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第18話

 俺は肩を担がれながらギルドへと向かっている。

いや、本当は担がれるというより最早覆い被さっていた。

さっきはジークハルトさんの前で弱いところを何となく見せたくなくて、強がってしまった。

・・・身体に全く力が入らない。

あの戦闘で酷使に酷使を重ねたツケが回ってきたのだろう。疲労骨折ってこういう時に起きるのかもしれない。

運んでくれている魔法士さんの2人も息遣いが荒くなってるのを感じる。申し訳ないと思うけど、このまま乗っからせてもらうしかない。被っている白いフードのせいで表情は見えないが、嫌々と言う雰囲気は無さそうなのでよかった。

 夜の住民街の街並みは、昼間の喧騒とは打って変わって閑散としている。外に出ている住民は殆どおらず、石や木で出来た住宅の仄暗い明かりが静かな道路を照らしていた。

俺たちはその中を牛歩の速さで進んでいく。時折2人からは、大丈夫ですか?などと声を掛けてもらっており、その度に少し元気が出た。

 そうして遅くても順調に歩を進め、やっとの思いでギルドへと到着した。


 ギルドへ入ると、こちらの姿を認めた職員が直ぐに治療室へと案内してくれた。そこには真っ白な部屋にベッドや治療器具と思われるものがあり、回復薬などの薬が相当数準備されているようだった。

部屋を見渡すと先に到着していたサーシャとレントさんの姿があった。サーシャには魔法士と思われる人が1人でついているようだった。何の魔法も使用していない様子から察するに、特に異常はないのだろう。

俺は安心の意味で息を吐いた。

しかし、レントさんには5~6人体制で魔法が行使されているようだ。淡い緑色の光が見える。治癒系の魔法なのだろう。俺はレントさんを不安に思いながらもサーシャの隣のベッドに案内され、そのまま魔法士の2人から治療を受ける。



「痛ええええええええ!」



 俺はベッドに横になり、緑色の光が見えたと思ったら急に体中が痛くなった。もしかして治療って痛いのか!?と思った俺だったが、魔法士さんに聞くと、普通は痛くないため恐らく安心して身体の力が抜けたからではないかと言われた。なるほど、そうかもしれない。サーシャのすやすやと気持ちよさそうに眠っている顔を見てから心が軽くなった気がする。そんなことを思いながらも、やはり痛いものは痛い。時折声を上げてしまう。

そこでふと重症のはずのレントさんが静かに治療されてるのを見て何だか怖くなった俺は聞いてみた。



「レントさんは大丈夫なんですか?相当重傷ですよね?・・・」



 そんな不安に思う俺を察してくれたのか、魔法士は向こうの状況を確認して優しく説明してくれる。



「そうですね・・・。かなりの重傷とは思いますが、命に別状はないでしょう。今行っているのは、生命の治療というより、複雑骨折している骨が変に固まらないように修正しているというところですね。固まる前に早急な対応が必要なので、あの人数で行っているみたいです。つまるところ、もう大まかな治療は終わっているということです。安心してください。」



 言葉の最後に笑顔を見せてくれた魔法士さんに感謝を告げ、俺は1人天井を見つめる。

 そこには真っ白な世界がある。さっきまでの血みどろの世界はどこにもなかった。生きるか死ぬかの戦いを経た俺はまたスキルを手に入れた。きっとそういう戦いが経験値スキルの効力を最大限発揮するのだろう。しかし、そうすると、手っ取り早く強くなるには死線を何度も潜り抜けるということになる。・・・絶対いつか死ぬ。そう思った俺だった。そしてふと、自分の手を見ると震えているのが分かった。俺には震えている理由は、痛みを我慢しているからではないのはもう分かっている。


(そうか・・・。俺は人を殺したんだな。)


 ルイドの胸を貫いた時のあの感覚が忘れられない。ズブッと身体に剣が埋没していく感触は、あの一瞬の出来事でもしっかりと俺の手に残っていた。俺は転生しても普通の人間なのだと改めて感じていた。幾らスキルがあろうとも、精神だけは黒野悠一なのだ。そんな罪の意識が心に芽生え始めていた矢先、治療室の扉が開く音が聞こえた。



