第26話
無事ギルド受付でクエストの受理を済ませた俺達は、さっそくマチルダのところへ向かう。
ギルドを出て住民街のはずれにある路地へと歩いていく。
その道中にサーシャから特殊クエストについて教えてもらった。
・討伐や採取より、情報収集や護衛、調査などの内容が多い。
・クエストの受理時に秘密保持契約を結ぶ。⇒さっきサインしていたらしい。
・報酬は他のクエストより高い。
などなど・・・
「あ、着きましたね。」
2階建てのボロ屋。外観は全く変わっていない。
どう見ても人が住んでいるようには見えない。
先の戦闘で周りの家や路面には穴が開いていたりと修理が進んでいない中、この家に被害が無かったのは、不幸中の幸いだろうと思う。
攻撃が一発でも当たっていたら間違いなく建て替えが必要になるはずだ。
ただ、そうなったらそうなったでマチルダなら自分で建ててしまうだろうなあ。
アイツは別に古い家が好きなわけではないと思う。
多分、重要視していないだけだ。
必要に迫られれば直すし、買い替えるだろう。
いつもは何も買わないのに、いざ欲しい物が出てきたら躊躇わず買う。そんなタイプだ。
「おい!マチルダ!来たぞ!」
ボロのシャッターを雑に叩いてマチルダを呼んだ。
暫くすると、油の差していないキュルキュルとした音と一緒に目的の人物が現れた。
いつ見ても筋骨隆々で鉄臭い。
「おっ サーシャちゃん。今日も別嬪だねえ~。」
「いつも褒めてくれるのはマチルダさんだけです・・・。あそうだ、弓! 初クエストでも安心して使えましたよ!やっぱりマチルダさんは凄いです!」
さっそくマチルダはサーシャにデレデレしているようだ。
というか、サーシャの付き合いスキルが高すぎる。
そして俺は見えていない扱いをされている。
「おい、マチルダ。さっさと部屋に通してくれよ。」
返事が無い
「おい、聞いてるのか」
やっと筋肉が振り向いた。
「はっ 借金野郎にはかける言葉が無いぜ。悔しかったら支払ってくれよ。その腰にぶら下げてる出来のいい剣の代金をよ。」
ぐむむむむむむむむ
ニヤニヤしながらこっちを見やがって・・・
「はあ・・・。そのためにも早く特殊クエスト達成に向けて旅立ちたいんだがなあ」
ぼやく俺に出来ることはただ待つことだった。
「とりあえず、レントの奴に言われてた物はこれで全部だ。」
地下に入った俺達は、レントが準備した荷物を確認する。
ドサッと物がテーブルに置かれ、それを一つ一つサーシャがマチルダから説明を受けていく。
どうやらマジックアイテムのようだ。
ただ・・・量が多くねえか?
