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第2話

(冷たい!?何が起こった!?)


 急速に身体が冷えていくのを感じる。手足を動かすにもかなりの負担がある気がする。

 目を開けると自分の身体を中心として、多数の気泡が上へ上へと昇っているのが見えた。

 どうやら水の中らしい。


 (と、とりあえず息が出来ない!)


 上へ昇っていく気泡を頼りに進もうとするが、思うように動かない。

 着ていた安物のスーツがべったりと身体に張り付いているのだろう。

それに、寒さで感覚がまひしている。


 それでも、必死に泳ぐ。

 いや、その姿は必死にもがくと言った方が正しいのだろう。


(水面らしき光は見えているのに!誰か、助けてくれ!!)


 気泡が見えている時点で分かっていたことだが、どこからか光が差している。

 気泡が光に向かっていくことからも、恐らくそこが水面。つまりは酸素がある場所のはずだ。

 しかし、泳げど泳げど一向に水面に辿り着かない。


(もう...息が...)


 そういえば、1番苦しい死に方は窒息死ってどこかで聞いたことがあったけど、まさか自分が体験することになるとは夢にも思っていなかった。

 苦しくて苦しい。

 そして...寂しい。


(ははは。生き返って直ぐ死亡か・・・。あのマリウスとかいう男は結局生かすつもりは無かったって事だろうな。)


 マリウスが最後に何を言っていたのかは最早どうでもよかった。

 こんな場所にいる時点で答えは出ていたのだから。


(転生者にもきっと代わりはいる。俺は運がなかった。きっとそれだけだ。)


 気泡が全く見えない。きっと、漏れ出る空気が全く無いのだろう。

 それに、最初に比べて水面が遠くなっているように見える。

 いつの間にか俺は沈んでいたのだ。


 そして、俺の意識は水の中に消えていったのだった。








(ん・・・ここは?)


 パチパチと何かが燃えている音に気が付き、俺は目が覚めた。

この音の正体は暖炉で燃えているの薪の音だった。そのとても心地よい暖かさは、なんだか祖母の家を彷彿とさせてくれる。


(俺は助けられたのか)


 ふと横を見ると

ベッドの左の壁には着ていたスーツ一式が綺麗に並べられており、見たところ殆ど乾いているようだ。俺は相当な時間ここで寝ていたということなのだろう。


(俺はどんな人に助けて貰ったんだろう。とりあえず目が覚めたし、挨拶しないと。・・・ん?)


 まずは自分の無事を伝えようと思い身体を動かそうとした。すると、右脚の辺りが動かない。


(まさか、凍傷か何かで損傷が激しくて切り落としたとかか!?)


 焦った俺は右脚の有無を確認するため、右足の方に目を向けた。そこには、俺の脚を枕にしている1人の少女がいた。

彼女はぐっすりと気持ちよさそうに寝ている。

どうやら脚自体は無事のようで安心したが、代わりに少女がくっ付いている不思議な状況になった。

周囲をよく見ると、桶に水が汲まれており、俺の額にはひんやりとした布が置かれている。状況から察するにこの子に俺は看病されていたのだろう。寝落ちするくらいだから、もしかすると、付きっきりで看病してくれたのかもしれない。


(見ず知らずの俺なんかに・・・。本当にありがとう。)


 俺は心の底から感謝していた。



(さて、寝ているところ申し訳ないが、ここは起こすしかないな)


 意を決した俺は、寝息をたてる少女に声を掛けることにした。



「あのー。すいません。あのー、あのー!」

「ん・・・。あっ!?目が覚めた!お父さーん!目が覚めたよ!」



 少しよだれを垂らしながら起きた少女は、意識が戻った俺を見るなり大声で扉に向かってそう言った。その声を聞いた扉から誰かの声が返ってきた。

どうやらもう1人こちらに来るらしい。



「初めまして。私、アルカ。さっきはごめんね。見苦しいところを見せちゃって。」



 少女は先の寝顔を晒したことを謝罪した。見たところまだ高校生か大学生かそこらの年齢だろうか。茶色がかった髪は2つに結われており、いわゆるお下げだ。眉毛は少し太めで、目はぱっちりとした二重だ。前髪はそれに掛からない程度に切り揃えられている。

一言でいうと、溌剌とした元気な田舎少女といった印象だった。



「おう、あんちゃん。俺はブラムだ。無事でよかったな。アルカが居なかったらお前さん、今頃は湖の底に沈んでたぞ。」

「ちょっと、お父さん!」



 アルカの後に話し掛けて来たブラムという男は、物騒なことを言っているが、事実だと俺は思って首筋が寒くなるのを感じた。

ブラムはアルカの父親らしく、彼女に物騒なことを言わないでと責められている。確かに首筋は寒くなったが、ブラムは場を和やかにしたかったのだろう。

アルカもそれを分かっているのか、本気で怒っている訳では無さそうだった。



「初めまして。私は黒野悠一と言います。クロノと呼んで下さい。あの、この度は助けて頂きありがとうございました。それで、何故私は助かったのでしょうか。正直、誰にも見つけてもらえずに死ぬと思っていましたが・・・。」



 とりあえず自己紹介をして、助かった経緯を聞いてみた。最終的に何故溺れていたのかと聞かれるだろう。

しかし、湖にいた理由を聞きたいのは寧ろ俺の方である。

転生したと正直に言うのは危険すぎる気がするし、誤魔化せる理由を考えなければ・・・。



「それはね!私のスキルのおかげなんだよ。私はスキル《探知(エリアサークル)》を使えるから、それで見つけたんだ!スゴいでしょ!?」



 慎ましい胸を張って彼女は言う。だが、俺には探知(エリアサークル)の意味が分からない。名前から察するに、日本でのレーダー探知のようなものだろうか。うーん。誰か説明してほしいな。