「3人の容体はどうだ?」

「レント!サーシャちゃん!クロノ!大丈夫か!?」



 扉の方を向くと、そこには甲冑を着たジークハルトさんとジークムント、それにマチルダの姿があった。

 マチルダの声に騎士の2人は驚いた表情をしている。恐らくマチルダは飛び込みでやってきたのだろう。

 ジークハルトさんは俺を一瞥すると、ジークムントと共に先にレントさんのところへ向かっていた。

 マチルダが頭を掻きながら俺の下へとやってきた。



「クロノ。お前は大丈夫そうだな。」



 ばつが悪くなったのか心配していた自分をごまかすような発言に、俺は苦笑しながら答えた。



「いやいや。この状態を見てそう思うか?普通。」

「ふん。冒険者はそういうもんなんだろ?」

「そりゃあそうかもしれないが・・・。そうだ、強化してもらった剣だが、折れてしまったよ。悪いな。」



 俺はベッドの横の机に置いてあった剣を指して言った。正直、寸前で強化してもらっていなかったら間違いなく死んでいたのは俺だったはずだ。マチルダのお蔭で助かったと言っても過言ではない。

 そんな俺の神妙な気持ちを払しょくしようとしたのか、マチルダは大声で笑う。



「がははは!そんなことか!武器なんざ、また新しく作りゃあいいんだよ。前に言ったとおり、この剣を直すのはもう難しい。・・・お前の大切な剣だがな。ま、動けるようになったら俺の店に来い。良い物を作っておく。」

「・・・ありがとう。恩に着る。」



 いいってことよと言ってひとしきり大仰に笑った後、真面目な表情に切り替えたマチルダは今回の事件の事を確認してきた。しかし、当事者であるはずの俺にもよく分かっていないため、知ったことをそのまま伝えた。

 マチルダはサーシャを奴隷にして売るという言葉にひどく怒っていたが、敵の組織については何も分からないそうだった。まあ狙いが自分ではないのだし、知らなくてもしょうがないと思う。

 そんな話をしていると、レントさんの容体を確認し終わったのか、甲冑騎士の2人がこちらへ来ているのが見えた。マチルダもそれに気が付いたのか、俺に軽く別れを告げると、入れ替わるようにレントの下へ向かった。

 そしていつもの甲冑を被ったままのジークハルトさんは俺に話し掛ける。



「クロノ。身体の調子はどうだ?」

「大丈夫です、とは正直言えないですがレントさんに比べれば怪我はしていません。火傷も魔法の力で綺麗に戻りましたし。」

「・・・見た目はそうだが、私が言っているのは中身の方だ。お前はどう見ても精神的なダメージが大きいように思えるぞ。まずはゆっくりと休むように。」



 俺は自分の事をピタリと言い当てたジークハルトさんに一瞬驚きの表情を浮かべてしまった。平常心でいたつもりだったのだが、やはりこの方には御見通しなのか・・・。

 そんな俺を見て笑いかけてくれたような気がしたが、甲冑のせいで表情はよく分からない。そんな俺とジークハルトさんは数秒目が合ったまま黙っていた。それを見ていたジークムントが咳払いしながら急に話に混ざってきた。



「あー。クロノ。無事で何よりだった。疲れているところ悪いのだが、今回の事件で知っていることを教えてもらえるか?レントからは今は聞けそうにないのでな。」

「あ、はい。分かりました。」



 俺とジークハルトさんの会話を中断するようなタイミングで切り込んで来たことが何だか気にはなるが、騎士団として国で起きた事件を把握するのは当然なのだろう。俺は知っている内容を伝えていく。

 2人はリベーラ、奴隷、サーシャ。特にこの3つの言葉に引っかかったようだった。俺の話を聞き終わった2人が何か確信めいた表情をしているのを見て俺は居てもたってもいられず目を見開いて質問した。



「な、何か知っているんですか!?」



 俺の言葉を聞いて応えようとしたジークハルトさんを、ジークムント(金髪イケメン)が遮って応える。



「クロノ。この件はたった今アルカナ王国でも国家機密事項となった。悪いが詮索するような真似は控えてもらおう。・・・情報提供、感謝する。」


 俺は隣で寝息を立てている彼女を一瞥しつつも、声を荒げる。



「し、しかし!サーシャはどうなるんですか!?理由もよく分からず狙われたんですよ!?」

「くどいぞ!・・・彼女は我々が責任を持って保護する。安心したまえ。」


 その言葉を聞いた俺は顔を下に向けて押し黙る。・・・理性では分かっている。俺一人では何も守ることは出来ないって。今回だって色々な偶然が重なってたまたま誰も死なずに済んだだけだ。何か一つ歯車が狂っていただけで大参事だったはずだ。だが、それでも・・・



