第16話
あれからどのくらいの時間が経っただろう。
クロノとルイドは互いに満身創痍になっていた。口からは血を吐き、目は血走っている。
クロノに関しては随分前からそんな状態であったが、ルイドも加速Ⅱを使うために消費する魔力の限界が来ていたのだ。
勝負は正に終盤を迎えていた。次打ち合えばこの戦いに決着が付くのだろう。
クロノもルイドもそれが分かったのか、剣の打ち合いを止め、静かに目の前の敵と対峙している。
「・・・クロノと言ったな。お前は俺達の組織≪リベーラ≫を知っているのか?」
「そんなものは知らない。今はただ、俺の知り合いを巻き込むことが許せないだけだ。」
「青いな。青すぎる。・・・お前はその女の事をどこまで知っている?」
「ギルドの職員で、治癒魔法が得意で、私服が可愛くて・・・天使だ。」
「ははは!そうか。それはそれは幸せな女・・・いや幸せなのはお前の方かもしれないな。」
「どういう意味だ?」
「いや、こちらの話だ。だが、言っておくがその女はいつか必ず争いに巻き込まれる。手放すなら今の内だぞ。それに、俺達の組織が表だって出てしまった。お前の事も組織の耳に必ず入る。・・・この世の中には知らなければ良かったと思えるようなことが沢山あるのだ。」
ルイドは当たり前のように、世界の普遍の理のように、抗うことなど考えない、決まりきった法則を説明するように、語る。まるで、それに平伏した自分自身に、言い聞かせるように。
だとしても、そうだとしても…!
「そんな脅しには屈しない。俺は絶対に倒れない・・・必ず守って見せる。」
「そうか。・・・ならば、この話は終わりだ。いくぞ!!クロノ!!ぶっ殺してやる!!」
「俺は必ず守る!!死ぬのはお前だ!!」
クロノとルイドは最後の攻撃を仕掛ける。
ギイイイイイン!!!ギイイイイン!!!
スキル加速Ⅱによって超高速となったその剣技は、並みの冒険者では目で追うことも出来ずに斬られてしまうだろう。仮にレントがこの場に居合わせていたとしても、最早この2人の戦いに割って入ることは出来ないと思われた。
そして、瞬き程の時間で幾重にも打ち合った互いの剣は限界を迎える。
ガギリ
折れた2本の剣先が宙を舞う。
ルイドはそれを見て咄嗟に腰に差していた短刀に武器を切り替えようとした。この判断は決して間違っていない。一度折れた武器を使うことは普通は博打に当たる。折れた武器は次の攻撃の衝撃に耐えられる可能性が限りなく低いからだ。
しかしクロノはそんなことを考えていなかった。目の前の男に勝つこと。それ以外頭になかったのだ。
「はああああ!!!」
そして、その一瞬の判断の差が勝敗を分けた。
「グッ!・・・・・」
ルイドの胸に折れた剣が突き刺さる。そして突き刺した勢いのままクロノはルイドを押し込んでいく。
そして、後方の対人結界に激突する。
ドゴオオオン!!!
