第21話
「あ、アルカナが見えてきましたね。」
前方にアルカナを視認した俺とサーシャはお互いの顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべた。
パーティとして、そして冒険者としてクエストを初受注した俺達は無事リザードマンを倒し、クエストを達成した。探知と加速Ⅱがあったため、正直かなり簡単だった気がする。ただ、戦闘事態の経験が少ないことで危ない場面もあった。
(傷はすっかり元通りだ。)
槍の投擲攻撃により頬に付いた傷は既に完治している。隣で楽しそうに歩く美女の魔法のお蔭だ。
まあ回復薬もいくつかマチルダに貰ったものはあるけど、女性の行使する魔法で癒されたいと思う俺は最低かもしれない。いや、最低だな。
「ふう。荷物を持ちながらだと帰りの事もしっかりと考えないといけないな。そのうち馬車とかが必要になるのかな。」
「そうかもしれませんね。一応、馬車があれば私は御者できますよ。」
ギルドで習いましたから。と彼女は続ける。身体が弱いとか言っていたけど、単純な力作業は俺が行うことを前提にすれば、正直サーシャは無敵じゃないか?回復も出来て弓も出来る。オマケにギルド譲りの知識も技術もある。やはり俺には過ぎた人物だ。
「・・・馬車ってどうやって手に入れるんだ?あんなに大きい物、保管場所とかどうするの?」
「借りるしかないと思いますね。馬車自体は物にもよりますがある程度の性能を求めると白金貨1枚くらいはします。安い物でも少なからず高級の部類ですし、買うには多人数パーティでお金を出し合うのが一般的です。おっしゃるように保管場所を借りる代金も定期的に発生します。そして魔物との戦闘で壊われてしまうこともあり得ます。なので、馬車の貸し借りを生業にしている商人から借りる方がいいと思います。まあ保証金を幾らか最初に預けますが。」
何だか日本の車みたいだ。ローンや税金等の維持費が掛かるのと同じ訳だ。それに加えて急に破損する場合もあると。・・・貧乏性な俺の性格に合わないかもな。これがゲームやラノベのチート系世界ならこんな心配しないんだろうけど。『アイテムボックス』とかね。
「つまり、今の俺たちには手が届きそうにない代物ってことか。こうして頑張って荷物を運ぶしかないか。」
「現状ではそういうことになりますね。そういえば噂では商人の中には『アイテムボックス』という、自身で作り出した空間に荷物を収納できるという便利な道具を持つ人が居るらしいですが・・・眉唾ものですね。」
(マジか!?)
正に思っていたような道具があると聞き、俺は期待してしまう。眉唾ものとサーシャは言っていたが、俺からすれば商人が持っているという話なら十分手に入る可能性があると思う。
普通に考えれば、そんなのを持っていたら、国の宝になってしまうのではないだろうか。
しかし、そうはなっていないということは、道具自体の数が多いということかも。どこかの遺跡にでも落ちているのか。
まあ、噂の商人がとんでもない金持ちでコレクションにしているというという線もあるか。
犯罪にも狙われそうだし、使いたくても実際怖いかもな。
感覚的には、財布に常に100万円入れて歩いているって感じだろうし。いや、1000万か?1億か?価値が分からないな。
「何かその商人について情報は無い?」
「う~ん。本当に噂なので・・・ギルドで聞いたってことくらいしか思いつかないですね。」
「そっか。何か思い出したら教えてね。」
まあ可能性が出てきただけでも前進と思うしかないな。
サーシャからの了解の意を確認したところで、2人はアルカナ王国の門まであと少しのところまで来ていた。
検問所を確認すると明らかに人がごった返しているのが見えてしまい、俺は背負う荷物の重みが増すような気がした。
商人と思しき人物が御者する馬車や、武器を装備した冒険者がダラダラと並んでいる。冒険者の中には木で出来た大小様々な荷車を運ぶ者たちもいた。
(あれ・・・リザードマンの素材を運んでいるな。ここも・・・あそこもそうだ。)
俺はサーシャと共に列に並びながら気付いた。
クエストを受注した時は『最近増えてるんですよね』と軽い感じでギルドの受付に言われたが、これってそんなレベルなのだろうか。どちらかというと異常発生と言った方がしっくりくる気がする。
「サーシャ、これって・・・」
「はい。クロノさん。私も変だなと思いました。数が多すぎます。」
どうやらサーシャも同じ疑問を抱いたらしい。
彼女によると、リザードマンという種族は何匹もの群れを成すことはせず、主に家族単位や気の合う個体同士が一緒になり3~5匹の少数の集団を形成して生活している。それは、個々の集団同士で獲物を巡る小競り合いを起こさないための知恵だ。そんな彼らがこれだけ近くに大量にいるとなると、何か異常が起きたとしか思えないらしい。
「よお!そっちもリザードマンか?」
あたかも旧友に声を掛けるような気軽な言葉に反応して、俺たちは後ろを振り返る。
活発そうに見える大きな目と視線があった。俺と身長は同じくらいだが茶色の短髪に黄色い鉢巻をしている。要所要所に装備された防具の隙間から引き締まった筋肉が顔を出していることから、ある程度実力のある冒険者と思われた。腰にはダガーと思しき短剣が二振り収まっており、双剣使いのようだ。
「ああ。そうだ。どうやらそちらと同じようなクエストを受けたようだな。」
