新たな侵略者
「…………余では駄目かのう」
身を捩らせて、そう発言するムテキングに、辺りは先程とは違った意味で騒然となる。
「王……、そのような趣味がおありとは……!」
「お気をたしかに……!」
「私は、前からそんな気はしていましたよ……」
「……これが譲歩と言えるのだろうか?」
「……俺も混ざりたい……」
思い思いの言葉を口にする周囲の者達だったが、語気から困惑や呆れが感じ取れるのは、皆同様だった。
一部例外を除いてだが……。
勿論、最も面食らったのは、会話の当事者であるサードマンなのだが、
ムテキングは、ふざけたことを抜かして、煙に撒こうとしているのか、あるいは本気なのか。
気持ち悪い素振りからいって、後者の気もするが、演技の可能性も捨てきれないと、サードマンはムテキングの意図を図りかねていた。
いずれにせよ、こんなジジイと遊ぶ趣味はない。
というよりも、こんなことを考えてしまっていること自体がおかしいと、サードマンは、はっとなった。
当初の目的を思い出す。
そう、世界を救ってチヤホヤされる前に、彼らの弱みに付け込んで、姫と遊ぶのだ。
譲歩案というから、王族ではなくとも、傾国の美女クラスが出てくるのかと期待していたのに……。
それなのに……それなのにコイツが……。
《ムテキング、恐ろしい男だ。たった一言で、俺を混乱に追い込むとは……》
罵声を浴びせてやろうとも考えたが、なんとか踏み止まったサードマンは、頬を引き攣らせながらも、冷静を装い、答えを告げる。
「……駄目に……決まってるだろ?」
「フフ……当然そうであろうな。その気があれば、あるいは……、とは思ったのだがの」
打って変わった、ムテキングのおどけた態度は、サードマンの神経を逆撫でするのに充分だった。
「ふ、ふざけてやがんのか?」
口調に素が混ざり、ギリギリと、奥歯を鳴らす。
「ふざけてなどおりはせんよ。ただ、余は一国の主であると同時に、一人の父親でもある。恥ずかしながら娘の身を案ずることは、当然のことだとは思わんか? しかしながら、このまま国が滅びるのを、指を咥えて見ているのが、王の務めではないことも、重々承知しておる」
《いや、嘘つけ! 思いっきりふざけてやがっただろうが! いきなりシリアスのギャップで誤魔化そうったって、そうはいかねえぞ? で、今度は情に訴える作戦かよ?》
遠い家族のことが脳裏に浮かんだが、そんなものは不要と、サードマンは自分に言い聞かせ、振り払う。
「要するに何が言いたいんだよ?」
性懲りもなく今度こそ、傾国の美女か?
などと期待を膨らませながら……。
「今、この国の民は、周りの者達も含め、疲弊しておる。其方をもてなす余裕など無いのだ。だが、平穏が戻れば其方の望みも自ずと満たされるはずだ。だから恥を忍んでもう一度お頼み申す。どうか世界を救ってはくれまいか? この通りだ。」
そう言って、ムテキングは頭を垂れる。
《よこすモノもよこさないで、この野郎……、ムテキングならぬ、無恥キングじゃねえか》
「俺の機嫌より民を優先かよ……。他力本願のクソ統治者が、寝言ほざいてんじゃねえぞ!」
無恥や他力本願とはよく言えたものだが、サードマンのあんまりな発言に、辺りは一触即発の剣呑な空気に包まれる。
「この狼藉者が、騎士の刃、覚悟しろ!」
再び、抜剣しかけるトゥナイトだったが、
「お待ちください……ですわ」
それを制したのは、プリンアラモードだった。
凛とした口調で彼女は話し始める。
「わたくし覚悟はできております……ですわ」
「ひ、姫!」
「王女という立場であろうと、国を守るのが王族の務め……。『いいこと』とは善行のこと。つまり頼りきるのではなく、共に戦うべきと、サードマン様は仰りたいのですわ。わたくし、感動いたしました……ですわ」
そして、胸の前に手を重ね、瞳を潤ませ、うっとりとする。
《ちげーよ! 何をどう聞いたらそういう解釈になりやがんだ、このスイーツ女が! かまととぶってやがんのか? 頭の中までスイーツでできてやがんのか!?》
またもや場の空気が変わる。
「姫……、さしもの余も、その発想は思い至らなんだ……」
「『いいこと』……? ……善行?」
「おお、なんと勇猛果敢かつ、前向きな御心であらせられるか」
「難聴なだけでは?」
「……俺は夜の戦いがしたい……」
思い思いの言葉を口にする周囲の者達だったが、語気から驚愕と困惑が、以下略。
「……いい加減にしやがれ!」
あまりに下らなく、進展しないこの状況に、このままでは埒があかないと、読者とサードマンの堪忍袋の尾が切れた。
もういい、『何者をも圧倒できる身体能力』で恐怖を刻み込み、強引に服従させてやる。
「なんだ、一番手っ取り早く、単純な方法じゃないか」と、サードマンは最低な方向性へと、考えを転換させていた。
もはや勇者でもなんでもない。
新たな侵略者がこの国――『ムテキングダム』に爆誕しようとしていた。
サードマン、『いたずら』に固執しすぎでは?
次回は一応、バトル展開です。