第14話
俺はレントと一緒に道なき道を歩き、シャッター前までやってきていた。
まだ2つの反応に動きは無い。こちらの動きに気付いていないのか、それとも敢えて動いていないのかは分からない。それもここを開ければきっと分かるのだろうと思う。
俺とレントは2人で顔を見合わせると、緊張した面持ちでシャッターを開けた。
シャッターを開けると、静寂に包まれた夜闇が現れる。
近くにある、商業街と思われる場所からの明かりだけがうっすらと見えている状態だった。
俺とレントが入口から数歩進むと、探知に反応があった。
(これは魔力円が俺に触れた時の反応だ。それに、ものすごい速さでこっちに近付いてきている!)
「レントさん!」
「ああ、俺も気づいている。俺達が出てきたのが分かったようだな。」
レントは自身の魔力円に誰かが触れたことが分かったようだ。しかし、魔力円では相手の居る方向は分かるが、正確な位置は分からない。こちらに向かってきていることまでは分からないはずだ。
「こちらに突っ込んできてます!」
「何っ!? っクロノ!!目の前だ!!!」
ギィイイイイイン!!
俺とレントは相手の攻撃を剣で受け止める。もし受け止めていなかったら、間違いなく首が切られていただろう。レントはそれをほぼ互角の力で受け止めているようだが、俺はギリギリやっとの思いで受け止めている状態だった。
それを見た相手の2人は一瞬驚きの表情を浮かべると、後ろへ飛び退き、俺達の前に正対した。
2人は真っ黒なローブに身を隠しており、夜の暗闇も相まって姿の全容が見えない。分かっているのは俺と同じタイプの剣を所持しているということだけだ。
「お前ら、攻撃が来ることを事前に知っていたような動きをしていたな。何故だ。」
「ルイドさん。こいつ俺の攻撃を受け止めやがった。早くやっちゃいましょうよ。」
「黙れ、貴様。余計な事を言うな。」
「いいじゃないっすか~。どうせいつものようにやってくれるんですよね?」
そう言われたルイドという男は、鼻を鳴らして詠唱する。
「対人結界」
すると、周辺に紫色をした半透明の膜が張られていく。それはこの脇道とマチルダの建物をすっぽりと覆い隠すように見えた。それを目にしたレントが2人へ話し掛ける。
「なるほどな。これで逃げることも助けを呼ぶことも出来ないという訳か。」
「ご名答~。お前たちはここで終わりさ。あ、俺はリヒトね。死ぬ前に俺様の御尊名を覚えてくれるか。」
「これはこれはご丁寧に。俺はギルドアルカナ支部のレントだ。そっちはクロノという。」
「はっ!こっちはお前らの名前なんか興味ないね!!」
剣がぶつかる音が聞こえる。レントとリヒトの戦いが始まったようだ。
リヒトという男は先程、俺に見向きもしていなかった。どうやら雑魚認定されたようだ。
しかし、目の前のルイドという男は俺を観察しているかのように、じっとこちらを見つめている。
ルイドは慎重にならざるを得なかった。この作戦が万が一にも失敗すれば、自分には地獄が待っている。死ぬことを許されず、苦痛だけを永遠と味わうのだ。それだけは絶対に阻止しなければならなかった。
「お前、クロノと言ったか。何故俺の攻撃を見切った?それに・・・魔力が何故見えない?」
「・・・あんたの殺気に気付いたからさ。魔力は見えないんじゃなくて、無いんだよ。」
(いや、仮に殺気が分かったとしても、こんな弱そうな男に防げるような攻撃はしてねえ。あれはもっと違う感覚だ。事前にどこに攻撃が来るのか知ってたとしか思えん。それに、魔力が無さそうなのは見て分かるが、そうじゃねえ。魔力自体が見えねえんだ。・・・何か隠してやがるな。)
そう思ったルイドは、こちらに冷静に告げる。
「そうか。嘘をつくと言うならそれでもいいが、どうせお前は死ぬ。今の内にスッキリしておいた方がいいぞ。」
「いきなり人を殺そうとするような奴らに話すことなんてない!」
「そうか。では死ね!!火炎弾!!」
ルイドの右手に炎の塊が集まっていき、やがて俺に向かって高速で飛んでくる。灼熱に燃えるその炎は、まともに受ければ致命傷になると思われた。
しかし俺は魔力の流れを読み、攻撃が来るということと、その弾道を予測している。避けることは可能であった。そして俺は横に飛び退いて魔法を避ける。
「!? ・・・やはり、攻撃を先読みしているな。ならば、くらえ!!」
すると、今度は大量の火炎弾が飛んできた。
(数が多すぎる!!避けるだけでは無理だ!!)
出来る限りの力で魔法攻撃を避けていく。しかし、残り2つがどうしても避けられなかった。
俺は剣で灼熱の炎を切ろうとする。
「はあっ!!」
1つは何とか切り崩したが、とても熱い。切っても半分に割れた炎が身体を通り過ぎる際の熱が強すぎるのだ。そして、残りの炎を切り崩そうとするも、熱の痛みで反応が遅れ、俺の身体に直撃する。
「ぐわああああ!!」
熱い熱い熱い熱い!!!
