第11話
「ああー。やっぱり身体の節々が痛いな。」
俺はレントがギルドの仕事を終えるまでの間、宿屋≪銀の輝き亭≫の部屋で寛いでいた。
何もない部屋に居たままだと、どうしても身体の痛みばかり気になってしまう。
だが、こういうのはずっと部屋に籠りっきりでは意外と治らないものだ。筋肉痛と同じで、身体自身が俺に足りない部分を補おうと必死で戦ってくれている。これを我慢して動かなければ強くなれないはずなのだ。
(とりあえず筋トレでもするか)
俺は服を脱いで筋トレを開始する。
これもきついと思ったらスキル不屈が働いてしまい、いくらでも出来そうだった。
今日はこれから出掛ける予定もあるし、自制してほどほどにしておかなくては。
初めて会う人の前でフラフラになっていてはレントに申し訳ない。
ある程度の筋トレを行ったところで、部屋の扉がノックされる。
「クロノさん!起きてますか?ミランです。ギルドのレントさんという方がお見えになってますよ。」
「ああ。大丈夫だ。すぐに行くから待ってもらってくれ。」
「はいはーい。了解しました!」
俺は備え付けのタオルで身体の汗を拭き、服を着る。金と剣を確認し、防具の入った袋を忘れずに持って待っているレントの元へと向かった。
宿屋の1階に行くと、1階の隅に人だかりが出来ている。
どうやら、冒険者達が誰かを囲って話をしているようだった。大柄な男達ばかりで中がよく見えない。
(なんか見たことある魔力反応だな。)
俺は疑問に思って人だかりを確認しようと思ったが、その前に声を掛けられる。
「やあ。クロノ。・・・何か疲れてないか?」
私服姿のレントだった。その腰には俺の物よりも少し厚く重そうな見た目をした剣が差してある。
手には何か購入したのか、小包を持っていた。もしかすると、今から行く装備屋への手土産なのだろうか。そういえば俺は買っていないけど、大丈夫なのだろうか。
そして、筋トレのことが早速バレそうになっている。
万が一サーシャさんに知られたら暫く安静にしてと言われてしまうかもしれないし、言うのはやめておこう。
「いや、そんなことはないですよ。あるとすればこの前のケガの残りですかね。それより、その包みは?」
「ならいいが・・・。この包みは酒だよ。アイツは酒が好きだから、持参すれば機嫌も取れるだろうと思ってな。」
「すいません。俺のためにありがとうございます。」
「いいってことよ。俺も会うのは久しぶりだし、丁度良かったのさ。」
やはり手土産だった。酒が好きと言っているし、仲が良いのは間違いないんだろうな。
それに、早とちりして変な手土産を持っていくほうが失礼か。俺だったらお菓子でも持参しようと考えていただろうけど、もしかしたら甘いものは嫌いかもしれない。逆効果になってしまう可能性もある。
ここはレントに甘えておこう。
「それじゃ、準備も出来たことだし、早速向かおうか。おーい!サーシャ!行くぞ。」
(えっ?サーシャさん来てんのか!? もしかして、さっきの人だかりって・・・。)
レントがサーシャを呼ぶと、先程の人だかりの中から人が出てきた。やはりサーシャだった。
彼女が逃げていったことで不機嫌になっていた冒険者達だったが、呼んだのがレントであると気づくと、焦った表情を浮かべてそそくさと店を出ていこうとする。しかし店主に『金を払ってから出て行け』とすごい形相で睨まれると、大きな身体も形無しの小物になっていた。
サーシャがパタパタと走って目の前にやってくる。
彼女も私服だった。私服になっても帽子は被っていたが、眼鏡を外している。コンタクトなんて概念がこの世界にあるのか分からないが、とりあえず目の大きさと顔艶の良さが更にはっきりと見えるようになった。身体のラインが見えるタイトなワンピースは丈が短く、膝くらいまでの長さのブーツが特徴的だ。それに、ギルドの服とは違って胸元もかなり大胆な感じだ。どこを見ればいいか分からないが、とりあえず可愛いのは間違いない。
(日本だったらこんな服着こなせる人はそうそう居ないし、もはや既に絶滅危惧種と言える服装ですよ。サーシャさん。)
「ご、ごめんなさい。レントさん。それにクロノさん。・・・どうですか?私、変じゃないですか?」
サーシャは俺達2人に向かって謝罪した後、何故か俺に私服の感想を求めてきた。
「いや、その。正直可愛いです。それにサーシャさんによく似合ってると思います。・・・ほ、ほらその証拠にあんなに沢山の冒険者に囲まれてたじゃないですか。」
サーシャはその真っ白な顔を一瞬で真っ赤に変えた。眼鏡も無いせいか、明らかに分かる変化だった。
彼女はそのまま口を噤んでいると、助け舟が現れる。
