第15話
クロノは目の前の炎の軍勢に向かって飛び込む。
マチルダによって身体強化Ⅰを付与された剣の力と、防具による魔法防御Ⅰの強化があるはずだが、それでも速さが足りないし、熱を防ぎきれなかった。このまま同じことをしていては目の前の男に勝てないのは分かっている。勝つためにはそれ以上の何かが無ければ不可能だ。
(それ以上の何かを今、ここで掴み取るんだ。そのためには・・・)
探知スキル先読みしながら火炎弾の攻撃を避けていく。そして、先程と同様に2つの炎が避け切れない。
(さっきと同じだ。これを・・・繰り返す!!)
「はああ!!」
まずは1つ目の炎を斬り捨てる。しかし、灼熱の炎が身体の横をすり抜けた。それだけでもやはり燃えるように熱い。これは我慢でどうにかなるレベルを超えていた。
そんな俺に向かって2つ目の炎がまたもや直撃する。斬ろうと動いても、全く間に合わなかった。
燃える身体を転がって必死に消していく。
そして再びルイドの剣による追撃を受けてしまった。身体に鈍痛が響くと同時に吹き飛ばされる。
動こうともがく俺だったが、ルイドはそれを無視して後ろにいるサーシャに向かって歩いていく。怯えながらも治癒魔法を行使しようとしているサーシャを見た俺は、痛みを無視したスキル不屈を反射的に使用してルイドの前に立ち塞がる。ルイドは驚いた表情を見せるも、冷静な顔を崩さずに俺に剣を切り付ける。
ギィイイイン!!
剣と剣がぶつかり合う音が響く。
「あの炎の直撃を受けたらそこまで早く動けないはずなんだが・・・お前には痛みや恐怖は無いのか?」
「俺は、彼女を守るためなら何度でも立ち上がって見せる。・・・俺はもう誰も失いたくないんだ。」
「フン。お前は魔法が使えないんだろう?この期に及んでも魔法を使っていないのがその証拠だ。・・・そんなお前が誰かを守るなんて出来る訳が無いんだよ。」
俺は経験値スキルというスキルは持っているものの、身体能力はどこにでもいる一般人とそう変わりない。
漁をしていたお蔭である程度の力は持っているとは思うが、それでも一般人の域を全く超えていないのだ。いや、むしろ魔力が無い時点で一般人以下かもしれない。
そんな分かり切っていたはずの事実に対し、俺は何も言い返すことが出来ないでいた。
「クロノさん!!回復!!火傷回復!!」
そんな俺の身体をサーシャが出現させた女神が癒してくれる。彼女はこんな俺を信じてくれているようだ。
ならば俺は何度でも立ち上がって見せる。俺は絶対に諦める訳にはいかない。
「・・・出来る出来ないじゃない。やるんだ!!」
そして同じことを繰り返していく。
何度も
何度も
何度も
何度も
目の前の敵を倒す。サーシャを奪おうとする敵を倒す。俺はそれだけを考えて立ち向かって行く。
時には流水弾や氷結弾による攻撃もあった。
後者の攻撃を受けた際は腕が凍って取れかけたが、それもサーシャに治してもらっていた。
「もうやめて!!クロノさん!!!私は・・・もういいの!!」
しかし、クロノにはその時彼女がどんな表情をしていたのか、どんな言葉を掛けてくれていたのか最早覚えていないのだった。
しかし、そんなボロボロの男を前に、ルイドは焦っていた。
(クソっ!!こいつ、何故諦めない!?あれだけの痛みと恐怖を与えているんだぞ。普通ならもうとっくに心が折れているはず。回復して傷が無くなると言っても、痛みや恐怖まで無くなる訳じゃないんだ。そしてあの娘、あれだけの治癒魔法を行使できる器を持っていたのか。既に魔力は使い切ったと見えるが、それでも異常な魔力量だ。・・・俺の目に狂いは無かった。あの娘を連れ帰ればその功績で間違いなく俺は幹部クラスになれる。そうなればもうノルマに怯えることも無いんだ。・・・)
「くそが!!もう死にやがれ!!火炎弾!!」
ルイドは自身が出せる限界の威力で火炎弾を繰り出した。それは魔力消費がとても多かったが、膨大な魔力を持つルイドにはまだ余裕があったのだ。
クロノはそれを死に物狂いで避けていく。今までとは全く異なる大きさの炎は、避けてはいるもののその高温でクロノの身体に確実にダメージを与えていった。
しかし、クロノには倒れるという選択肢はあり得ない。
スキル不屈による力で身体の痛みを無視し、回避行動を行っていく。
だがそれでもクロノの身体能力では避けられない2つの炎がやってくる。
その炎には、直撃すればクロノを確実に死に至らしめる力があると思われた。クロノは自分の命の終わりを感じながらも、そんな炎に正対し、その炎に斬りかかっていった。斬ったそばから炎が身体を蝕んでいくのが分かった。
(痛い。痛い。痛い。だがここで・・・折れる訳にはいかない。後ろにはサーシャが居る。絶対に渡すわけにはいかないんだ!!)
