第30話
魔の森でリザードマンとの戦いが始まってまだ数分。一対一での戦いに持ち込んだことに成功したと思っていたレックスだったが、徐々に思い違いに気付く。
「ベル…強いって言ってたが、これは強すぎだろ…」
出会い頭に入った蹴り以降、一度も攻撃が通っていないのだ。
こちらの動きを予測する能力が高い。フェイントにも全く乗ってこない。
スキル温存などと考えていたのは甘かったようだ。
(出し惜しみは無しだ)
「身体強化! 腕力強化! 」
体を覆う魔力が具現化し、スキル使用者の周囲を淡い緑色が包み込む。そして腕には淡い赤色の膜が張る。レックスはそれらを視認し力の上昇を感じたが、同時に体にスキルの負荷が掛かっていることも自認する。筋肉が裂けそうな痛みを感じた。今まで使用した時も2回が限界だった。3回使用した時は、帰りにグリッドに肩を貸してもらって何とか帰ったことがある。
リザードマンに飛びかかり、上段から最大の力を込めた二対の短剣を振り下ろす。
「くらえ! 風刃斬!!」
風刃とは言ってはいるが、実際に風の刃が出るわけではない。
目にも止まらぬ速さで剣を振るうことが出来た暁には、その勢いで旋風が発生し、かまいたちを引き起こし結果、風の刃と化す。
そんな願いを込めて名付けているというだけ。
つまり、かなり素早く上段攻撃を行うぞという気持ちを込めた攻撃だ。
対峙するリザードマンはそんな2対の攻撃を受ける素振りを見せるが、寸前で回避行動に移行し、持っている剣を使い、1本で2本の剣戟を受け流す。まるでそんな訓練をしてきたかのような動きだ。
この攻撃でリザードマンの額に傷をつけたが、浅い。
与えたダメージと比較して、スキルを使用した見返りが少なすぎる。
『グアア!』
そしてリザードマンは反撃の意を込め、流れるように回し蹴りを放ってきた。レックスは大技で隙が出来ていたため、避けようにも避けきれずもろに横腹に受けてしまう。
「うぐっ!!」
飛ばされたレックスはどうにか受身を取り追撃をさせないように牽制する。
しかし、この現状は非常にまずい。
なぜ、こんなに劣勢なのか。なぜ攻撃が読まれているのか。困惑だらけだった。
この前は容易に倒せたリザードマンが、まるで別の種族であるかのように立ちはだかっている。
持っているスキルを多用することで何とか耐えているが、使用の反動がじわじわと効いているのがわかる。
このままではジリ貧だ。
その時、レックスの耳に微かな風切り音が聞こえた。経験の積み重ねがレックスにその意味を気付かせる。
リザードマンの注意をそらすべく剣をがむしゃらに振り回し、相手の動きを止め続ける。
目の前の魔物はその音に気が付いた様子は無く、こちらへの攻撃の機会を伺っているいるようだ。
(当たれ!)
レックスは側方から放たれた弓矢がリザードマンの頭に突き刺さる光景を想像する。
しかし、それは幻に終わった。
なんとリザードマンは頭と首の動きだけでそれを回避したのだ。
目標を失った弓矢は勢いが衰えることなく飛び続け、その先にある木の中心に真っすぐにめり込み、その幹を爆散させる。まるで幹の内側から何かが破裂したような形状だ。
そんな弓矢が来た方向から叫び声が聞こえる。
「レックス、大丈夫!? あーもう、何で避けるのよ!」
「俺は大丈夫だ!!ルミナはグリッドのフォローに回ってくれ!」
「…無理しないで!」
ルミナはこちらを一瞥し、再び他の仲間のフォローに回った。
先のルミナの放った弓矢には強化魔法が掛けられており、魔物に当たればまず間違いなくその部位は爆散する。現に、先日倒したリザードマンの頭も爆散してしまい、素材の買取価格が大幅に下がってしまった。
(いや違う。そんなことはどうでもいい)
「こいつ、殺気を敏感に感じ取ってやがるな…」
避けたリザードマンの表情は動いていないが、こいつが何を思っているかは分かりきっている。
そんな攻撃は当たらない。やめておけ。だろう。悔しいが、実力は上だ。
ふと気づくと、双剣を持つ腕が震えているようだ。身体強化スキルを使った反動なのか。
それとも武者震いなのか。
(後者…なわけないか)
やばい。全然勝てるイメージが沸かない。
仲間の方角を見る。もしかしたら他のリザードマンは実は弱い個体であり、こちらが圧倒し、倒して増援にきてくれるかもしれないという淡い気持ちを抱いたからだ。