クロノの剣はルイドを貫通し、結界に串刺しにしていた。
そして、その結界が静かに消えていく。それは目の前の男の意識が消え去ったことを意味している。
「ルイド・・・あんたは何を言いたかったんだ?」
俺はルイドと言う男が何を考えていたのかは分からないし、これまでにどんな酷いことを行っていたのかも分からない。
しかし、何かを俺に伝えたかったということを感じていた。
(知らなければ良かったと思えること・・・か。)
俺はもう動かなくなったルイドを見て思考していた。
すると突然、隣の戦場の方角から大きな音が聞こえた。それは何かがものすごい力でぶつかったような衝撃音だった。
誰かが分断するような魔法を使ったのだろうか、いつの間にか出現していた大きな壁が消えていくのが見えた。
「レントさん!!!!」
そして、俺は窪んだ地面の上にレントが倒れているのを見つける。動く気配が全く無い。魔力もほとんど尽きかけているようだ。
「ルイドさん!! ・・・貴様!!ぶっ殺す!!!」
リヒトという男がこちらに突っ込んでくる。どうやらルイドが死んだことに気付いたようだった。
その親の仇を討とうとするような表情からは仲間を殺された怒りが伝わってくる。最初にあった時の軽率そうな男の面影はどこにもなかった。
(クソッ!!もう俺は動けそうにない!!このままでは・・・)
不屈スキルも、ルイドという男を倒した時点でもう機能していなかった。
目的を果たしたと心が認識していたのだ。今はもう身体中の痛みで一歩も動くことが出来ない。
「死ねえええええ!!!!」
俺はもうここまでなのかと思ったその時だった。
「クロノ、伏せろ!!飛突剣!!!」
俺は聞き覚えのある声を聞くとすぐさま崩れるように伏せた。
「何っ!?グオッ!!」
そして前を見ると胸に風穴の空いたリヒトが見えた。
「馬・・・鹿な。何も見えなかっ・・・た。」
リヒトが俺の前で崩れ落ちていく。そしてピクリとも動かなくなった。
突然の出来事に何が起きたのか理解が追い付かない俺だったが、一つだけ確かなことがあった。
「やっと会えるんだな。騎士ジークハルト。」
後ろから近づいてくる大勢の反応の中に、あの騎士の反応があったのだ。
そして、あの声はあの時森で聞いた声と同じ。強く、そして優しい声だ。
「だが、その前に。」
俺は大声でレントとサーシャの救援を求めた。
それを聞いた者たちが一斉に2人のところへと向かって行き、治癒魔法と思われる魔法を掛けていくのが見えた。
(そうか・・・。無事なんだな。ありがとう・・・。)
治療に当たる者たちから安堵の声が聞こえてきた俺は心から安心する。
(サーシャは見たところ外傷はなさそうだが、精神的な攻撃を受けたかもしれない。レントはどう見ても重症だ。全身の骨が折れているんじゃないだろうか。)
心配をしている俺に、2人の騎士が近づいてくるのが見えた。
頭に甲冑を被った全身甲冑の騎士と、顔以外に甲冑を着ている金髪ロン毛のイケメンだった。前者は細長いレイピアを装備している。先程の攻撃は恐らくこのレイピアによるものだろう。そして金髪イケメンはかなり大きな武器を背負っているようだ。恐らくはハルバードだろう。
そこでふと、俺は違和感を覚える。
(あれ?探知で前に見た反応は顔に甲冑を被った騎士のものだが、隣の男はかなりのイケメンに思える。これはどうなっている?)
レントは倒れて気を失っているため、誰にも確認する術が無かった。
そんな状態の俺だったが、騎士はもう目の前に来ていた。
「お前はクロノだな。無事で何よりだ。・・・しばらく見ないうちに強くなったのが分かるぞ。」
先に甲冑を被った騎士に声を掛けられた。
とりあえずは話を合わせて、後で確認しよう。
「ええ。その節は助けて頂き、ありがとうございました。お陰様で飢え死にせずに済みました。」
俺がそう言うとイケメン騎士がムッとしたような顔をしていたが、それを甲冑騎士が制しているのが見えた。甲冑騎士の方が、位は上なのだろうか。
「いや何、礼には及ばないさ。君はあの村の生き残り。条約を結んでいたアルカナ王国として、相応の対応をしたまでだ。」
「そうですか。・・・ところで、ジークハルトはあなたなのでしょうか?」
「ん?どういう意味だ?」
「いえ、あそこに倒れているレントさんに言われたんです。甲冑を被った騎士はジークハルトで、俺の知り合いだと。そして・・・イケメンであると。以前あの森で見た魔力反応は甲冑を被ったあなたのものでした。ですが隣の方は他では見ないかなりのイケメンですし。ですので少々困惑してまして・・・。」