「うおおおおおおおおおあああああ!!!!!」
クロノは心の底から叫び、そして、炎は真っ二つに切れていく。
しかし、無慈悲にも2つ目の炎が飛んでくる。再び斬ろうとしてもクロノの身体能力では明らかに間に合わない。このままでは確実に死ぬだろう。後方からサーシャの悲痛な叫びが聞こえる気がする。
「俺は・・・・絶対に守るんだ!!!」
【スキル取得条件の達成を確認しました。クロノはスキル加速を取得しました。このスキルは・・・】
その声を聞いた瞬間、クロノはこの場の誰の目にも見えない速さで剣を振るった。その驚異的な速さで幾重にも切られた灼熱の炎は瞬く間に消え去っていく。
ブチブチィ!
その瞬間、クロノの身体の肉が切れる音が鳴り響いた。クロノはそれを無視してそのまま奥にいる男に向かって飛び込んでいく。
加速はあのギメルが使っていたスキルだ。肉体の限界を超えた速度で動くことが出来るが、その分使用した後の反動が大きく、並みの冒険者では一度の戦闘で1回使うのが関の山だった。
レベルに応じて攻撃の速度が上がって行くが、その分肉体への負荷も比例して大きくなっていく。そのため使用回数を増やすには物理的な肉体強化をするか、魔力を使った肉体強化を行うしかない。
しかし、クロノは自身の肉体ダメージを無視したスキル不屈がある。複数回使用しても倒れることはなかった。もちろん痛覚が遮断されているわけではないし、ダメージは確実に蓄積されていく。
それでもクロノは止まらない。
「なっ!!?加速だと!?お前にそんなスキルは無かったはずだ!!それに、連続使用など在り得ん!!」
「くらえええ!!」
クロノは再び加速で攻撃を仕掛ける。ルイドは攻撃魔法を諦め、剣で対抗しようとしているようだ。もう一度連続使用すればきっと倒しきれる。
ギギギギィイイイン!!
「なっ!?」
しかし、クロノの渾身の攻撃は全て防がれていた。それどころか、全身に切り傷を負わされていたのだ。
暫くしてクロノの全身から血が噴き出す。
「ま、まさかお前も・・・!?」
「残念だったな。連続使用できるのはお前だけではない。俺ぐらいの強者であれば簡単に出来ることだ。」
クロノは探知で相手の魔力を認識している。この一瞬でルイドの魔力が著しく減っているのが確認できていた。
「・・・魔力を消費して肉体強化を高めたのか。」
「そうだ。お前がどんな芸当で加速を使えるようになったのかは知らないが、俺は既にレベルⅡ。スキル同士の殴り合いなら俺に分がある。」
スキルレベルの違いはそのまま速度の違いに繋がる。ルイドの反撃を防げなかったのはそのためだ。
(なら、俺はここから更に限界を超えるしかないということだ。・・・そのための経験値スキルなのだろう!!?)
「はあああ!!」
「何度やっても同じだ。魔力がある上にレベルも違う。お前は俺には勝てない!!」
ギギギイイイイン!!!
クロノとルイドの剣戟が幾重にも重なり合う。剣戟の嵐はクロノの身体を一方的に傷つけていくようだ。
それを見ていたサーシャは必死に治癒魔法を行使しようとするも、そう思うだけで意識が遠退いていく。
彼女の魔力はとうに限界を迎えていた。先程からその場に立っていることだけでもやっとだったのだ。
(でも私は・・・クロノさんを助けたいの!!お願い、力を貸して!女神様!!)
