第4話
アルカと話をした次の日から毎日、探知スキル取得に向け練習をしている。
仕事の合間に《魔力円》を俺に向けて使用してもらったり、ゲームの世界だと思って自分を中心とする透明の円を作るイメージで海産物を探すようにしてみたり。
仕事が終わった後も、グランに隠れて2人で練習していた。
そして、スキル取得が出来ないまま、数週間が経過した。
「全然スキル取れないじゃん・・・。てか経験値スキルって何なんだろ。もしかして魔法が使えないと意味のない矛盾スキルだったのかも。」
「ああー。弱気になってるよ!そんなんじゃ最強にはいつまで経ってもなれないんじゃない?」
「アルカ・・・。恥ずかしいから最強って言わないで下さい。」
俺は早速弱気モードになっていた。スキル取得の片鱗も見えず、途方に暮れるしか無かったからだ。
そんな俺をアルカはいつも励ましてくれた。本当にいい娘だ。
(・・・本当にグランの娘か?)
「私は間違いなくお父さんの子供です!」
「あ、また読まれた!ごめん!」
探知スキルをまた見せつけられてしまった。あんまり心は読みたくないって言ってたけど、ここぞというときには使ってくるから怖いんだよな・・・。
「ふふっ。悪意はなさそうだし、許してあげる。だから、頑張って練習してね。私は先に帰るから。」
「はあ。分かったよ。もう少しやってみるさ。」
今日は仕事を終えて、2人の秘密の場所《湖の近くの入江》で練習していた。
理由は分かっていないがここの周辺は魔物が出ない特殊な環境らしく、アルカが子供の頃よく遊んでいた場所らしい。
入江に入ってしまえば、湖の方角からしか中の様子が見えないため、絶好の練習場所だった。
「よし、早速やるか!・・・俺も努力してると思うし、そろそろスキル下さいよ。マリウスさん」
俺は聞こえているはずのない神に祈って練習を続けた。
「ふうー。今日も結局出来なかった・・・。またアルカに嫌味を言われるかもな。」
あれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。体内時計で逆算すると、そろそろ戻らなければいけない時間な気がする。
早めに戻らないとアルカが作る夕食を食べ損ねる可能性もある。
それだけは絶対に嫌だ。そう思った俺は村に戻ることにしたのだった。
「あれって・・・煙?村の方で何かあったのか!?」
入江を出て村の方に歩いていくと、村の方から煙のようなものが上がっているのが見えた。とてつもなく大きな不安を感じた俺は、村へ向かって全速力で走った。湖から村までは森を通る。
普段は比較的綺麗で魔物に遭遇しにくい道へ迂回しながら通るが、急いでいた俺は、村までの最短コースを走っていた。岩や草の生い茂る道を走ったことで、体中が傷だらけになっている。
(村まであともう少しだ!)
息を切らしながら、俺は走っていた。村の方からは、何か金属が擦れるような音や、何者かの声が聞こえる。
もしかして、何者かと戦いになっているのだろうか。
(まさか、魔物が村に攻めてきたのか!?だとすると、アルカナ王国軍はもう来ているのか!?)
アルカナ王国とは、海産物等の利権もあるからなのか、有事の際には軍を派遣する事になっている。
俺が来てからも1度だけ魔物が姿を現した事があった。ゴブリンやオークなどの肉食を代表する魔物達が襲ってきたのだ。
その際には村から発煙筒のような物を使用し、直ぐに王国軍が駆けつけてくれた。発煙筒は上空に蛍光色の付いた煙を放出し異常を知らせる。今回はその形跡が無い。恐らく何らかの事情により使用出来ないのだろう。
その場合、村の数少ない馬を使ってアルカナ王国へ連絡係が走る事になっていた。発煙筒より時間は掛かる上、危険が伴うが、この村の住民たちで使用出来る連絡手段はその他になかったのだ。
『ギィヤアアアアアア!!』
「なっ、ゴブリンか!クソっ!」
どうやら木の陰に待ち伏せされていたようだ。息を切らし、脇目も振らず森を一直線に走っていた俺は、魔物からすると見つけやすく仕留めやすい格好な餌と思われていたようだ。
「この野郎、どけっ!!」
『ギィイ!』
俺は手に持っていた槍を振り回し、ゴブリンの動きを鈍らせる。
(落ち着け。こいつはゴブリン。魔物の中でも最弱だ。落ち着けば俺でも勝てる。)
「はあああ!!」
『ギッ!?』
振り回した槍の先がゴブリンに当たり、よろめいた。
これは勝てると見切った俺は、振り回すのをやめ、真っ直ぐにゴブリンの胸目掛け槍を突き刺そうとする。
「これで終わりだ!!・・・何っ!?」
俺が槍を突き刺そうとしたその時、今度は反対の草むらからもう1匹ゴブリンが飛び出してきた。
(これは・・・マズい)
出てきたゴブリンの手には弓が握られている。その先端は得体の知れない液体が染み込ませているのが確認出来た。
普通に考えるなら、当たれば何らかの異常をきたす毒と思われる。
(クッ!)
