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第3話

 俺はアルカと部屋で2人きりになっていた。

これからの細かい話は任せるとアルカに伝えたブラムは、隣の部屋へと去ってしまったからだ。今更だが俺はこの村の服を誰かに着せて貰ったのだろうか。

俺を助けてくれたのはブラムとアルカだ。

ということは、2人のうちどちらかに服を脱がされたのか。

だが、ブラムがそんな事をしてくれるタイプに見えない・・・。


(まさか、俺は目の前の少女に我が息子を晒してしまったのか!?こ、これは、犯罪なのか。いや、今回は不可抗力だし、しかも俺はどちらかというと、大人のお姉さんがタイプだ。だから問題無いはずだ。だがしかし、うーむ。)



「お父さんも居なくなったことだし、早速色々説明しますね。」

「は、はい!よ、よ、宜しくお願いします!」



 息子を見られたかもしれないという聞くに聞けない状況に焦ったことと、さっき涙目になってしまった恥ずかしさもあって、舌が回らなかった。

アルカには大丈夫かなあという顔をされてしまったが、大丈夫だと必死に伝えた。



 ここはアーラムという村で、人口は100人程しかいない小さな村だった。この村の東側には湖が隣接している。

そう、俺が死にかけた湖だ。この湖には大陸の東側にある大海から川を伝って水が流れ込んできている。そのため、通常海でしか捕れない海産物がこの湖で捕ることができる。未だに反対側がどうなっているのか確認できておらず、村に比べると相当大きな湖だということしか分かっていない。

この村が隣接している場所以外は魔物が住む森や山などに囲まれているため、村を通らずに湖へ行くのは危険が高く、高レベルの冒険者がいなければ自殺行為となる。

しかし、そんな高レベルの冒険者を雇うにも相応のお金が掛かることから実質、内陸側での海産物はこの村の専売品となっていた。

これを主に卸している先が、村の北西に位置するアルカナ王国だ。

王国の商人は定期的にこの村へやってきて、王国産の農業用品や、漁業用品、そして魔物に備えるための武器や防具を卸している。

反対にアーラム村は新鮮な海産物の他に、村の周辺で採れた野菜や果物に加えて回復薬になる薬草なども卸しているそうだ。

そういった密接な繋がりから、稀に王国の貴族も来村することがあり、それに付随して王国に所属する騎士が同行してくることもあった。


 アーラム村の村長はグラン。その1人娘がアルカだ。グランは元々アルカナのギルドに所属していた冒険者であったらしく、現役当時のランクはBだったそうだ。ちなみにランクは高いものからS,A,B,C,D,E,Fとなっている。Sは世界でも10人も居ないと言われる伝説級のランクと認知されている。

そこから考えるとBというのは、十分に実力者だったと言える。現在のグランは村長兼、村の漁業責任者という立場で、アルカは漁業の専務的な立場らしい。ここまでがアルカからの説明だった。

それを聞き終えた俺は、続いて日本との違いについて確認していった。


 暦の数え方、数字、時間、季節など様々な事についてだ。結論から言うと、ほぼ日本と同じだった。1日は24時間で1ヶ月は30日か31日。閏年の考えた方までも一緒だった。

ただし、時間については一般に時計は流通しておらず、魔法で太陽の位置を計算するか、村の中心にある小さな鐘が2時間毎に鳴るそうなので、住民はそれで時間を知るらしい。

また、今の季節は冬に当たるそうだった。

どおりで水が冷たかった訳だ。



「まあとりあえずこのくらい知ってたら大丈夫だと思います!」

「ありがとう。教えてもらえなかったら誰とも話せなくて困るところだったよ。」



 アルカは丁寧に教えてくれた。しかも分かりやすい。村長の娘だから役職が付いたと思っていたが、そういう訳ではなさそうだ。若くて才能がある人を見ていると自分まで触発されるような気がする。村の少女という認識を改めなければいけないな。



「質問する方がおかしい内容ですしね。あ、そうそう。クロノさんは今後ここで寝泊りして下さい。この部屋はいつも使ってないので、クロノさん専用にしちゃいますね。さて、そうと決まれば早速この村の漁業を勉強してもらいます。まずは実践です!漁に行きますよ!」

「え、いきなり!?事前勉強とかは無いのかな?」

「ありません!見て覚えましょう!」



 アルカは思ったより体育会系だった。

恐らくだがこれは父親譲りなのだろう。そのまま彼女に連れられて、まずは数人の重役だけに挨拶を済ませる。小さな村なので、その方々さえ押さえておけば問題無いとのことだ。