懇願する彼女だったが、その心の声に反応する者は誰ひとりとして居なかった。視界に入るのは血だらけになって必死に剣を振るう愛しい人だけだった。
サーシャはその姿を見て涙することしか出来ない。
「私も・・・限界を超えたいの!!あの人のように!!!」
「---------。」
「だ・・れ・・?」
心からの願いを口にした彼女の心に誰かが話し掛けてきた。その誰かは何かを言っているようだったが、それを聞き取る前に彼女の意識は遠退いていくのだった。
そして、ルイドだけが目撃する。サーシャの帽子の中から光が溢れ出していたことを。
(あれは何だ?・・・やはり確実に持ち帰ってミッドレイ様にご報告しなければ。)
想像を超える出来事を前にしてルイドは困惑していた。
そのため、クロノが攻撃を防ぎ始めたことに気付ことが出来なかった。
(よし・・・これで・・・加速Ⅱにレベルアップした・・・ぞ。)
クロノは己の背後でサーシャが倒れているとも知らずに剣を振るい続けていた。
加速を多用し、経験値スキルによって急速に経験値を得たクロノは既にスキルのレベルを上げていたのだ。
しかしクロノの身体は限界の限界を超えており、不屈スキルを持ってしても、それ以上の戦闘は困難だった。
「お、俺は・・・負ける・・・訳には・・・」
無意識の内に目を閉じかけたクロノだったが、突然身体に力が漲ってくるのを感じた。
恐らくサーシャが治癒魔法を使ってくれたのだろう。そう思って後ろを確認すると、そこには倒れている彼女がいた。
「サーシャ!! クソっ!!!貴様!!!サーシャに何をした!!!?」
クロノはサーシャが魔力の欠乏で倒れたとは思わなかったのだ。
自分の気付かぬ内に目の前の男の何らかの魔法で攻撃を受けていたと勘違いしてしまっていた。
「フン。あの女が勝手に倒れたのさ。残念だった・・・何っ!??そんな馬鹿な!!」
ルイドはクロノが自分の攻撃を全て防いでいることにようやく気付き、そのあり得ない成長に驚きを隠すことが出来なかった。
「この速さは・・・まさか、あり得ない!!!どうやってこの短時間でスキルのレベルを上げた!!??レベルを上げるのは並大抵の努力では出来ない芸当なんだぞ!!??」
「そんなことをお前に言う義理はない!!覚悟しろ!!ルイド!!!」
「貴様ああ!舐めるな!!」
そして、加速ⅡVS加速Ⅱの最後の戦いが始まった。
ルイドの魔力が尽きるまでの間、クロノは肉体の限界を超え続けるのだった。
(嵌められた!!)
レントは自身の浅慮を嘆いていた。
魔力の削り合いを仕掛けていたはずが、それを逆手に取られていたのだ。
魔力隠蔽の発動を見抜けず、誤認したまま戦い続けてしまっていたのだ。
気付いた時には時既に遅し。
レントの魔力がリヒトを上回ったと考えて勝負に出ようとした瞬間、相手のカウンター魔法の反撃を受けた上、魔力の差が倍以上に開いていたのが判明したのだ。
「はははっ!何を勘違いしたのか知らねえが、勝手に自滅してくれてありがとよ。」
「ううっ。クソっ。」
レントは血を吐き捨てながら作戦を考えていく。
しかし、その瞬間身体に違和感を感じる。
(・・・これは、毒か?不味い、解毒薬を・・・しまった。今は私服だ。解毒薬は持ってきていない。)
レントは最悪の気分だった。ギルド職員になる前の自分ならばこんなミスはしなかったはずだった。
しかし、現実はもう後戻りできない。
「おやあ?ギルドのレントさん。気分が悪そうだね。解毒薬を持っていないようだけど、大丈夫かな?」
(くそっ!!せめて相打ちにしてクロノに行かせないようにするしかない!)
レントはリヒトに向かって決死の覚悟で突撃しようとするが、目の前の男が驚きの表情で隣の戦場を覗いているのが見えた。その表情は軽薄そうな男には似合わない鬼気迫るものであった。
すぐさま視線を隣の戦場へと移したレントは、その光景を見て歓喜の表情を浮かべた。
レントがルイドという男と激しい打ち合いを繰り広げていたのだ。クロノが不退転の表情を浮かべているのは当然と思うが、相手の男はそれ同等かそれ以上の必死さが見て取れた。本気で戦っているのは明白だった。
(あの速さ、スキル加速だな。・・・全く、クロノはとんでもねえやつだ。)
「ルイドさん!!全く、あの雑魚に何を手こずっているんだ!!? チィ!!」
対峙していたリヒトが隣の戦場に加勢しようと動いた。
だが、レントはそれを許すほど落ちぶれてはいない。
「させるか!!地形操作!!」
「なっ!貴様!!邪魔をするな!!」
「急に居なくなろうとするなんて寂しいじゃないか。・・・俺はまだ倒れていないぞ?」
レントは魔力を一気に消費して魔法を行使した。その魔法は地形を操作するもので、隣の戦場の間に壁を出現させる。その壁は厚く、簡単に取り除けるものではない。
レントは毒にやられて朦朧としていながらも、よろよろと立ち上がってリヒトを挑発したのだった。
「貴様、強がるなよ。チッ!こうなった以上、まずは先に貴様を殺す!あの人はあれくらいでやられるたまじゃねえ!」
「はっ。やっと本気って訳だな。・・・来い!」
こうして、クロノの隣でレントの決死の戦いが始まる。