熱の痛みで何も考えることが出来ない。直撃した炎は俺の身体を燃やしていく。
すぐさま転がって火を消していくが、それを相手は待ってはくれなかった。
「フン!!」
「ぐっ・・・」
ルイドの追撃をまともに受け、俺はマチルダの建物の前まで飛んで行った。
剣での攻撃だが、とても同じような剣とは思えないような重い攻撃だった。身体能力の差に加えて、武器にも何らかの強化魔法が付与されているのだろう。
追撃の動きは当然探知で捉えていたが、熱の痛みで回避するまで動くことが出来なかったのだ。
「強酸液!!」
「魔法盾!!」
一方、レントとリヒトは互角の戦いを繰り広げていた。
レントはリヒトからの攻撃を受け流すことに注力しており、その狙いは魔力の欠乏だった。
(相手の方が魔力量は上だとしても、あれだけの攻撃魔法を打ち込めば消耗は激しいはずだ。)
レントはリヒトの魔力量を確認する。相手は既に魔力の1/3は使用していると思われた。この調子で戦っていけば勝てると思ったレントは、疑問に思っていたことを確認する。
「お前たちは何が目的なんだ?切りかかってきた時点で殺意は明確だが、俺たちを殺したくて来たって訳じゃないんだろう?我々の名前も知らないようだったしな。」
「ふん。余裕ぶって偉そうな男だ。・・・まあいい。どうせ死ぬんだから教えてやるよ。俺達は≪リベーラ≫だ。これだけでギルドのお前なら分かるだろう?」
「なっ!リベーラだと!?」
リベーラとは数年前からギルドの上層部で噂になっている非合法の奴隷販売組織のことである。
複数の国で暗躍している組織で、誰もその全容を明らかに出来ていない。貴族の息が掛かった組織であるとか、はたまた魔族の者が関わっているなど様々な憶測だけが飛び交っている。
奴隷自体は娼館等で世界的にも合法に存在しているが、それらは当然法に守られた存在であり、奴隷を取り扱うのも国による定期的な厳しい審査を経ることが条件となっている。
非合法というのは奴隷の尊厳を無視した扱いを行うことであり、そういった何の枷も無い奴隷は裏で高値で取引されていた。
「やっぱりね。何の組織か知っているな?」
「ああ。一部の上層部での噂扱いだったんだがな。行方不明者の数が増えているって騒いでいたのさ。・・・つまり、お前たちの目的は」
「そうさ。お前と一緒にいたあの眼鏡の女だ。今は建物の中に隠れているんだろう?」
「どうだかな。」
(サーシャが目的か。しかし、何故だ?彼女が美人だから奴隷にして売りたいというのは分かるが、だからと言ってギルド職員を手に掛けるのは危険ではないのか?それともギルドにバレても問題無いと判断したのか・・・。それともその危険を冒すだけの何かが彼女にあるというのか・・・。)
戦いの中で考えを巡らせるレントであったが、ふいに隣から悲鳴が聞こえてきた。
「クロノ!!?」
クロノが赤い炎に包まれていた。そしてその炎が消えると同時に吹き飛ばされるのが見えたのだった。
痛い。
火傷の痛みはこんなにも痛いのか。もはや身体の感覚が殆どない。
今なら子どもの頃やかんをこぼして負った火傷は大したことが無かったと分かる。あの時の自分は死んでしまうかと思っていたが、あんなのは序の口だったのだ。
(俺はこんな魔法1つでやられる程弱い。経験不足とかそんなのは関係ない。やはり、魔法が使えないのはかなりのハンデなのか。)
痛みで朦朧としながらも、ふと前を見るとルイドという男が俺の後ろの方を見て留まっているのが見えた。
(どうしたんだ?絶好のチャンスのはずだが。)
すると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「クロノさん!!嫌!!絶対に死なせません!!」
「!? サーシャ、ダメだ。ここは・・・危ないんだ。」
「嫌です!!私は・・・回復!!火傷回復!!」
その瞬間、目の前に巨大な女神が現れた。女神は俺に息を吹きかけるような動作をすると、見る見るうちに痛みが引いていくのが分かった。実はサーシャ自身も今までに見たことのない女神による治癒魔法であったが、今はそれに驚いでいる場合ではないと、必死に魔法の行使を続けている。
全回復した俺はすぐさま立ち上がり、サーシャを背に隠してルイドと対峙した。
「サーシャ、ありがとう。おかげて戦えるよ。だけど、もうあんな危険な真似はしないで欲しい。」
「・・・分かりました。けど、回復要員としてずっとここに居ます。これは絶対です。」
恐らくサーシャは梃子でも動かないという表情をしているのだろう。
仕方なく俺が肯定すると、彼女は何も言わずに後ろに控えているのが分かった。
すると、隣で戦っているであろうレントから声が聞こえてきた。
「クロノ!!!奴らの狙いはサーシャだ!!奴ら、サーシャを非合法の奴隷にして売り飛ばすつもりだ!!!」
それを聞いた俺は心に黒い物が渦巻いたのが分かった。
(サーシャを奴隷に・・・?この天使のサーシャを?ふざけるなよ。そんなこと絶対にさせねえし、許さねえ!!)
心の中で燃える怒りを抑えきれなくなった俺は目の前の男に怒鳴ろうとするが、その前にルイドが何か言っているのが聞こえてきた。
「素晴らしい・・・。俺の直観は間違っていなかった。まさかこれほどとは。」
「何をごちゃごちゃと言ってるんだ!?お前にサーシャは渡さないぞ!!」
「いや、こっちの話だ。気にするな。・・・どちらにしろお前は俺には勝てない。後ろの娘が幾ら治癒魔法を使おうが、お前の精神が壊れるのが先だ。」
「はっ!それはどうかな!?」
クロノは迫りくる炎に向かって飛び込むのだった。