「なあ、重要そうなのは分かるんだが、こんな荷物を抱えながら戦闘をするのか?」
目を光らせながらアイテムを見ていたサーシャがはっとする。
「たしかにそうですね・・・。どうしましょう。」
大きなバッグを抱えた自分がリザードマンたちとやり合う姿を想像していると、
マチルダがテーブルの下からおもむろに小さなバッグを取り出していた。
そして真面目な顔つきになって話し始める。
「いいか。絶対無くすんじゃねえぞ。・・・これは、アイテムボックスだ。」
アイテムボックス?それってこの間サーシャが言ってた…
「アイテムボックスですって!!?本当なんですか!?」
隣のサーシャが勢いよくマチルダを凄んだ。
その勢いにさすがのマチルダも驚きながら答える。
「お、おうよ! あの、アイテムボックスだ。それは俺が保証する。」
うーん。
完全に置いてけぼりを食らったようだ。
以前の知識でアイテムボックスの能力は想像できるけど・・・
「2人とも盛り上がってるとこ悪いんだけど、説明をお願いできないか?」
またハッとしたサーシャが言う。
「そうですよね。クロノさんにまだ詳細まで言ってませんでしたね。」
サーシャは咳払いを1つすると、楽しそうに説明してくれる。
「前にも言いましたけど、マジックアイテムの一種で、異空間に物をしまって、それを持ち運ぶことができるんです!」
まあそういうことだよね。この間教えてもらった通りだ。
でもそれと同時に、現実にそれが出来るのはとてつもなくメリットがあるということも分かる。
アニメみたいに吸い込まれる感じなのか?入るものに制限はないのか?イメージが先行してハードルが上がってるんだよね。
「実際にどうなるのか見せてもらえないか?」
実演を希望した俺の言葉を聞いて、マチルダが待ってましたとばかりにアイテムボックスを使用する。
すると、テーブルに在った全ての荷物が小さなバッグに収納される。
というより、吸い込まれたという方が適切かもしれない。
まさにアニメみたいだった。実際見ると凄いな。これは。
あり得ない形に折れ曲がってたぞ。
マチルダは俺たち2人が驚いた表情を見て満足すると、再びテーブルに荷物を取り出した。
折れた形跡も無いし、元通りだ。
「このアイテムボックスの中では時間の概念が無い。要は温かい物は温かいままに出来るし冷たい物は冷たいままだ。劣化や腐蝕と言ったこともない。それに、今見たように内部は空間が捻じ曲げられていて、一度に多くの物を持ち運ぶことが出来る。・・・どうやって作られたのかは今も分かっていないんだがな。」
マチルダはアイテムボックスを見下ろすと、職人の顔に戻っていた。
「そうなんです。出自はダンジョンから出てきたとか、大昔の賢者が作ったとか言われています。まあ、それを手に入れた商人の噂もありましたが。とにかく、希少なものなんですよ。値段については・・・想像も出来ないです。」
サーシャは見るのも触るのもおこがましいと言わんばかりの表情をしている。
「そんな貴重な物を使っていいのか?というか、これをレントさんが?」
俺からの当然の疑問だった。
いくらなんでもやばいアイテムだし。
「ああ。何でも、ギルドの保管庫に隠してあったのを出してきたらしいぞ。・・・他の職員に内緒でな。まあギルマスには言ってるみたいだが。」
「ギルマスが・・・」
隣のサーシャは何か考え込んでいるようだ。
どうかしたのかと話しかける前に、俺はマチルダに肩を掴まれる。
「・・・レントは今回の事を重く見てるんだろうな。軽い時もある奴だが、考え無しじゃあない。それに、これを預けるということはお前の事をかなり信頼してるってことだ。」
「でももし無くしたら・・・。やっぱ貰ったことにしてマチルダが安全に隠しておいてくれよ。」
「ああ?!そんなことをしたら俺が安全じゃなくなるじゃねえか!無くしたらと思って怖くて寝てらんねえよ!」
「ええー。俺の心配はないのか?」
そして無言の時間が生まれた。救いを求めてサーシャを見たが、アイテムボックスに魅入られてようだ。両手で持ち、箱を神のように崇めている。
待っても助けは来ないことを認識した俺は決意を固める。
「はあ。分かったよ。これはありがたく使わせてもらうとしよう。」
まあ使ってみたかったのは事実だしね。
俺はアイテムボックスに荷物をしまうと、腰に装着する。
これだけ小型なら戦闘でも全く気にならないだろう。
絶対に無くす訳にはいかないな。
というか、死んでも返さないといけない。無くしたら絶対恐ろしいことが待っている。
「よーしよし!渡すものは済んだし、さっさと調査に行って来い。レントに言われる前から魔石のことは耳に入っている。俺も何かが起きる気がしてならねえからよ、さくっと調査頼むわ。」
「おいおいそんな軽く言うなよなー。だが、受けたからには出来る範囲で頑張ってみるさ。それじゃあまた。」
「ああ。 サーシャちゃんもまたな。」
「はい!また来ます!」
こうして俺はリザードマンの調査用アイテムと、アイテムボックス(レンタル品)を手に入れた。