それを聞いた甲冑騎士は『ちょ、ちょっと待ってくれるか?』と言い、金髪イケメンと一緒に距離を取った。
(ええ・・・。そんなキャラでしたっけ。)
その場には騎士の焦ったような声に疑問を覚えた俺だけが1人残るのだった。
2人はクロノに声が聞こえない場所に移動すると、ひっそりと会議を始めていた。
甲冑騎士が、イケメン騎士に圧を送る。
「ねえ。ジークハルト。説明して。」
「いやあ、シルティア様。俺にもさっぱりでして・・・。」
「・・・ジークハルト。私をそんなに怒らせたいの?」
「す、すいません。真面目に考えます。・・・そうですね。これは恐らくレントの悪戯でしょうか。」
「悪戯?」
「ええ。レントの奴はシルティア様のことを知っています。そして、絶対に隠さなければいけない事であることも。で、甲冑騎士の正体からあの男を遠ざけるため、私の名前を教えたのでしょう。恐らくギルド登録の件でその話が出たのだと思います。まあ知り合いなのに名前を知らないのはおかしいですし。・・・つまり、レントは俺にクロノを擦り付けたわけです。」
「ふーん。まあ良いわ。だけど、クロノは私の魔力反応が一緒であると見抜いていたみたいよ?魔力隠蔽を常時使用している私の魔力を。あれは確信してる感じだったわね。」
「はい。それだけが謎なのです。あの村で普通に生活していただけの若者に出来る芸当ではありません。」
「そうよね・・・。」
しばし2人に静寂が訪れた。
「・・・シルティア様。ここは『兄弟作戦』はいかがでしょうか?」
「何かしら。詳しく聞かせて。」
そうして2人の会議は幕を下ろした。
クロノはその場で座り込んでいた。2人を待つ間身体は痛いし、特にやることも無く暇だったのだ。
「それにしても、前は分からなかったがあの騎士の魔力量は凄いな。それに隣の金髪イケメンも。」
俺は探知を使って2人を確認した。
前に出会った騎士は正直とんでもない魔力を持っていた。今まで出会ったどの人物よりも強い。金髪イケメンも相当に魔力を持っているが、別格だった。
(それに比べて俺は弱いな・・・)
そんな事を思っていると、2人が戻ってくるのが見えた。
そして戻ってくるなり甲冑騎士は俺に話し掛ける。
「あー、クロノ。待たせて済まない。・・・さっきの話だが、ジークハルトは私のことで間違いない。隣にいるのは、ジークムント。私の弟だ。我々は兄弟なのだ。」
「兄弟?」
「ああ。私が兄でこちらが弟だ。正直、顔もそっくりなのだ。」
「そ、そうですか・・・。」
(それって、私もイケメンって言いたいのだろうか。うーん。さっきからなんか村の時とイメージが違う・・・。)
「ちなみに、お2人は今は何をされているんですか?」
「あー。・・・今は2人で一緒に王女殿下の護衛をしているのだ。」
「王女殿下?」
そういえば俺はこの国の王族について考えたことが無かった。いや、村からここに来て目まぐるしく出来事が起こっていて、気にする余裕が無かったと言った方が正解だった。
しかし、そんな俺の反応を見たジークムントという騎士が間髪を入れずに口をはさんだ。
「おい、おま・・・クロノと言ったな。このアルカナ王国の宝ともいえる王女殿下を知らないのか?」
「す、すいません。ここに来て日が浅いもので・・・。」
「む。まあ仕方がないか。ならば、教えてやろう。王女殿下とは、シルティア・ライル・アルカナ様のことだ。この国の第一王女で、常に公明正大。この国の民を愛し、愛されている。とてもお美しい王女殿下は、この国では『女神様』と呼ばれ、親しまれているのだ。分かったか?」
「は、はい。分かりました。以後気を付けます。」
「・・・。」
ジークムントはそれはそれは胸を張って誇らしく王女のことを語っていた。
俺はとりあえずシルティアという名前の王女で、とても美しい人ということは聞き取れた。
そして、それを聞いていたジークハルトはずーっと黙っていた。恐らく王女についてはジークムントの方が詳しいのだろう。
(美しいというのが気になるし、そのうちジークハルトさんに詳しく聞いてみようかな。・・・ジークムントに聞くと何だか面倒なことになりそうだし。)
「あー。とりあえず今はこのくらいにして、後程話すとしようか。何故私たちが来たのかも説明していないしな。」
ジークハルトさんは話を終わらせると、俺の身体を心配してくれたのかギルドで休んでいるように言ってくれた。後で顔を出すとのことだったので、詳しい話はそこで聞くことになった。
また、サーシャとレントもギルドに運ばれるとのことだったので、俺は治癒魔法士と思われる人たちに担がれてゆっくりとギルドへと向かうのだった。




