第13話
マチルダが鍛冶場に入った後、俺達3人はそれぞれ別々に店内を物色し始める。
2人は興味津々に見ているようだったが、俺にはどれがいいのか見当が付かなかった。
それに気付いたサーシャは俺の元に近づいてきた。
「ごめんない。クロノさん。教えると言っておきながら・・・。私、つい夢中になってしまって。」
「いや、大丈夫だよ。・・・とは言えないかもしれないです。俺にはどういった防具がいいか教えて貰えませんか?」
「任せて下さい。そうですね、クロノさんは魔力を持っていないので、装備する事で魔力を増やしたり強化するような物ではなく、直接的な攻撃力を増やす物か、防御力が高い物がよいと思います。」
防具にはそんな能力が付加されるのかと感心していた俺だったが、サーシャが一生懸命に探してくれているようだったので、とりあえず俺もそう思いますと知ったかぶりをしておいた。
「あ、これなんてどうですか?魔法防御力を高めてくれる防具みたいですよ。」
「おお!それはいいね!」
魔力の無い俺にとっては、魔法で魔法を防ぐようなやり方は出来ない。遠距離攻撃対策として一考する余地はありそうだった。そこで俺はゲームの知識から考えて、魔法防御があるなら精神的な攻撃とかも防ぐ防具はあるのか気になった。魔法を防御してくれる仲間でもいれば別だが、まずば自分で対策をしないと。
「サーシャさん、魔法防御の他に精神的な魔法攻撃を防ぐような防具はありますか?」
「...クロノさん、違います。」
「な、何か変なこと言いましたか?」
「これからは『サーシャ』と呼んで欲しいです。」
突然の呼び捨て希望だった。
俺としては何だかお近付きになれた気がして嬉しいのだが、まだ出会って数日の男に呼び捨てにされて大丈夫なのだろうか。ギルド登録の時に年が上だと分かっていたから、年下としてのケジメ的なものだろうか。
「えっと、一応聞くけど、俺みたいなのにそんな馴れ馴れしくされて大丈夫なの?」
「みたいなのって何ですか。私はクロノさんだからそう呼んで欲しいと思ってます。むしろ他の人には呼び捨てにされたくないくらいですよ。それから、時々使う敬語も不要です。」
「そ、そっか。じ、じゃあ、『サーシャ』」
「はい。クロノさん。」
その笑顔は天使以外の何者でもなかった。
顔を赤くしているのは今回はきっと俺の方だろうと思う。
ちなみにレントは遠くに置いてあった武器を物色しているようで、こちらには気付いていないようだ。
「そ、それでサーシャ、精神攻撃系に強くなれる防具はある?」
魔法と言うと火を飛ばすなど派手な攻撃が思い起こされるが、避けるとかしてなんとかなるのではと思う。
どちらかと言うと、万が一精神面での攻撃を受けて転生の事などを知られる方がやばい気がする。そういえば、グランも攻撃魔法より絡め手の魔法を使われる方が厄介だと言っていた。
「精神攻撃?ですか。うーんそうですね。世の中にあるか無いかで言えばありますが、高級品なのでここには無いのではと思います。そもそも精神攻撃系の魔法は本当に一部の上級者しか扱えないんです。今のクロノさんの段階では対策しても余り意味が無いかもしれません。」
「なるほどね。でも、いつかは手に入れたいな。そういった敵に出会うかもしれないし、その時に魔力が使えない自分では何も防げなくなると思うんだ。」
「さすがですね。クロノさん。私も後でギルドの情報を探してみます。それでは今回はさっき選んだ防具にしますか?」
サーシャはそういうと、先程の防具を俺に渡してきた。グランの防具と違ってとても軽く、シンプルな作りをしている。そして銀色ではなく真っ黒な色をしていた。サーシャは『カッコいいと思います。装備しているところを見たいです。』と言ってくれているし、この防具にしてみようと思う。値段が幾らか分からないのが不安ではあるが、見繕ってくれた手前もあるし、よっぽどじゃない限りは購入しよう。
「この色って何の色なの?塗装でもしているのかな?」
「いえ、これは恐らく黒曜系の鉱石を使用しているため、黒いのだと思います。ざっくりですけど赤、青、黄、それから銀、金まで様々な色の鉱石があって、使った鉱石によって防具の色が決まってくるみたいですね。」
