欲望のままに
「おお、勇者よ、よくぞ参られた。その様子だと状況は理解しているように見受けられるな。余はこの地を統べる王、ムテキングと申す者。そなたも名を教えてはくれまいか?」
「わたくしは、プリンセスプリンアラモードと申しますわ。以後、お見知りおきを……ですわ」
三郎は思案していた。
たった今、この国の王と王女が、ふざけた名前――『ムテキング』と『プリンアラモード』と、各々名乗ったところだが、それを聞き、やって来たこちらの世界――異世界で、自分の名をどうするのか、考えていなかったことに思い至ったのだ。
別に、『サブロウ』と、名乗っても良かったのだが、せっかく異世界に来たのだ、どうせならここは一つ、洒落た名前でいきたい。
とはいえ、問われている最中に、そう長々と考えている時間は無い。
期待の眼差に晒されながら、三郎は脳をフル回転させる。
《え、ええい。ま、まよ……》
できるだけクールに、を、意識して彼が絞り出した言葉は……。
「サードマンだ」
なかなかのセンスをしていた。
「良い名前であるな。ではさっそくで悪いが、世界を救ってはくれまいか? 勇者サードマンよ」
この世界の者達が、自分に何を望むのか。
予め転生の神に、前情報として教えられていたことだが、具体的に何をするかまでは、知ることができなかった。
まずは、それを確認することと、もう一つ。
さっそく名前を褒められご満悦な、三郎改めサードマンは、またもや愚にもつかないことを考えていた。
「フン……世界を救うのは望むところだが、どうすれば良いんだ? 王様」
そして、姿や名前だけではなく、口調まで変わっていた。
「おお、詳細を知らずとも引き受けると申すか。なんと豪胆な!」
「流石、勇者さまですわ。わたくしは信じておりました……ですわ」
興奮気味に玉座から身を乗り出すムテキングと、手を胸の上に重ね、目を瞑り微笑むプリンアラモード。
彼等の説明によると、半年程前に突如として現れた邪神の軍勢が、この世界に押し寄せてきたらしく、既に幾つもの国が滅ぼされたそうだ。
邪神の軍勢を構成する魔物達は、特徴的な見た目から、『緑の死神』と呼ばれ、彼等は人間を憎悪しており、その鎌状の前足に捕らえられた者は、生きながらにして、貪り食われてしまうのだと言う。
『緑の死神』の力は強大で、命からがら逃げ延びた亡国の難民達を、大陸一の国土を誇るこの国――『ムテキングダム』で受け入れたものの、いつ破られるとも知れない防衛線に、人々は脅える暮らしを余儀なくされているとのことだ。
この、世界の危機に、神の啓示を受けた王――ムテキングは、勇者召喚の儀を執り行い、そうして呼び出されたのがサードマン、というわけだ。
国名に思うところがないわけではなかったが、やることは分かった。
ようするに、その『邪神の軍勢』とやらを退けて、世界を救って欲しいということか。
《余裕だぜぇ……!》
事前に『何者をも圧倒できる身体能力』を試運転してきたサードマンだったが、
その時、相対した魔族の剣士の太刀筋は、欠伸が出る程、遅く感じられ、その斬撃を前歯の隙間で挟み込み「これが本当の真剣白歯取り」
という、お馬鹿なこともできたし、
山と見紛う程の巨人には、真っ向から力比べで勝利し、
ドラゴンが浴びせかけてきた、『毒の吐息』は体調を損なうどころか、涼風のように感じられた。
そんな自分にとって、『邪神の軍勢』など、物の数ではないと、サードマンは思っていた。
見たこともない相手に、もう少し慎重を期するべきではないか? と、思わなくはないが、万能感に包まれ、のぼせた彼の頭には、致し方のないことであった。
ムテキング達の願いに素直に応じ、邪神共を屠りに行くのは簡単だが、その前にやることがある。
大事の前の小事、いや……、サードマンにとっては小事の前の大事と言うべきか。
「世界を救うのは望むところ、とは言ったが、ただでとは言わないよな?」
「当然である。世界を救った暁には、富も名声も思いのままだ」
「いや、そうじゃない……。凶悪な『邪神の軍勢』とやらと戦いに行くんだ。そこで死んでは元も子もないと思わないか?」
問いの意味を察したのであろう、ムテキングは緩やかに玉座から立ち上がると、
「……何が望みであるか?」
と、神妙な面持ちで、答えた。
プリンアラモードは、品の良い笑顔を浮かべたまま、小首を傾げている。
サードマンは、その端正な顔立ちを、下卑たモノに変貌させると、
「先ずは前報酬ってやつだ。そこの綺麗な姫さんと、いいことをさせて貰おうか」
と言い放ち、プリンアラモードを見やり、顎をしゃくった。
その途端、辺りは騒然となる。
「この外道が! 我が剣の錆にしてくれる!」
「このような下衆が、勇者だとはっ!」
「私は、最初から嫌な気がしていましたよ!」
「……俺も混ざりたい……」
思い思いの言葉を口にする周囲の者達だが、一部例外を除き、語気に怒りを孕んでいるのは、皆同様だった。
何故かプリンアラモードだけは、「まぁ」と、言わんばかりに両頬に手を当て、はにかんでいる。
「この痴れ者め、正義の刃、覚悟しろ!」
玉座の側に控えていた、近衛騎士らしき男が歩み出て、剣の柄に手をかける。
同様に得物を抜こうとする者達もいたが、
「トゥナイト、下がれ。皆の者も静まれい!」
それをムテキングが制す。
トゥナイトとは、どうやら近衛騎士の名前のようだ。
《ムテキングにプリンアラモードときて、次はトゥナイトだと? とことん舐めたネーミングをしてやがる……! でも、姫さんは可愛いから許す……ふひひ》
などと、自分の事は棚に上げ、サードマンは、下世話なことを考えながらムテキングに注目する。
「サードマンよ、世界が逼迫した状況で、そのようなことを申すとは、非常に嘆かわしくあるが、譲歩案があるのだ。聞いてはくれまいか?」
「別に俺が逼迫しているわけじゃないんでね……。まぁ、聞こうじゃないか」
「…………余では駄目かのう?」
そこには、もじもじと頬を染める、ムテキングがいた。
《……ふざけんじゃねえぇぇぇぇぇぇぇぇ》