 困った俺はブランに目で訴えてみた。



「あー。あれだ、探知(エリアサークル)ってのはスキルの1つで、使った人間の周囲に何が居るのかとか、動いた者がいたりすると分かっちまうのさ。今回の場合だと、ちょうど湖の魚の状況を見に行ったアルカが探知(エリアサークル)を使った時に、湖の中でいつもと違う反応が出たんで、気付いたんだと。それで、俺が飛び込んでお前さんを引き揚げたんだ。」



 なるほど、やはりレーダー探知機のような有能なスキルだった。スキルというのはやはりスゴいらしい。



「ありがとうございます。そうですか。私は探知(エリアサークル)というスキルを初めて聞きましたが、ここでは一般的なんでしょうか?」

「いや、この辺りではアルカしか使えない。冒険者でも高ランク冒険者の中には使用できる者も居るみたいだが、稀だ。普通は、魔法《魔力円(マジックサークル)》を使って、自分の魔力を広げることで、魔力内のものを感知出来るようにするんだ。ただ、消費する魔力に応じて範囲が決まる魔力円と比べると、スキルの探知では桁外れの感知範囲らしい。もっとも、俺は使えないからアルカに聞いたんだがな。」



 ブラムの説明でよく分かった。あの神からの説明と合わせると、魔法《魔力円(マジックサークル)》を使って経験値を高めた者もしくは条件を満たした者だけがスキル《探知(エリアサークル)》を得ることが出来るのだろう。ここにいるアルカはその努力をしたのだろうか。でもこれ、おいそれと言っていい話じゃない気がする・・・。



「本当は、こんな話を他所者にしたらマズいんだけどな。」

「いいの!だってクロノさん、悪い人じゃなさそうだし!私の感は当たるのよ!お父さんもそう思ったから話したんでしょう?」

「フン。どうだろうな。」



 やはり重要な話だった。そりゃそうだろう。冒険者の中でも高ランクしか使えないスキルだ。知れたら引っ張りだこになってしまう。それにスキルの能力自体がスゴい。相手の攻撃を事前に察知できるという事になるし、隠れた敵も見つけられるだろう。もし、自分の敵に探知(エリアサークル)持ちが居たら真っ先に潰しておきたいと思う。つまり、様々な意味で身の危険が生じるようなスキルなのである。何故信じて話して貰ったのか分からないが、この2人には俺も誠実でなければならないだろう。



「それで、クロノといったか。お前さん、何で湖の中にいたんだ?その様子じゃ、自殺しようとした訳じゃないんだろう?それに、そこの服だ。この辺では考えられない技術で作られたものだってのは俺でも分かる。アルカは信頼出来るというし、俺も直感を信じるタイプだ。だが、アルカと違って俺は不安を拭えない。・・・正直に言ってくれないか?」



 遂にこの質問が来てしまったようだ。ここまで話し込む前なら、嘘を付いて誤魔化そうと思っていた。

しかし、ブラムもアルカも俺を本気で信じようとしている目だ。ブラムは男同士、なんだか息が合う気がするので分からなくもないが、アルカに関しては何故なのかさっぱりわからないし・・・。

よし、転生の事を話そう。どちらにしろ、誰かの協力が必要になるはずだ。

今までずっと何事からも逃げて来た。

そんな俺を信じてくれる人達に嘘なんて付けないし、ここで逃げる訳にはいかない。



「・・・信じられないかもしれないですが、今からお話しするのは事実です。実は私は異世界からの転生者です。日本という国で死に、この世界で生き返りました。この世界に生き返る際には、神による指導により、適切な位置に生き返る予定でしたが、どうやら、神の方で手違いがあったみたいです。神と連絡を取る方法も無く、お2人が助けてくれなければ、また死んでいたでしょう。そして、あの服。スーツと言いますが、私が住んでいた日本という国で一般的な仕事服です。お2人の服装を見ると、私の住んでいた日本の方が服に関しては進んでいるようですね。ちなみに、私の住んでいた国では魔法は存在しません。そのためか、私は魔法を使うことが出来ない身体にされているそうです。・・・これが、私の今に至る経緯です。」



 ほとんどの事を正直に話した。

さすがに神が酷い男であるとか、魔法とかスキルとかで最強になって無双するつもりで転生したということは言えないが。


 2人は最初から食い入るように話を聞いていた。

ブラムは特に転生者という言葉が引っかかっているようだったようだ。こんな突拍子もない話を信じてもらえるとは思っていないが、これが俺なりの誠実だった。



 長い沈黙が訪れる。




「・・・昔、聞いた事がある。祖父の代から代々伝わるお伽話みたいなもんだ。この世界には神がいて、神は異世界で亡くなった者を異世界に転生させ、そこで第二の人生を歩ませるという話だ。そこでどんな人生を歩むのかは本人次第だが、何かを成し遂げる器を持ってるらしい。ってな。根拠のある話じゃねえが、俺はその話が好きだった。クロノ・・・。まだお前さんを信用した訳じゃねえから、この話は俺の中だけで留めておいてやる。聞いたところ、金も仕事もないんだろ?とりあえずウチで働かねえか?」

「えっ?いいんですか!?」

「クロノさん。この村の村長がいいって言ってるんですから、お言葉に甘えるべきですよ!ちなみに私も賛成です。私はクロノさんを信じます。」



 その言葉を聞いた俺は、目頭が熱くなっているのに気付いた。

死んで異世界に飛ばされて、しかも弱い体で、そして気づいたら水の中で・・・。

正直、俺はもう生きていく自信が無かった。

しかし、この2人に出会って、また生きてみたいと思えた。



「ありがとうございます。是非ここで働かせて下さい!」



 こうして、俺は第二の人生をスタートしたのだった。

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