なるほど。じゃあ黒が好きなら黒系のレア度が高い鉱石を集めればいいってことか。後でマチルダに聞いてみよう。
「防具も決まったことだし、あとは回復するような薬なんかはあるのかな?さっき見えた箱にそれっぽいものが入っていたような気がするけど。」
「・・・あっ。そうですよね。やっぱり必要ですよね。」
サーシャの反応が少しおかしかった。何か思うところがあったようだが、大丈夫だろうか。
「サーシャ?どうかした?」
「そ、その・・・。じ、実はですね・・・。」
「おう!待たせたな!!クロノ!!剣も防具もしっかり直してやったぜ。」
サーシャの話を遮るように、勢いよくマチルダの入った扉が開いた。
「本当か!?早いな!サーシャ、ごめん。何か言いかけてなかった?」
「いえ!大丈夫です・・・。気にしないでください。」
「ごめんね。後で必ず聞かせてもらうよ。」
サーシャが悲しくも頷くのを確認した俺は、サーシャと一緒にマチルダの待つカウンターへと向かう。マチルダの大声を聞いたレントもやってきていた。
カウンターを見るとそこには新品と思える程に綺麗に打ち直された剣と、しっかりと元の形に戻された防具があった。
「この短時間でここまで直せるものなのか。・・・マチルダ、あんたを信頼してなかった訳じゃないが予想外だったよ。」
「ははは。驚いたか。これくらい俺からすれば朝飯前よ。ま、とりあえず試してみてくれ。」
俺は促されるままに剣を手に取り、構える。心なしか前よりもかなりしっくりくるような気がする。それに、この感覚は何だ?妙に身体に力が漲るようだ。
「気づいたか?この剣には、≪身体強化≫の魔法を込めておいた。レベルで言えばⅠ相当だが、今のお前さんにはそれでも十分強く感じるだろう?知らねえと思うから教えといてやるが、身体強化は自身の基礎能力に比例して強くなる魔法だ。簡単に言えば、お前が強くなればなるほどその剣も強くなるのさ。」
「マジかよ。そこまでしてくれたのか。ありがとう、マチルダ。それから、防具もな。」
「おう。感謝してくれ。いい鉱石を持ってきてくれたらもっと強くしてやるよ。」
「よかったな、クロノ。その辺の店には置いてない代物になったぞ。」
「確かに力が増しているような気がしますね。それに、強化魔法はクロノさんの戦い方にピッタリだと思います。」
俺はそのまま剣を腰に差そうと思って気付いた。
「そうだマチルダ。強化してもらっておいて何だが、お代は幾らだ?」
「あ?そうだなあ・・・要らんわ。新しい鍛冶場を試せるいい機会になったしな。ま、今後はちゃんと事前相談して決めていこうや。その防具もタダでいい。そいつは俺が趣味で作った黒の防具だ。お前さんの名前と同じでいいじゃねえか。」
それから剣と防具を装備した俺は、サーシャに『超かっこいいです』と褒められまくった。お世辞でもそんなに褒められると調子に乗ってしまうから困るのだが、俺自身も黒は好きだし、気に入っている。それを見て気をよくしたのか、マチルダが『ここまできたら色々付けてやる』と言って手袋やらブーツやらに加えて、小物が入るポーチまで付けてくれた。もちろん全て黒い色をしている。後は服を黒くしたら全身真っ黒になってしまうところまで来ていた。
「なあこれ・・・ありがたいんだが、名前と被って恥ずかしくないか?」
「いいじゃねえか。黒づくめの男、クロノ。覚えやすいし。」
「マチルダの言っていることは正しいぞ。覚えてもらえればそれだけで有利に働くこともある。例えば特殊クエストを依頼される可能性だって上がるし、冒険者としては悪いことじゃない。」
「そんなものですか?まあ・・・それなら有難く使わせてもらいます。」
「おう。さっきも言ったが、今後は武器や防具を作るなら鉱石を持ってきてくれよ。」
装備屋に来た当初の目的を果たした俺達は、そろそろお暇しようとする。
サーシャに何か欲しいものは無いのか聞いてみたが、今回は無かったらしい。そもそもサーシャはどんな装備を使うのだろうか。
治癒魔法が使えるみたいだし、魔法使いってことで杖を使った後方支援の線が濃厚かもしれない。
店内を後にした俺達は元来た道を戻っていく。今回は最初からレントの魔法で明るくなっているため安心だ。