しかし、そうは言っても住民皆に挨拶すべきなのではと思っていると、アルカの顔に面倒くさいと書いてあるのが分かった。

素直にこれで全挨拶は終了したと思った方が良さそうだ。

そして、その足で漁に連れて行かれたのだった。





 それから半年の時が過ぎた。季節が冬から夏に変わり、陽の光が毎日のように降り注いでいる。

エアコンが恋しい日々だった。

俺は新入社員になったつもりで必死に働いているが、正直言って、ブラック企業に就職してしまったと思っている。


 まず朝1番にアルカの作った大量の飯を残さず食べる。

身体が資本なのだから、まずは食べるようにアルカに言われているからだ。それは日本にいた時には食べたことがない量で、毎日俺を苦しめる。だが、漁業が盛んなだけあって新鮮な海産物が出てくるのは楽しみではある。

そう、量だけが問題なのだ。

そして食べ終えると今度は漁業の職員全員分の昼飯の準備に取り掛かる。アルカに教わって料理を少しずつ覚えているが、準備する量がこれまたすごいのだ。まだ漁に出発すらしていないのというのに腕がパンパンになっている。

そして出来上がった料理が入ったいくつもの箱を、何往復もして漁船へ運び込み、同時に漁船と資材の点検を行う。

魔力が多少使える人間であれば、物を軽くするような運搬系の魔法などを使うことができるそうだが、俺は魔力が無いため、肉体のみの力で努力するしかなかった。これらの前準備を終え、やっと出航するのだ。ちなみに漁船は魔法と人力で動いているため、当然俺は人力係だ。

これも相当キツい。

また、漁なので、当然獲物が捕れる日もあれば捕れない日もあるのだが、捕れる日は捕れる日で持って帰るのに疲れ、捕れない日はグランの斜めになった機嫌を元通りにするのに忙しい。

アルカと一緒になってご機嫌取りをする光景は、この村ではもはや定番となっていた。そして死にそうになりながら戻ってくると、捕れた物を仕分けして適切な処理を行い、保存していく。


 毎日のようにここまでの仕事をこなしていたのだ。


 日本での自分だったらとっくに挫折していただろう。

今は人に助けられて、信頼を頂いて、自分の生活がかかることで俺の精神は大きく成長しているようだった。

日本という国は良くも悪くも弱者には甘い。

その頃の俺は、最悪誰かが助けてくれる、何とかなると心の奥で思っていたからすぐに挫折したのだろう。そういえば俺の身体を見ると、余計な脂肪は無くなった上、程よく筋肉が付いてきた。

見た目だけで言えば、この村の住人として及第点なのではないかと思う。




 今日は、アルカに誘われて夜の村が鑑賞できる唯一の穴場に来ていた。

何でも、大切な話があるとの事で、何を言われるのかと緊張している。



「綺麗な景色だよね。と言っても、田舎の村を見ているだけなんだけど。」

「いや、そんなことはないよ。村と自然が一体になったような景色はあっちの世界では見たことなかったし。なんか暖かい気持ちになれる気がする。」



 アルカは謙遜して田舎と言っていたが、俺は心の底から綺麗だと思っていた。見たことはないが、アルカナ王国の景色はもっと綺麗なのだろう。

しかし、日本では体験することの出来ない自然と共生した村は、俺に日々生きているという実感を与えてくれる。

そんな生きた村を見て感動しないはずがなかった。



「ありがとう。クロノはいつも優しいね。・・・ねぇ、あの時、なんで私があなたを信じたか分かる?」



 アルカは何かを決意したように、口を開いた。


 あの時というのは、俺がこの村に転生した時で間違いないだろう。アルカとは同じ屋根の下、半年間も一緒に過ごしたが、あの時の事を聞き返すことは一度も無かった。

その徹底ぶりは、わざと触れないでいてくれていると思っていたほどだ。



「いや、ごめん。ちょっと見当が付かなくて・・・。」

「ふふっ。そっか。それはそうだよね。・・・私ね、探知(エリアサークル)ってスキル持っているって言ったよね?このスキルは実は、探知した人間が今考えていることも分かるの。あ、正確に言うと、自分より魔力が弱い人だけみたいなんだけど。だから、お父さんの考えていることは分からない。けど、クロノさん、あなたの考えは分かったの。」



(そ、それって、まさか転生の本当のことについてもか!?)


