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第12話

「まあ、上がれよ。」


 俺達はマチルダに案内されると、シャッターの中へと進む。

 薄暗い店内には、木で出来た箱で埋め尽くされていた。そのほとんどの箱の蓋が開いていおり、中身は空っぽのようだった。

 奥に見える、レジがあったと思われるカウンターのような場所だけは綺麗にされているようだったが、それ以外には座る場所どころか、足の踏み場も無い。

 マチルダは慣れた感じで先にどんどん進んでいくが、俺達はまだ誰もシャッターの前から動いていなかった。



「上がれって言ったってな・・・。」

「マチルダ!どうやって入ればいいんだ?もう色々と踏んでいくぞ?」

「おお!それでいいから早く奥に来てくれ!」



 レントはこの状況に困惑していた。もしかしたら前はこうじゃなかったのかもしれない。

 俺はマチルダが色々踏み進んでいたので、それに倣えで同じ道を進んでいくことにする。

 サーシャは何も言わずに俺の後を付いてきてくれているようだ。

 それを見たレントもその後を付いていく。


 3人とも何とかカウンターの辺りまで辿り着いたが、マチルダの姿がどこにもない。

 どこに行ったのかと辺りを見回していると、目の前の床が突然開き、マチルダが顔を出した。



「おい。こっちだ。ここに入ってきてくれ。あ、レント!シャッターを閉めてきてくれ。」



 俺達は突然のことに驚くが、マチルダは何でもないような顔をしている。

 そして加えて軽々しくレントに面倒なお願いをしていた。レントは『上がるんじゃなくて下がるんだな』と、どうでもいいことを言いながら戻っていった。

 暗い中戻るのは足元も危ないし箱が崩れてくると思った俺だったが、レントは何やら魔法で明かりを付けていた。何故最初からやってくれなかったのだろうか。


 床の中は意外と深い。暗くてよく見えないが、マチルダはどうやって顔を出していたのだろうか。

 俺は先に中へと飛び降り、サーシャを受け止めようと何気なく上を向く。

 すると目の前に魅惑の世界が見えた。


(薄暗くてよく見えないけど、恐らく白かピンクか・・・いや紫もありうるかも。)


 そんなことを思った俺は暫しボーっとしていた。

 それを不思議に思ったサーシャは、自分の格好を見た途端、勢いよく手でその世界を隠した。



「クロノさん!ダメですよ!!・・・そういうことはふ、2人きりのときにお願いします。」

「ご、ごめん! 深く考えていなくて・・・。」



 サーシャに怒られた俺は、焦ってそっぽを向いた。そのせいで後半の彼女の言葉が聞き取れなかった。恐らくは俺を(いまし)める言葉だったのだろう。ごめんなさい。つい見てしまいました。



「お前達、何をしているんだ・・・。」



 2人はシャッターを閉めて丁度戻ってきたレントに呆れられるのだった。



 結局サーシャは自分の力だけで華麗に降りてきた。

 受け止め役はそもそも必要なかったようだ。つまり俺だけが得してしまった。あの世界は脳内メモリーにはしっかりと保存してあるし、後で色の検証をしておこう。


 そんな俺を知ってか知らずか、サーシャさんが俺を(つね)ってきた。

 どうやらむつけているようだった。


(そんな表情も天使だ・・・。癒されます。)


 降りた先には、四角い空洞で出来た道が広がっている。道の先にはどうやら扉があるようだ。

 俺達3人は扉へと進むと、意を決して扉を開く。


 そこには予想外に広い場所があった。地下だとは思えない程の綺麗な明かりで照らされ、壁や床には多くの武器と防具が広げられている。中には試験管のような瓶が大量に用意された箱や、花火のような丸い球が保管してある箱もあった。前者は恐らくは回復薬のような飲んで効果を発揮する系のアイテムで、後者は敵に投げつけるような攻撃用アイテムだろうか。まあこれはゲームでの知識なので後でマチルダに確認する必要があるだろうが。

 奥にはカウンターらしきものがあるし、その先には重厚感のある扉がある。察するにその先が鍛冶場なのだろう。


 要するに、地下にある店舗のようだった。


 俺達が置いてあるものを物色しようとウロウロし始めると、マチルダから声がかかる。



「どうだ?俺の地下室は!?素晴らしいだろう!?」

「まさかあの建物の下に地下室があるとはね。驚いたよ。」

「本当ですね。明るくて綺麗な場所だし、ビックリしちゃいました。」

「俺が暫く会っていないうちにこんなことしてたのか。しかし、どうやって作ったんだ?」



 三者三様に思ったことを口にしていく。

 マチルダは満足そうに頷きながら質問に答える。



「そうだろうそうだろう!レントは知ってるだろうが、前は上のボロ屋を間借りして店舗を運営してたんだ。そしたら数年前にボロ屋の所有者が俺に権利を譲ってくれてよ。暫くそのままやってたんだが、裏の土地が売りに出てるのを聞いて、俺は閃いた。地下でこんな店を運営したら秘密の隠れ家っぽくて通の冒険者に受けるんじゃねえかってな。それで裏の土地を即購入して、自分で穴掘って作ったって訳よ。時間が大分掛かったが、つい先日完成したんだ!ちゃんとお披露目したのは今日が初めてだぜ。」