俺はその男に向かって運ばれてくる小規模な荷車の上にリザードマンの素材が所狭しと載っているのを確認しながら答えた。
「こっちは8匹も狩ったんだが、どういう訳か奴らまだまだ沢山いやがってよ。途中で強引に逃げてきた感じだな。」
やれやれと言うその男の前に、リザードマンが大量に乗った荷車が到着した。
「もう、レックスったら置いていかないでよ。というか、運ぶのサボらないで。」
「本当だな。リーダーなら軽率な行動はしないでもらいたいものだ。」
「ルミナもグリッドも何でそんなに元気なの?・・・ああ疲れた。」
「ベルの場合は鍛錬が足りてないだけでしょ?」
「僕はみんなみたいな体力お化けじゃないんです!」
「いやあごめんみんな。アルカナが見えたからつい先走っちゃったぜ。」
『おい!』
レックスと呼ばれた男が仲間たちにお叱りを受けている間に、俺はサーシャにこの冒険者たちを知っているのか聞いてみる。
「サーシャ、この人たち知ってる?」
「はい。確か、≪風刃の剣≫の方々ですね。冒険者になってまだ数年ですが、バランスのとれたパーティ構成で、クエスト達成率も平均よりかなり高かったはずです。」
なるほど。期待の若手ってことなんだろうなあ。たぶん俺よりも年下だろうし。
「すいませんね。お2人とも。うちのリーダーが急に絡んで。僕はライムベル。Eランク冒険者です。この通り体力が無いですが、魔法士をしています。みんなからはいつもベルって呼ばれてます。」
「私はルミナよ。ランクはE。そちらの方と同じで弓を使っているわ。」
「私の名はグリッド。ランクはD。武器は見ての通り大剣だ。よろしくお願いする。」
「そして俺が≪風刃の剣≫のリーダー。レックスだ。相棒はこの双剣さ。」
「俺はクロノ。Eランク冒険者です。武器は剣を使います。」
「私はサーシャよ。ランクはF。弓と治癒魔法を使えます。」
俺とサーシャが自己紹介を終えると、レックスがサーシャをまじまじと見つめているのが分かった。
「あれ・・・もしかしてギルドのサーシャさん?どうしてここにいんの?」
「その節はお世話になりました。実は私、ギルドを辞めて冒険者になりました。今はクロノさんとパーティを組んでいます。パーティ名は・・・そういえば登録してないですね。」
「ええ!!?辞めたの!?もったいない!というか・・・冒険者姿も可愛いね。」
鼻の下を伸ばしたレックスであったが、ムッとしたルミナに足を踏みつけられて正気に戻る。
俺を含む他の3人の男たちは苦笑いだった。ちなみにサーシャはニコッと営業スマイルをしている。
「ええと、レックスさん。リザードマンの現状について何か知っていますか?」
「現状も何も、リザードマンから剥ぎ取った魔石の魔力が段々減っていってよ。今じゃただの石ころになっちまった。こんな事あるのか?」
「え!?嘘!?」
サーシャは自身のバッグに詰めた魔石を確認する。
するとそこには、あるはずの光が失われた石ころがあった。剥ぎ取った時には間違いなく青紫に鈍く光っていたのを俺も見ている。
(探知で魔石の魔力反応が減っていくのは分かってたけど、そういう物かと思ってた。)
俺は周りの空気に合わせて知らなかった振りをする。
「サーシャ、どういうこと?」
「こんなこと、初めて見ました・・・。本当にただの石ころです。」
「それって、もしかして買い取ってもらえないのか?」
マチルダへの借金の足しにしようとしていたのに・・・。宿だってそのうち支払いが始まるしなあ。
「そうなんだよ!これじゃあ俺の酒代が減っちまう~。」
「お2人とも何を悠長なことを言ってるんですか。これって間違いなく異常ですよ。異常。」
真面目なライムベルに諭された俺とレックスは身じろぎする。サーシャは俺を見て『クロノさんらしいですね。』と苦笑いだった。
「ベルも心配性ね。私たちで考えてもどうせ答えなんて出ないんだから、ギルドの人に任せようよ。とりあえずギルドに持ってくわよ。」
ルミナの正論に、俺たちは頷く。
ただ一人だけ『私も元ギルド職員なんですけど・・・。』とうっすら声を上げる者がいたが、どうやら俺とレックスにしか聞こえなかった。レックスは『ごめんな?』と声を掛けていた。まあ多分ルミナの嫉妬かな。
俺はそんな彼女の頭をポンと叩くと、彼女は小さなため息を付いた。
「おーい!お前たち、列を乱すな!アルカナに入りたくないのか!?」
『入りたいです!!』
検問官と思われるいかつい男性の声に、風刃の剣のメンバーが息ピッタリに返事をした。
俺たちは素直に列に戻ると、それぞれの会話に戻った。
「クロノさんはこの魔石のこと、どう考えてるんですか?」
「うーん。正直、分からないよ。でも確かなのは、これを剥ぎ取った時は間違いなく魔石だったってことかな。リザードマンからも魔力を感じたし。」
「・・・そうですね。魔物にとって魔石は私たちの心臓みたいなものですから。接近すれば自然と魔力が感じられますよね。」
魔力が無い俺は他人の魔力を確認する術が無い。そんなはずの俺の発言に疑問を感じながらも、自分で納得してくれたようだ。それもサーシャに探知のスキル説明していないせいだが。
後で2人きりの時に説明をしておくべきだな。
(大量のリザードマンと、石になる魔石か・・・。)
俺とサーシャは一抹の不安を覚えつつ、検問の順番を待つのだった。
【クロノ】ランク:E
武器
・黒剣≪ダークリパルサー≫
保有スキル
・経験値
・探知
・不屈
・加速Ⅱ
【サーシャ】ランク:F
武器
・白弓≪ホワイラルアロー≫
保有スキル
???