それから俺が魅惑の世界を覗いた、地下から地上への入口の壁には手すりが掘られていた。先程は暗い中見たからよく分からなかったが、どうやらここを伝って行き来するらしい。
・・・もちろん、今回は最後に登るのがサーシャになったのは言うまでもない。
俺は地上に上がると、探知が感知している魔力についてあることに気付く。最初にこの店に来た時にもあった、ある2つの反応の位置がその時と全く変わっていない。距離や地理的に見てもこちらを容易に視認できる位置であるし、それに魔力量はレントよりも多い。どう考えても怪しかった。
「どうしました?クロノさん?」
サーシャが俺の様子を見て心配して話しかけてきてくれた。レントも俺の様子に疑問を抱いているようだった。しかし、これを説明するには俺がそういう能力を持っていることをバラす必要がある。この2人には信頼が置けるのはもう十分に分かっているし、探知なら伝えても大丈夫だろう。誰かに危害が加わるようなことがあってからでは遅い。俺は二度とあんな思いはしたくないのだ。
「実は・・・俺は探知というスキルを持っているんです。このスキルについて知っていますか?」
「いや、聞いたことがないな。サーシャ、君は?・・・知らないか。」
2人とも知らないようだった。やはりアルカには凄い才能があったんだな。
俺は少しだけ考え込むが、気を取り直して2人へ説明する。魔力円的なスキルであることと、その能力の一部。それから建物の外にある2つの反応について。
「なるほどな。あのギメルの奇襲攻撃に対応できたのはそれが理由か。まあ今はそれは置いておくとして、自宅でも街中でも、ずっと移動していない住民などいるはずが無い。ましてや、こちらを視認しやすい位置なのだろう?俺は監視もしくは待ち伏せと見るぞ。」
「クロノさんにそんな凄いスキルがあったんですね! ・・・それにしても、私達を襲う理由って何なんでしょうか?心当たりありませんけど?」
そうなのだ。待ち伏せされているとしても、ギルド職員である2人に加えて、登録したばかりの駆け出し冒険者に用があるのだろうか。
ギルド職員に手を出すのは日本で言えば警察に手を出すようなものだろうし、俺に至っては・・・あ、襲う理由あるかも。
「もしかして、ギメルの復讐でしょうか?」
「いや、それは無い。あの戦闘でギメルの心は折れた。自尊心の塊だったアイツはみんなの前で駆け出しに負けた上、片腕を失っている。お前とは戦うどころか会いたくないと思うぞ?」
「んーとなると、マチルダに用があるという線もありますね。」
「ああ。それはあり得るだろうな。2人には分からないだろうが、アイツは仕事を断るときは一方的に断るし、それをよく思わない奴は大勢いると思うしな。」
「じゃあとりあえずは警戒しながら出て行って様子を伺うということで。一応マチルダには伝えておきましょう。」
マチルダへはレントが代表して報告に行ってくれた。マチルダは『俺の客なら俺が行くぞ』と言っていたそうだが、冒険者でもない人は戦わせられないと、レントが断ったそうだ。俺もそれには同感だった。
「サーシャはここに残ってくれないか?俺とレントでまずは外の様子を確認してみるから。」
「わ、私も戦えます!何かあった場合に治癒魔法が使えますから。」
「サーシャ、できれば相手の目的が判明するまでは待ってくれないか?クロノによると相手の魔力は俺より多いらしい。応援を呼ぶ必要があるかもしれないから、いつでも裏口から逃げれるように待機して欲しいんだ。」
そう言われたサーシャは渋々ながらも了承を口にした。俺はその気持ちだけ受け取っておくことにする。
「それじゃあクロノ、準備はいいか?・・・正直、魔力に関しての話が本当なら俺はお前を助けてやれないかもしれない。大丈夫か?」
「はい。分かっています。自分自身で何とか切り抜けます。」
サーシャがとても心配そうな表情をしている。
俺は足が震えそうになるが、彼女を心配させまいと震えを強引に押さえて余裕の表情を作った。
(まだ敵と決まった訳じゃない)
俺はそう思いながらレントと一緒に入口のシャッターへと向かうのだった。




