第17話
「アイツら、いつまで待たせる気だ。ぶっ殺されてえのか。」
ミッドレイは走っていた。彼は音も立てず、常人には認識できない速さで動いている。
その姿はアルカナ王国の夜闇に完全に溶け込んでいた。
リヒトがレアものを見つけたと報告してきたのは随分前だ。報告によると、そのレアものは現在の魔力量と潜在的な魔力量に大きな差がある可能性があるとのことだった。ルイドの直観ではあるそうだが、アイツの直感は高確率で当たる。
この前も人間に溶け込んでいる魔族の女を捕まえたし、隠蔽魔法が使えた女を見破っていたのだ。
中間報告では建物内に獲物が入ったため、狭い空間で戦って商品に傷が付かないよう、待ち伏せをするとのことだった。
しかし、それから随分時間が経過している。一向に戻らないどころか連絡すら無い。このままだと商品の搬入の期日に遅れ、その責任を自分が取らされることになる。
奴らにはキツイお仕置きをするのは決定だったが、とにかく今はアルカナを出ることが最優先だった。
(この辺だったな。)
ミッドレイはリヒトに報告を受けていた場所付近にやってきていた。
そして魔力隠蔽を最大の力で使用して建物の様子を伺える場所に移動する。
すると、目の前に予想外の光景が広がっていた。
「アイツら、死にやがったのか。」
建物の前の道路はギルドの職員や軍と思われる甲冑を着た者たちで埋め尽くされていた。
それらの中心にルイドとリヒトの2人が倒れており、それぞれ胸付近に穴が空いているのが確認できた。特にリヒトの方は風穴と呼べるほど綺麗な穴が開いており、相当な実力者の攻撃を受けたものと予想された。
「まあいい。生かされて情報を吐くよりは全然マシだ。・・・まあ、ルイドは直感で獲物を見つけるセンスもあるし勿体なかったが。」
(しかし、アイツら程度でもその辺の奴には遅れを取ることは無いはずだ。一体、何が起きた?)
ミッドレイは周囲を確認していくと、周囲とはレベルの違う魔力量を感じる2人組を発見する。見た目も高レベルな甲冑を身に付けており、その辺にいる有象無象とは異なるレベルの力を持っていると推察された。金髪の男は見覚えがある。アルカナ王国の騎士団長を務めている男のようだ。しかし、隣を歩く甲冑を被った人物には全く心当たりがない。
「あの2人組にやられたのか。それなら納得が行くな。俺でも2人同時に戦うのは避けたい奴らだし。・・・しかし、面倒だが次に獲物を探すときに邪魔になる可能性がある。情報収集はしておくか。」
そう言うと、ミッドレイは2人の後を付けていくのだった。
クロノと別れた後、シルティアとジークハルトは場所を変え、とある場所にある部屋で休んでいた。
そこはこういう時のためにジークハルトが確保している隠れ家の一つだった。見た目はその辺の住民が住んでいるような、どこにでもある古い家であるが、誰も住んでは居ない。雑草の処理などの管理については不動産屋に扮した騎士団のメンバーが交代で行っている(理由も分からずにジークハルトに命令されている)ため、誰の目にも留まらない自然な家が作られていたのだ。
「さて、ここならもう大丈夫か。念のため、周囲の監視を怠るなよ。」
「はい。分かっております。そこは抜かりなく。」
この家に着く前からジークハルトは魔力円を最大限に使用している上、部屋に入ると同時に盗聴防止の魔法を掛けていた。
それを聞いて安心したシルティアは頭に被っていた甲冑を外していく。
甲冑を外すと外からは想像もつかないような煌びやかな金髪の髪が現れる。その髪を手櫛で直す姿もまた美しく。それを何度も見ているジークハルトですら、毎回見惚れているほどだった。
それからこの部屋に似つかわしくない高級そうな椅子にシルティアは腰をかける。ジークハルトも王女が座った後、仮に誰かがこの部屋のどこから侵入しても対応できると思われる場所に椅子を移動し、腰かけた。2人の間には長方形の高級なダイニングテーブルが置いてあり、その上にシルティアは外した甲冑を置いた。
「ふう。それで、まずは言い訳を聞きたいわね。何故あの場で『シルティア王女』を無駄に紹介するような真似をしたのかしら。変に思われたのではない?」
「あーその事ですか。しかしシルティア様、あのクロノという男は王族に敬意を払っていない様子でしたのでお灸をすえる意味であのように言ったのです。」
「もう。それが不信感を煽る結果になると言っているのよ。・・・しかも尾ひれが沢山付いていたし。」
「いや、しかしシルティア様」
「くどいわよ。ジークハルト。・・・まあ、あなたが私の事を思って言ってくれているのは伝わっていたから、ひとまずはこの話はお終いにしてあげる。」
「はい・・・。ありがとうございます。」
ジークハルトは下を向きながら感謝する素振りを見せたが、全く納得していなかった。