「ははは。サーシャはいつも絡まれてるな。それに私服はかなり珍しい。というか、俺は見たの初めてじゃないか? うん。俺も似合うと思うぞ。」
それを聞いたサーシャはレントに向かって『別にあなたに見せてる訳じゃないです』と言っているようだ。
そんな表情も天使ですね。ごちそうさまです。と思う俺であった。
宿屋を出ると、レントの案内に従って街を歩いていく。もうすっかり夜の街だ。時折、すれ違う冒険者風の男たちが『あの可愛い子、誰だ?』などと噂しているのが聞こえる。
(ふふふ。そうであろう。なんせ、サーシャさんは天使だ。今更気づくとはお前たちも見る目がないな。)
俺は鼻高々に歩いていく。そこでふと、今更な事に気が付く。
「そういえば、サーシャさん来てくれましたけど、サーシャさんも装備屋に用事があるんですか?」
それを聞いたサーシャは一瞬固まるが、直ぐに話し出す。
「え、ええ。そうなんです。私もギルド職員として戦うことがあるかもしれませんので、良い装備があれば手に入れたいと思っています。」
「そうなんですね! 俺も、あまり装備には詳しく無いので、サーシャさんからも色々教えてくださると助かります。」
「は、はい!もちろんです!私でよければ!!」
サーシャは急に元気になったようだった。
それを見ていたレントは気分よく鼻で笑っている。
「2人とも、そろそろ着くぞ。」
「あ、分かりました。」
レントからの声に俺は返事をした。
気合を入れ直そうとしていると、レントは覚えのある店の脇の道に入っていった。墓地に行くときに寄ったあの花屋だ。
(へえー。花屋の脇道に入ったところに装備屋があるのか。これは確かに一見さんお断りっぽい感じだな。)
そんなことを考えながら歩いていくと、ふいにレントが立ち止まる。
「ここだ。あー、見た目はボロイが、大丈夫だ。」
レントが立ち止まった先には古い2階建ての建物があった。1階はシャッターが下りており、2階を見ると窓ガラスはあるが、誰かが住んでいる感じではない。
何となくだが、部屋の中も散乱しているような気がする。
(・・・サーシャさんが座れる場所くらいあるよな?)
俺は仮にゴキブリが出ても無視できるが、女性は難しいだろう。
(その場合は、俺の上に座って貰おうか。)
などと馬鹿なことを考えていたが、チラッとサーシャを見ると平然としていた。
ギルド職員というのは皆、豪胆なのかもしれない。
寧ろ、怪我が感知していない今の俺では彼女に助けてもらう可能性が高いし、何かあったら頼りにさせてもらおう。まあレントもいるし、危険はないだろうけど。
「おーい!!いるのは分かってるぞ!!俺だ!レントだ!!開けてくれ!!」
レントはシャッターを叩きながら大声で話しかける。
近所迷惑な気がするくらい大きな音だ。だが、周辺の家からは誰も出て来ない。もしかして、住民にとってこの音は日常なのか。
暫くすると、中からこっちに向かってくる音が聞こえてきた。
(あれ、この魔力反応ってまさか・・・。)
「んだよ!!今いいところだったのに! あ?なんだ、レントじゃねえか。久しぶりだな。元気にしてたか?」
「ああ。お陰様でな。それより、今日は紹介したい人がいるんだ。」
「いつも1人で来るお前に連れがいるのはそういうことか。そっちの別嬪なお嬢ちゃんは知らねえが・・・。ん?そっちにいるのは、もしかしてクロノの兄ちゃんか!?」
「やっぱり。マチルダさんだったのか。ええっと、さっきぶり?」
宿屋≪銀の輝き亭≫で大量のご飯を食べていた時に相席した男だった。
冒険者ではないとは思っていたが、ちょっと納得した。体つきについても、装備屋は鍛冶も行うから筋肉は重要なのだろう。
「ふっ。そうだな。さっきぶりで間違いねえ。呼び方もマチルダでいいし、フランクに頼む。」
「え?2人は知り合いだったのか!?」
レントが驚いた顔をしている。それはそうだ。俺が装備屋を探していると言っていたのに、自分が信頼できる装備屋と既に知り合っていたのだとしたら、それはあまり気分が良くない。
「いやいや、俺が宿泊している≪銀の輝き亭≫で飯を食っていた時にたまたま相席しただけだよ。マチルダが何の職業しているかも教えてもらってなかったし。というか、建設工事関係じゃないじゃん!」
「がはは。まあ、細けえことは気にすんな。鍛冶師も建設も大きく見れば、物を作る仕事で同じことさ。」
「いや、全然違うけど!?」
レントとサーシャを置いてけぼりにして俺とマチルダは言い争いをしていた。
レントはやれやれという表情をしているが、サーシャは話の流れについていけないようだった。
こうして俺達4人はマチルダの自称する工房(ボロ屋)へと入っていく。
しかし、クロノは気づいていなかった。
探知で捉えている反応の中に悪意を持った人物がいることを。