ゴブリンが弓を引き絞り、俺は槍でなんとかガードするしかないと構えたその時だった。
「弓兵、射て!!」
横から大きな声が聞こえたと思ったら、目の前のゴブリン目掛けて弓矢が飛んできた。一糸乱れぬ矢の連射がゴブリン達の小さな身体を串刺しにしていく。矢の雨を受けた2匹はなす術も無く倒れていった。どうやら、助かったようだ。
「君、大丈夫か?ケガはしていないか?」
先程の声を出したと思われる人物が近づいてきて、俺に向かって声を掛けた。その人物は騎馬しており、頭まで全身銀色の甲冑に覆われている。そして、その胸にはアルカナ王国の紋章が刻まれていた。どうやら王国の騎士のようだ。
「ええ。大丈夫です。それより、村はどうなったんですか!?」
「君はアーラム村の住人だな?・・・ついて来てくれ。」
騎士の指示に従い、俺は村へと向かう彼らの後ろをついていった。その騎士はそれ以上何も話さず、ただゆっくりと歩を進めている。
それは、急ぐ理由が無いと言っているようだった。
しかし、俺はアルカナ王国軍が来ていたことに安心しており、その理由までは深く考えていなかったのだ。
「え・・・? みんな死んでいるのか?」
村は変わり果てていた。村の住人と思われる死体がそこら中に転がっている。血と臓物の臭いをまともに嗅いだ俺は胃の中のものがせり上がってくるのを感じた。中には腕や脚が欠損しているものや、顔を硬い何かで潰されたのか、見るに耐えないグチャグチャなものもあった。更に、女性と思われる死体には裸体のものもあり、何を魔物にされたのか考えたくもないような有様だった。
俺は覚束ない足取りで村を進んでいく。時折ゴブリンやオークの死体が確認できた。しかし、動いている者は騎士達を除いて誰ひとり見つけられなかった。
(そういえば、アルカはどこだ!!?・・・いや探知スキルがあるアルカならきっと魔物に遭遇しないように上手く逃げきれているはずだ。既に王国軍と一緒に安全な場所に避難しているのだろう。大丈夫さ。)
俺は先程声を掛けてくれた騎士の元に戻ろうとして踵を返した。
「・・・クロノ。アルカと一緒じゃなかったのか?」
俺は歩みを止め、震えるようなか細い声がした方へ振り向く。そこには全身血だらけになっているグランが住宅の壁に寄りかかっていた。普段見ない立派そうな剣と防具を装備しているが、剣は血で汚れ防具は普通ではあり得ない方向に曲がっていた。
俺はグランに駆け寄り、傷の深さを目の当たりにする。生きているのが不思議なくらいだった。そんなグランを見て悲しむ俺だったが、先に確認すべきことがあった。
「グラン・・・。アルカが何処にいるのか知っているのか?」
「・・・アルカはお前を助けに行った。」
「は?それはどういう意味だ?」
俺は耳を疑った。無事逃げているはずのアルカが俺を助けに行っているという。何を馬鹿な事を言っているんだと思った俺は、目の前の男に説明を求めた。
「いいか。村には緊急用の発煙筒があっただろ?前に来た魔物の生き残りが発煙筒の保管場所を覚えていたのか、真っ先に発煙筒のある倉庫が襲われたのだ。そして、次に王国へ馬を出す事になったのだが、俺はアルカに例のスキルがあるから1番確実に辿り着けると思って連絡係を頼んだのだ。だが、アルカはそれを拒んだ。『クロノさんを助けに行く。彼は魔法も使えずに逃げることも出来ないはずだから。』と言ってな。俺は村を守るため、他の者にクロノは探させるから連絡係をしてくれとアルカに頼んだ。そしたらアルカは『人に任せるなんて絶対にできない。私にとってかけがえのない人だから。』と言って飛び出しちまった。・・・俺はアルカがお前に惚れていることは知っていた。だから、それ以上の制止はできなかった。」
(嘘だろ・・・。何で俺なんかを助けに行ったんだ?俺の事より自分の事を考えてくれよ!)
「・・・結局王国への連絡係は別の者に任せ、俺はここに残ってこの有様だ。フッ、俺もすっかりなまっちまった。・・・クロノ。アルカを頼む。お前になら・・・」
そう言い残し、グランは俺の前で静かに息を引き取った。
(グラン・・・今までありがとう。俺はあんたを本当の親のように思っていたんだ。アルカは俺が絶対に見つけるから安心して眠ってくれ。)
「アルカ!!どこだ!!?どこにいるんだ!!?」
グランを看取った俺は、まず村にいた騎士達にアルカを見なかったか確認したが、誰も見ていなかった。俺はそれを聞くと、全速力で湖の入り江へと向かう。それを止めようとした騎士を無視し、一直線に走った。そして必死に彼女の名を呼んだ。何度も、何度も、何度も。しかし、何処からも返事は無かった。
(何故探知スキルで俺を見つけられなかったんだ!?・・・まさか、スキルの効果範囲外に俺はいたのか?)