敬愛する王女殿下のことを知らない者がアルカナ王国にいるということ自体我慢ならなかったのだ。行商人などの他国の人間でも知識として知っている者が殆どであることも知っているため、その気持ちに拍車をかけていた。
しかし、ここで余計な事を言うと話が長くなってしまう。それはそれで嬉しい事と思っているのだが、こんな場所に王女が長居するのもどうかと思う自分もいたため、口を閉ざしていた。
「どちらにしても、公務は暫くお休みね。クロノが私の魔力を本当に分かるのなら、そこでバレてしまうわ。・・・とりあえず病気になったことにでもしておこうかしら。」
またそんな適当な事をと思うジークハルトは王女に向かって苦言を呈した。
「シルティア様・・・それは不味いですよ。間違いなく国民が悲しみます。それに、王にはどうやって説明するんですか?」
「そうかしらね。となると、もうクロノに直接聞いてみるしかないわね。あ、そうだ。彼は冒険者になったみたいだし、一緒に冒険に出かければ何か分かるかもしれないわ。」
「む。シルティア様。幾らあの男が弱くとも男は男。言うなれば獣です。危険と愚考します。」
「はいはい。分かったわ。ジークハルト。危険なことはしないわ。」
(なーんてね。冒険するのに危険は付き物なのよ。)
シルティアは冒険が大好きである。特に新たな発見をした時の感動や戦闘に勝利した時の興奮は、他の事とは比べものにならないほど夢中になれるものだった。
しかし、彼女はこの国の王女だ。付き人や護衛の目を盗むのにも限界がある。今目の前にいる護衛に関しては無理やり説き伏せ、冒険の承諾を得ていた。前提として同行することにはなっているが特に問題は無い。
だが他の護衛についてはそんなに甘くない。日々試行錯誤しながら公務を抜け出しているのだ。
「それならば宜しいですが。それで、今回の襲撃についてですが、どう思われますか?」
「そうね・・・。私が倒した男の動き、あれは冒険者というより暗殺者の動きだったわ。一切の無駄が無い動きなんてレベルの低い冒険者はしないし、それにあの対人結界なんて普通の人は必要ないでしょう?人間を入れなくする結界なのよ。」
「まあ確かにそうですね。普通なら対魔結界があれば十分ですし、行使できるようになるにも相応の努力や知識を得ないといけないですから。」
「んー。それに目的がはっきりしないのよね。私たちからすればレントと話しようと思ったらこうなっただけだし。・・・あー、倒すんじゃなかったわ。」
シルティアとジークハルトの2人は、ギルドを訪れていた。
あの村で助けた男がCランク冒険者に勝ったとの報告をレントから受けた王女は、それが本当なのか気になって直接その話を聞きたいと思ったのだ。
しかし、ギルドに行くとレントの姿は無かった。
受付にいる者に尋ねるとギルド職員のサーシャ、そしてクロノという男と3人でマチルダの店に行くと言っていたとのことだった。
ジークハルトに尋ねると、クロノと言う男の名はレントから聞いたことが無かったため、恐らくあの村の生き残りの名前であろうとのことだった。そして気を利かせたレントがマチルダに紹介しようとしているのだろうと考えていた。
そして、レントはその用事が終わったら一度ギルドに戻る予定であることも聞いたため、2人は夕飯を食べに行き時間を潰して、頃合いを見て再度ギルドへ戻ることにしたのだった。
暫くしてギルドへと戻った2人だったが、待てども一向にレントは帰ってこない。シルティアとジークハルトはレントがギルドに戻らずに帰ったのではないかと思い、出ていこうとしていた。
その時、出ていこうとする2人の間を横切るようにして血相を変えた女性が入ってきた。
使い古した服装に履き潰され汚れた靴。
どうみても冒険者では無かった。それが気になったシルティアが、その人物とギルド職員との会話を盗み聞きしてしまう。
どうやらその女性はこのギルドで働くサーシャと言う娘の親で、一向に娘が帰ってこない事を心配に思って訪れたらしい。
これらの情報からシルティアはマチルダの店で何かが起きたと判断し、ジークハルトとともに向かった。そして対人結界を確認した2人はギルドへ報告するとともに、こっそりと騎士団の一部の団員を呼び付けたのだった。
「ひとまずはレントが起きたら襲撃者について心当たりが無いか聞いてみましょう。アイツはあの位の怪我でもすぐに起き上がってくる奴ですから。」
「あなたねえ・・・。少しは昔の馴染みを心配したらどうなの?どうみても重症だったわよ?」
ジークハルトが昔の馴染みであるはずのレントに対して微塵も心配している素振りが無いことに呆れたシルティアだったが、ジークハルトは軽く鼻で笑いながら王女へ向かって返事をする。
「俺に心配される方が嫌だと思いますよ。・・・まあ、それはある意味信頼していると言えますかね。」
