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ある熟年夫婦の場合  作者: つよきち
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ジョーンにだけはなりたくない

特別といえば、誠一にとって特別な人は祥子しかいなかった。

でも特別な人である祥子にとって、思い出の場所は誠一ではない誰かと過ごした場所だった。

誰だ?

また誠一の中で、何度繰り返されたか分からない疑問が出てきた。

誠一は自分の動揺を隠すかのように、祥子が読んでいる小説を読み切った。


誠一は気が気でならなかった。

ジョーンは自分だ。

『春にして君を離れ』に出てくる自称完璧な私、ジョーンはだんだん自分の正体について、自ら知っていってしまうのだ。

自分の今まで信じていた良妻賢母な自分からは程遠い、自信過剰で都合のいい自分に追い込まれていく。

そしてそのラストは悲劇という以上の何ものでもなかった。

ある意味、最後までジョーンらしいといえばそういうことだった。

人は簡単には変われない。

まさに自分のことを言っているような気がして気が気ではなかった。

祥子はこの本を読むのが二回目だと言っていた。

つまりこれがどういう本なのか知っているのだ。

そしてまさに今読んでいたのは、何かを意図してのことだろうか。


「『春にして君を離れ』読みました」


誠一はそう言葉で打ち、送信できずにいた。

大丈夫だろうか。

この本について、祥子が何を思っているのか知りたくなかった。


「私が好きな小説は『氷壁』です。井上靖が好きなんです。同じ作者で『崖』もおすすめです」


誠一はいつも都合が悪くなると話を逸らすし、質問にも答えようとしない自分に気がついた。

まるで都合がいいように考え、現実を直視できないジョーンと同じだ。

誠一はジョーンにはなりたくなかった。


「思い出の場所は、私もベローチェです」


特別な場所と言う意味で言えば、嘘ではない。

理由は聞かれたくなかった。

誠一にとって思い出の場所は、心が温かくなる場所ではなかった。

それは嫉妬し、妻に必死に媚びようとしている哀れな自分を思い出す場所だ。


「思い出の場所ってどういうことですか?」


削除せずにあったメールも送った。


「『春にして君を離れ』読みました」


本来の自分から逃げるように誠一は一気にメールを送った。

順不同だし、一度に送り過ぎた。

それは誠一らしくないと言えば誠一らしくはなかった。

まるで鼻息を荒くした犬のようだ。

こんな自分は嫌だった。

ただジョーンにだけはなりたくなかった。

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