第5話
俺はアルカを抱いたまま泣いていた。村のみんなや、大切な人が苦しい時に側にいなかった自分をひたすら恨む。
自分がもっと強ければ、こんなに辛い思いをすることも無かったのではないか。そんな悔やんでも悔やみきれない後悔が、涙となって目から溢れている。
人間はこんなにも涙が出るのだと初めて知った。
(こっちに来ているな・・・)
俺の探知スキルで確認出来る反応に動きがあったのだ。これは恐らくあの振り切った騎士だろう。騎士は俺に振り切られるまでずっと単騎で追い駆けてきていた。騎士からすれば慣れない土地であることや、魔物にも目をくれず悪路を走った俺が速かったため、先ほどは振り切ることが出来た。しかし、あれからずっと探し回っていたのか、遂に俺の近くまで迫ってきていた。
「やっと見つけたぞ!全く、武器も持たずに森の中を走り回るとは。死ぬ気か!貴様!!」
俺を目にするなり、騎士は大声で俺を責めた。今は放っておいて欲しいと思っている俺は、背中越しに聞こえる言葉に返事をしなかった。アルカの亡骸を抱きしめたまま、ピクリとも動いていない。
「貴様!聞いているのか!?」
いつの間にか下馬していた騎士が、俺の首元を掴んでいた。騎士は俺が抱いているアルカを目にすると、首元を掴んでいた手を離した。
「・・・貴様の恋人か。この傷では、魔法や回復薬による治療を行っても間に合わなかっただろう。残念だが、もう眠らせてやるべきだ。」
先程とは打って変わった騎士の反応に、俺は驚くと同時に、怒りが込み上げる。
「黙れ!!お前たちが来るのが遅かったからアルカは死んだんだ!!それに村のみんなも必死に・・・必死に戦っていたはずだ!何でもっと早く助けに来てくれなかったんだ!!」
それはただの八つ当たりだった。アルカを失った俺は、これを誰かのせいにすることしか出来なかったのだ。
そんな俺の言葉を全て聞き終えると、騎士は言葉を返した。
「貴様は、私達がこの村をいつでも守ってやれる、そんな便利で強い者達だと思っていたのか!?ふざけるな。こちらにも都合はあるんだ。いいか。お前達がこの湖の実質的な利権を持っていることもあって、我が王国はアーラム村と相互協力の条約を結んでいる。確かにその条約では、村の緊急事態には積極的且つ早急に事態の鎮圧と村人の保護をすると定められている。しかしだ、我が国はそのことをお前の村と約束しているだけで、何の見返りもないのだぞ?この軍を維持し、ここに来るためにどれだけの労力と金が掛かっているのか、貴様には分かるか!?
・・・いや、本音を言えば、弱き者を助けるのは、強き者の責務だと思っている。だが、それには我が国の国民が優先されるのは当然であろう?今回、緊急事態の連絡を受け、王国の守りを見直し、可能な限り最速でこの村に来たのだ。...そちらからの連絡が無ければ、こちらから先に動くことはしない。何故なら、我が国の国民を守る事が最優先だからだ。早くというならば、発煙筒を使用するなど、お前達自身で助かる努力を最大限に行ったのか?」
「そ、それは…」
理性では無く感情で八つ当たりしていた俺には、この騎士に何も言い返す事が出来なかった。誰しも自分が大切だし、自分の国を優先的にするのは何らおかしなことでは無い。
むしろ、何の見返りも無く今まで村を守ってくれた王国に感謝すべきなのだ。俺達は海産物などの恵みをタダで王国に渡していた訳ではい。金や物資という見返りが必要だから取引している。
そんな俺達が文句を言うのは筋違いなのだ。駆け付けてくれるだけでも、それは強き者の責務を立派に果たしていると言える。
「こ、今回は魔物が変だったんだ。発煙筒のあった倉庫を先に奇襲されて、そ、それで連絡が遅れたんだ。だから、俺達のせいじゃない!そうだ、あんたらそんな身なりをしているんだから、強いんだろ!?王国の魔法でどうにか出来たんじゃないのか!?」
自分で言っていて無茶苦茶だと分かっている。分かっているが、止められなかった。
「魔物は魔物で生きるために必死なのだ。この世界は弱肉強食が全て。同じ事の繰り返しでは、日々を生き抜くことは出来まい。それに、魔法は万能では無いのだ。・・・貴様は今まで何をしていた?こういった事態に備えていたのか?」
騎士は俺に罵声を浴びせるわけでも、突き放す訳でもなく、ただゆっくりと諭すように俺に話しかける。
「お、俺は日々を生きるのに必死だったんだ。今まで信頼されることも、期待されることも無かった俺を、この村の人は心から信じてくれたんだ。」
俺はアルカを見つめた。
「だから、働いた。働いて、働いて、働いたんだ。・・・そんな俺が間違っていたって言うのか?」
騎士に諭され、冷静さを取り戻しつつある俺は、自らの心の内を騎士に吐露する。
「いや・・・間違ってはいないさ。ただ言えるのは、弱い者には守れるものは少ないという事だけだ。一般市民として働くのも、私のように騎士として働くのも、大きさは同じではないが危険が伴うのだ。・・・貴様はその娘から何を学んだ?その娘に何も託されなかったのか?」
騎士は自身の経験を思い返したのか、建前ではなく本心からの声を掛けてくれている気がした。温かい、心からの言葉だった。それは不思議と俺の心に響く。
「・・・俺は、このアルカから、強くなって弱い人を助けてと託されたんだ。だから、俺は強くなって強くなって、この村のような弱い人々を守れる男になりたい!!」
俺は泣いてぐしゃぐしゃになった顔を隠す事なく叫んだ。
