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ある熟年夫婦の場合  作者: つよきち
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どうして

誠一は驚いてすぐに言葉が出なかった。

祥子は黙り込む誠一をじっと見た。

誠一は自分が責められているのだと知っていた。

でも誠一を見る祥子と目が合った時、誠一が考えていたのは、やっぱり祥子は綺麗だということだった。

誠一は祥子に見惚れていた。

こんなに祥子を見たのは何年ぶりだろうか。


「どうして?」


祥子は黙り込む誠一に求めるようにして聞いた。

誠一は全く心当たりがなく、何も話さなかった。

それがもしかしたら、とぼけているようにでも見えたのかもしれない。

祥子はそんな誠一に嫌気がさしたのか、諦めたようだった。

違う。

答えたくないのではない。

本当に知らないのだ。

誠一の思いとは裏腹に、完全に勘違いされた手応えだけはあった。

大きくため息をついて、コーヒーと小説を持ち、飲み掛けのコーヒーを洗い場に置くと、部屋から出た。

小説のタイトルはよく見えなかった。

でもアガサ・クリスティでも井上靖でもないことは確かだった。

誠一はいつもと同じ静寂が守られた部屋に残った。

違ったのは明かりがついた部屋というだけだった。


名残惜しかったが、いつものように出勤した。

電話をしようと思ったができなかった。

ランチにベローチェに入ろうと思ったができなかった。

その向かいにあるラーメン屋に入り、カウンター席に座った。

店はランチピークではなかったため、客はそこまで多くなかった。

その時だった。

肩を叩かれた。

横山だった。

最悪だ。

誠一は今日は誰とも会いたくなかった。

ただ淡々と過ぎていく一日を何も考えずにこなしたかった。

でも横山は容赦なかった。


「ここ、お店のおすすめは豚骨なんですけど、私の押しは醤油です」


横山は醤油を注文すると、誠一の隣に座った。


「何にしたんですか?」


「醤油です」


「えらい!」


誠一は横山のノリについていけなかった。

でも詮索されるのも嫌だったので、そのノリを適当に流していた。


「そういえば、今日奥様から連絡があって、お宅を訪問させていただく予定でした」


誠一は一気に食欲を失くした。


「どういうことですか?」


「なんか名刺がなくなっちゃったみたいで、ネットのお問い合わせフォームから連絡があったんですけどね」


「今日の8時くらいに伺う予定です」


誠一は面を食らった。

横山は誠一の暗い顔を見た。


「どうかしたんですか? あっ醤油ラーメン来ましたよ」


誠一はごまかすように醤油ラーメンを一気に口の中に入れた。

熱い。

苦しい。

しかも、咽る。

横山は誠一の無理な食べ方に何かを察したようだった。

横山の醤油ラーメンも来た。

二人で黙ってラーメンを食べた。

横山の方がラーメンが来るのが遅かったが、食べ終わったのはほぼ同時だった。


「今日、良かったら一緒に帰りませんか?」


誠一が何も言えずにいると横山は「僕は7時くらいに終わるので、西口改札口前で待ってますね」と言い、自分の分の会計を済ませ、店を出た。

誠一が残業せず早く帰ろうとしていたことを知っているかのようなものの言い方だった。

余計なお世話だ。

絶対に横山に会わないようにして帰ろう。

そう固く意志を持って、誠一は重い腰を上げ、伝票に手を伸ばした。

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