 俺は心の中で思った。



「そう。転生の本当のこと、全部ね。ごめんなさい。でも、聞いて欲しいの。あなたは湖で溺れそうになっていた時、全てを諦めて、自分は弱くて誰からも必要のない人間なんだって、代わりなんて幾らでもいるって思ってたよね?ちょっと分からない言葉もあったけど、昔から挫折を繰り返してきたって。それを知った私もすごく悲しい気持ちになったの。でもね、あなたがベッドで目覚めた時、実は私、あなたに声を掛けられる少し前に起きていたの。そしたら、あなたが心の底から私に感謝してる気持ちが伝わって来て、ああ、この人は自分が死ぬかもしれない経験をしたのに、人の心配が出来る人間なんだって思ったんだ。・・・だからね?あの時あなたを信じたの。心から。」



 俺はまた目頭が熱くなったのを感じた。

アルカは、俺の全てを知っていたのか。生きる気力を無くしたことも。2人に嘘を付いていることも。

それを知りながらも、何も言わずに信じてくれていたのか。



「そして、この半年間でもっとあなたのことを知ったの。慣れない世界、慣れない仕事、慣れない会話。全て一生懸命にしていたでしょう。それがたまらなく嬉しかった。そして・・・私に気が無いことも知っているわ。」

「アルカ・・・」

「ううん。いいの。でもこれだけは言わせて。私はあなたの事が好き。転生しているとか、魔法が使えないとか関係無い。ただ一緒に、ずっと一緒にこの村で生きていて欲しいの。」

「アルカ・・・俺は・・・」



 俺は何も言う事ができなかった。彼女にかける気の利いた言葉も、優しい言葉も出てこなかった。時折村から聞こえる大きな話し声や、2人の周りの虫の鳴く音がこの静寂をより一層大きくしていた。



「そうだ!ねえ、クロノさん、あなたは経験値が増えるっていうすごいスキルを持っているんでしょう?それ、使ったことある?」



 暫くお互い言葉を発していなかったが、アルカが先に声をあげた。



「いや、多分無いな。・・・新しいスキルを得た事が無いし。」


 俺は落ち着いて返事をした。

よく考えたらそんな能力がある身体にするとマリウスが言っていた気がする。もう半年も前のことですっかり失念していたようだ。

あいつの言う事が信用に値するのかは分からないが、魔力が全く無いのはアルカと確かめたから事実な訳だし、経験値スキルについても事実ということが自然だとは思う。

だが、この仕事に就いて今まで色んな力仕事をしたし、生き物を捕まえるのに槍などの武器だって使用している。何かしらの経験値が溜まり、スキルを得ていても不思議では無かった。

しかし、スキルは未だに持っていない。

ということは、スキルが発動していないのか、経験が足りないのか、それとも何らかの条件を満たしていないのか。という事になる。



「ふ〜ん。そっか。・・・ちょっと考えたんだけど、クロノさんって元々はこの世界で最強になりたいって思って転生したんでしょ?もしかして、経験値が増える条件って、『想いの強さ』なんじゃない?普通に仕事に必要だからって経験を積むのと、最強を目指したいからって経験を積むのでは意味が違うよね?」

「なるほど。確かにそれはありそうだね。」



 一理あると思った。

確かマリウスが言っていたのは努力するってことだけだが、努力とは何を指すのか具体的に示していない。

最強の身体で最強のスキルを得ることの反対に位置するのが、普通の身体で経験値アップスキルなのだから、最強を目指さないとスキルが得られないというのは合っているかもしれない。

だが、最強を目指すって具体的にどんな気持ちになればいいんだろうか。



「でしょう?そしたらさ、クロノさんも探知スキル取ってみたら?考えが分かるというのは置いておいても、とっても便利よ。ここで働くにしても、活躍間違いなし!」



 アルカは屈託のない笑顔でそう言った。

そんな表情を見せられてやらない訳にはいかないじゃないか。



「分かったよ。お言葉に甘えて?いや、従ってかな?頑張ってみるよ。ちなみに、アルカはどうやってスキルを得たの?」



 魔力が無い俺が取得するには、魔法《魔力円(マジックサークル)》を何度も使うという練習は出来ない。何か別の方法を探す必要がある。

そう思った俺は練習の参考にするため、アルカに確認した。



「ふふっ。やる気になっているのが伝わってきたよ。うーん。そうだなあ。やっぱり魔法を何度も使っていたからだと思うけど・・・。」

「そうか・・・。そうだよね。」



 やはり、そう簡単に得られるものではないのだろう。仕方ないが、気長に考えてみるしか・・・ん?まてよ?アルカはさっき『想いの強さ』って言ってたな。もしかすると・・・。



「なあ、もしかしてアルカは魔法《魔力円(マジックサークル)》の練習をする時、何かを想いながら行なっていたんじゃないか?単純に出来るようになるんだって想いだけじゃなくて、こう、俺の最強になるんだ!みたいな前のめりな想いを。」

「え・・・。あ、そうかも!そうだったよ!私、村長の娘として、絶対にお父さんの役に立つんだって想いながら練習してたかも!」

「きっとそれだな。うーん、『想いの強さ』か・・・。 アルカ、俺も君のように心の強い人間になるよ。だから・・・これからも宜しく頼む。」

「うん。うん。分かったわ。私も時間作って練習に付き合うからね!」



 こうして俺は、探知スキルの取得を目指すのだった。

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