俺は村に向かう際、いつも通らない危険な道を一直線に走っていたことを思い出す。アルカとは一緒に通ったことが無かった。それが裏目に出たのだ。
(クソっ!今はそれを考えるのは後回しだ!)
俺は自分にそう言い聞かせる。気が付くと森を抜け、入り江まで来ていた。しかし、アルカの姿はどこにも見当たらない。ということは、入り江に俺の姿が無いことに気付いて森の中を探しているのだろう。
(必ず助けに行く!必ずだ!待っていてくれ!!)
俺は走る。走って、走った。いつしか持っていた槍も投げ捨てて無我夢中で走った。しかし、彼女を見つけることが出来ない。
(俺には何の力もない。・・・その辺にいる普通の人間と変わらない。何が異世界転生だ。何が経験値スキルだ。今必要なのは彼女を見つけられる力、それだけだ。)
俺は自分が何もできない事に悲観する。そして、力を求めた。
(・・・頼む。誰でもいい。俺に・・・俺に、彼女を見つけられる力をくれ!!!!!)
【スキル取得条件の達成を確認しました。クロノはスキル:≪探知≫を取得しました】
その時、頭にあのマリウスの声が響いた。
(! 一気にスキルの情報が頭に流れ込んで来る!今は考えるな!とにかく使用しろ!俺!)
「探知!!!」
すると、無数の反応があった。恐らくは村にいる騎士達だろう。そして、それとは別のある場所に孤立した反応が1つだけある事が分かった。それを確認した瞬間、俺は最後の力を振り絞り、走った。
反応のあった場所に俺は着いた。そこには探し求めていた女性の姿があった。周囲にはゴブリンと思しき死体が複数転がっている。アルカが魔法で倒したのだろうか。
「アルカ!良かった!無事だったんだ・・な。」
俺は彼女の姿を視認すると、すぐさま駆け寄った。だが、彼女の身体には無数の刃物が刺さっており、身体の周囲には有り得ない量の血が流れ出ていた。
「・・・ふふっ。遅かったね。でも、来てくれるって信じてたよ。」
「アルカ・・・。もう喋るな。大丈夫だ。村には王国軍が来ているんだ。きっとすごい回復魔法が使える人が来ているはずだから、一緒に村へ帰ろう。」
アルカは俺を視認すると口から血を流しながら話しかけて来た。俺はそんな彼女を抱き抱えて、目から溢れる涙を拭いもせずに話し掛ける。
「ねえ、クロノさん。探知スキルが使えるようになったんでしょ?」
「・・・どうして分かった?」
「スキルを取った時に理解しなかったの?・・・簡単なことよ。同じスキルを持つ者の心は読むことが出来ないの。私を探して森を走り回るあなたの心の声がずっと聞こえていたけれど、急に聞こえなくなったから・・・。」
「そ、そうだよ!俺、アルカのおかげでスキルが使えるようになったんだ。これで、みんなにもここの住人として、ちゃんと認めて貰えるはずだ!だから、みんなでずっと一緒に居られるんだよ!」
「ふふふ。そうね。そうなったら良かったわね。でもクロノさん、私知っているの。探知で見ることのできる魔力の反応で、もう王国の人しか居ないってことをね。死んだ人と魔力が無い人は場所が分からないの。だから、あなたも見つけることが出来なかった・・・。」
「!・・・そんなはずは無いよ。さっき王国の人にみんな連れて行かれたんだ。きっと治療のためにもう王国に向かっているんだよ。アルカの勘違いなんだ。」
「・・・クロノさんは本当に優しいね。それでもね、あなたの心を読めなくなっても、その言葉が嘘だってことくらい、私には分かるわ。」
「アルカ・・・俺は、優しくなんかない。自分の事が1番な人間なんだ。だって俺は拒絶した君の事を今は失いたくないと思っているんだから。」
「ふふっ。その言葉を聞くことが出来て、私はきっと今1番幸せな人間ね。さっきもあなたが必死に私を探す心の声を聞けて本当に嬉しかった。だから・・・。」
「嫌だ!!アルカ!死ぬな!!死なないでくれ!!」
「・・・そんなに泣かないで。ねえ、クロノ。あなたはこの世界で最強になりたかったんでしょ?なら、絶対に最強になってこの村のような弱い人達を守ってね。私はそれをずっと見守っているわ。・・・ありがとう。クロノ。この世界に来てくれて。・・・本当に幸せでした。」
アルカはとても幸せそうな表情を見せると、そのままゆっくりと目を閉じた。
「・・・アルカ?嫌だ!!起きてくれ!!アルカ!!!!うああああああああああああ!!!!」
こうして俺は大切な人を失った。