 裏の土地を購入するまでは分かるのだが、問題はその後だ。


(え、これを穴掘って作ったって言ったのかこの人は!?信じられん。)


 俺はおもむろに壁を叩いてみるとコンコンと音が返ってきた。しっかりとコンクリートで打ってあるようだった。しかも、天井をよく見ると換気用のと思われる穴までついている。

これを1人で作ったとなると、相当な知識が無いと無理なはずだ。



「なるほどね。・・・あながち建設工事関係の仕事ってのも間違ってなかったのか。」

「わははは!!!確かにな。よく考えりゃそうだわ。」

「全く。お前に毎度毎度驚かされるこっちの身にもなってくれよな。はい、これ。お前の好きな銘柄のはずだ。」



 こんな地下室を作ったマチルダだ。今までも装備品とかで変なものを作ってきたのだろう。

 容易に想像できてしまう。

 だからこそ俺は、マチルダが信用できる気がした。日本でも職人気質の人は大勢いるが、このように新しいものを作り出せる人間はそうそういない。

 仲良くさせてもらえれば、きっと俺の力になってくれるはずだ。



「お、サンキューな。後で一杯させてもらうわ。・・・それで、レント。クロノを紹介したいんだったな。」



 マチルダは酒を受け取り大事に仕舞うと、急に真剣な顔になり別人のような雰囲気を出した。これが装備屋としての仕事モードというやつなのかもしれない。

 もしかして断られるのかと思った俺は、身体に力が入るのを感じる。

 レントやサーシャからも不安な気持ちが伝わってくる。



「残念だったな!俺は既にクロノのファンだ。紹介してもらう必要はそもそもねーぜ!わはは!」



 完全に杞憂だった。



「貴様!・・・まああれだろ?たまたまだとは思うがクロノの戦いを見たんだろ?」

「さすがはレント。よく分かったな。そうだ!俺はあの熱い戦いを見て感動しちまってな。絶対に勝てない相手に勇敢にも戦う1人の男・・・。やっぱ惚れちまうよなぁ!?」



 俺は恥ずかしいような嬉しいようなむず痒い気持ちに駆られていた。

 そしてふと、隣にいるサーシャが震えているのが見えた。心配になった俺は声を掛けようとするが、その前に彼女は口を開いた。



「全くその通りです!!!私も最初から最後まで見ていまして、クロノさんが何度も何度も立ち上がっている姿に感動しました!!」

「お! 嬢ちゃんも同類か!!」



 それからマチルダとサーシャの言い合いが暫く続いた。

 言い合いとは言ったが、もちろん内容は俺の決闘の全容を熱く語り合っていただけだ。

 それを見たレントが『遂にファンクラブ結成か?』などと俺にしか聞こえない声で話しかけてくる。

 遂にってなんだよ。こちとらまだ登録して一度もクエスト受けてないFランクなんですけど。というか、もとはと言えばあんたが決闘させたようなものだし・・・。まあ、おかげで登録出来たからいいけど。


 そうこうしているうちにマチルダとサーシャの語り合いが終わったようだ。

 心なしか、2人ともすっきりとした顔付きになっている気がする。



「レント。これからはサーシャちゃんを是非うちに遊びに寄越してくれ。いつでも歓迎するわ。」



 か、軽い。装備屋の威厳はどこに行ったのやら。

 それを聞いたレントもさすがに苦笑いしていた。

 ちなみにサーシャは『やった!ありがとうございます!!』と嬉しそうだった。



「あー。さっそくお願いしたいことがあるんだけど。」



 取引を認めてもらったところで、俺は改めてマチルダに相談を持ち掛ける。

 相談したいのはとりあえず3つある。


 ①剣の修理

 ②防具の修理

 ③防具の新調


 この3つだ。それをマチルダに伝えると、3つとも今直ぐにでも出来るとのことだった。

 ただ、剣については次この状態になったら寿命と考えることと言われた。グランから預かった大事な相棒だが、急に壊れて使えなくなったら命に係わってしまう。本末転倒になることはこの剣も望んでいないはずだ。安らかに眠らせてあげよう。

 防具の修理については宿屋で一度見せているので特に問題はなかったが、マチルダから思ってもみなかったことを言われる。



「クロノ。宿屋でこれを見た時には言わなかったが、この防具からは主を守れて幸せそうにしている気持ちが伝わってくる。きっと、この防具が頑張ってなるべくお前に負担が掛からないようにしてくれていたんだと思うぜ。俺にはそれが分かるし、防具にそう思ってもらえる人に防具を作ってやりたいと考えている。ま、これもお前さんを認めた理由の1つなんだがな。」



 俺は正直泣きそうになっていた。

グランの形見だから大切にしていたが、そこまで思ってもらっているとは思わなかったのだ。

 俺は心の中で防具に感謝を告げ、剣と一緒にマチルダへと預ける。


 それからマチルダが鍛冶場に入る前に、『新しい防具についてはその辺にあるものから選んでおいてくれ』と言われたため、3人で物色し始めたのだった。



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