違和感
「面倒くせえ、圧倒的な力の差を見せつけられれば、てめぇらも素直に従うだろうよ」
そう言うと、サードマンは腰を落とし、左拳を顔の前、右拳を胸の前に各々移動させ構え、戦いの意思を見せる。
「ま、待つのだサードマンよ」
「この外道が」
「サードマン様?」
狼狽するムテキングと、抜剣し、侮蔑の眼差しを向けるトゥナイト。そして、小首を傾げるプリンアラモード。
《まずはあの生意気な、トゥナイトとかいうヤツからだ。ジジイは後悔しろ! で、姫さんは相変わらず惚けてやがるがまあいい、あとで調教し甲斐があるってもんだ……ひひひ》
こうなったらもう止まらない。
サードマンは、異世界で勇者ごっこをするという、当初の下らない目的を、完全に忘れてしまっていた。
声に耳を傾けたところで、どうせ堂々巡り。
ならば、あとは己の欲望に従うのみ。
むしろ何故最初からこうしなかったのか? という、下衆な思考に煩悩を滾らせながら、最初の犠牲者に標的を定める。
「もう聞き飽きた……。まずはてめぇから血祭りにあげてやんよ!」
そうして、地面を蹴りつけ、猛獣のように躍りかかる。
トゥナイトは剣を正眼に構え、迎え討とうとしていたが、そんなことは関係ない。
《俺の速度は人間の反射神経を凌駕するんだよ!》
瞬間移動したかの如く、トゥナイトの斜め前方に現れるサードマン。
案の定、トゥナイトは反応はおろか、気付いてすらいない。
サードマンが蹴りつけた地面――床に敷かれていた絨毯は破れ、下に覗く石造りの床は削れ、粉塵が摩擦熱で熱せられた独特の臭いと、煙を立ち昇らせていた。
《まずはその腕、斬り落とす。泣き喚きやがれ!》
剣を構えるトゥナイトの二の腕に、狙いを定め、手刀が振るわれる。
だがその攻撃は、光や煙を触ろうとしても、すり抜けるように、空を切る。
《なに、残像か?》
ようやく気付いたトゥナイトの様子からして、残像を残す程の速度で回避されたとは思えない。
試運転をしたとはいえ、まだ『何者をも圧倒できる身体能力』に慣れておらず、間合いを見誤ったのだと、サードマンは判断する。
トゥナイトが反撃に出る。
渾身の力で放たれた、横薙ぎの斬撃が迫るが、
《そんなスローな攻撃当たるかよ》
角度的に、真剣白歯取りができないのは残念だと思いつつ、サードマンは蜥蜴のように身を伏せ、それを回避す。
同時に、右足を軸に左回転すると、その勢いを利用し、左足の踵でトゥナイトの足首を薙ぐ。
《これは両足切断コース! てめえの今宵は、悪夢確定だ》
しかし、その攻撃はまたしてもすり抜けた。
何かおかしい……。
そう警戒したサードマンは、トゥナイトから一旦距離を置くため、馬鹿げた距離を後方に跳び退き、滑るように床を削りながら着地した。
常軌を逸したサードマンの挙動に、トゥナイトの表情が驚愕に染まるが、逆にサードマンは、訝しげにトゥナイトを睨み付ける。
「てめえ、何しやがった?」
「……何を言っている?」
対するトゥナイトは、戦意を衰えさせないまでも、不可解な面持ちだ。
やはり、慣れが足りないのか?
体に力が漲っている感覚はあるし、現に日本では考えられない挙動ができるのは、実践済みで、確かなはずだ。
己の両の掌を見つめ、思案するサードマンだったが、ならばコイツを半殺しにするついでに、感覚のズレを修正すれば良いと、掌を握り込み、邪悪な笑みを浮かべ、トゥナイトを見やる。
サードマンが視線を下げ、思案している最中、問いの意味を図りかねていたトゥナイトだったが、どういう意味であるにしろ、この男が勇者どころか、国に仇なす賊であることに変わりはないと、戦いに集中するべく意識を切り替える。
「そちらが来ないなら、こちらから行くぞ」
戦意を滾らせ、剣に雷を纏わせたところで、賊が視線を上げた。
サードマン、トゥナイト、両者の視線が交錯する。
「……来いや」
腕を伸ばし、掌を上に向け、挑発するように手招きするサードマンに、バチバチと雷光が迸る剣を、担ぐように構えた、トゥナイトが踏み出さんとする。
「待たれよ!」
その時、空気を読まずに割って入る声が、城内に響いた。
二人が視線を向けた先には、狼狽していた先程とは、打って変わった、泰然自若としたムテキングが佇んでいた。
「サードマンよ、要求を呑もうではないか。トゥナイトは下がれ」
「しかし……」
「これは命令だ、下がれ」
そして、両手を広げ演説するように、
「貴様等も同様だ、これから起こることに、口を挟むことを禁ずる」
と、周囲に呼びかける。
「どういう心境の変化だ? 王様」
拍子抜けしたサードマンだったが、素直に応じるなら、それも良し。
トゥナイトを実験台にできなかったことは残念だが、労せず姫と遊べるなら、それに越したことはないと、矛を収めるのだった。
「なに、其方の実力を見て、考えが変わったまでだ。但し、一つ条件を付けたいのだが、宜しいか?」
「言ってみろ」
今度ふざけたら、次はないと、心に誓いつつ、サードマンは問うた。
「そこにいる、姫に触れることができたなら、好きにすると良い」
そういうと、ムテキングはプリンアラモードに目配せをする。
《どういうことだ?》