しかし、現実はそうならない。
グリッドは2体のリザードマンからの同時攻撃を受け、自慢の大剣を盾として使用せざるを得ない。
だが、それでも全て攻撃を防ぐのは不可能だ。決して少なくない切り傷のダメージを、ライムベルの類まれな才能により行使できる常時回復魔法:天からの施しで乗り切っているのだ。
ライムベルの魔力が無尽蔵ではないため、魔力が尽きたら後が無くなる状態と言える。
そんな劣勢の中、命綱のライムベルを守る役割も当然グリッドだ。どう考えても精一杯だろう。
相対しているリザードマンの体にはそれぞれ数本の矢が深く刺さり傷口から赤い血が滴り落ちている。ダメージを与えていないわけでは無い。ルミナの弓も、さっきは外したとはいえ、さすがに何度も打てば命中しているようだ。しかし、強化した弓矢はさっきと同じように回避されてしまったのだろうか。
ルミナには疲労の色はそこまで見えないにも関わらず、当たった様子もない。
いや、もしかすると仲間に当たったときのリスクを考え打ちたくても打てないという状況なのかも。
普通の個体であれば、あの3人ならそこまで厳しい戦いにはならないはず。
つまり、残念ながら他のリザードマンも強い個体で間違いないということになる。
仲間は逆に応援が必要な状態だ。
そのためには。
「やっぱ俺がコイツを倒すしかねえな。」
そう言い放ちリザードマンを睨むが、相手は微動だにしていないようだ。しかしこれは、こちらを下に見ているという訳ではない。何というか、相手の殺気があまり感じられない。そんな気がする。こちらを害したいというよりかは、出会ったからには戦わなければならない。だから、戦う。という受け身のような。
しかし
「だからといって、今更逃す気は無いのだろう?それなら…全力で行くぜ!」
「身体強化!」
レックスはスキルの発動と同時に敵目掛け突進する。体の至る所から裂けそうな痛みが襲う。痛みを抑え込ませるように努力した。というか、そこは根性だ。
しかし、さすがにもうこれ以上は使用できないだろう。
魔力のオーラが、止まらない手の震えを包み隠し、剣を握る手に再び力が宿った。
そして、膂力を更に引き上げ、斬りつける。
「腕力強化! 風刃斬!」
正直、先程と全く同じ光景だ。何の手品もない。
しかし、そんなことはよく分かっている。
今まで行ってきた模擬戦で何度も言われた。攻撃が単純だ。直線的過ぎて読みやすい。
そんなことで落ち込んでいた俺に、憧れのAランク冒険者は声を掛けてくれた。
『単純でもいい。まずは誰にも負けないと思えるような攻撃の型を作れ。悩むのはその後だ』
嬉しかった。
今まで自分なりにしてきた努力を肯定してくれたように感じた。
だから、練習し、鍛えてきたんだ。きっと俺は負けない。
そんな気持ちを剣に込め、目の前の敵目掛け振るった。
しかし、そんな事情は相手には分からない。
『クガア!』
渾身の風刃斬はリザードマンの真正面から受け止められる。
そして、そんな思いの強さなど感じていないが如く、一気に押し返されてしまう。
全力攻撃がいとも簡単に返された事実に驚愕を隠しきれないまま、レックスが体勢を整える前にリザードマンからの横殴りの剣戟が飛んできた。
反射的に剣を当てて防いだが、剣が弾き飛ばされてしまった。
仮に腕や足を犠牲にして攻撃を防いだところで逃げきれない。
つまり、もう攻撃も防御もできない。
逡巡してる間にも、頭上へ銀の刃が振り下ろされつつある事実が変わることはない。
(これはもうダメだ。すまんみんな。。。)
と諦めかけたその時
突然レックスの前に黒い服の人物が割り込み、黒い刀身が銀の刃を受け止めていた。
「おい!大丈夫か?」
「あ、ああ。」
レックスは目の前の人物が誰か一瞬分からなかったが、段々冷静になり、思い出す。
「クロノか!」
クロノがそれに答える前に、また違う声が聞こえてくる。
「話は後です!こちらは私たちに任せて、お仲間の方を助けに向かってください!」
後からやってきたサーシャにそう言われたレックスは、急いで飛ばされた剣を見つけて拾うと、助けを待っているであろう仲間の元へと向かった。
【クロノ】ランク:E
武器
・黒剣≪ダークリパルサー≫
保有スキル
・経験値
・探知
・不屈
・加速Ⅱ
【サーシャ】ランク:F
武器
・白弓≪ホワイラルアロー≫
保有魔法
・???
保有スキル
・???




