ターンエンド
「そこにいる、姫に触れることができたなら、好きにすると良い」
先程までの、娘を嫁にやるのが嫌で、ごねている我が儘オヤジ、という様子から一変したのは、どういう風の吹き回しか?
ムテキングは冷静に、いや、冷淡とも取れる視線で、プリンアラモードに目配せをする。
《どういうことだ?》
普段から訓練をしているはずの、騎士ですら、自分の動きを追えないというのに、如何にも箱入り娘然としたプリン姫に、触れられない訳がない。
疑り深い人物なら、何かあると警戒するだろうが、欲に塗れたサードマンは、すぐに疑問を切り捨て、単純に容易いと内心ほくそ笑んでいた。
プリンアラモードは、軽く頷くと歩み出て、
「わたくしは、ここから一切動きませんので、どうぞご自由になさってください……ですわ」
と、ニコニコと、一貫した頬笑を絶やさず、腰の後ろに手を組み佇んでいる。
更に不可解なことに、抵抗すらしないとは……。
単純に諦めたのか?
さては、何か裏があるわけではなく、被害を拡大させないために、敢えて衆目の前で姫に触れさせることによって、無力感を植え付け、皆の抵抗の意思を削ごうというわけか。
それだけ、先程見せた己の戦闘能力は、脅威に映ったらしいと、サードマンは自惚れる。
随分と安い親の愛情だなと、内心嘲りながら、彼はゆっくりと姫に向かって歩を進める。
「随分と物分りが良くなったようで何よりだ。ではゆっくりと堪能させて貰おうか」
そう言うと、彼は両の掌を標的の、形の良い胸の高さに合わせ、わきわきと開け閉めさせながら、がに股になり、距離を詰めて行く。
弛緩した、だらしない顔つきで。
書いてて嫌になる、とても気持ち悪い動きだが、対するプリンアラモードは依然として笑顔を絶やさない。
彼女の神経は、一体どうなっているのか?
「……俺なら二の腕をぷにぷにする……」
誰かが何か呟いた気がするが、他人の性癖を気にしている場合ではない。
そしてついに、手の届く範囲までプリンアラモードに接近したサードマンは、
「なかなか乙な、おもてなし」
等と、妙なことを口走り、手を突きだした。
トゥナイト達は、悔しそうに目を背ける。
柔らかい感触を確信するサードマンだったが……。
感触が……、ない。
《え?》
当然目線は、自らの手の動きを追っているのだが、プリンアラモードの体に触れているはずの掌は、彼女の胸の中に埋没していた。
胸に顔を埋めるという表現があるが、そうではなく、文字通り体に手が埋まっているのだ。感触が無いから透過というべきか。
視線を上げ、プリンアラモードを見やる。
彼女の表情は、いつの間にか変わっており、底冷えするような、冷淡な瞳と目が合った。
何かが落ちる音が聞こえる。
「やはりそうでしたか……ですわ」
「なにを言って……」
思わず視線を逸らし、プリンアラモードの胸元を確認すると………、
右腕が無い……!?
いや……、足元に転がっていた……。
「い……、ひぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
上腕部の中間にできた、ひっきりなしに血を吹き出す切断傷を起点に、
全身を駆け巡る、生まれてこのかた味わったことのない痛みに、サードマンは倒れ込み、床を転げ回る。
「触れられていないとはいえ、わたくしの体と同じ空間に、あの汚らしい手があったと思うと、反吐がでます……ですわ」
自らを抱きすくめるようにすると、プリンアラモードは吐き捨てる。
「姫よ、少しやりすぎではなかろうか?」
ムテキングは苦笑いだ。
「わたくしの能力は、細かい調整などできないのです……ですわ」
「肉を削ぎ落とす程度に、止めることは可能だろうて」
「良いのですお父様。あのクズは、愛しのトゥナイトの腕を切り落とそうとしました。然るべき報いを受けただけなの……ですわ」
「ひ……、姫」
プリン姫の突然の告白に、トゥナイトは心底驚いた、といった様相だが、頬が朱に染まっていた。
「なんだと……、其方等いつの間に……、トゥナイト貴様ぁ!」
「王……、違うのです! 私も初めて耳にしたのです。」
眉間に皺を寄せ、鬼気迫る形相のムテキングの眼光に、射竦められるトゥナイトを他所に、
「秘かにお慕いしておりました……のですわ」
と、追い討ちをかけるプリンアラモードは、両頬に手を当て、照れるように首を振っている。
「姫、私はそのような――」
「トゥナイト、貴様ぁ!」
王と姫を交互に見やり、狼狽えるトゥナイトだったが、その表情はどこか嬉しそうに見える。
「……何故、俺じゃない……?」
誰かが何か呟いた気がしたが、気のせいだろう。
いい加減、諦めて欲しいものだ。
人の腕が切断され、大量の血を辺りに撒き散らすという、凄惨な状況にも拘わらず、そんなことはお構いなしと、言わんばかりに、謎のメロドラマが展開されようとしていた。
全く相応しくない、サードマンの悲鳴を背にして……。
サードマンのターン、終了のお知らせ。