「・・・貴方たちは俺なんかよりずっと強い。それは明らかです。しかし、お2人の仕事は王女を守ること。違いますか?」

「そうだ。シルティア王女殿下をお守りすることが我々騎士団の使命だ。」



 目の前の金髪騎士は胸を張ってそう言い切った。ならば、俺はこう言ってやる。



「そうですか・・・。それではやはりお2人にはお任せできません。」

「な、何だと!?」

「だってそうでしょう?貴方は今、1番守るべきは王女であると言いましたね?ということは、サーシャは二の次。もしかしたらそれ以下の扱いとなるのかもしれません。」



 俺は身体の痛みを忘れて立ち上がる。そして、2人の騎士の面と向かって言い切る。



「・・・そんな人達に彼女を任せることは出来ない!!」

「き、貴様あ!!俺たち騎士団を侮辱するのか!!」



 金髪騎士が俺の首元を掴んだ瞬間、もう1人の甲冑騎士がすかさず声をあげる。



「ジークハ・・・ムント!!・・・止めろ。その子はクロノに任せよう。」

「し、しかし!!」

「これは命令だ!!」


 

 ジークムントはそれ以上何も言わなかった。そして、首元から手を放すと、俺に向かって舌打ちをしながら兄であるジークハルトの後ろへと下がっていった。

 そして、ジークハルトが俺に近寄る。



「サーシャさんのことはお前に任せる。但し、何か情報があれば我々に報告するように。・・・頼んだぞ。クロノ。」

「はい!」



 俺は決意の表情で真っ直ぐに伝える。

 それを聞いた甲冑騎士は連絡先が書いてあるであろう紙を俺に渡すと、そのまま俺の身体を急に抱きしめる。固いはずの甲冑で抱きしめられた俺だったが、何故かとても優しく柔らかい感覚に包まれていた。そして、俺にしか聞こえない声で囁かれる。



「あの時彼女を守れなかったのはあなたのせいじゃない。・・・きっと彼女は幸せだったと思うぞ。」



 その瞬間、俺の心に大切な人の最期の言葉が浮かんだ。


(幸せでした)


 俺は目頭が熱くなる。

 そうか。この人は彼女を覚えてくれていたのか。それで、守れなかった俺が後悔の念に苛まれて、サーシャをそれに重ねたと・・・なんて優しい人なんだろうか。

 でも、それとこれとは別なんだ。俺は彼女と弱い者を守るって約束した。だから、これは後悔なんかじゃない。自分の前向きな意思だ。



「・・・ありがとう。」



 俺はか細い声で心の底から感謝を告げる。そしてジークハルトさんからゆっくりと離れる。



「だけど、そうじゃないんです。私は約束しました。弱い者を守るって。・・・もちろん全てを守るなんて大それたことは今は言えません。ですが、ここで知り合った人たちくらい守れるようになりたいんです。・・・例えあなたのような強い騎士様だとしても、私は守りたいと思っています。こんな思いは失礼かもしれませんが・・・。」



 それを聞いたジークハルトさんは何も言わなかった。

 そして、また来るとだけ言い残し、俺を睨むジークムントを連れ2人で治療室を出ていった。


 俺はそれを見届けると、急に身体の痛みがぶり返すのを感じた。



「やっぱり痛ええええええええ!!!!」



 先程の勢いはどこに行ったのかというくらいによろよろとなっていた俺は、ベッドへうつ伏せに倒れ込み、そのまま眠りにつこうとする。

 すると、背中に温かいものを感じた。不思議に思った俺は視線だけを背後に動かすと淡い緑色が見えた。


(ああ。治癒魔法か。すいません、魔法士さん。ちょっと放置してしまいました。)


 空気を読んで待っていてくれた2人に感謝したところで、俺は眠りに付いたのだった。

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