それを聞いた騎士は、俺をそっと抱きしめる。
「貴様、いや、あなたはきっと強くなれる。この私が保証しよう。だから、今は眠れ。」
そう話した騎士は、何かを唱えると指先から光を発した。そのとても小さな光をそのまま俺の額に近づけると、俺はそのまま意識を失った。
「こちらにおられましたか!・・・って、この状況は?」
仕えるべき主に置き去りにされ、護衛の責務を果たせずにいた彼は主が無事であることに安堵する。しかし周囲にはゴブリンの死骸が転がり、主は村の住人と思われる男を抱きかかえている。男は男で若い女を抱えている。男はどうやら気を失っているだけのようだが、女は既にこと切れているようだ。彼の姿を視認した主は、男から女をゆっくりと引きはがし、2人を並んで寝かせる。
「うーんそうね・・・一人の男の結末、いや始まりかな。」
「何を訳の分からないことをおっしゃっているんですか。おかげでこっちは森の中を走りまわされたんですからね?もう逃がしませんよ。」
「いいじゃないかたまには!私だって冒険がしたいんだよ。」
「なんでそうなるんですか!ご自分の立場ってものを分かって下さい!」
「はいはい、分かってまーす!・・・でも冒険はしたい。」
彼、アルカナ王国騎士団長ジークハルトは深いため息を付いた。
目の前で駄々をこねている甲冑が、ジークハルトの守るべき人物、アルカナ王国第一王女シルティア・ライル・アルカナその人なのだ。
アルカナ王国は女系の王国で、その王は代々女性が引き継いでいる。そのため、ゆくゆくはシルティアが王になることがほぼ決まっていた。曖昧なのは、この自由奔放な性格故だ。
顔を隠して勝手に街に繰り出したり、ギルドに勝手に所属して魔物と戦いに行ったりということを繰り返している。ちなみにこれは王国民はおろか、貴族でもほんの一部の人間しか知らない真実であった。
しかし、公務はきっちりとこなしている上、戦闘能力がずば抜けて高く、誰も文句を言えない。
さらに言えば、彼女は超が付くほどの美人だ。煌めく長い金髪、吸い込まれるような青く大きな瞳、高い鼻、白い肌にふっくらとしたピンク色の唇。身長も男性に負けず劣らずの高身長で、スタイルも抜群だった。こんな彼女に文句を言えるのは王か女王くらいのものだが、放任主義なのか、一向に叱る気配が無い。
ちなみに王国民からは女神様などと呼ばれ、慕われている。皆、公務をしている彼女しか知らないのだ。
「・・・私の立場もたまには分かって下さいよ。」
「まあまあ。ここは私に免じて・・ね?」
頭の甲冑を外しながら彼女は言う。誰もが羨む美人がそこにいた。
「はあ。この話はまた後日たっぷりとしますからね。それはそうと、その男をどうするつもりですか?見たところ魔法で眠らせているようですが。」
「よくぞ聞いてくれました!と言いたいところだけれど、特に何もするつもりはないわ。ただ、ちょっと背中を押してみたくなっただけよ。」
「へーえ。シルティア様が気になる男ですか。私も超興味ありますね。」
ジークハルトのそれは、王国の女神に邪魔な虫が付かないようにする時の常套句だった。
「あー。あなたが心配するようなことは何もないわ。私は冒険にしか興味が無いし、私を守れるくらい強い人じゃないと惚れたりしない。それに・・・彼は魔力が無いみたいだしね。」
シルティアはそう言って男の顔を見つめる。
(・・・だけど、彼は何か変ね。ゴブリンに襲われていた時は、確かに魔力が〝無かった〟のに、ここに来る途中で魔力が〝見えなくなった〟上、更に正確な居場所が分からなくなった。眠っている今は魔力が〝無かった〟と分かるし、はっきりと居場所が分かる。これはどういうことなのかしら。)
ジークハルトは何かを考え込む王女を見て引っかかるような気がしたが、きっと男の将来を憂いているのだろうと思い直す。
「魔力が無いんですか。それは安心。いや失敬。残念ですな。それでは働くにも苦労したでしょうに。」
「・・・そうね。ジークハルト、彼に住む家とお金を準備しなさい。それから、村に残った遺留品の中で、使えそうな物を彼の下へ。、彼女の遺体は丁重に扱うように。彼が目覚めたら墓の場所を教えてやりなさい。」
「はっ!承知しました!シルティア様!!」
シルティアは男の心の叫びを思い出すも、すぐに切り替え王女としての威厳を持って命令を下した。その内容は村の生き残りに対して破格の待遇をする上、遺体にも気を配るという通常ではあり得ないものだったが、ジークハルトに否やはない。王女の命令は絶対である。
彼は精錬された動きで目の前の王女に向かって跪いた。
「よーし、そろそろ戻りましょうか。」
「はい。今度は私の指示に従って行動をお願いしますね?甲冑王女様」
「誰が甲冑王女よ!」
シルティアは頭に甲冑を被るのを中断し、悪態をついた騎士を睨んで抗議した。
「いやあ申し訳ありません。つい。」
「全くもう。私も一応は気にしてるんだから。」
その会話を最後に、ジークハルトは戻る準備を開始する。目の前の遺体を袋に収容するため、刺さっている刃物を順番に抜いていく。
(そうか・・・。これを見てシルティア様はあんなことを)
横たわる遺体の顔を見たジークハルトは少しだけ理解する。
魔物に襲われ絶望の中死んでいったはずの女が、まるで自分は世界で1番幸せだと言いたげな表情を浮かべていたからだ。
こうしてクロノは知らぬ間にアルカナ王国へと足を踏み入れるのだった。