「ふふっ。そうかしら。」
目の前の素直になれない男に微笑したシルティアだったが、男同士にしか分からない気持ちがあるのかもと思ってそれ以上は何も言わないことにした。
それを知ってか知らずか変な空気になりかけているのを感じたジークハルトは、焦りながら席を立つ。
「と、とにかく全てはギルドで話を聞きましょう。シルティア様にこれ以上こんな場所に滞在されるのもよく思いませんし。」
「私はそんなこと気にしないわ。むしろ十分と思っているわよ。まあ私もそろそろギルドに行くというのは賛成ね。これ以上は情報が足りな過ぎるわ。」
シルティアはそう言いながら席を立ち、黄金の麗しい髪を手慣れた手付きで鉄の帽子の中に仕舞い込んでいく。その姿はどこか精錬されており、相当な回数甲冑を着ているという事実が読み取れるものであった。そんなお転婆な王女の姿を想像しつつ、目の前に甲冑騎士(男)が出来上がったのを確認したジークハルトは王女と共に部屋を後にしたのだった。
2人の騎士が部屋を出ていく空気を察したミッドレイは既に離脱し、自らの隠れ家へと向かっていた。
「これはとんでもなくいい情報が手に入ったな。」
部屋の窓から中を覗き見たミッドレイは、甲冑騎士の正体を知った。アルカナ王国第一王女、シルティアはその美しさからも顔を知らない者はいない。ましてや、ミッドレイのような裏の世界の人間であれば王族や貴族の情報収集には余念が無い。王女の顔、ましてや特徴的な金髪を見間違えるはずが無かったのだ。
そして彼は同時に安堵する。
「これも奴らの察知能力より俺の隠蔽能力が高い方に掛けた俺の勝ちってやつか。まあ、盗聴はさすがに出来なかったが。」
魔力隠蔽は文字通り魔力を隠蔽する魔法である。魔力円とは対極にある魔法のため、魔法の極め方によって相手を察知できるできないに関わってくるのだ。ミッドレイは裏方の人間の中でも誰よりも隠蔽については自信があった。今回はたまたま相手より魔法の力が強かったため、気付かれずに近付くことが出来ていた。しかし、反対に自分の力が弱ければ一発で存在がバレてしまう危険な賭けだったのだ。そしてその賭けはミッドレイに軍配が上がる結果となった。
「あの魔力量とあの身体付き、そして王女という肩書。レアもの中のレアものだ。これを捕えれば計画を一気に進めることが出来る。」
ミッドレイは血が騒ぐのを感じていた。計画のための『狩り』は目標達成目前。あの王女を捕まえれば必ず計画の役にたてると確信していたのだ。これからレアものを探そうと思っていた矢先の出来事であったこともその興奮の背中を押していた。しかし、ふとあることを思い出し冷静になる。
「まてよ。王家にはアルカナ一族の恩恵魔法が行使できる力が備わると聞く。あれだけは厄介だ。・・・対抗策を考えなければな。」
騙し討ち、不意打ち、身内の裏切り、人質を取る等、今までにも『狩り』のためありとあらゆる策を練ってきたが、実際に王家の人間を捕まえようとする者は居なかった。と言うより王家にはそのどれもが通用する気がしなかったというのが正解かもしれない。
王家の人間には必ずと言っていいほど直属の騎士が複数おり、そのどれもが固い信頼で結ばれていることから、その牙城を崩すのは容易ではないとの判断をしていた。付け加えて、下手に接触して国とリベーラで表だって敵対することになるのは避けたかったのだ。
それを実行する権限はミッドレイだけではなく、他の仲間にも無い。
(仲間か・・・)
リベーラ組織内でもノルマの達成度に応じて上からの評価が変わるため、他国で活動する仲間はいわばライバルのような存在であったため、協力して『狩り』をすることは今までになかった。
しかし、今の状況はどうだ。目標達成まで目前、飛び級のレアものを発見。後は捕まえるだけ・・・。
そんなプライドは捨て、協力して事に当たるべきだろう。今更国にバレようが止められない。そう思いを致した彼の目にはとある仲間が浮かんだ。
「アイツと協力すれば・・・必中の状況を作れば捕まえられるはずだ。」
ミッドレイは苦虫を潰した様な顔で仲間に相談することを決意する。
そして、隠れ家に戻った彼は『商品』を馬車へと押し込み、夜闇に溶け込んでいく。王国を出る際の門番はそんな不審な馬車を呼びとめることなく通過させていく。すれ違う際に門番の男はミッドレイに向かって軽く会釈をしていた。そんな、金で国を売っている門番を哀れに思い鼻で笑いつつ、王国を出た馬車はリベーラの本拠地へと走り出した。
「さて、まずはこの商品を無事に届けること。話はそれからだ。」
馬車はアルカナ王国から隣国へ行く際の複数の道から、真っ直ぐ南下するものを選んで進んでいく。その道の看板には『レグルス新興国』の文字が刻まれていた。




