが俺にも伝わって来ていた。
(この人々も俺も同じなんだ。)
手に持つ鮮やかな献花を見て俺は故人に思いを馳せる。
墓地は個人個人のスペースに墓を設置されているものと、他者と共同で埋葬されている墓で分かれていた。共同で埋葬されている墓地であっても、一部の関係者のみで埋葬されていたりと、更に墓は分かれているようだった。
俺は共同墓地を歩いていくと、一際大きな人だかりが出来ている場所を見つけた。
近付いていくと、そこの墓には真新しい文字で≪アーラム村共同墓地≫と記されていた。
「そうか・・・。皆この街には繋がりがあったんだな。」
お参りをする人々からはアーラム村に住んでいた住民の名前が聞こえてくる。アーラム村には元々村で生まれ育った住民もいれば、グランが昔アルカナ王国のギルドに登録していたように街の人間と繋がりがあった人もいた。その関係者がこうしてお参りに来ているのだろう。
墓地には人々の名前が記されているのが分かった。名前の数からして、判明した者だけなのだろう。
その名前をよく見ると、アルカやグランの名前があった。恐らく、グランがギルドに登録していた時の記録が残っていたのだと思われる。
「そうか・・・。2人ともここにいるんだな。」
俺はお墓に花を添え、思いを馳せる。
(グラン、あんたのお蔭で俺は生きている。きつい仕事の毎日だったが、俺は楽しかったよ。それはそうとこれを見てくれ。なんの偶然か、あんたの剣と防具がここにある。まるであんたに守られてるみたいで安心できるよ。これは有難く使わせてもらう。・・・今までありがとう。)
(アルカ、俺は君を助けられなかった。俺が最強の力を持って転生してきたら、こんな悲劇は起きなかったはずだ。弱い俺を許してくれ・・・。いや、違うな。俺は弱かったからこそ、君に出会ったんだ。そして出会ったからこそ、今は強くなりたいと心の底から思っている。強くなって、こんな悲劇が起きないように、弱い者が虐げられることのないように強くなりたい。きっと、君はそれを伝えたかったんだね。・・・ありがとう。アルカ。ずっと俺を見守っていてくれ。)
そしてもう一度、墓に刻まれた2人の名前を見るとその場を後にする。
俺は振り返らずに歩き続けた。振り返ると、2人に心配されてしまうかもしれないと思ったからだ。
「・・・俺は、絶対に強くなる。今は弱くても、経験値スキルを使いこなしていけば必ず強くなれるはずだ。まずは、ギルドに登録して経験を積もう。」
俺はギルドへと向かった。